第434話 乱パーを活動内容とするイベサーが仕切る大学ー①

 公共バスは廃止のため、歩いて大学キャンパスへ向かう。

 俺たちが異能者であると、まだバレたくない。


 車道に残った案内の看板を見ていると、文明が滅んだような錯覚に陥る。

 街灯やアスファルトは全く整備されておらず、完全に崩落している部分まで。


 見渡す限り、道路の周辺にある平地と山、人が逃げ出した廃墟だけ……。


 割れた窓ガラスの戸建ては、滅びの象徴だ。

 だんだんと低くなってきた日光を受けて、ガラスなどが輝く。

 俺たち以外に、人の気配を感じられず。


 住宅地にあるマンションも静かで、出勤や通学の人はいない。



「こう言ったら不謹慎だけど、綺麗な光景に思えるよ……」


 隣を歩く小坂部おさかべけいは、俺にピタッとくっついた。


「私たちの新居は、こういう場所にしようか?」

「もっと、新しい住宅がいいかな……」


 その返答に、慧は笑った。




 東京ネーガル大学に、到着した。

 キャンパスの正門から見える限りでは、思っていたよりも、綺麗だ。


「外が世紀末なのに、学内は平和だな?」


「主犯の小枝こえだ妃香ひかたちの方針で、『自分たちがいる場所は、清潔にしておきたい』ってところでしょ」


 言い捨てた慧に対して、通りがかった男子大学生どもが見ていたので、霊圧をぶつけた。

 慌てて逃げ出す連中を後目に、俺たちはキャンパス内に足を踏み入れる。




 ――講義室


『えー! この統計から分かるように――』


 壇上の講師が進める中で、それを囲むように配置された席にいる学生は、意外に真面目だ。

 出席は学生証を読み込ませて、ガチガチの管理教育。


 ここは、Fランの私立大学だ。

 中高校生の興味を引くために、カタカナでそれっぽい学部、学科もある。


 90分の講義が終わって、レポートなどの課題が出された。


 ガヤガヤと、出口に向かう大学生たち。

 ここだけを見れば、とても悪人ばかりとは思えない。


「今度のパーティー。有名人が、来るんだってよ! あのドラマの主役だぜ? ひょっとして、共演の女優とヤレるかなあ……」

「どうせ、小枝こえださんと、まゆずみさんが、目当てなんだろ? 俺たちに、お零れがあるのかよ?」

「おーい! また、クセのところへ行こうぜ!」

「あいつでパンチングマシーン、やるかァ!」


 ダンッ

「よお、トイレ! お前、また個室で食事かあ?」

「食器を持ち出すなって、食堂の張り紙に書いてあるだろォ!?」


 ……そう思っていた時期が、俺にもありました。


「ねー! 君――」

 ドタンッ


 小坂部慧をナンパしようと試みた男は、途中でいきなり倒れた。


 きっと、相手を操れるノートに、名前を書かれたのだろう。

 可哀想に……。


 フフ。

 信じていないか?


 そうだ。

 俺が、室矢むろや重遠しげとおだ。


 こいつが俺と慧の間に割り込む際、わざと激しくぶつかってきたから、触れた瞬間に霊力を流し込んで、気絶させた。


 ならば、どうする? 

 この場で、俺を殺す――


「あのさ? 一人芝居をやっていないで、早く行こう?」


 慧のツッコミで、俺は正気に戻った。


「とりあえず、色々と見て回るか?」

「そうね」


 隣に座っていた慧と一緒に、立ち上がった。


 イジメられている男子大学生?

 いや、知らん。

 ムダに注目されたら、やりにくくなるだけだ。



「おい、何かあったか?」

「シケてんなあ! 現金、ぜんぜん持ってねえよ!」


 倒れているナンパ野郎は、他の男子たちに、財布やスマホを奪われている。

 力尽きたセミが、アリの群れに運ばれる光景だ。


 夏はもう、終わったんだな……。




 講義室の外に出たら、そのまま屋外へ。

 他の学生も早足で歩いていて、意外に真面目だ。


 システム上で出欠席を残すうえに、固定の席。

 しかも、いちいち課題が出るからな……。


 だが、苦労した末の卒業でも、Fランとしか見なされず。


 エントリーシートの提出どころか、説明会の予約で大学名が表示されずに申し込めないか、デフォの   “満席”   と表示される始末だ。

 あるいは、参加できても、端から採用する気がない、捨て枠としてのイベント。


 何が何だか、分からない。


 大学生の不破ふわ哲也てつや――俺のバレを担当している技術者――が言うには、大企業は卒業生による後輩へのリクルートで一本釣りだから、それ以外の採用は申し訳にやっているだけ、とか。

 理系も、所属している研究室の採用枠……。


 そもそも、今になって座学を頑張るぐらいなら、中高でちゃんと受験勉強をしておけって話だし。

 Fランなら、コミュ力を鍛えたほうが、よっぽど戦える。

 むしろ、講義は代替やノート貸しで要領よく乗り切って、その代わりにガンガン遊び、様々な人間と会うべき。


 要するに、この大学は最悪だ。

 


 式神としてのパスで読み取った慧は、苦笑い。


「仕事に直結した資格の取得や、現場のインターン中心なら、『専門学校に行け』という話だものね……」



 さっきは筆記用具を広げていたが、ノートは白紙に近い。

 与えられた課題も、無視だ。

 来週の同じ講義には、出席しないからな。


 真面目に受講しないと、90分が長すぎる……。



 講義室から出たら、大学に特有の、他人を気にしない雰囲気が漂う。

 山を切り開いたことで、都心部のキャンパスと比べて、かなり広い。


 移動時間を兼ねているため、他の学生たちはスマホや書類を見ながら、次の場所へ向かう。


 慧と2人で、歩きながら話す。


「というか、広すぎだろ……」

「ええ……」


 建物の数は少ないが、1つが大きい。


 同じ高さの棟には、雨避けの屋根がある通路。

 しかし、階段を降りてから、キャンパス内の道路を横断して、また上る作業が鬱陶うっとうしすぎる。

 同じ高さにすれば、いいだろうに……。


「何を考えて、これだけ移動しにくい構造にしやがった? 学内の段差に緑が多いって、その分だけ造園会社のメンテ費用もかかるだろ? 馬鹿じゃねえの?」


「学長だか理事長が、全体のデザインで決めたんでしょ。たぶん、人の話を聞かないタイプよ」


 うんざりした表情の慧が、ショルダーバッグを肩に下げたままで、両手を軽く上げた。


 最も低い場所は、サーキット場のようだ。

 普段は車が立ち入らない部分まで、ご丁寧に道路が作られている。

 そのせいで、学生は別の場所に移動するだけで、一苦労。


 某アミューズメント施設より広く、野球場、ゴルフ場、ラグビー場と、あらゆる競技場がある。

 大学じゃなくて、スポーツ施設を名乗れ。



 呆れた慧は、俺と並んで歩きながら、周りを見た。


「森に囲まれた池を眺められる語学センター、外観はご立派な情報センター。同じく池の隣にあるモニター棟に、上がピラミッドみたいなガラス張りの学習センター。トドメに、正門のくそ高ゲートよ。ネットのうわさじゃ、工務店が出した案の3倍ぐらいの高さにしたんだって! こんな物を作るのは、ゲームの中だけにして欲しいわ」


 ホームページも、悪趣味。

 見たくもない講義の動画が、常に画面の半分を占めていて、ユーザーに視聴を強制してくる。


 発注した奴は、自己顕示欲の塊だ。


「昨日に湖子ここが見せてくれた資料だと、酷いよなあ……。実質的にFランだけど、ネット工作に金をかけていて、『Fランではありません』って書き込みを上位にしているんだぜ?」


 溜息を吐いた慧が、応じる。


「公表している偏差値は、30台。ということは、実態で30前後でしょうね……。試験用紙に自分の名前を書いたら、合格通知が届くわ。これで、Fランじゃなかったら、いったい何なの? ホームページですら、卒業した有名人はプロ野球選手や、プロゴルファーばかり。おまけに、これだけ施設に金をかけていて、まともな学生寮がゼロ!」


「むしろ、これだけスポーツ施設があって、プロ輩出は野球とゴルフだけか……」


 少し間を置いた後で、続きを話す。


「偏差値と就職実績は、お金じゃ買えない。絵茉の説明だと、日本全国の底辺高校の進路指導を接待して、推薦入学で押し込ませているんだって? 長くねーな。この様子じゃ……」


 げんなりした様子の慧は、俺の顔を見た。


「むしろ、早く潰れたほうが、世のため、人のためよ! 表に出ていないけど、ここに来た留学生の数人は、窃盗団の一味として逮捕されたし――」


 ザッザッと、足音が聞こえてきた。


 下痢でトイレに駆け込みそうな表情の警備員が、俺たちに小走りで近寄ってくる。


「君たち! この栄光ある大学と、学長先生さまを侮辱したな!? 今、通報があったぞ! 学籍番号と名前を述べた――」

 ドサッ


 実体化した三日月――妹の夕花梨ゆかりの式神――が後頭部を殴ったら、警備員はその場に崩れ落ちた。


 愚か者に構わず、慧と歩き続ける。

 さらに、念話で指示を出す。


『このアホは、処分しておいて。山の中で、適当に。あと、密告したバカどもも!』

皐月さつき、了解』


 同じ夕花梨シリーズの皐月から、返事があった。



 片耳につけたイヤホンから、無線の音声が流れてくる。


 ザッ

五月女さおとめ湖子です。教務に通報した人間については、分かり次第、ご連絡します。以上』


香月こうげつ絵茉えまだよ! 教務のデータベースと書類で、「今のは誤報で、その警備員や通報者こそ、学長や大学をけなしていた」と改ざんしておくね! 以上』


 その返事を聞きながら、俺は嘆息した。


 ここでは、学長先生さまを否定することが、何よりも重罪らしい。

 政治将校と親衛隊に囲まれた、素敵なキャンパスだ。


 外に出たら世紀末で、学内は恐怖政治か……。



 小坂部慧と喋りながら、学生食堂などがある複合施設に、足を踏み入れた。


 都心部の大通りにあるショッピングモールのようだが、全体的に場違いな空気を感じる。

 こんな山奥で、都心の一等地にあるカフェを気取ってもなあ……。


 清掃員を雇っていて、常に綺麗だが、知的な雰囲気はゼロ。



 ここの食堂は3つあるが、そのうち1つは職員用。


 学生は、食券式のセルフサービスで、色々と選べるタイプ。

 あるいは、カレーに特化したタイプの、どちらかだ。


 昼飯には早い時間帯だが、高校とは違って自由で、他の大学生たちも食事に来ている。


 俺は、慧の顔を見た。


「で、どっちにする?」

「普通の食堂」


 日替わり定食を頼んだ俺に対して、慧は魚の定食。

 それぞれに自分のトレイを持ち、窓際のテーブル席で向き合って、座る。

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