第437話 成功したイベントサークルには群がる人間が多い(前編)

 東京ネーガル大学に辿り着いた小坂部おさかべけいは、掲示板を見ていた。

 すると、チャラい感じの男子たちに囲まれる。


 そこそこのイケメン達で、着飾っていた。

 とはいえ――


 1つのハイブランドだけ。

 カラフルな色使いで、個性的過ぎる。

 RPGの呪文の詠唱のように、英字で埋め尽くされたTシャツを着た奴も……。



 慧が視線を動かしたら、食堂の近くで見た奴もいる。


 目が合ったことで、笑顔を向けられた。

 すぐに、顔を背ける。 


 とたんに、慧の行く手をさえぎっている連中が、騒ぐ。

 男子に慣れていないか、照れた。と判断したようだ。


「可愛いね!」

「俺らは、怖くないって!」

「大丈夫、大丈夫!」


 一緒にいる三日月は、霊体のままで、距離を置いている。


 呼吸を整えた慧は、近くの男子に声をかける。


「イベサーの『フォルニデレ』は、どこに行けば、入れるの?」




 ――サークル棟


 男子に囲まれたまま、小坂部慧は連行された。


 先頭の男子は、サークル棟に足を踏み入れ、階段で3Fへ。

 入口に立てられている、“一般の学生は立入禁止” という看板の横を通り過ぎる。


 一緒に歩きながら、慧は周りを見た。


 その様子に、隣を歩いている男子たちが、説明する。


「気にすんな! このフロアは、ウチで貸し切りだから」

「そーそー。俺らは、一般じゃないんだよ!」


 慧が3Fを見たら、会議などの打ち合わせ、簡単な飲食ができるスペースのようだ。

 階段の傍にある看板によれば、この建物におけるだ。

 今は、イベントサークルの『フォルニデレ』が、私物化しているらしい。


 オフィスのような、灰色のタイルカーペット。

 中央に配置されたソファ。

 それに座って見られる、大きなテレビ。

 食卓のようなテーブルと、一定間隔で並ぶ椅子。


 テーブルの上は、酒瓶や空き缶だらけ。

 加熱された冷凍品も、乱雑に並べられている。


 掃除をしている形跡はなく、ほこりっぽい。

 壁際や隅には、ゴミ袋が並んでいる。



 一面を見渡せる構造で、慧はすぐに囲まれた。

 その中で、中心的なポジションにいる男が、ジロジロと彼女を眺める。


 男は、『フォルニデレ』の幹部だ、と自己紹介した後で、片手を外側に振った。

 とたんに、他の連中が距離を置く。


 ヒロと名乗った男は、腰巾着こしぎんちゃくらしき数人を連れて、3Fにある個室――元々は、何かの運営委員会の部屋のようだ――に……。


 慧が足を止めたのを見て、すぐに切り変える。


「あー! ごめんね、気づかなくて! 今、他に女子がいないからねえ……。じゃ、そこのテーブルに着いてくれる? 席は、どこでもいいから」


 笑顔のヒロだが、近くにいる男子の足を蹴飛ばした。

 言わなくても、お茶を出せ。という話だ。


「す、すぐに、飲み物を出します! ヒロさんは、ブラックコーヒーでいいっすか?」

「おお! ありがとねー♪ ケイちゃんは? 冷凍で良かったら、食い物もあるよ?」


「……お茶で」


 慧が座ったら、テーブルを挟み、正面で向き合う構図に。


 ヒロは、紙コップを口に運んだ後で、確認する。


「君、ウチにいなかったでしょ? ……そう、編入してきたんだ。で、どこ……ああ、いいよ! 答えたくなかったら、別にいいからねー」


 タブレットで、イベサー『フォルニデレ』の公式サイトを見せながら、営業トークを開始。


「うちはイベントサークルだから、1年ずーっと、退屈しないよ? 春は花見で、夏はダイビングや海水浴。山の避暑地の、でっかい滝を眺めていたこともあったなあ……。秋は定番の紅葉狩りで、冬はスノボ――」


 センスの良い構図で、明らかにプロが作ったものだ。


 リゾートホテルを思わせる、楽しそうな写真が、次々に切り替わる。

 こちらも、プロのカメラマンが撮影したのだろう。


 向かいの慧は、テーブルに置かれたタブレットを見たまま。


「私、あまりお金がないし……」

「あー! それね! ウチは、東京のイベサーの中でも、『ブラックダイヤモンド』のVIP待遇でさあ! もう、ちょーお得って感じで!! どこに行っても、割引価格!」


 何を言っているの? という表情の慧に対して、ヒロは、ここが勝負どころ、と言わんばかりに押してくる。


「これ、見てよ? 俺はココの幹部だから、東京のイベサーが集まっている団体で『Sランク』なんだわ」


 ヒロが財布から出したのは、1枚のカード。

 名前と顔写真。

 ランクに、団体名もついている。


「ね? で、『ブラックダイヤモンド』の『Sランク』だと……。提携しているイベサーの催し物が、何とタダ! けっこう高い酒や食事も出るし、有名人にも会えるから、人生変わるよォ?」


 だから、何? という表情の慧に対して、ヒロは慌てて言う。


「別に、俺の自慢がしたいわけじゃないって! ケイちゃんが良ければ、『Sランク』の体験をさせてあげるよ? お試しで、どう?」


 溜息を吐いた慧は、周りを見た。


「こんな場所で、そんなことを言われても……」

「よーし、分かった! なら、ウチの本気を見せてやるよ! 俺、ちょっとに行ってくるから、後はやっとけよ?」


「「「ウ―ッス!」」」


 ガタッと立ち上がったヒロは、スマホを取り出して、すぐに連絡を始める。


「あ、お疲れ様です! 今、お時間……はい。1人、会わせたい子が……。え? マジですか? ありがとうございます! ええ、はい! すぐに向かいますので。お待ちしております。……失礼いたします」


 スマホの画面を触ったヒロは、次々に電話をかけた。


 慧が、もう帰ろうか? と思った頃に、彼はようやく話す。


「いやー、お待たせ! 荒井あらいさん達、すぐに来てくれるってさ! じゃ、行こっか?」


 慧に断られる可能性を全く考えず、ヒロは笑顔を向けた。


 


 ――原宿


 駅前にある、大きな商業ビル。

 

 リムジンの後部座席から降りたヒロは、同乗した小坂部慧をうながしつつ、3階ぐらいまでガラス張りの建物に入っていく。


 移動に時間がかかったことで、もうすぐ夕暮れだ。

 エレベーターで昇ったら、駅を見下ろす位置に。


「おかえりなさいませ」


 フロントらしき場所に立っている女が、お辞儀をした。


 高級ホテルのように思えるが、ヒロは端的に述べる。


「もうすぐ、ケータリングの業者と客が来るんで。よろしく」

「はい。うけたまわっております」


 その間に、慧は周りを見た。



 個展を開けそうな、広い空間。


 美術館を思わせる雰囲気だが、美術品は特にない。

 床や壁、柱、天井、照明による造形で、空間そのものがシンプルな美を描いている。

 さり気なく、床の模様が切り替わっていて、自然な演出だ。


 西洋のデザインだが、シンメトリーや豪華さにあらず。

 設計思想は、東洋の『び』のようだ。



 ほっこりする慧に対して、近寄ってきたヒロは得意げに言う。


「どう? すっげーでしょ? イベサー『フォルニデレ』は、ここの1つが本部だ。あんな大学のサークル棟ごときで判断されたら、たまんねーわ」


 気分をがれた慧は、ヒロの顔を見ながら、質問する。


「買ったの?」


「いやいや! 流石に、このランクは無理! とりあえず、使わせてもらっているだけ」


 疑わしげな慧は、入ってきたばかりの出入口を見た。


「大学のサークルが、億ションを事務所にできるわけないじゃん。私、帰る」


 慌てたヒロは、慧の正面に回り込んだ。


「まあまあ、落ち着いて! もう、荒井さん達を呼んじゃったし、ケータリングも手配したんだよ! ね?」


「本当にココが事務所だったら、入れるよね? 鍵を持っているの?」


 明らかに疑っている慧。

 その質問で、ヒロは言葉に詰まった。


「いや……。今日は、荒井さん達への顔見せで……」


 とうネのサークル棟とは、訳が違う。

 ここには、イベサー『フォルニデレ』の顧客名簿や取引先のリスト、帳簿、今後のスケジュールを保管している。

 まだ弱みを握っていない女を入れるのは――


 そう思っていたヒロは、傍に立つ慧が、自分の襟元えりもとに指をかけていることに気づく。


 彼女が自分の指でつまんだ襟元は、伸びたまま。

 上から見れば、中の黒いブラが柔らかい曲線を描く。

 両肩にかかっている紐も、丸見え。

 ロープウェイのように張り詰めたストラップは、それだけ中身が重く、収穫時期であることを示す。


 人目がある場所での、ほぼ最大限のセックスアピールだ。



 マジマジと見られた胸元を直した慧は、ヒロの耳元でささやく。


「じゃあ、その荒井さん達に、抱かれちゃおうかな? 今、そういう気分なの……」




 ――イベサー『フォルニデレ』の本部


 4階の2LDK。

 レジデンスの物件1つが、彼らの根城ねじろだ。


 白の天井と壁。

 薄いグレーに近い、控え目なフローリングは、大人の空間。



 小坂部慧は、興味深そうに、内廊下と玄関の中を見比べる。


「へー! ここ、上がりかまちとの段差がないんだ!」

「……バリアフリーに、してんだろ。つか、もう玄関ドアを閉めてくれ」


 気もそぞろな男は、すぐにでも、慧をベッドルームに連れ込みたい。


 玄関ドアを内側から施錠した後で、彼女の片腕を引っ張ろうとするも、パッとかわされた。


 急いで済ませないと、大事なクライアントがやってくる。


 怒りに任せて、慧を怒鳴りつけようとするも――


「スマホ、鳴っているよ?」


 マナーモードだが、ブーンブーンと震えていれば、近くにいる人間も気づく。


 ヒロは思わず電源を切ろうとするも、それを実行すれば、全てが終わる。

 動いている金は、数百万円、1,000万円。

 イベントをしくじれば、個人でかぶる羽目に……。


 すぐにヤレて、お姫様のように気品がある美少女。

 しかも、自分たちの物件の中。

 収まりがつかないし、早く終わらせて、すぐに電話を掛け直せば――


 慧は、ヒロの心中を見透かしたように、微笑んだ。


「私、仕事ができる人が大好き!」


 その言葉を聞いたヒロは、ケータリング業者からの電話を取った。


 自分に気があるのだし、ウチに来た時点で、好き者だろう。

 考えてみれば、急いで済ませるのも、味気ない。

 ムードを作って、優しく抱けば、自分の物にできるかも……。


 そう思いつつ、スマホの画面を触る。


「正面玄関から入ってもらって、長机やソファのところで……。はい。すぐ受付があるから、そこで聞いてください。俺も、今から行きます」

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