第438話 成功したイベントサークルには群がる人間が多い(後編)

 原宿の駅前にある、商業テナント上のレジデンス。

 その窓際は、地上を見下ろせる、ちょっとした展望台だ。


 社会で成功した、選ばれし者だけの住処。


 夏や初秋ならば、4階に張り出したガーデンテラスで優雅にくつろぐのも、良いだろう。

 下からは見えないため、安心して風を感じられる。


 けれども、11月の夕暮れとなれば、外にいるのは寒い。

 空調の効いた室内が、一番だ。


 エントランスから続いている、広い空間には、外の景色を眺めるための長机と椅子。

 あるいは、窓際に1人用のソファと、サイドテーブル。


 歓談用に、大勢が座るためのソファも。



 最後のスペースには、急いで集まった面々の姿がある。

 仕事の雰囲気を残してる、スーツ姿の男たち。

 私服を着ている人間もいる。


 壁際には、仮設の長机と、料理やドリンク。

 ケータリング業者の給仕が、補充や交換を行っている。

 飲み会を兼ねた、打ち合わせのようだ。

 お酒も、ズラリと並んでいる。


 向かい合うか、近くに座った男たちは、小坂部おさかべけいによる自己紹介を聞く。

 むろん、東京ネーガル大学の女子大生としての偽名、小佐田おさだケイだ。


 対する客人も、次々に名刺を出して、自己紹介。


 有名な芸能プロダクションの管理職や、まだ若手のマネージャー。

 テレビ局のプロデューサー。

 

 決定権を持つ年配者と、その部下。

 彼らは自分の所属と名前だけ、告げていく。


 ヒロが電話をかけた時、彼らは打ち合わせをしていた。

 自信満々に、女子大生を紹介する、と言われたので、早めの仕事上がりの感覚で、顔ぐらいは見ておこうか? という流れ。


 彼らの好意的な反応によれば、慧はのようだ。

 早々に帰ることなく、彼女との会話を望む。


 お酌をされながら、探りを入れていく。


「小佐田さんは、芸能活動に興味は――」

「今度、新しい化粧品のプロモーションが――」

「端役でいいなら、今度の番組で――」


 どの男も、慧の商品価値は高い、と見なした。

 ゆえに、安易なセクハラ、持ち帰りを行わず、今後のビジネスパートナーとして接する。

 まだ無所属のため、ここで取り込めば、他にマージンを取られない。



 慧は、少し休むために、女子トイレへ行った。

 男たちは、その僅かな時間で、本音の情報交換をする。


「ヒロ君も、けっこう良い子を発掘してくるね。で、どこの大学? ……は? とうネ? 妃香ひかちゃん、みきちゃんもそうだけど、俺の知らんところで、美女がポンポンと出てくるかあ……」


 酒のグラスを持ちながら、口が上手そうなスーツ男は、大げさに嘆いた。


 いっぽう、誘ったヒロは、嬉しそうに返事をする。


荒井あらいさんに褒めていただいて、光栄です! ウチなら、これぐらいの女子大生をすぐ用意できます。今後とも、『フォルニデレ』をよろしくお願いいたします!」


 ヒロが平身低頭になっているのに対して、荒井と呼ばれた中年男は、ぞんざいだ。

 どうやら、大手の広告代理店の人間で、顔が広いらしい。


「ハイハイ、分かってるよ。また、企業の協賛やイベントで、大きな話を持ってくるから……。しかしまあ、『フォルニデレ』は、成り上がったな? 東京に数百はあるかって弱小イベサーから、いきなり俺らと対等に話せる立場だし」


 他の男たちも口々に、自分の感想を言う。


「数合わせのレベルとは、確かに違う。美人で落ち着いているのに、ツンツンしておらず、可愛らしさもある。こういうタイプは、初めて見た。乱パーで潰すのは、もったいない……。ヒロ君、彼女をくれないか? それなりに、便宜を図るから」


「勘弁してくださいよ、渡邉わたなべさん! 彼女は、ウチの新しい看板になる娘ですから。それに、今日はまだ、ウチの見学で……」



小枝こえだまゆずみが出てから、半年もたずに、コレですからね。後ろ盾を聞いただけで、私たちも無下にはできませんよ」


 イベサー『フォルニデレ』は、女子大生の小枝妃香ひか、黛みきの2人のおかげで、成り立っているようだ。


「東京で一番、二番のイベサーも、ヒロ君のところへ挨拶に来るんだろ? 他とは異なり、傘下のサークルを持っていないのに、ホント別格だわ」


 そこで、『フォルニデレ』の幹部であるヒロは、謙遜する。


「いえ。小枝さんと黛さんが凄いだけッス! それに、皆さんがいてくれるから、こうやって色々とできるわけで……」



 化粧を直した小坂部慧が戻ってきたことで、再び営業トークの連続へ。

 彼女は笑顔で受け流しつつも、内心で辟易していた。


 あの2人のために、少しでも時間を稼がないと……。




 ――慧がヒロと一緒に物件から出ていった直後


 誰もいないはずの内廊下で、個人間の無線通信。


『すぐに探すよ!』

『セキュリティは……特にないですね。念のため、はそのままで』


 その声は、香月こうげつ絵茉えま五月女さおとめ湖子ここだ。


 2人は、小坂部慧がヒロを誘惑した時、一緒に入り込んだ。

 彼女が不自然に玄関ドアを開いていたのは、このため。


 今のうちに、サークルの名簿や、次の予定を突き止めなくては……。


 慧の頑張りをムダにしないために、女子高生のエージェントたちは、迅速に動く。



 施錠された部屋は、『強制解錠』の部分に接続して、テンキーに入力せず、あっさり突破。


 物理的な鍵穴についても、小型の銃の先に鍵がついている物体を差し込み、何回かトリガーを引く。

 ガチンガチンと自動的に形が変わり、すぐに適合した。


 家の中でも厳重に守られた部屋は、空調が効いているのか、とても寒い。


 大人の背丈ほどもあるサーバーラックには、羽虫のような音を立てている電子機器が、隙間なく収められている。

 赤や青のランプの、チカチカとした点灯も、印象的だ。


 透明の絵茉は、家庭用のパソコンが置かれているデスクに取りつく。

 起動したら、パスワード入力を求められた。


『デッドボルトか……。しゃらくさい! 家庭用ごときが、私に太刀打ちできると思ってんのかァ?』


 数回のパスワード失敗で、ロック。

 10回に達したら、自動的に全データの消去だ。


 体につけた装置から伸ばしたケーブルの先をパソコンに差し込むと、バックグラウンドで探り出す。

 デスクトップ画面に切り替わって、ブラウザが壊れたように、多くのウィンドウが表示されていく。



 同じくステルスの湖子は、サーバーラックの椅子に座り、握ったハンドルを手前に引っ張る。

 ガーッと擦れる音がして、管理者用の端末が引き出された。


 湖子が握っているハンドルを上に持ち上げたら、ノートパソコンのように、モニターと、その下のキーボードが見えた。

 絵茉のように、身に着けている装置からケーブルを伸ばして、端末の穴に差し込む。


『イベサー『フォルニデレ』のサーバーですね。公式サイトや、問い合わせの自動返答、メルマガの定期配信……。こちらはネットに繋がっているため、監視用のプログラムを仕込んでおきます』


 お互いに透明なままで、絵茉がぼやく。


『今どき、データセンターじゃなく、自前のサーバーって……。よっぽど、後ろ暗いこと、やっているんだろうねえ……』


『新種のウイルスを数個、見つけましたよ? とりあえず、隔離していますけど』

『おいおい……。マジかよ……』


 可愛らしい声で、絵茉はツッコミを入れた。

 けれど、すぐに確認する。


『んで、湖子ちゃん! そっちは、どう? こっちは、もう完コピだけど……』

『こちらも、完了しました』



『サテラ3よりフィーネへ! そちらを武装した男たちが囲んでいます。無線の暗号から、コンセンサスと思われます!』



 操備そうび流のPMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)、エグゼ・リューデックスに所属している、絵茉と湖子。

 彼女たちは、演奏終了の記号である『フィーネ』だ。


 ここは原宿のため、エグゼ・リューデックスの支援班がついている。

 無線封鎖を破った連絡は、まさに緊急事態。


 香月絵茉が、すぐに返事をする。


『フィーネよりサテラ3へ! コンセンサス、了解。ただちに、離脱する。そちらは監視のみで、10分後に撤退して』

『サテラ3、了解』




 原宿は、夜も眠らない。

 終電が終わった後にも、暗がりに行き場のない若者たちがたむろして、大通りの路面店はライトアップで客を誘う。


 小坂部慧たちがいる、レジデンスの正面。

 夜でもワイワイと、騒がしい。


 怖い雰囲気の外国人は、動きやすい私服で、それぞれに立っている。

 アサルトライフルが入りそうな、細長いバッグを背負ったまま。


 パステルカラー、ゴシック系の服でも、ここなら目立たない。

 駅前なら、人を待っている風にも装える。


 彼らは、片耳につけた無線を聞きながら、周囲を観察。



『フォルニデレの事務所に、誰かがいる。各員、出てきたところで確保するか、追跡しろ』



 隊長らしき男の命令で、一定の感覚でバラけた隊員たちは、それぞれの壁際でレジデンスの出口を見張る。

 屋上やガーデンテラスに対しても、近くのビルから監視中。


 人がいないのに開いたエレベーターを見た隊員は、誰かの悪戯か、誤作動だ。と判断した。



 とある隊員は、目の前を通り過ぎた女子高生2人に、思わず注目した。


 薄い黄色のようなボブで、赤紫色の瞳をした美少女。

 童顔とあって、中学生のように感じる。


 もう1人は、正統派の美少女。

 長い黒髪をなびかせつつ、紫の瞳だ。


 2人とも、アニメキャラを彷彿とさせる、ドーリー系の衣装。

 かなり派手だが、ここでよく見かけるファッションだ。

 わざわざ、怪しむほどではない。


 ボブの美少女に視線を向けられて、私服の隊員はすぐに目を逸らした。



 あっさり監視を突破した香月絵茉と、五月女湖子は、路肩に停まった高級車の後部座席に乗り込む。

 彼女たちを狙っていた男たちは、一斉に肩を落とした。



 走り出した車の後部座席で、絵茉はボソッとつぶやく。


「なーんで、USFAユーエスエフエーのPMCが、あそこに目をつけていたのかねえ……」


 コンセンサスは、USの特殊部隊を辞めた兵士の再就職先。

 世界的な企業のため、大学のイベサーを見張るのは、不自然すぎる。


 どうやら、この件には、もっと大きな闇が潜んでいるようだ……。

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