第445話 「イピーディロクの情人」との遭遇

 今回は……。


 社会的にも、殺されかけている。

 だから、俺は、1つの禁忌を破った。

 式神の能力をその身に宿したのだ。

 

 千陣せんじん流は、式を使う、陰陽師の系譜だ。

 召喚して、契約を結び、命令を下す。

 けれど、式が持つ能力を自分で使うことも可能。


 人ならざる者は、様々なスキルを駆使する。

 しかし、生身の人間が超常の力を宿せば、堕落や暴走のリスクに悩まされるのだ。

 過去にも、多くの陰陽師が、それで破滅していった。


 陰陽師の大家たいかは終生、自らの式神をそのまま使うのみ。

 それだけ、危険な行為だ。


 まして、俺の式神であるカレナは、万能と言っても良い。

 未来予知、空間移動、全てを記したアカシックレコード……。


 むろん、そのまま使ったら、俺の心身は耐えられない。

 制限をしているが、それでも圧倒的だ。


 使い勝手が良い能力を持つ、水無月みなづきたち、夕花梨ゆかりシリーズについても、活用する。


 …………


 この難局を乗り切るためには、手段を選べず。

 結果がどうなるのかは、終わってみないと、分からない。


 


 廃墟にあった洞窟で、背徳と悪行の邪神、イピーディロクの勧誘を断って、食屍鬼グール2匹を倒したところだ。


 右手で持っているバレをレッグホルスターに、仕舞った。

 グリップから手を離して、再び抜く。


 拳銃のインジケーターで、『低威力』のモードに変わったことを確認。

 今度こそ、ホルスターに収納した。



 倒れ伏す、犬と同じ顔の男たちを見下ろしたまま、水無月たちに言う。


「行くぞ? 念のために、ここは焼いておく……。業炎軻遇ごうえんかぐ


 片手を振りながら、詠唱なしの巫術ふじゅつ


 周囲が一瞬で、燃え上がった。

 俺たちは、炎に追い立てられつつも、洞窟の出口を目指す。


『ギャアアアア!』

『アアアアァッ!』


 後ろから、グールたちの悲鳴が、聞こえた。


 だと、思ったよ。

 物理攻撃が効かない。とは言わないが、手応えはなかった。


 声からして、他にも隠れていたようだ……。


 神格すら仕留められる炎で焼かれれば、グールごときでは、一溜まりもない。


 これで、いきなり殺された後で、奴らに食われた戸出といで真菜まなも、少しは浮かばれたかな?




 地上に出たら、新鮮な空気と、日光。


 廃墟の外には、見覚えのある美女が、2人いた。

 イピーディロクの情人じょうじんである、小枝こえだ妃香ひかと、まゆずみみきだ。


 東京ネーガル大学の食堂で遭遇した時とは違い、敵意を剥き出し。


 俺は、今にも襲いかかってきそうな美女たちに、真実を突きつける。


「お前たちは、あいつの情人になったんだよな? 経緯はともかく、結界を通り抜けて、祭壇に顕現したイピーディロクに噛まれることで、1年間も続く、『開いたままの傷口の痛み』による試練を耐え抜いた」


 妃香が、それに応じる。


「そうよ……。苦痛を快楽と感じるまで、本当に辛かった。でも、あの御方のおかげで、私たちは生まれ変わったの! 美しいまま、永遠に侍る者として……。あなたがイピーディロク様に憑依ひょういされていれば、この地上へ降臨されたのに!」


 人を殺せるような視線で、俺を睨んだ妃香に対して、隣の幹が止める。


「妃香。こいつと戦っても、勝てないよ! 私たちには、あの御方を崇める教団をまとめる義務がある。それに、今は、騒ぎにできないって!」


「護衛や守護者も務める、イピーディロクの情人にしては、ずいぶんと弱気だな?」


 俺の挑発で、妃香はいきり立った。

 それを必死に押さえる幹。


 フーフーと肩で息をしていた妃香は、あざけるように言い捨てる。


「祭壇に置いていたノートを燃やしたぐらいで、解決したつもり? どうせ――」

「情人は、『ガラーキの黙示録の第12巻』を暗唱できる。その気になれば、自分で新しい本を作ればいい。そうだろう?」


 先に回答を言われたことで、妃香はひるんだ。

 幹も、警戒している。


 勢いを失くした妃香だが、人をバカにした口調で、叫ぶ。


「ハッ! あんたに効かなくても、他の男は違うわ! この体からは、魔力とほぼ同じ魅了がある。私たちの傍にいるだけで、男なら誰でもガチガチになるのよ。おまけに、人間の女には決して真似ができない技巧を受ければ、1回でアウト。意志が強くても、その快感を忘れられず、自分から来る。結局は、完全に正気を失うまで、ハメまくりってわけ! せいぜい、3回。それ以上で正気を保っていた奴は、まだ見たことがない」


 そこで、妃香は、冷静な口調に変わった。


「あの御方は、さっきの粗相そそうを意に介さず、あんたを神官と認めていらっしゃる。イピーディロク様をその身に宿すことは、最高の栄誉なの! 今のあんたは、警察から追われる身。どこにも、逃げ場はないわ! そして、私たちは、日本の中枢にいる勢力の一部を取り込んだ。のお願いを続けるから、教団員はどんどん増えるわよ? 原始的な欲求に逆らえる男は、滅多にいない」


 ふうっと溜息を吐いた妃香は、すっかり落ち着いた様子で、さとす。


「まあ、いいわ……。どうせ、あなたは行き詰まる。その時に、弱らせてから強引にハメてやるか、焦らし続けて懇願させるか……。あの御方がお認めになった以上、頭と袋の中身が空になるまで、人外のテクで楽しませてあげるわ。いずれね?」


 ニヤニヤしながら、捨て台詞を残した妃香は、俺たちに背中を向けた。


 ポニーテールの幹は、爽やかな笑みを浮かべる。


「じゃあねー、室伏むろふしくん! 私たちとヤリたくなったら、いつでも、とうネに来てね? 全力で、歓迎するよ♪」


 片手を振った幹も、妃香に続く。


 そういえば、東京ネーガル大学の俺は、室伏重鷹しげたかという、偽名だったな……。


 彼女たちは全く警戒せず、スタスタと歩き、どこかへ消えていった。



 こいつらは、普通に殺すと、

 組織的のようだし、まとめて叩きたい。

 一部に身を隠されたら、面倒だ。


 奇しくも、今回は戦闘を避ける、という、同じ結論になったか……。


 

 もうすぐ、イベサー『フォルニデレ』が、留学生との交流会を実施する。


 政府系の高層ビルで、参加者は100人以上。

 あいつらにとっても、一大イベントか……。


「今は、俺たちに構っている暇はない。逆に言えば、このイベントを成功させたら、政財界のVIPをごっそりと籠絡できるか、その下準備が完了する寸法だな」


 さぞや、盛大な乱パーになるだろう。

 海外の異能者の名家にいる女子も、犠牲に。


 イピーディロクがいれば、何とでもなる。

 そもそも、失敗するビジョンを持たないのかな?



 周囲が、騒がしくなってきた。

 パトカーのサイレンも、近づいてくる。


「洞窟の入口にある結界を壊して、かなり騒いだからなあ……。今も、女子大生2人と、中高生の集団が、ギャーギャー叫んでいたし」


 殺人と思われる事件の直後だ。

 近所の人や、私服の刑事が、見張っていたのかもしれない。


 俺は、片足の爪先を外側の地面に当てて、広げたコンパスのように勢いよく、一周させた。

 次の瞬間、スッと落ちる感覚。



 

 気が付いたら、仮の拠点である廃カフェの1階に、立っていた。

 遅れて、強制召喚による水無月と、小坂部おさかべけいの姿も。


「カレナの能力は、便利すぎるな……。ところで、お前も、ついてきたのか」


 俺の頭に乗っていた妖精パティは、背中の羽で飛びながら、首肯した。


「マルジン。助けて欲しいのです! スノードニアの湖に、帰りたい!」


「どこ?」


 思わず問い返したら、2階から降りてきた望月もちづきが、答える。


「ユニオンだねー。円卓の騎士、つまり、円卓ラウンズゆかりの場所だ! ネットによれば、妖精が多い場所って……」


 うなずいた俺は、決定する。

 

「事件を解決した後で、ユニオンの大使館に引き渡せば――」

「それは、困るのです! 私たち妖精は乱獲されていて、捕まったら人体実験か、愛玩動物にされます!!」


 何、その世知辛い現実?

 とはいえ、知り合った奴が、悲惨な末路になるのは……。


 悩んだ俺に、アホ毛の三日月が、話しかけてきた。


「あの……。上で話しませんか? 色々と、お疲れでしょう?」




 廃カフェの2階は、住居スペースだ。


 そこの畳の上で寝転ぶと、黒髪ロングの三日月が、紅茶とお菓子を並べてくれた。

 アホ毛が左右に揺れて、妙に気になる。


「パティ! 結論から言うと、今の俺は、お前をスノードニアの湖に帰せる。ただし、こちらも追い詰められていてな――」


 この妖精は、さっき調査した洞窟と、小枝妃香と黛幹の2人を知っているから、話が早い。


 俺たちの事情を伝えたら、小さなティーカップで紅茶を飲んでいたパティは、口を開いた。


「つまり、旅客機の運賃代わりに、私が役に立てと……。殺すだけでは元の場所へ戻り、半年から1年後に再生する相手。だったら、結界を張り、その中に追い込めば、解決です! マルジンの得意分野じゃないですか?」


「そもそも、マルジンって誰だ?」


 質問に質問で返した俺だが、クッションに埋もれたパティは、怒らずに返事をする。


「マルジンは、夢魔むまと王女によって生まれた、ユニオンの有名な魔術師です。彼の生まれ変わりか、子孫と思っていましたが、どうやら違うようですね……。なら、彼の魂の一部や、重要なパーツが、埋め込まれているのかな? 本物のマルジンなら、もっと性格が悪いですし……」


 首をかしげたパティは、その黒髪ツインテールを揺らした。


「なあ、夢魔って何だ?」


「インキュバスです。だから、遭遇した『イピーディロクの情人』の誘惑にも、余裕で耐えられた……。そう考えれば、辻褄つじつまが合います。アレは、どれだけの強者でも、男なら無条件で落とせるレベルでしたから」


 ………


 ええっ?


 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】で悪役の、千陣せんじん重遠しげとおくん。

 君、ちょっと、設定を詰め込みすぎじゃない?



 悩む俺に対して、パティは平然と告げる。


「私はマルジン本人を見ていませんが、魔力のパターンや、魔術の発動に関しては、一致していると思います。最低でも、何かを受け継いでいます。一族や弟子というわけでは?」


「いや。心当たりはない」


 自称「母親」の次は、ユニオンの魔術師かよ。

 元々の『千陣重遠』って、何者なんだ?


 もし、これらの情報が正しいと考えたら……。


 …………


 先入観を捨てれば、まるでだ。


 しかし、原作は、鍛治川かじかわ航基こうきの視点で、進む。

 あいつは学園生活が中心で、上の情報とは無縁。


 今の俺は、全知のカレナと、同期している。

 だというのに、彼女は何も答えてくれない……。



 原作の主人公は、単純だ。

 その視点だったから、奴の心情や考えは分かる。

 ここでも、変わっていない。


 しかし、『千陣重遠』は?


 何を考えていた?

 なぜ、あれだけ、ヒロイン達を苦しめていたのだろうか?


 もしも、それにがあるとしたら――


「いったい、何なんだ……」


 俺が漏らした言葉に、パティを含めた視線が集まった。


 今は、事態を解決をすることが、最優先だ。


「すまない……。マルジンについては、ひとまず分かった。俺は、室矢むろや重遠しげとおだ。重遠とでも、呼んでくれ」


 軽く手を振ったパティは、笑顔で返す。


「分かりました、重遠」

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