第443話 俺の名前は「マルジン」ではありません

 発情した犬と同じささ有留馬うるまは、必死に食い下がる。


「な、なあ? 夜も遅いし、とりあえず俺たちのところに――」

「私たちは、バカの集まりで有名な、東京ネーガル大学の人間よ? のような有名大の人たちに交じるのは、悪いわ」


 わざとらしい、小枝こえだ妃香ひかの発言。


 有留馬は、まだ自己紹介をしていないことに気づかず、彼女の発言を否定する。


「いや、そんなことは――」

「私はとうネの、まゆずみみきだよ?」


「……小枝こえだ妃香ひか


 男なら誰もが反応する、傾国の美女たちは、唐突に自己紹介をした。


 それに対して、有留馬も、とっさに反応する。


「黛さんと、小枝さんね! もう覚えたから! 俺は、青学あおがくの笹有留馬で、このサークル合宿の幹事なんだよ。数人を追加するぐらい、俺が言うだけでオッケーさ! 2人の美人偏差値なら、軽く70は超えて――」


 これまでの集大成のごとく、2人を褒める有留馬に対して、幹と妃香は小声で話し合う。


「やっぱり、覚えていないね……」

「だと思ったけど……」


 笹有留馬は、イベサーの幹部だ。

 容姿で分からなくても、名前を聞けば、ピンとくるはずだが……。


 ただの穴に、名前はいらない。


 つまり、そういうことだ。



 黛幹は、自分と同じ存在に相談する。


「で、どうする?」


 小枝妃香は、腕を組んだ。


「どうしてくれようか……。いくら――様は『人を堕落させることがお望み』と言っても、こいつの顔も見たくないし」


 彼女たちは、有能な人を仲間に引き入れることが、大きな使命だ。

 

 目の前で喋り続けている笹有留馬も、一般的な水準では優秀といえる。

 しかし、不破ふわ哲也てつやと、アシーナの2人を勧誘するべく、姿を現したのだ。


 一足早く、哲也たちが離脱したことで、自分たちを暴行した主犯と再会することに……。



 良いプランを考えた黛幹は、ニヤリと笑った。


「ね? こんなのは、どう?」


 しばらく耳打ちされた小枝妃香は、大きくうなずいた。


「いいわね! じゃ、言い出した幹が、よろー!」

「……ハイハイ」


 しぶしぶ応じた幹は、笑顔で笹有留馬に近寄る。


「黛さん? 何――」


 ちょこんとひざまずいた幹は、手早く下げてから、あーん! と口を大きく開いた。




 もう、寝ようか。と思っていた戸出といで真菜まなは、笹有留馬に呼び出された。


「何? 私、今日は疲れていて――」

新大しんだい布瀬ふせが、お前に話があるんだってよ! 兄のほうだ」


 代わり映えのない、サークル合宿。

 その中で、新東京大学からのニューフェイスだ。


 容姿は、芸能人クラス。

 不愛想な面もあるが、許容範囲。


 ソフィの看板と、自分の美貌で男に困らない真菜にも、悪い話ではない。



 不幸だったのは、戸出真菜の注意力が、散漫になっていたこと。

 同じイベサーの幹部が相手で、特に警戒もしておらず。


 お風呂に入った後に、外へ出たくないが――


「分かった。どこなの?」


 将来的に成功しそうな男子とは、繋がりを持っておきたい。




「あの、笹くん? 本当に、ここ――」


 真っ暗な森の中で、不安になった戸出真菜が最後に目にしたのは、振り下ろされる鈍器だった。




「ほら! やってきたぜ! こ、これで、続きをしてくれるんだろ!?」


 狂気を感じる目で、笹有留馬は叫んだ。

 引き摺ってきた戸出真菜の遺体を指差し、自分の成果をアピールしている。


 いっぽう、そそのかした女子大生2人は、大ウケだ。


「ほ、本当にヤってきたよ、こいつ……」

「笑ったら、悪いよ。妃香……」


 たしなめている黛幹も、クスクスと笑いつつ、肩を震わせている。


 ひとしきり笑った小枝妃香は、面白い余興を見た後のように、告げる。



「じゃあ、次は自首して? 罪は、ちゃんと償わないと!」



「え?」


 笹有留馬は、間の抜けた声を上げた。


 その様子を見た黛幹は、親友の肩を叩く。


「はい。妃香の番だよー!」

「……しょうがないわね」


 小枝妃香は、留馬を仰向けに倒した後で、その足の間に割り込む。


定命じょうみょうの女では、どれだけ頑張っても、この半分もいかないわ。言う通りにしてくれれば、今度はご期待のほうで無制限だから……」


 近くで立ったままの幹も、それに続く。


「私たちのことは、絶対に言っちゃダメだよ? その代わり、良い子にしていれば、2人掛かりのフルコース!」


 留馬がうなずいたのを見た妃香は、幹のように、大きく口を開けた。



 ◇ ◇ ◇



 非公式で指名手配中の俺は、いつも通り、廃カフェの2階でゴロゴロしていた。


 東ネのイベサー『フォルニデレ』にいる幹部のヒロが、血眼になって、小坂部おさかべけいを探しているんだと……。


 霊体でキャンパスに行った皐月さつきは、周囲に怒鳴り散らすヒロを目撃したらしい。


 慧と一緒にいた俺も、当然ながら、捜索対象だ。

 見つかったら、間違いなく囲まれる。


 それだけ、慧とヤレなかったことが、悔しかったわけだ。



 必要な行動は、正妻の南乃みなみの詩央里しおりたちに任せている。

 

 女子中学生の見た目である望月もちづきたちに張り付かれながら、じっと時を待つのみ。



『自首した容疑者の供述に基づき、犯行現場の調査が行われ――』


 テレビでは、会員制のリゾート施設における、イベサー合宿の殺人事件を報じていた。

 けれども、、警察と検察は困っているようだ。



 ひょいと覗き込んだ望月は、持っているタブレットを操作した。

 不破ふわ哲也てつやたちが集めた情報に、すぐ切り替わる。


「これかー。笹有留馬は、例の女子大生2人を暴行した主犯だ。彼女たちに報復として、精神を操作されたっぽいけど……」



須瀬すせ亜志子あしこの可能性もある……。確かに、どちらかを消さないと、面倒すぎるな」


 言った後で、俺は嘆息した。


「ここの廃墟が、小枝と黛が変わった場所で、間違いないだろう。警察が引き揚げたら、俺たちで行くぞ!」



 

 ――会員制リゾート施設 

 

 警察は、数日で撤収した。

 どうやら、笹有留馬には証言能力がない、と見なしたようだ。


 当の本人は、警官をぶん殴り、そっちで捕まった。

 自供するのは、サークル合宿で一緒にいた戸出真菜の殺害だけ。


 それで、精神病院に収容と……。


 度重なる業務妨害に、有留馬のイベサーは徹底的に調べられた。


 女への暴行で、数人の男子大学生、新社会人が逮捕された。

 例のごとく、連中の親にもるいが及び、ワイドショーの格好のネタに。


 まあ、警察も暇ではないだけで、本気を出せば、こんな感じだわな。



「海沿いだと、もう寒いね。山間よりは、マシなんだろうけど……」


 右側の後ろだけ長い、水色のボブ。

 同じ色の瞳をした女子中学生が、俺のほうを見た。


 水無月みなづきだ。


 彼女は、妹の千陣せんじん夕花梨ゆかりの式神で、俺ともパスが繋がっている。

 皐月、望月も同じ。


 夕花梨シリーズとして、複数のハードディスクを組み合わせたRAIDレイドに近い状態だ。

 10体以上で、独自のリアルタイム通信を行っていて、1つの有機体。


 

 小坂部慧も、付き添っている。

 しかし、彼女はイベサーの『フォルニデレ』への潜入で、顔を売った。


 都心部の原宿には、監視カメラが多い。

 念のために、霊体のままだ。



 くだんの廃墟は、森の中。

 大勢で入れる構造の、平屋だ。


 中に足を踏み入れたら、玄関の横に厨房と、畳が敷き詰められた大広間。

 10人以上の団体が一度に入れる食堂や、会議室を兼ねている。


 腐った畳はボロボロで、下手に踏んだら、すっぽ抜けそうだ。


「反対側には、客室が4つ。中規模の広間、共同の洗面所、ランドリー。浴室は別棟べつむねで、2つほど……。水回りを分けるのは、かなり古い設計だな」


 ガラス戸で閉められる廊下は、外と繋がっている縁側よりも、快適だ。

 室内とは障子で仕切られ、大広間に限っては、中央にガラス。

 おそらく、閉めたまま、中を覗くため。


 いたる所に穴が開いた、フローリング。

 置きっぱなしの、重そうな機材と、家具。

 割れたガラスの破片。

 天井や壁から剥がれた、何か。


 スプレーの落書き、転がっている空き缶なども、廃墟をいろどっている。



 さて、どこから調べるか……。


 そう思った俺は、目の前にパタパタと浮かぶ、背中に羽が生えた女を見た。


 15cmほどの大きさで、トンガリ帽子をかぶったツインテール。

 ゴスロリみたいな服だ。

 可愛らしい顔立ちで、このサイズにちょうど良い感じ。


 その黒髪ツインテは、ふよふよと、浮かんでいる。

 赤みがかった茶色の瞳で、俺を見た。


 可愛らしい声で、話しかけてくる。


 

「マルジン。岩から、抜け出たので?」



 俺は、妖精をジーッと見ている水無月に話しかける。


「よし。まずは、大広間のほうから――」

 ビタッ


「無視しないでください!」


 まるでのように、顔面にへばりついてきた。

 このサイズでも、体が柔らかい。という不思議。


 俺の顔面に『だいしゅきホールド』をしてきた妖精は、水無月の手で剥がされた。


「俺は、マルジンじゃない。人違いだ」

「よく見たら、マルジンじゃない。でも、マルジン!」


 ちくしょう。

 何を言っているのか、まったく分からん。



 ツインテ妖精は、俺の前でホバリングしている。


「パティです」

「それより、俺の名前を勝手に決めるな!」



 いっそ、どこかに飛んで行ってくれ。という願いを込めて、話しかける。


「パティ35は、管制承認が出たら、すぐに離陸しろ。地上管制からの指示に従い、次の管制へ無線を切り替えるように」


「私は、航空機ではありません! そんなに、高度は上げられないし……」


 

 困った俺は、試しに聞いてみる。


「お前、ずっとココにいたのか?」


 腕を組んだパティは、考え込んだ。



 改めて、状況を説明する。


「女子大生2人が、ここで暴行されたんだよ。どういう経緯か知らないけど、化け物になったようで、その原因を調べに来た」


「若い女? ……それなら、少し前にやってきて、奥のほうへ、死体を捨てていきましたけど」

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