第446話 千陣流の隊長試験

 美少女フィギュアと同じサイズの妖精、パティ。


 彼女は、黒髪ツインテールではなく、背中の羽で飛ぶ。

 トンガリ帽子とゴスロリの服装で、余計に人形っぽい。


「さて、パティ? 俺は、この地域に結界魔法を張り、『イピーディロクの情人』2匹を追い込み、復活できない形で倒す。それについて、お前が提案してくれ。恥ずかしながら、俺には魔術が分からない」


 ここで、変な駆け引きをしている余裕はない。


 俺よりも魔術に詳しいパティは、埋もれていたクッションから起き上がり、背中の羽を動かした。


 不規則に飛んだ後で、俺の目の前に浮かぶ。


「マルジン……重遠しげとおは、私を信用できますか?」

「どういう意味だ?」


「私1人では、お役に立てません。スノードニアの湖にいる妖精女王にお願いして、本物のマルジンが残した結界の術式と、魔法陣を描くだけの仲間が、必要です」


 お金を持たない状態でタクシーに乗り、家に着いたら、中から持ってきて、払うと……。


 パティは、スノードニアの湖に帰ることが、目的だ。

 踏み倒されたら、それまで。


「ど、どうでしょう?」


 自分が何を言っているのか、理解しているようだ。


 緊張したパティに対して、俺は右手の人差し指で、空に四角を描いた。

 その枠線に従い、別の景色が現れる。


「行け。そして、約束を果たせ」


 俺の言葉に、パティは恐る恐る、新しい光景を覗き込んだ。

 驚きの表情を浮かべた後で、こちらを見てから、その中へ飛び込む。




 ――1時間後


 日本から遠く離れた、ユニオンの風光明媚な湖。

 それを室内の窓から眺めるように、お茶をしていたら、パティが現れた。


『妖精女王と、話をしたのです。「約定やくじょうを守るため、今回に限り、我々の手を貸す」と言われまして……』


「具体的には?」


『結界の術式は、私たちが描きます。いずれにせよ、重遠では、魔術を理解できないようですし。本来は、門外不出なので……。その代わり、魔法陣は広範囲にします。効力を発揮した後で自動的に消滅するため、注意してください! 作業を終えた後の帰還は、オートの魔術で行います。重遠は気にせず、敵の掃討に集中してください』


「だったら、お前は何で、日本にいたの?」


『寒くて、近くに置かれたバッグに潜り込んだら、観光客の物だったようで、そのまま日本へ連れて行かれました。気づいたら、あの廃墟の近くにいて……。飛び出したら見つかり、散々に追いかけ回されましたよ。潜伏中に懐かしい魔力の波動を感じて、大急ぎで重遠のところへ行った次第です』


「事情は分かった。ともかく、時間がない! そこから、お前の仲間が出てくるんだな?」


『はい。じゃあ、行きますよ?』


 返事をしたパティは、後ろに声をかけた。


「妖精たちが入ってくるから、少し下がって――」

 ブブブブブブブブ


 俺が周囲に注意をうながした直後に、部屋は羽音で満ちた。


 フィギュアと同じ、15cmの大きさだが……。



 数百匹は、いる。



「うひゅううううう!?」

「窓! 窓を開けて!!」

「ここ、せまーい!」

「え? ここに、魔法陣を描くの!?」

「違う、違う! もっと、広い場所!」


 かろうじて、窓に近い人物が、カラカラと開けた。


 すると、新鮮な空気と光を感じた妖精たちは、一斉にそこへ向かう。


「わー!」

「乗り込めー!」

「仕事だー!」


 蝗害こうがいのバッタのごとく、妖精たちは飛び出していく。

 ヴヴヴと羽音が重なり、集合体恐怖症の人にとっての悪夢は、やがて空に消えた。


「じゃーねー!」

「新しいマルジン。良い人だ!」

「また会おう、マー君!」


 俺にへばりついていた妖精たちも、最後に窓から飛び立った。


 『美少女の妖精に群がられる』という、新たなプレイを開発した俺は、メインイベントの留学生との交流会をどうするのか――



 ピンポーン



 おい。

 誰か、来たぞ?


けい、対応しろ! 他の者も、警戒!」


 端的に指示を飛ばしたことで、小坂部おさかべ慧は立ち上がった。

 望月もちづきたちも、動き出す。


 放棄された商店街で、とっくに廃業したカフェ。

 来客は、あるはずがない。


 しかし、事態は思わぬ方向へ進んだ……。




 廃カフェの2階で、畳がある部屋に、1人の女子高生が正座している。


 えり付きの白いシャツブラウスに、赤いネクタイ。

 紺色のスカート、同系で明るめのブレザー。


 女子大生が、久々に母校の制服を着てみた感じだ。 


 彼女は、一番マシな座布団の上で、ちんまりとたたずむ。


 薄茶で、サラサラした長髪。

 お姉さん系の雰囲気だが、その黒い瞳はジッと、俺を見ている。


 高天原たかあまはらで会った、『アーちゃん』だ。


「えーとね? 私も、けっこう悩んでいて……。ほら? これでも、国を見守ってきたし……。は、『俺がやる!』と言っているけど。何もなかった昔とは違うから、『暴れた後に全て滅びましたー』じゃ、とても困る……。しかも、今回は男に対する特効で、万が一、あのけがれた化け物に腰を振り出したら、嫌だし。ああ! 別に、『君なら良い』と言っているわけじゃないわよ?」


 のんびりした口調で、独り言のように話した女は、用意された紅茶を飲んだ。

 次に、お茶請けの安い洋菓子を手に取り、モグモグと食べる。


 傍にいる小坂部慧は、壁際で立ったまま。


「も、申し訳ありません。ただいま、緑茶を切らしておりまして。ア――」

「アーちゃん」


 引きった顔の慧は、汗をダラダラと流しつつも、応じる。


「はい。『アーちゃん』様……」


 慧の隣では、望月たちも並んでいる。



 俺に視線を戻した『アーちゃん』は、学校の後輩に接するように、話しかけてくる。


「ウーちゃんにも、頼まれたし。とりあえず、君の顔を見に来たのだけど……。で、勝算はあるの?」


「元凶を叩く算段は、整いました。向こうも動く気がないから、『留学生との交流会』に照準をつけて、そこに乗り込みます。下手に分散されると、また勢力を拡大されるので。今は、千陣せんじん流のを受けているため、そちらの関係もあります」


 不思議そうな顔の『アーちゃん』は、オウム返しで、質問する。


「隊長試験?」


 壁際で立っている望月を見たら、しぶしぶ動き出した。


 俺の横で正座をして、隊長試験の説明を始める。


「千陣流の武力は、隊長に集約され……るよ」


 アーちゃんが、普段通りの言葉遣いで良いわよ? と言ったことで、望月は仕切り直した。


「ウチは、適当に運営しているから。他流とは違って、各隊長の実力で成り立っている感じー!」


 副隊長は、そこそこ強ければ、合格ライン。

 俺も、千陣流の本拠地で大百足オオムカデを倒して、当主会に認められた。


 しかし、隊長は違う。


 こちらも、当主会で認められれば、隊長と呼ばれる身分へ。

 だが、十家のいずれかに認定されたうえで、絶対的な力を示す必要がある。


 望月は、隊長になるための方法を説明する。


「十家のどれかに、推薦をもらうこと。大戦中のような、絶望的な戦況において、自分と式神だけで局地的に勝利を得ること。基本的に、そのどちらかだよ? けれど、十家の推薦は、そこの次期当主でもない限り、実績を確認した後に出るから、後者の一択……。生半可な功績では相手にされず、隊長試験を受けることにも、リスクがある。ウチの人員を割くうえに、当主会の議題に上がるから、『討議に値しない受験者』と見なされた場合の代償を用意しておくのさ……。重遠は、千陣流の上位家である、室矢むろや家の当主の立場をかけた。今回はちょうど、あたし達のあるじである夕花梨ゆかりさまの検分で、進めているけど。当主会の胸先三寸だから、泰生たいせいさまの六家がゴネてくると、多数決で負ける……」


 当主会の決定で、俺が室矢家の当主から引きり落とされた場合、正妻の南乃みなみの詩央里しおりは奪われる。

 他の女たちも、いいように使われるだけ。


 俺は、不安そうに見つめている望月を見ながら、説明する。


「言っただろう? 今回は、派手な戦いになると……。これだけ表で実力を発揮する機会は、二度とない。どうせ、俺が化け物退治をやるのなら、それに見合った報酬を得なければ、やっていられん」


 まだ視線が集まっているから、改めて告げる。


「弟の千陣泰生を支持している六家に、アヤをつけさせない。だからこそ、妹の千陣夕花梨とお前たちに、見届けさせている。俺が心配しているのは、別のことだ。自分が暴走しないかどうか……」


 話を聞いていた『アーちゃん』は、興味深そうに尋ねてくる。


「隊長になったら、どう変わるの?」


「本来は、ウチの十家のいずれかが、後ろ盾となります。部下を集めて、隊の運営をできたり、企業の配当や資産といった、様々な利益があるのですけど……。俺の場合は、妹の夕花梨がついていて、支援者もいるから、せいぜい『室矢隊長』と呼ばれるぐらいですね。絶対的な実力者として、ナメられる確率も一気に下がりますけど」


 コクコクとうなずいた美女は、大人びた女子高生の姿で、自分の意見を述べる。


「そっかー。でも、君への報酬としては、ちょっと……。そうだ! 勝てる自信があるのなら、今回の討伐を『』とするわ!」


 その途端に、小坂部慧たちは、ギョッとした。

 汗をダラダラと流す。


 アーちゃんは、それに構わず、俺に聞く。


「上手くいったら、何を下賜かしして欲しい? 色々とあるわよ?」


「いきなり、言われても……。まあ、物というよりも、ゆっくり暮らしたいですね」


 感極まったように、アーちゃんは、ハンカチを取り出した。

 自分の目元に当てながら、再び頷く。


「ウーちゃんの子なのに、謙虚ね……。分かったわ。こちらで、考えておくから。頑張って!」



 しばらく歓談した後で、アーちゃんは、消えるように立ち去った。



 畳の上に倒れ込んだ小坂部慧に、俺は尋ねる。


「アーちゃんは、偉いの?」


 横たわったままで、顔だけ向けた慧は、ボソッとつぶやく。


「少なくとも、私よりは偉いわよ……」

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