第433話 今回の話は極めて単純だ(後編)

「まさに、無法地帯だな……。所轄は、何をしている?」


 俺の質問を聞いた五月女さおとめ湖子ここは、平たいゲーム機のような物体を置いた。

 すると、その上に、色々な画面が出てくる。


 どうやら、操備そうび流の情報端末らしい。



「所轄署は、東京ネーガル大学の小枝こえだ妃香ひかまゆずみみき、この2人を任意で事情聴取しました。容疑は、女子大生への暴行、万引き、器物損壊を主導したこと。彼女たちが所属しているイベサー『フォルニデレ』が、主犯ともくされたからです」


 俺が視線でうながしたら、湖子は話を続ける。


「結果は、最悪でした。事情聴取をした男の刑事、他の警官も、。まともな警官もいますが、所轄は完全に動きを封じられ、以後はとうネに関わらない方針に。ここは、ちょうど山奥だったから、臭い物に蓋というわけで……。『フォルニデレ』の連中も心得たのか、自分のテリトリーで暴れて、結果は御覧の有様です。パトカーの巡回は行っていますが、形だけ」


 肩をすくめた湖子は、じっと俺の顔を見た。


「海外のスラムだと、警官もパトカーから降りられない。それと同じ状況か。晴れて、希望に満ちたニュータウンは、背徳のはびこる都『イス』に成り果てたと……。その女子大生2人が黒幕なら、まさに伝承と同じ。あとは妖精が出てくれば、完璧だ。ところで、警察の上層部は? 知っているのだろう?」


 その質問で、湖子は、関連データを表示した。


「警視庁と本庁は、様子を見ています。明らかに異常であることから、『』と判断。けれど、『単なる不祥事』という可能性を捨てきれず、桜技おうぎ流への委託を拒んでいます。付け加えれば、最近の山中で起きた警官5人の虐殺についても、都心部に出た妃香と幹の2人を追った際に発生しました。今回の刑事への銃撃と併せて、ちょうど犯人にぴったりの被疑者が出たわけで……」


 ここで、望月もちづきが口を挟む。


「今だと、重遠しげとおが桜技流のVIPでもあるから、彼女たちを今回の捜査に入れたくないんだろう。準備が整う前に全てバラされるか、逆に襲撃される」


 同じ警察とはいえ部外者で、今は俺の肩を持つ敵だから、桜技流に弱みを握られたくないわけか。


 いや、ちょっと待て……。


「警察の上層部が大きな不祥事を隠蔽するために、この5人は犠牲になったのか!?」


 十河そごう江原えはら内田うちだ岩本いわもと加藤かとう


 彼らの顔写真と経歴が、空中に浮かぶ。

 それを見ながらの叫びに、他の面々が同意する。


「桜技流の演舞巫女えんぶみこだったら、グラム50円にならなかったと思う」

「命令が、『小枝妃香と黛幹の女子大生2人を捕らえろ』でしたからね。私と絵茉えまでも、同じ結末だったと思います」


 それを受けて、操備流の香月こうげつ絵茉は、ぼそっとつぶやく。


「被害者は、鋭利なもので斬られつつ、大きな口で噛まれた痕跡が多数。この女子大生2人、たぶん人間じゃないよねえ……」


 警視庁の無線の一部は、犠牲になった警官の音声を残している。


『……死体が動……』

『何で、こんなところに口が!? ガアアアアッ! この、離せ……』

『銃が! 銃が効きません! 指示を……』


 俺は、話をまとめる。


「疑惑の女子大生2人を捕らえようとして、返り討ち。同じ警察でも女だらけの流派に、自分たちの不祥事を知られないことを優先した結果か……。ともあれ、ここは、誰からも見捨てられたエリアってわけね。非公式に指名手配中の俺のことも、探しに来られないと……。警察に捕まったら、証拠をねつ造してでも、一連の事件の犯人に仕立てられそうだ。いや、間違いなく、そうするな」


 でなければ、警察の上層部が、相手が怪異と知っていて、桜技流に任せず、みすみす警官5人をムダ死にさせた。と気づかれる。

 それも、全身を切り刻まれて、生きたままで食われた……。


 愕然とした俺に、望月が指摘する。


「まだ情報は広がっていないけど、警察の内部で周知されたら、上層部を撃つか、命懸けで真相を公表する警官が出てきても、おかしくないよ?」


 え?

 俺は、この問題まで背負わされたの?


 震えていたら、五月女湖子が報告を続ける。


悠月ゆづき家と繋がっている刑事から、情報が入っています。同じ捜査本部で協力者を作ったから、その女子大生2人がいるイベサー『フォルニデレ』の被害者を片っ端から調べているそうです。捜査本部の情報も、提供してもらいます」


「容疑は?」


「殺人、および死体損壊。その被害者と思われるのは、現時点で5名。対外的には『行方不明』の扱いです。この件は複数の大学が絡んでいて、多くの管轄をまたぐから、警察もやる気がありませんでした。大学生は地方からの上京者が大半で、遺族も長く東京に残るだけの金や時間がないので……」


「どうして、発覚した?」


 俺の質問に対して、香月絵茉と五月女湖子が答える。


「操備流が全体のデータを調べて、ようやく見つけたんだよ! 表向きは単なる失踪で、東京じゃ珍しくもないからね。だーれも捜査せずに、ギュンギュンと被害者が増えている」


「死体が出なければ、世は事もなしです。出ても、自殺で処理することが多いですけどね?」


 どうやら、裏でスナッフムービー(殺人の動画)が出回っていて、そちらでもヒットしたようだ。



「カレナも、『別件を先に片付けろ』と言っていたな? 須瀬すせ亜志子あしこと対決するには、小枝妃香と黛幹の2人がどうしても邪魔……」


 香月絵茉は、俺の独白にツッコミを入れる。


室矢むろやくんが表に出てこなければ、折を見て、マスコミに『室矢重遠が刑事を撃った場面』を放映させるつもりだと思う。そこが、最終的な期限だね! 連中は身柄を確保できれば、拷問してでも、供述調書に指印やサインを強制するよ」


 上層部の事なかれ主義による、山中での警察官5名の殉職。

 警視庁の管轄における、不祥事の隠蔽。

 そこにきて、街中での刑事の発砲か。


 最後は、もみ消せない事件だ。

 必ず、警察の責任を追及される。

 そこから芋づる式に、手を付けられない犯罪エリアの実態、捜査中の警官5人の死亡も、明るみに出ると……。


 真実を知れば、警察の内部ですら、暴動が起きかねない。

 したがって、その前に犯人を捕まえておくことが、必要不可欠。


 そいつが全ての事件の黒幕だ、と言い切れれば、なお良い。


 重要なことは、大衆や、担当の検察官、裁判官を納得させることで、真実ではない。


 俺の身柄を確保できれば、罪状を無理に作ってでも拘留し続けて、全部の罪を被せつつ、その間にマスコミで世論を誘導する。

 雲隠れか、死亡している場合でも、マスコミを使い、俺を凶悪犯と言い続ける。


 どちらにせよ、有罪にするための情報操作は、完了すると……。



「現時点で公開捜査に移らず、マスコミに情報を流さない理由は?」


 五月女湖子は、緊張した面持ちで、俺の質問に答える。


「異能者と非能力者の対立になっています。これまでの四大流派は、バラバラに動いていました。しかし、室矢さんを軸にした現状では、うかつに言えば、日本全国で四大流派が武力制圧に乗り出します。警察庁としては後に引けないため、時間を置くことで可能な限りの根回しや、『やむなく情報公開をする』という言い訳を作っています」


千陣せんじん流は『我関せず』だが、それ以外の四大流派は?」


真牙しんが流の魔法師マギクスは、警察と防衛軍にいる面々を含めて、クーデター寸前です。桜技流も、すぐに出られる準備を進めています。操備流も、須瀬亜志子を庇う警察をとして扱います。室矢さんの事情もあると思いますが、早めに彼女を始末していただくよう、お願いします」


「そちらで、情報戦は?」


「ウチにも、室矢さんが襲われた時の映像はあります。しかし、今すぐに出しても、説得力がないでしょう。ネットにばら撒けば、警察は面子を守ろうと、さらなる強硬手段に及びます。それよりも、警察の内部で疑問に思う声を増やして、直接は上官に逆らえなくても、風向きを変えたほうがいいで――」

 バシッ


 湖子の提案に、畳へ箸を叩きつける音が響いた。

 全員、そちらに注目する。


 視線を集めた望月は、いきどおりを隠せない様子で、呟く。


「これさあ……。警察を潰したほうが、早いんじゃない? 何で、あたし達が、そこまで配慮するの? 重遠。命令をくれれば、今から動くよ。千陣流も、それは問題にしないと思う」


 その発言で、沈黙が訪れた。


 

 望月が言うことにも、一理ある。

 千陣流は妖怪を受け入れて、カオス寄りの考えだ。  

 本来、そこの上位家の当主である俺は、真っ先にそう命じるべき。


 その場にいる全員の視線を感じながら、俺はお茶を飲んだ。

 すかさず、隣に寄り添っている小坂部おさかべけいが動き、湯のみ茶碗に注ぐ。



「俺たちがやることは、だ。女子大生2人の正体を確認した後で消し、須瀬亜志子も消す。それだけだ。最優先で目標を達成して、俺はその時に身の振り方を考えるさ……。湖子、説明を続けろ」



 コクコクとうなずいた湖子は、別の資料を表示する。


「今残っているのは、何らかの事情で動けない人間か、東ネの関係者だけ。開発前から古い戸建てに住んでいる高齢者や、大学に務めている職員や学生。残っている店舗の従業員や職員は、車やバイクの通勤に切り替えた人間も多いです。全員がグルではないと思いますが、安全のために『全て敵』と考えたほうが良いでしょう。特に、大学生は……。他の指名手配犯や、犯罪組織も流入している可能性が高いです」


 一通り聞いた俺は、明日からの予定を告げる。


「とにかく、東京ネーガル大学に行ってみるか。現状だと、情報が足りない。大学生と言い張れるのは……慧だな。残りは、バックアップに回ってくれ」

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