第440話 二十分の一の自称「母親」と会った

 目を開けたら、独特の感覚。


 一面に青空が広がっていて、左右を全開にした、日本家屋だ。

 広間の中央で、畳の上に敷かれた布団に、寝ていた。


 冬の手前とは違う、とても過ごしやすい気候。

 高天原たかあまはらだ。


 1階のカフェで椅子に座っていたら、そのまま眠ったのか……。



「驚いたわ。どうして、まだ地上にいたのか……」



 上体を起こしたら、1人の若い女が、正座している。


 見たこともない、ブレザーの制服。

 女子大生ぐらいの容姿だが、その年代に特有の雰囲気ではない。


 栗色に近い茶髪のロングで、琥珀こはく色の瞳だ。


「あなたのは?」


「それよりも、あなた――」

「いいから、答えて」


 俺の質問をさえぎって、その女は言い切った。


 そこに、縁側から摺り足で、2人の女が歩いてくる。

 どちらも、着物だ。


 1人は、咲耶さくや


「お茶を淹れてきたから、一緒に飲みましょう」


 その台詞を聞いて、俺は布団から立ち上がり、座布団の上に移った。




 初めて見た、お姉さん系の女は、薄茶のロングヘア。

 黒い瞳で、とても優しそうな雰囲気だ。


 俺が聞かれたことに答えたら、その女はうなずいた。


「君は、とても大変なのね……。私のことは、『アーちゃん』でいいわ」


 彼女の隣に座っている咲耶は、女子大生らしき人物を見た。


「相変わらず、面白い格好をしている」

「悪かったわね? あたしの趣味だから、放っておいて」


 女子大生モドキは、納得できない、と言いたげな顔で、俺を見た。


「あたしのことは、『ウーちゃん』と呼びなさい! で、さっきの説明に、嘘はないの?」


「はい。千陣せんじん家で生まれて、廃嫡に伴い、室矢むろや家に出されました」


 俺の返事を聞いた『ウーちゃん』は、座ったまま、腕を組んだ。

 短いスカートで胡坐あぐらをかくのは、止めて欲しい。 


 アーちゃんは、おっとりした感じで、ウーちゃんに尋ねる。


「本当に、覚えはないの?」

「……全然ない」


 絶対に落とせない講義のテストで問題が解けず、残り10分の女子大生と同じ顔の『ウーちゃん』は、必死に考えているようだ。


「だって、あの娘は……。分からん。他にいないはずだしー!」


 ごろんと寝転がった『ウーちゃん』は、俺のほうを見た。


「あのさ? そんなに辛いのだったら、もう、ココで暮らす? 少し早いけど、構わないわ。アーちゃん、咲耶も、それでどう?」


「本人がいいのなら……」

咲莉菜さりなに聞いてみないと……」


 勝手に進められる話に、俺は口を挟む。


「そもそも、『ウーちゃん』は、誰ですか?」


 気が強そうな美女は、ガバッと、起き上がった。


 本物の琥珀のように、瞳をキラキラと輝かせる。



「そうね。……あたしは、あなたのよ! 二十分の一ぐらい!!」



 言っている意味が、よく分からない。


 首をひねっていたら、ウーちゃんは、不思議なことを聞いてくる。


「ところで、重遠しげとおは、踊れる?」

「いえ、全然」


「そうよね! 言うまでもなく……。え?」

「だから、踊れません」


 ウーちゃんは、信じられない、という顔になった。


「アーちゃん。この子、やっぱり違――」

「いい加減にしなさい」


 ウーちゃんの両頬りょうほおは、もちのように引っ張られている。


 お姉さんキャラだが、怒らせたら怖いようだ……。



 気を取り直した『ウーちゃん』は、改めて問う。


「重遠は、どうしたいの? そこまで追い詰められているのなら、自分の式神に命じれば、いいじゃない。……カレナは強いんでしょ、咲耶?」


「ええ……。まともに戦ったら、私も普通にヤバいし……」


 笑顔になった『ウーちゃん』は、俺のほうを見た。


「じゃあ、解決ね! パパッと、敵を倒しなさい!」


 慌てた俺は、『ウーちゃん』に言い返す。


「カレナは、別件で手が離せなくて――」

「誤魔化さないで! 今の重遠なら、解決策を知っているはずよ?」


「それだと、加減を間違えたら――」

「別に、いいじゃない! 少なくとも、あたしなら、手加減しないわ!!」


 はっきり言い切った『ウーちゃん』は、俺の顔を見た。



「怖いの? 自分が、大切な人に拒絶されることや、力に振り回されることが……」



 溜息を吐いた『ウーちゃん』は、咲耶に話しかける。


「なるほど。こいつは、戦闘に向いていないわね。もっと鍛えてくれれば、助かったのに……」


「無茶、言わないで! 時間がなかったし……」


 そこで、アーちゃんが、パンッと手を叩いた。


「どうするにせよ、この子に術を教えておかない? どうせ戦うのだったら、色々と対応できたほうが、便利だと思うわ!」




 縁側から外に出た俺たちは、開けた場所に。


 アーちゃんが、スッと立ち、片手を前に突き出す。


「我が名において、命じる! 龍破雷撃砲りゅうはらいげきほう!」


 轟音と眩い光がほとばしり、その先にあった山1つが、消し飛んだ。

 近所に住んでいる、優しいお姉さんにしては、少し物騒すぎるな……。


 得意げに振り返った『アーちゃん』は、俺に告げる。


「ね?」

「ドヤ顔で、そう言われても……」


 じーっと見られた俺は、話を続ける。


巫術ふじゅつだと、儀式か、それを封じ込めた御札を使うしかないですよ? 戦闘中に長い詠唱は、やっていられませんし……」


 指をあごに当てた『アーちゃん』は、笑みを浮かべた。


「なら、私が皆に話しておくわ! 君は遠慮なく、巫術を使いなさい!」



 しばらく付き合ってくれた『ウーちゃん』は、呆れたように言う。


「巫術も、使えるのは大技ばかり……。地上は、もうダメかもね……」


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・

 

 目が覚めたら、今度は廃墟にいた。

 潰れたカフェの1階だ。


 外で、スズメの鳴き声がする。

 表のシャッターを閉めているため、外の光は入ってこない。


 それでも、僅かな光によって、空中を漂うほこりが見えた。


 俺は、横になっていたソファの残骸から、身を起こす。

 ギシッと、音が鳴った。


 体の上にあった、タスキのように長く、体に巻き付けやすい形状のヒモ。

 カナリアの羽のような、鮮やかな黄色だ。


 ――男にかんざしは、似合わないから!


 『ウーちゃん』からの、餞別せんべつのようだ。

 目立つ色だし、どこかへ仕舞っておこう。と考えたが……。


「不思議と、そういう気にならない。さては、呪いのアイテムか?」


 独白しつつも、ソファから立ち上がった。




「昨日の夜は、色々と動いてもらったのに、悪かった」


 廃カフェの2階で、俺は集まった面々に告げた。


 五月女さおとめ湖子ここ香月こうげつ絵茉えまのコンビは、改まった様子で応じる。


「いえ。こちらこそ、全て押しつけてしまい、申し訳ございません」

「私たちも、力になるよ。勝手に動くのもアレだから、室矢むろやくんの話を聞きたい!」


 首肯した後で、ぐるりと見回す。


 結局、全員が残った。

 上座にいる俺を見たままだ。


 意を決して、話し出す。


「今の人員だけでは、やれることが少ない。他の場所にいる味方を動かして、組織的に動く。まず、最終期限だが……。俺が街中で刑事を撃ったことの放映ではなく、留学生との交流会の日にする」


 望月もちづきが、口を挟む。


重遠しげとおは、それでいいんだね?」

「ああ……」


 俺の返事で、望月は黙った。


「湖子たちは、『留学生の交流会』に注意しろ! 日程やリストの変更があれば、すぐ連絡するように。会場の高層ビル、当日の警備についても、可能な限り、調べてくれ」


「分かりました」

「ハーイ!」


 コーヒーを飲んだ俺は、続きを口にする。


「次に、俺たちの目標だ……。ここからは、相手の発言を否定しない形で、意見を出してくれ。俺は、イベサー『フォルニデレ』の女子大生2人、小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきの始末。それから、人を操れる須瀬すせ亜志子あしこの処分と、考えている。今は、それに『留学生の救出』が加わった」


 ここで、一気に発言が増える。


「重遠の冤罪えんざいを晴らすことは、絶対条件だよねえ……」

「これだけ足を引っ張っている警察については、最低で『捜査本部の幹部の始末』だと思います」

夕花梨ゆかりさまに申し上げて、千陣せんじん流から戦力を出させる?」


「そもそも、どの立場で動くの? 異能者ならば、もう四大流派でクーデターを起こすのも、一つの手だよ?」

操備そうび流は、動くでしょうか?」


「今の時点で、留学生たちに知らせるのも、1つの考え方か……」

「いっそ、亡命しちゃう? 同じ異能者だし、今回の話は、国を見限っていいレベルだよ」


 それぞれに数人で固まって、話し合いが続く。

 美少女のグループだと、華がある。

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