第435話 乱パーを活動内容とするイベサーが仕切る大学ー②

 使い古した油の臭いが鼻をつき、胃がもたれる。

 仕入れ先を考えたくない食材は硬く、下ごしらえも不十分だと分かった。


 後味が舌先にしがみつき、いつまでも離れず。

 市販のインスタントに及ばない、お湯みたいなスープも、捨てがたいな?


 要するに、マズい。



 俺は、小坂部おさかべけいの顔を見ながら、指摘する。


「学食じゃ、こんなものか……。さっきの様子を見た限りでは、大学が補助金を出していないか、業者が着服してやがるな」


 対面に座っている慧も、少しだけ口にして、箸を置いた。


「高い、マズい、少ないの三拍子。明日からは、弁当にしましょう! 私が作ってあげるから」


 分かった、と返したら、慧は笑う。



 彼女は、ここからは念話で、というサインを出した。


『女子が、異常に少ないわね……。やっぱり、表に出てこない暴行の被害で、軒並み退学したか、編入で逃げていったか』


 食べる気をなくした俺は、半分も残った食器を見ながら、同じく念話で返す。


『山奥で、警察が来るまで30分かかる場所。周りには暴行に加わりそうな男子か、共犯者の女子だけ。トドメに、大学の連中は、独裁者たちだ。そりゃ、誰でも逃げる』



 その時、片耳につけているイヤホンから、声が響く。


香月こうげつ絵茉えまより御二人へ。そちらの様子は、どう?』


 マイク部分を触った俺は、小声で答える。


「どちらにも、接触していない。俺たちは普通の大学生になるから、そちらで情報を集めてくれ」


『ヤッてしまっても、構わないよね?』

「殺して死ぬとは、限らん。それは、控えろ」


『ブー! ハイハイ。湖子ここちゃんと2人で、須瀬すせ亜志子あしこや、例の女子大生2人がいるサークルを探ってみるよ。以上』

「須瀬を見つけても、近づくんじゃないぞ?」

『りょー』


 投げやりの返事で、香月絵茉からの通信は途絶えた。

 俺の正面に座っている小坂部慧も、自分のイヤホンで無線を聞いている。



 慧はスマホを弄り、俺にも見えるように差し出した。

 そして、大学の全体マップにある『サークル棟』を指差す。


小枝こえだまゆずみがいるのは、ここかしら?」

「イベサー『フォルニデレ』に所属しているから、そこだと思うが……」


 サークル棟は、文化系サークルの拠点だ。


 イベントサークルは、体育会系ではないよな。

 さすがに……。


 そう思いつつ、慧のスマホを見た。



 大学のサークルは、高校の部活動のように、部室を与えられることが多い。

 もちろん、教務に申請して、認定された場合だけ。


 それと、活動内容や実績に応じた予算が、各サークルに割り振られる。

 課外活動に応じた補助金、という場合も。


 ここだと、逆に上納金を支払う仕組みでも、驚かないが……。


 いずれにせよ、サークルの部員から金を徴収することは、基本。

 払え、知らんで、けっこう闇が深い領域だ。


 さて、なぜ俺たちが悩んでいるのか、と言うと――


「イベサーって、非公式だからな」

「金と女を集めるネットワークビジネスだから、認めないよね」


 そういうわけで、大学のホームページには載っていない。

 イベサー『フォルニデレ』が勝手に、どこかの部屋を占拠している可能性はあるけど……。



「絵茉たちが探り当てるまで、俺たちはノンビリと過ごすか?」


 テーブルに肩肘をついた慧は、上目遣いに応じる。


「それもいいけど――」

『三日月より至急! 目立つ男女がグループで、そちらに向かっています』


 霊体のままで見張っている夕花梨ゆかりシリーズの一体、三日月から念話が入った。

 俺と彼女たちはパスが繋がっているので、スマホや無線はいらない。



 俺は合図を出すと、慌てて立ち上がり、トレイと食器を返却した。

 慧も、それにならう。


 同じく式神とのラインで、慧と念話をする。


『すれ違いざまに、偵察する。まだ注目されたくない』

『りょーかい!』


 前から通路を塞ぐように歩いてきた集団が見えたので、すみに避けながら、さり気なく立ち止まった。

 デイパックから講義のテキストを出して、開いたら、慧が覗き込んでくる。


「シゲ。ここ、分かる? あの講師、説明が下手でさあ……」

「ああ、分かるぞ」


 慧は、スマホの画面を見せてくる。

 情報を集めていた五月女さおとめ湖子ここが、探り当てたらしい。


 そこには、SNSのメッセージ。

 近づいてくる小枝妃香ひかと黛みき、イベサー『フォルニデレ』の名前がある。


 インカレで、派手に活動しているようだ。

 写真は、男女の陽キャが集まっている構図。

 どうやら、窓からの眺めが最高の、タワマンらしい。


 近づいてきた声に、俺たちは顔を上げた。



般教パンキョーの件は、講師や教授に話をつけたぜ!」

「小枝さんや、黛さんに『出席日数や提出した課題が足りない』とは、度胸ありすぎィ」

「ウチに来るだけで、奇跡だってのにな!?」

「つか、2人とも一般教養、まだ残していたんだ。……いや! バカにしているわけじゃなくて!」


 イキる連中の前にいるのは、女子大生2人。


 1人は、明るい茶髪のロングで、茶色の瞳の美女。

 気が強そうな、お姉さん系。

 テレビに出ていても、不思議がないレベルだ。


 こちらが、小枝妃香。


「般教の単位をくれるのなら、別に1回ぐらい構わない。私も困っているのだから、その話はもう言わないで」


 とたんに、チャラ男たちが、言い訳を始める。


「ご、ごめん! 妃香ちゃん」

「うん、終わったことだよねえ!」

「ホント、ホント!」



 もう1人は、焦げ茶のポニーテールで、暗めの青の瞳だ。

 スポーツ系の、元気な感じ。

 隣の妃香と並べても、見劣りしない美人。と言える。


「妃香、厳しすぎ……。私も、それでいいから。最近は、みんなと遊んでいないし、また声をかけるね?」


 やはり、男子たちが騒ぐ。


「ヒュー! 幹ちゃん、サイコー!」

「これがあるから、フォルニデレは止められん!」

「いつ? いつ? 俺、待ちきれないよ!」


 そして、ポニテ女が、黛幹と……。

 


 2人の系統は違うが、どちらも女子大生とは思えない、高級ブランドや服だ。

 男たちに、貢がれているのだろう。



 東京ネーガル大学の陽キャ集団は、先頭の女子大生2人に付き添っている。

 まさに、逆ハーレム状態。


 声が大きい男子たちは、ひっきりなしに喋っている。


「いつも通り、食堂の席は取ってあるんで!」

「俺、何か奢りますよ?」


 美貌の女子大生2人は、ピタリと立ち止まった。


「どうしたんスか?」

「いつも通り、妃香ちゃん達の専用メニューだけど?」

「別のところで、食べる?」


 少し離れた場所ですら、彼女たちの色気が伝わってくる。

 というか、これは人間とは呼べない。

 その振りをしているだけだ。


 2人を見るか、気配を感じたら、精神抵抗を要求されるレベル。

 須瀬亜志子とは、違う。


 アレは、もっとだ。

 異常すぎる干渉力を持った、普通の人間。


 それに対して、こちらは異常だ。



 止まった女子大生2人は、俺たちの方向を見ている。


 自分のアイドルが他の男に注目したことで、周りは血相を変えた。


「何、見てんだよ!」

「早く、どこかに行っちまえ!」


「てめえ、聞こえねえのかァッ!?」


 ズカズカと歩いてきた男が、俺の胸ぐらを掴もうとしたので、伸ばしてきた手首を掴み、ひねることで崩し、そちらの方向へ投げた。


 床に叩きつけられ、バァンッと音が鳴る。



 それを見た連中が、一斉に笑う。


「だっせえええ!」

「イキって、それかよ!」



 床でうめく男に構わず、小坂部慧に言う。


「行くぞ」

「うん」


 慧は、俺が落とした教科書をデイパックに入れた後で、渡してくれた。

 受け取って、すぐに背負う。 


 彼らに背を向け、出口へ向かう。

 妃香と幹は、俺たちを見たままだ。


 念話で、霊体になっている三日月に、指示を出す。


『この2人を見張れ。気づかれそうなら、すぐに退け』

『分かりました』



 ◇ ◇ ◇



 投げられた男子は、呆然とした状態で、身を起こした。

 他の取り巻きは助けず、女子大生2人の様子をうかがっている。


 いっぽう、妃香と幹は、お互いの顔を見た。


 こんな僻地の大学で、見慣れぬ大学生がいた。

 明らかに、美男美女。

 どう考えても、入学した時に注目されていたはずだ。


 もう、冬に入る。

 今まで、別の学部や学科という線は、あり得ない。


 特に、美人の女子大生がいれば、ウチの一員か、新歓で酒を飲まされた後に襲われているはず。

 しかし、さっきは、怯える様子も見せなかった。



「この時期の新入生は、いないか……」

「いるはずないよ。編入としても、こんな馬鹿大学に入らないし!」


 険悪な雰囲気に、周りの取り巻きが煽てる。


「い、いやいや! 小枝さんと、黛さんの御二人がいれば、誰だって入学しますよ!?」

「そーそー! 現に、有名大学の男子からも、すげー熱烈じゃないッスか! テレビに出ている有名人だって、すぐ会えるし」

「さっきの女だって、2人の足元にも及ばないブスだぜ」


 黛幹は、誰もいない一点を見つめた。


 その気配が一気に遠ざかったことで、彼女は食堂のほうを向き、歩き出す。

 

 カツカツと歩く小枝妃香は、取り巻きに言う。


「さっきの2人、誰か知っている?」


「いや、知らねーッス」

「初めて見たわ。どこの学部だ?」

「あ! 俺、教務に確認してきますよ! 今すぐ、行ってくるんで!」


 微笑んだ妃香は、言い出した男子に任せた。

 それを見た数人も、勝手にそいつの後を追う。




『気づかれました。いったん、退避します』


 霊体のままで逃げる三日月は、他の夕花梨シリーズに念話をした。

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