第444話 レベルを上げて物理で殴ればいい

 空中を飛び回る妖精のパティは、言葉を続ける。


「その女子大生たちは、若い女1人の死体と、血がついた鈍器を運んでいました。会話によれば、『笹による殺人と判断させないように』って……」


 暴行された女子大生2人が、主犯のささ有留馬うるまかばうとは、思えない。


 有留馬は必死に自供していて、殺人で立件されることが目的。

 だけど、死体と凶器がなければ、警察は相手にせず。


 俺は、自分の考えを言う。


「女子大生の小枝こえだまゆずみは、笹の共犯だ。それなのに、自首した奴は、彼女たちの名前を出していない。つまり、奴を苦しめて、遊んでいるわけか……」


 どうして、そこまで言いなり? と思うが、今回は動機を考えても仕方ない。


 横を歩いている水無月みなづきは、俺の意見に同意する。


「殺人をさせたうえで、警察にも無視されるように仕向けた。それでいて、世間の晒し者……。方法は知らないけど、よく考えたものだよ」


 俺は、その返事を聞きながら、話題を変える。


「それよりも、水無月。俺は千陣せんじん流、室矢むろや家の当主の立場をかけて、検分によるの開始を宣言する。お前たちが、そのまま立ち会え」


 表情を変えた水無月は、誰かの話を聞いた後で、再び俺の顔を見た。


夕花梨ゆかりさまは、『しっかりと、見届けさせていただきます』だって……。重遠しげとお、考え直して! 今は、『副隊長の力がある』と認められているんだよ? ただでさえ、警察に追われているのに、ウチの立場まで失くしたら! 本当に、いる場所が――」


 必死に訴えていた水無月の口を塞いだ。

 体が無抵抗になった時点で、ゆっくりと離す。


 途中で目を閉じた彼女は、紅潮した顔で、呼吸を荒げている。


 

 水無月を見た。

 彼女は納得しておらず、視線で抗議している。


 手短に説明する。


「今回は、だ。もらえる報酬は、全てもらう。今後の生活で、誰の目にも明らかな大勝負があるとは、思えんし……。それに、俺の力を考えたら……」



 ――副隊長では、役不足だ




「さすが、マルジン。相変わらず、好色ですね……」


 しみじみとつぶやいたパティに案内させて、廃墟の奥まで辿り着いた。


「ここから、中に入れます。マルジン、手を触れてください」


 言われた通り、奥にある壁を触った。

 すると、沼に沈むように、腕が通り抜ける。


「結界か?」


「はい。普通の人間では、この段階にすら辿り着けません」


 ゴソゴソと動いたパティは、魔術の模様らしき紙を取り出した。

 広げたら、本人が隠れるほどだ。


「これを唱えてください!」


【我が盟約に基づき、隠されし物を取り除け。時が流れし中で我に隠すこと、あたわず】


 言い終わった瞬間、その壁は溶けるように、崩れ去った。


 自分で唱えたが、何の文字か、さっぱり分からん。



 正体を現したのは、自然の洞窟だった。

 入口は、炭鉱のように開けているものの、天井や左右の壁は補強されていない。


 RPGのダンジョンか……。



 手掘りのようだ。

 少し触ってみた感触では、けっこうな年月がっている。


 数人が並べる、横幅。

 両手を上げても、天井に届かない。



「もう入るの? それとも、先にこの建物を調べる?」


 実体化した小坂部おさかべけいが、心配そうな顔で、問いかけてきた。


 そちらを見ながら、返事をする。


「いや。地上に、もう手掛かりはない。この宿泊施設は、自首した笹有留馬が『犯行現場』と言い張ったエリアだ。どうせ、警察が大勢で漁って、それっぽい品物は全て持ち帰っただろう」


 調べる必要があるのは、ココだけだ。


 俺は先頭に立ち、真っ暗な洞窟の中へ、足を踏み入れた。




 洞窟の中に入ると、俺たちがいる部分から奥まで、順番に明るくなった。

 理屈は不明だが、生身の人間が立ち入ることを前提にした仕掛けだ。


 ジャリジャリと、足元が音を立てる。

 緩やかな下りが続き、その後は、かろうじて足場になる段差。

 

 地獄の底に続いていそうな、地下へと降りていく。


 すでに残骸だが、滑車とロープのような装置もある。

 どうやら、地上から重い物体を運べるように、工夫したようだ。




 階段の終わりは、廊下のような直線。


 そこを抜けたら、ホールのように広い場所へ出た。

 50人ぐらい集まっても、まだ余裕があるだろう。


 ザーザーという音から、地下水が流れているらしい。


 鍾乳洞のような柱が、天井に見えた。

 まるで生き物のような、自然が作り出した造形。


 風が通る音も、定期的に響いている。

 長い年月をかけて、このホールを削り出したのか……。



 寺院のように、壁をくり抜いた

 そこは綺麗になっていて、数冊のノートが置いてある。


 1冊を手に取り、表紙に何も書かれていないノートをめくった。


 女子大生の可愛らしい文字で、びっしりと埋められている。


“クトゥルーの眷属けんぞくたる者も、イピーディロクについて、多くを語らず。の者は、地中の奥深く、夜の深淵を越えた先にある、煉瓦れんがの壁に囲まれた廃墟におわす。背徳と悪行をつかさどる神格にして――”


 ガラーキの黙示録、その第12巻だ。



「逆巻く龍、揺れる山なく、天地の分かれる時、清浄なる天、濁りし地。人なきからを支配する者よ。その牙をもって、我らの敵を討て。じり、潰し、全てを圧せよ」


 俺がカンペを読んでいたら、近くに白い巨体が現れた。


 頭部がなく、こちらに向けている手の平に、濡れた口がある。

 もう片方の手の平にも……。


 ぶよぶよの肥満体で、中年男のように思えるが、そのプレッシャーが尋常ではない。


 水無月は、糸を束ねることで作り出した小太刀こだちを構える。

 とっさに実体化した小坂部慧も、逆手で握ったナイフが2つ。


 白い男の、首から切り取ったような断面が、ゆっくりと見回した。

 最後に、俺を見据える。


 手の平にある口が、尊大に話し出す。


なんじは、我が神官となる資格を得たり。我が名を知ったうえで、神官に見合うだけのを抑えている。汝の願いをかなえよう。我に仕えよ』


 慧が、俺のほうを見た。

 

 珍しく、緊張した顔だ。

 紫の瞳で、俺だけを視界に収めている。

 


 まあ。

 それでも、良いのだけどさ……。


 

 イピーディロクの本体と、美少女たちが、俺の返事を待っている。

 傍から見たら、何の集会か、全く分からない。


 白い巨体のほうを見た俺は、最後の一言を呟く。



溟涬重縛牙めいけいじゅうばくが



 次の瞬間、イピーディロクを中心にして、地面がめり込んだ。

 重力の増加で、白い巨体が押し潰されている。

 

 足が短くなっていき、胴体も畳まれていく、イピーディロク。

 邪神ながら、俺の選択を理解できないようだ。


「戸別訪問をしてくる営業マンは相手にしない、と決めている」


 その返答に、イピーディロクは少しだけ納得したようだ。


 地面で平らに潰された邪神は、どこかへ消えていった。



 神格のプレッシャーが消え去ったことで、武器を構えていた小坂部慧と水無月は、大きく息を吐いた。


 俺は、残りのノートを流し読み。

 どれも『ガラーキの黙示録の第12巻』だが、明らかに古いものが交じっている。


 全てのノートを掴み、誰もいない床に放り投げた。


ほむら


 今度は、小さな威力の巫術ふじゅつ


 ボッと燃え上がったノート数冊は、すぐ灰になった。



 ホールのすみにある暗がりを見た俺は、右足のレッグホルスターから、拳銃を抜いた。

 そちらに銃口を向けて、数発を撃つ。


 バシッと乾いた音が鳴り、天井や壁で反響した。



「さあ、出てこいよ? それとも、今のノートのように、燃やされるか?」



 1分が経過したぐらいで、ゴムのような皮膚をした、前屈みの人間が、2人ほど現れる。


 顔は犬のようで、両手にカギ爪。

 服を身に着けておらず、全裸だ。


 人間らしき手足を持っている。

 口の汚れを見る限り、死体を食っていたに違いない。


 食屍鬼グールだ。


 糞尿の臭いが酷く、手にしている死体の一部と併せて、吐き気をもよおすほど。



 そのうちの1匹が、俺たちを見ながら、泣くような声で話しかけてきた。


『何の用だ?』


「その死体、いつ手に入れた?」


 俺の質問に、そいつは自分の後ろに隠した。

 奪われる、と思ったらしい。


 銃口を向けたら、もう1匹が説明する。


『女2人に、もらった。最近は、そいつらが定期的にくれるから、困らない。お前も、獲物を運んできたのか? 俺たちは死体だけ食うが、女なら別で使える。それに、こちらで殺せば、済むことだ』


 女子大生の小枝妃香ひかと黛みきは、ここで死体の処分をしていたのか。


 イベサー『フォルニデレ』の企画である、スナッフムービー(殺人の動画)。

 その出演者は、スタッフに美味しくいただかれた、と……。


 こいつらの様子から、食料を調達することで、この祭壇に無関係な人間が入ってきた時の処刑や、力仕事もさせていたのだろう。



 グールどもは、小坂部慧と水無月をじろじろと見た。


 俺は、拳銃の上にあるスライド部分を握り、引く動作をした。

 空気弾を撃つためのバレで、実際には動かない。

 左手の指が滑るだけ。

 しかし、これによって、『戦闘レベル』の出力に上がった。


 再び銃口を向けつつ、最後の質問をする。


「お前たちは、いつからココにいる? 前にも、さっきの邪神を崇拝する女がいたのか?」


 顔を見合わせたグール2匹は、俺が若い女を捧げに来た、と勘違いしたまま。


 仕方ない、といった雰囲気で、最初の奴が説明する。


『俺たちは、ここに隠れて、もう長い。お前が言う「邪神を崇める女」は、確かにいたぞ? 上にある宿泊施設に泊まっていた……スポーツの練習だったか。そいつらの1人の女子でな。そこの祭壇に置いたノートを読ませることで、他の連中を邪神に捧げていたようだ。俺たちに時々、新しい死体をくれた。詳しくは知らないが、実態を知った人間の始末か、敵対していた連中だろう』


 予想通り、古いほうのノートは、イピーディロクに仕える情人じょうじんによるものか……。


 元々、イピーディロクの祭壇があって、女子大生の小枝と黛が有効活用した。

 それが、真実だな。


 焦れたグールの1匹が、慧と水無月を指差しつつ、俺に催促さいそくする。


『これだけ、話した! そいつら、くれ!!』


「あー、ハイハイ。ご苦労さん」


 パンパンッ


 右手で構えた、黒いセミオートマチックの先から、二発の空気弾が発射された。

 どちらもヘッドショットだが、元気なまま。


 自分の頭を戻した、グール2匹。

 彼らはカギ爪を構えつつ、犬のようにうなって――


 発砲音が重なりすぎて、ブウウウッと鳴った後で、どさりと2匹が倒れた。


 俺は、銃口を向けながら、説明する。


「実弾じゃないから、霊力で身体強化をすれば、ガトリング砲と同じ1秒110発は撃てるぞ? まあ、狙いも、へったくれもないが……」

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