第442話 イベサー合宿にもランクがある【哲也・ティナside】

 不破ふわ哲也てつやと、その妻のアシーナは、2人の女子大生を追っている。

 その正体を知ることが、日本の命運に関わっているのだ。


 彼らは調査のために、新東京大学の2年、布瀬ふせ哲郎てつろう

 同じく1年の、布瀬亜李愛アリアに、成りすました。

 学年を別にしたのは、兄妹の関係にするためだ。


 操備そうび流のデータによれば、小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきの2人は、とあるイベサー合宿に参加している。

 そこで大怪我をして、1年にも及ぶ、長期の入院。


 サメのように鋭い歯で噛まれた傷は、数ヶ所。

 どう治療しても、傷口が開いたまま。

 

 苦悶の声を上げ続ける患者を嫌がり、弱い立場の看護師が、担当にされていた。

 担当医の所感でも、現代医学で説明がつかない、とまで書いてある。


 

 真牙しんが流のエージェントが運転する高級車の後部座席で、アシーナは隣に座っている哲也を見た。


「ちょうど1年後に、病院から謎の失踪。その数日後に、2人とも、別人のような美女として現れた。検査で本人と認められたことから、警察への届け出はなし……」


 哲也は、その説明に補足する。


「出せなかった、と言ったほうが、正確だな……。その病院に顔が利く人間が、彼女たちを見張るために、入院させたんだ。警察を呼んだら、そこまで金と手間をかけた意味が、なくなる」


 解せない、という表情のアシーナは、尋ねる。


「その病院にじ込んだ奴の息子が、女子大生2人を暴行したんでしょ? どうして、現場で始末しなかったのか……」


 運び込まれた病院の検査で、暴行の事実が出た。

 しかし、普通は、口封じをするはず。


 哲也も首をひねりつつ、応じる。


「死体の処理は、そう簡単じゃない。おそらく、他のまともな参加者か、宿泊施設の従業員、あるいは、近所の人間に見つかったのだろう。イベサー合宿の主催者に手下はいても、全員が共犯とは考えにくい」


 その合宿こそ、イベサー『フォルニデレ』に君臨している妃香と幹にとっての、出発点だ。


 アシーナは、理解できない、という顔で、言い捨てる。


「同じ場所でイベサー合宿を続けているってことは、常習犯ね……。反吐が出る」

「俺たちの目的は、小枝と黛の正体を掴むことだ。それを忘れるな」


 哲也の指摘に、アシーナは片手を振って、了承を示した。




 ――会員制リゾート施設


 海沿いに建てられたリゾート施設は、バーベキューができる庭や露天風呂、プールが、整然と並ぶ。


 いくつかのやしきが建っていて、白をベースにした高級家具や、大理石を敷き詰めたリビングなど、豪華さを強調した設備。


 日本とは思えない場所だが、年末を控えた今は、ギリギリの時期だ。

 冬に向いている場所ではない。



 黒の高級車から降りた不破哲也と、アシーナ。

 後部トランクを開けて、それぞれの荷物を取り出した。


 広い敷地ではないため、すぐに男女の大学生が駆け寄ってきた。


「うーッス! あんたらが、布瀬の兄妹? 俺、ここの幹事をしている、青学あおがくささ有留馬うるま! よろしくなー!」


 必要以上に威圧的であるのは、哲也へのマウント取りか。


 もう寒いため、長袖を着ている。

 下も、長ズボン。


 さっそく、アシーナの品定めを始めたようで、目つきが怪しい。

 兄妹という設定でなければ、もっと露骨にプレッシャーをかけただろう。



「私は、ソフィの戸出といで真菜まな! よろしくね!」


 こちらも、秋ファッション。

 落ち着いた雰囲気で、知的な感じだ。


 ミスコンで上位を狙えそうな美人であるものの、ライバルになりそうなアシーナを警戒している。




 哲也とアシーナは、他の参加者に紹介され、おざなりの拍手で歓迎された。


「じゃ、テニスの続きをしますかね……。今、どんな感じ?」


 笹有留馬の一声で、他の大学生たちが、バラバラに返事をした。


 張り出した紙をジッと見た有留馬は、おもむろに2人の名前を書き足す。


「亜李愛さん、テニスはできる? 基本から教えてあげるよ。……あ、名前で呼んじゃって、いいよね? 名字だと、お兄さんと間違えそうでさ」


 あからさまな有留馬に対して、アシーナは視線で助けを求めた。

 しかし、哲也は、良い機会だから、早く聞き出してこい。という返事。


 ESPイーエスピー能力のテレパシーで読み取ったアシーナは、溜息を吐いた。


 惚れる男を間違えたかなあ……。


 そう思うアシーナとは裏腹に、有留馬はハイテンションで、すみのコートを練習用に貸し切る。




 夕方には、全体がライトアップ。

 幻想的な雰囲気の中で、本館へ移動した。


 鮮やかに盛り付けられた料理が、フルコースで出される。


 白い皿に、カリッと焼きあげた地魚。


 焼き物の皿については、茄子と魚による、オリジナルの味付け。

 点のソースが囲んでいて、芸術品のようだ。


「で、その教授がすっ転んで、大笑いってわけよ!」

「話が分からない奴って、いるよね……」


 和やかに、美味しい食事が終わった。


 不破哲也と、アシーナは、彼らのSNSのグループに入れられた。

 それぞれに部屋が与えられて、ひとまず解散。



 笹有留馬は、不破アシーナと親しくなるために、彼女を探す。


「戸出! 亜李愛ちゃんは? ……メッセは、未読かよ。どこに、行ったんかなあ?」



 

 デイパックを背負った哲也は、同じく荷物を持ったアシーナに問いかける。

 彼女のテレパシーによる会話だ。


『何か、聞き出せたか?』


 ぷいっと顔を背けたアシーナは、哲也の質問に答えない。


『この件が終わったら、どこかのリゾート施設で過ごそう。1週間ぐらい、お前との時間を取るから……』


 機嫌を直したアシーナは、テレパシーで答える。


『笹有留馬は、黒よ! あいつらが小枝妃香と黛幹を暴行して、森の中にあるの中へ捨てたの。……自力で脱出したらしく、ここの従業員が見つけて、やむなく情報が漏れない病院へ押し込めたと』


 このサークル合宿は、ぜいを凝らした趣向だが、内容は普通。

 有名大の学生ばかりで、家も金持ちだ。

 美男美女がいる場になっていて、引き立て役はご機嫌伺いに徹していた。


 本来の参加手順では、幹事の笹有留馬たちの面接を通る必要がある。

 哲也たちの場合は、悠月ゆづき家のセッティングで相応の謝礼を払い、強引に割り込んだ。


 笹有留馬に尋問しながら、アシーナはESP能力で探った。

 小枝妃香と黛幹の名前は覚えていなかったものの、何をしたのか? は、心の中で思い浮かべてしまう。

 

 相手にフォームを教える名目で、自然に密着できる『テニスレッスン』に耐えながら、アシーナは目的の情報を手に入れた。

 


 アシーナは、なぜ暴行が起きたのか? を説明する。


『あいつらは、にも合宿を開催。その時には大学名の選別や、容姿のチェックもなく、むしろ劣っている女を入れる。友人が少なく、逆らわないタイプを選び、あとは人目につかない場所でお楽しみ……。改心するとは思えないし、もう罪に問えない。ここで始末――』

『ティナ。俺たちは、何をしに来たんだ?』


 冷たい感じの哲也に、アシーナは足元の地面を蹴った。


『分かっているわよ!』


 やりきれない様子のアシーナに対して、哲也はなぐさめる。


『年始の休みまで、2人でゆっくりするか? 早く、この任務を終わらせないとな……』



 不破哲也とアシーナは、それぞれにバレの調子を確かめた。

 銃ではなく、リストバンドのような日用品の形だ。


 ザクザクと踏み締めながら、森の中の廃墟へ進む。


 女子大生2人に、そこで何かがあった。

 おそらく、暴行とは別の出来事が……。



 

 廃墟は、部活の宿泊で使っていそうなとうだった。

 飾り気がなく、今の若者が選ぶとは思えない。


 森に埋もれていくかのように、ポツポツと古民家もある。

 先ほどまで滞在していたリゾート施設とは、正反対の雰囲気だ。


 早く済ませようと、前に進みかけたアシーナは、哲也に肩を掴まれた。


『今回は、精神系の攻撃が多い。もう夜だ。拠点に戻って、悠月さまに報告しよう』

『弱気すぎない? せめて、中の様子ぐらいは……』


 首を横に振った哲也は、険しい顔だ。


『ティナの力が通用するとは、限らない。それを実戦で試すのは、リスクが大きすぎる。帰れるうちに、帰ろう。お前だって、嫌な思いをしただろ? すぐに報告して、追加がなければ、数日ぐらい相手をしてやるぞ』


『て、哲也が、そこまで言うのなら……』


 いつになく押してくる夫にドギマギしながら、アシーナは承諾した。


 魔法による身体強化を行い、2人で撥ねるように立ち去る。


 

 

 不破哲也と一緒にいるアシーナを見かけた笹有留馬は、こっそり後をつける。


 初対面で、あいつらは兄妹に思えなかった。

 それにしては、距離感が近い。


 有留馬が見張っていたら、奴らはコソコソと、森に入っていく。

 距離を置きながら、廃墟の宿泊施設に辿り着いた。


 けれど、不破哲也とアシーナの姿はない。


「チッ! そこら辺で、もう始めているのか?」


 焦った有留馬は、行為に特有の喘ぎ声や、濡れた物体が擦れる音を聞こうとする。

 リゾート施設を離れれば、小さな音も響く場所だ。



 地面に積もった葉を踏む音が、2人分やってきた。



 さては、リゾート施設から誰かが、俺たちを探しに来たか。


 そう判断した有留馬は、言い訳を考えながら、慌てて振り向く。

 

「布瀬の兄妹が、ここに入っていくのを見たんだよ! それで――」


 聞かれる前に話し始めたが、見慣れぬ女2人の姿に、思わず口を閉じた。



 上から差し込む月光に照らされた人物は、この世の物とは思えないほどに美しく、煽情せんじょう的だ。


 茶髪ロングで、茶色の瞳。

 意志の強そうな雰囲気すら、その魅力になっている女。


 焦げ茶のポニーテールで、青の瞳をした、元気そうな女。


 どちらも、日本で有数と思えるほど。


 小枝妃香と黛幹の2人は、夜の森であるのに、我が家にいるようだ。



 生唾を飲み込んだ笹有留馬は、今すぐにヤリたい、という欲望に突き動かされるまま、すぐに誘う。


「き、君たち、どこから来たの? 道に迷ったのなら、近くに俺たちが泊まっている――」

「幹、聞いた? 今の、聞いた? 『』だって!」


 人をバカにした響きに、有留馬は戸惑った。


 妃香に話を振られた幹も、東京ネーガル大学にいた時とは、真逆の態度だ。

 低い声で、親友に同意する。


「そうだね、妃香……。こんな奴、あの御方を崇拝するどころか、名前を知る資格すらないよ」

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