第444話 レベルを上げて物理で殴ればいい
空中を飛び回る妖精のパティは、言葉を続ける。
「その女子大生たちは、若い女1人の死体と、血がついた鈍器を運んでいました。会話によれば、『笹による殺人と判断させないように』って……」
暴行された女子大生2人が、主犯の
有留馬は必死に自供していて、殺人で立件されることが目的。
だけど、死体と凶器がなければ、警察は相手にせず。
俺は、自分の考えを言う。
「女子大生の
どうして、そこまで言いなり? と思うが、今回は動機を考えても仕方ない。
横を歩いている
「殺人をさせたうえで、警察にも無視されるように仕向けた。それでいて、世間の晒し者……。方法は知らないけど、よく考えたものだよ」
俺は、その返事を聞きながら、話題を変える。
「それよりも、水無月。俺は
表情を変えた水無月は、誰かの話を聞いた後で、再び俺の顔を見た。
「
必死に訴えていた水無月の口を塞いだ。
体が無抵抗になった時点で、ゆっくりと離す。
途中で目を閉じた彼女は、紅潮した顔で、呼吸を荒げている。
水無月を見た。
彼女は納得しておらず、視線で抗議している。
手短に説明する。
「今回は、勝てる戦いだ。もらえる報酬は、全てもらう。今後の生活で、誰の目にも明らかな大勝負があるとは、思えんし……。それに、俺の力を考えたら……」
――副隊長では、役不足だ
「さすが、マルジン。相変わらず、好色ですね……」
しみじみと
「ここから、中に入れます。マルジン、手を触れてください」
言われた通り、奥にある壁を触った。
すると、沼に沈むように、腕が通り抜ける。
「結界か?」
「はい。普通の人間では、この段階にすら辿り着けません」
ゴソゴソと動いたパティは、魔術の模様らしき紙を取り出した。
広げたら、本人が隠れるほどだ。
「これを唱えてください!」
【我が盟約に基づき、隠されし物を取り除け。時が流れし中で我に隠すこと、
言い終わった瞬間、その壁は溶けるように、崩れ去った。
自分で唱えたが、何の文字か、さっぱり分からん。
正体を現したのは、自然の洞窟だった。
入口は、炭鉱のように開けているものの、天井や左右の壁は補強されていない。
RPGのダンジョンか……。
手掘りのようだ。
少し触ってみた感触では、けっこうな年月が
数人が並べる、横幅。
両手を上げても、天井に届かない。
「もう入るの? それとも、先にこの建物を調べる?」
実体化した
そちらを見ながら、返事をする。
「いや。地上に、もう手掛かりはない。この宿泊施設は、自首した笹有留馬が『犯行現場』と言い張ったエリアだ。どうせ、警察が大勢で漁って、それっぽい品物は全て持ち帰っただろう」
調べる必要があるのは、ココだけだ。
俺は先頭に立ち、真っ暗な洞窟の中へ、足を踏み入れた。
洞窟の中に入ると、俺たちがいる部分から奥まで、順番に明るくなった。
理屈は不明だが、生身の人間が立ち入ることを前提にした仕掛けだ。
ジャリジャリと、足元が音を立てる。
緩やかな下りが続き、その後は、かろうじて足場になる段差。
地獄の底に続いていそうな、地下へと降りていく。
すでに残骸だが、滑車とロープのような装置もある。
どうやら、地上から重い物体を運べるように、工夫したようだ。
階段の終わりは、廊下のような直線。
そこを抜けたら、ホールのように広い場所へ出た。
50人ぐらい集まっても、まだ余裕があるだろう。
ザーザーという音から、地下水が流れているらしい。
鍾乳洞のような柱が、天井に見えた。
まるで生き物のような、自然が作り出した造形。
風が通る音も、定期的に響いている。
長い年月をかけて、このホールを削り出したのか……。
寺院のように、壁をくり抜いた祭壇。
そこは綺麗になっていて、数冊のノートが置いてある。
1冊を手に取り、表紙に何も書かれていないノートを
女子大生の可愛らしい文字で、びっしりと埋められている。
“クトゥルーの
ガラーキの黙示録、その第12巻だ。
「逆巻く龍、揺れる山なく、天地の分かれる時、清浄なる天、濁りし地。人なき
俺がカンペを読んでいたら、近くに白い巨体が現れた。
頭部がなく、こちらに向けている手の平に、濡れた口がある。
もう片方の手の平にも……。
ぶよぶよの肥満体で、中年男のように思えるが、そのプレッシャーが尋常ではない。
水無月は、糸を束ねることで作り出した
とっさに実体化した小坂部慧も、逆手で握ったナイフが2つ。
白い男の、首から切り取ったような断面が、ゆっくりと見回した。
最後に、俺を見据える。
手の平にある口が、尊大に話し出す。
『
慧が、俺のほうを見た。
珍しく、緊張した顔だ。
紫の瞳で、俺だけを視界に収めている。
まあ。
それでも、良いのだけどさ……。
イピーディロクの本体と、美少女たちが、俺の返事を待っている。
傍から見たら、何の集会か、全く分からない。
白い巨体のほうを見た俺は、最後の一言を呟く。
「
次の瞬間、イピーディロクを中心にして、地面がめり込んだ。
重力の増加で、白い巨体が押し潰されている。
足が短くなっていき、胴体も畳まれていく、イピーディロク。
邪神ながら、俺の選択を理解できないようだ。
「戸別訪問をしてくる営業マンは相手にしない、と決めている」
その返答に、イピーディロクは少しだけ納得したようだ。
地面で平らに潰された邪神は、どこかへ消えていった。
神格のプレッシャーが消え去ったことで、武器を構えていた小坂部慧と水無月は、大きく息を吐いた。
俺は、残りのノートを流し読み。
どれも『ガラーキの黙示録の第12巻』だが、明らかに古いものが交じっている。
全てのノートを掴み、誰もいない床に放り投げた。
「
今度は、小さな威力の
ボッと燃え上がったノート数冊は、すぐ灰になった。
ホールの
そちらに銃口を向けて、数発を撃つ。
バシッと乾いた音が鳴り、天井や壁で反響した。
「さあ、出てこいよ? それとも、今のノートのように、燃やされるか?」
1分が経過したぐらいで、ゴムのような皮膚をした、前屈みの人間が、2人ほど現れる。
顔は犬のようで、両手にカギ爪。
服を身に着けておらず、全裸だ。
人間らしき手足を持っている。
口の汚れを見る限り、死体を食っていたに違いない。
糞尿の臭いが酷く、手にしている死体の一部と併せて、吐き気を
そのうちの1匹が、俺たちを見ながら、泣くような声で話しかけてきた。
『何の用だ?』
「その死体、いつ手に入れた?」
俺の質問に、そいつは自分の後ろに隠した。
奪われる、と思ったらしい。
銃口を向けたら、もう1匹が説明する。
『女2人に、もらった。最近は、そいつらが定期的にくれるから、困らない。お前も、獲物を運んできたのか? 俺たちは死体だけ食うが、女なら別で使える。それに、こちらで殺せば、済むことだ』
女子大生の小枝
イベサー『フォルニデレ』の企画である、スナッフムービー(殺人の動画)。
その出演者は、スタッフに美味しくいただかれた、と……。
こいつらの様子から、食料を調達することで、この祭壇に無関係な人間が入ってきた時の処刑や、力仕事もさせていたのだろう。
グール
俺は、拳銃の上にあるスライド部分を握り、引く動作をした。
空気弾を撃つための
左手の指が滑るだけ。
しかし、これによって、『戦闘レベル』の出力に上がった。
再び銃口を向けつつ、最後の質問をする。
「お前たちは、いつからココにいる? 前にも、さっきの邪神を崇拝する女がいたのか?」
顔を見合わせたグール2匹は、俺が若い女を捧げに来た、と勘違いしたまま。
仕方ない、といった雰囲気で、最初の奴が説明する。
『俺たちは、ここに隠れて、もう長い。お前が言う「邪神を崇める女」は、確かにいたぞ? 上にある宿泊施設に泊まっていた……スポーツの練習だったか。そいつらの1人の女子でな。そこの祭壇に置いたノートを読ませることで、他の連中を邪神に捧げていたようだ。俺たちに時々、新しい死体をくれた。詳しくは知らないが、実態を知った人間の始末か、敵対していた連中だろう』
予想通り、古いほうのノートは、イピーディロクに仕える
元々、イピーディロクの祭壇があって、女子大生の小枝と黛が有効活用した。
それが、真実だな。
焦れたグールの1匹が、慧と水無月を指差しつつ、俺に
『これだけ、話した! そいつら、くれ!!』
「あー、ハイハイ。ご苦労さん」
パンパンッ
右手で構えた、黒いセミオートマチックの先から、二発の空気弾が発射された。
どちらもヘッドショットだが、元気なまま。
自分の頭を戻した、グール2匹。
彼らはカギ爪を構えつつ、犬のように
発砲音が重なりすぎて、ブウウウッと鳴った後で、どさりと2匹が倒れた。
俺は、銃口を向けながら、説明する。
「実弾じゃないから、霊力で身体強化をすれば、ガトリング砲と同じ1秒110発は撃てるぞ? まあ、狙いも、へったくれもないが……」
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