第439話 イベサー『フォルニデレ』の裏に潜んでいたもの

 廃墟になった商店街のカフェ。

 その2階で、俺たちは集まった。


 俺と望月もちづき皐月さつきは、すぐに帰宅。

 しかし、イベサー『フォルニデレ』に潜入した小坂部おさかべけいと三日月は、夜遅くのご帰還だった。


 聞けば、幹部のヒロがしつこく、潜んでいる三日月が気を逸らすことで、ようやく脱出。

 俺の式神だから、いったん霊体になるか、人目がない場所まで行けば、主人のところへの強制召喚で、すぐだけどな……。



 慧は、望月たちが作ったカレーを口に運びつつも、愚痴を言う。


「あいつの視点では、『お前1人じゃ絶対に会えない、マスコミや大企業で人事に口を出せる奴を紹介してやったから、俺の相手をしろ!』という話ね。入るための演技とはいえ、私から誘ったわけだし。それでなくても、普通の女子大生なら、大喜びか、損得勘定で応じたろうけど……」


 実際のところ、お試し感覚で、芸能関係の仕事に誘われたようだ。

 しかし、ヒロという男子が、たまたま慧を紹介するポジションにいただけの話。

 

 慧が自分で行動していれば、同じ結果だ。

 新進気鋭のイベサー幹部と言っても、歴戦の社会人と比べたら、まだまだ子供。


 それにしても、気に食わない。

 

「慧に価値があって、そのヒロが凄いわけじゃない。『フォルニデレ』を急成長させたのも、女子大生の小枝こえだまゆずみだろう」


 俺の心中を読んだのか、慧はニマニマしている。

 いきなり、機嫌が良くなった。


 先に食べ終わったので、改めて慧をいたわる。

 

「辛い思いをさせて、悪かった。しかし、慧のおかげで、絵茉えま湖子ここは連中の拠点に入れたのだし……」


 香月こうげつ絵茉えまと、五月女さおとめ湖子ここのほうを見た。

 彼女たちはカレーを食べながら、こくりとうなずく。


 他人に見られない光学迷彩は、とても便利だ。

 けれども、過信をすれば、思わぬ失敗にもなる。

 

 そう思っていたら、湖子が報告してくる。


「小坂部さんには、大変お世話になりました。その甲斐あって、イベサー『フォルニデレ』のデータを一通り回収。今は、本格的な設備がある場所で、分析していますが……」


 ――少しだけ良いニュースと、最悪のニュースがあります



 俺の顔を見た湖子は、どちらを先に聞きたいのか? と選択を迫った。


「少しだけ良いほうから、順番に言ってくれ」


須瀬すせ亜志子あしこは、東京ネーガル大学のイベサー『フォルニデレ』に在籍しています。ところが、歓迎パーティーで「お前を廻すつもりだぞ!」と正直に答えられ、すぐに帰ったそうです。まあ、シンパシー能力で「帰る」と言われたら、引き留めは無理でしょう。本人が何を考えているのかは不明ですが、それ以降はとうネで全く見かけず……」


「須瀬は、イベサー『フォルニデレ』に協力していないのか?」


「はい。現状では、その結論になっています。須瀬の現在位置も、不明なままですが……」


 うなずいた湖子は、俺の指示を待った。



 義妹にして、俺の式神である室矢むろやカレナは、須瀬亜志子の思考に介入する、と言っていた。

 あいつが動けない代わりに、ひとまず考えなくていいか……。


「了解した。最悪のニュースも、頼む」



 湖子は、推定も交ざっていますが、と前置きした後で、説明する。


PMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)のコンセンサスが張っていたことから、で接点を調べました。その結果、イベサー『フォルニデレ』はもうすぐ、留学生との交流会を実施するそうです」


 いきなり話が飛んだことで、俺は混乱した。


「ちょっと待て? あいつら、乱パーを主催している、ヤリサーだぞ?」


 湖子とコンビを組んでいる香月こうげつ絵茉えまが、補足してくる。


「順を追って説明すると、コンセンサスはUSFAユーエスエフエーの諜報機関、CIAシーアイエー(中央情報局)の下請けでさ……。連中が嗅ぎ回る人を始末しているってことは、それが国の利益になるんだよ」


 俺が絵茉の顔を見たら、また口を開いた。


「イベサー『フォルニデレ』は、他のイベサーをいくつか乗っ取り、主催するイベントの種類で名義を使い分けている。その留学生を招待してのイベントは大規模で、お堅い名義による実施だよ。で、本題はココから……」


 急いで食べ終わった湖子は、また平たいゲーム機を置いた。

 ブウウンという音で、上の空間に資料が表示される。


「問題は、その交流会に参加する留学生のリストです。イベサー『フォルニデレ』の資料を見て、何か気づきませんか?」


 湖子に試された俺は、参加者の履歴書を眺めた。


「……中高生の女子だけ? 男子はいないのか?」


 湖子は、首を横に振った。


「いません。ちなみに、彼女たちは、主要国の名家ですね。異能者に関係している……」


 あー。

 だんだん、話を聞きたくない気分に。


 悪い顔になった湖子は、次の資料を表示した。


「もう1つ、お伝えしておきます。イベサー『フォルニデレ』の部員や、その支援者たちは、主にの団体、または『異能者のせいで戦争や貧困が起きている」と主張する人間です」


 真剣な顔になった絵茉も、説明してくる。


「前に言っていた、スナッフムービー(殺人の動画)だけど。『フォルニデレ』の連中が、定期的にバラしているようだね……。主犯か、セッティングしているイベント屋かは、何とも言えないけど」


「被害者の身元は?」


「イベサー『フォルニデレ』のイベントに参加した、大学生たち。例の悠月ゆづき家と繋がっている刑事たちの調査結果と、連中の事務所にあったデータは、一致した。他にも乱パーの動画が大量に残っていたから、その線も間違いない」


 つまり、最悪の結果を予想すると――


「あいつらが、主要国の異能者の名家にいる女子たちを廻したうえで、バラすと?」


 湖子と絵茉は、あっさり答える。


「可能性は、十分にあります」

「この手の犯罪は、常習だからね。ヤると思う」


 俺は、大きな問題点を指摘する。


「さすがに、それは無理だろ? この留学生のリストは、10人ぐらいだし――」

「今回の参加者は、100人単位。それに、PMCのコンセンサスが、警備につく。間違いなく、実弾で武装するよ?」


 香月絵茉は、射貫くような視線で、俺を見た。


「狙いは? これで、何が国益になる? USの娘も、交ざっているんだぞ!?」


 俺の叫びに、五月女湖子が説明する。


「国内の異能者と、非能力者の対立をなくしたいんですよ! たとえば、USの内部でも、異能者をうとましく思っている勢力はいます。その人間にしてみれば、『国内の異能者が痛い目に遭って、日本が異能者の敵になれば、万々歳』というわけです」


 絵茉も、コップの水を飲んでから、言い捨てる。


「日本が、勝手にやらかすんだ。ぜひ、盛大に花火を上げてくれ。全力で利用するから。……それだけの話。不祥事の発覚を恐れているから、警察の上層部はイベサー『フォルニデレ』に手を付けられず! 私たちが動かないと、奴らの筋書き通りになるね!」


 せっかくのチャンスを活かすため、子飼いのPMCに、『フォルニデレ』を警護させているのか。


 でも、外国の名家なら、予め評判を調べるぐらいは――


「あー。室矢くんの考えは、だいたい分かるけど。それは、無理!」


 絵茉のダメ出しで、湖子は別の資料を示した。


「その留学生との交流会は、ココで実施します。室矢さんは、事前に疑えますか?」


 空中の資料には、信用できる名称が並んでいた。

 協賛には、世界的に有名な大企業がいくつかと、文科省、経産省も……。


「ここは、産学連携で建てられた、比較的新しい高層ビルです。企業のオフィスや交流用の施設があって、研究開発のラボと、交流用のサロン。一部は、庁舎も兼ねています。低層、中層、高層で、完全なゾーニングによるセキュリティです。交流会は、恐らく高層のパーティールームかと」


 絵茉が、自分の感想を言う。


「たぶん、乱パーと殺害も、ここじゃないかな? いくらアンタッチャブルでも、派手に動いていたら、そこの所轄が絶対に動くし……。室矢くん、聞いてる?」


 いや、これをどうしろと?

 俺は今、警察に追われていて、潜伏中の身だぞ?

 おまけに、外はクーデター寸前……。


 

 湖子が必死な顔で、訴えかけてくる。

 

「あの……。指示を――」

「知るかアァアアアアアアッ! 警察か、首相官邸か、外務省にでも、聞いてくれ!!」


 思わず絶叫したら、全員がピタッと停止。

 物音を立てずに、俺の様子をうかがう。


 スッと頭を下げた湖子が、謝る。


「申し訳ありません……」

「いや。俺のほうこそ、いきなり怒鳴って、すまなかった」


 視線が集まっているのを感じながら、全員に言う。


「今日は、本当にご苦労だった。一晩寝て、頭を冷やす。まだ俺についてきてくれるなら、明日の朝に会おう」


 言うが早いか、俺は立ち上がって、ワンルームを出た。

 外には出られないから、内階段で1階に行く。


 ほこりだらけの椅子にギシッと座りながら、暗がりで物思いにふけった。

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