第432話 今回の話は極めて単純だ(前編)

 お尋ね者は、人目を忍び、廃墟の中でカップ麺をすする生活を余儀なくされる。


『すまんな、マサ……』

『兄貴。やっぱり、ヤるんですか?』

『当たり前だ。かしらやられて、黙っていられるか……』


 ブンッと、テレビの電源が切られた。


 振り返ったら、アホ毛が揺れる黒髪ロングで、金色の瞳をした、女子中学生の笑顔。


 千陣せんじん夕花梨ゆかりの式神。

 その一体である、槇島まきしま三日月だ。



 目の前に、お膳が置かれた。

 和え物、お造り、天麩羅、茶わん蒸し……。


 会席の料理が少量ずつ並べられた重箱と、汁物のお椀だ。


 目の前の三日月は、すっと正座をした後で、勧めてくる。


「はい、重遠しげとお! お食事です」

「わざわざ、すまねえな」


 箸を手に取って、一口だけ食べる。


「どう?」

「美味しいじゃねえか……。板元が作ったのかと、思ってしまったぜ」


「良かった。嬉しい! わざわざ、食材ごとに、別の鍋で煮たんだよ? お出汁も、厳選した鰹節かつおぶしで――」

「流石だぜ、ミカァ!」



 おかしい。


 どうして俺は、目の前にお膳を置かれて、正座をした黒髪の美少女に給仕されているんだ?



 周りを見たら、まるで料亭か、お座敷だ。

 畳が敷かれた部屋には、行灯あんどんが立てられている。


 お香も焚かれていて、着物を着た皐月さつき水無月みなづき――三日月と同じ夕花梨シリーズ――が正座。



 ぼんやりとしていたら、艶やかな着物に身を包んだ小坂部おさかべけいが、説明する。


「ここは、セーフハウスの1つだって! 私たちが急いで用意したから、貧相だけど……」


「ああ。お座敷遊びをしているわけじゃ、なかったよな……」


 へえ。

 これで、貧相ですか。

 そうですか。



 すみに控えている望月もちづき――こいつも夕花梨シリーズ――が、ワインレッド色の眼鏡を直してから、付け加える。


「1階が店舗で、その2階の住居部分だ。内階段を通って、住宅部分とつながっている構造。ワンルームとして広めだけど、千陣流の上位家の当主が泊まる物件じゃないよ」


 トイレ、バスがあるものの、ここは商店街の一角。

 廃業したカフェだ。


 1階にはさびと落書きの金属シャッターが下りていて、両隣と向かい側にもシャッター。


 要するに、人がいなくなった



「電気と水道が、よく通っていたな?」


 参謀役の望月が、すぐに答える。


「ガスと違って、電気と水道はけっこう残されているんだよ。まあ、長くは持たないだろうけど……」


 念のために、飲み水はペットボトル。

 表の電気、水道メーターにも、細工をしてある。

 結界によって、熱源や集音による探知も、通じず。


 ボンベ、ガスコンロを持ち込めば、普段の生活と変わらない。

 残された家具家電を使い、現状の空間が作られた。


 望月いわく、ココの住人は、夜逃げしたのだろうね。



 いきなり発砲されて、刑事に反撃した俺は、正体不明の人物の忠告で、すぐに現場を離脱した。

 霊力による、ゴリラよりも強い握力で、自分のスマホを爆散。


 そのまま、悠月ゆづき明夜音あやねに渡された紙片にある住所へ。

 車より速いうえに、足での移動。


 すぐに検問や巡回があって、警察の動きは早かった。

 第二の式神による天装のおかげで、レーダーに引っ掛からない低空を突っ走ったけどさ……。


 ここは、八王子の山に面したエリアだ。

 近づいたら、慧や三日月たちが出てきて、このセーフハウスに招かれた。



 水無月が、こちらを見た。


「重遠は、ずいぶんと落ち着いているね?」

「まあ、色々あったからな……」


 原作の『千陣重遠』の追体験を続けて、人体は急所を外して止血すれば、けっこう長生きする。と学んだ。


 トドメを刺されずに、放置されるからな。

 顔見知りのが、いつも最期まで付き合ってくれる。


 お前は、そこで朽ちていけ。と最後に言うのは、南乃みなみの詩央里しおりだけど……。


 体をバラすのは、夕花梨の式神だ。

 今の睦月むつきたちとは違い、マネキンっぽい感じだが。

 たまに、夕花梨も、俺の身体をバラす。


 何回、その最後を繰り返したかなあ……。



 正直、こうやって正面から敵対してくれたほうが、やりやすい。

 本人が知らないとはいえ、自分を殺し続けた相手と仲良くするよりは……。



 そう思っていたら、慧がもたれかかってきた。


「慧?」


「重遠。せっかくの機会だし、好きなように動けばいいよ。今はもう、世間体どころじゃないし。ウチの隊長格が暴れられる機会は、あまりないから……」


 俺の式神の室矢むろやカレナも、、と言っていたな。

 一周まわって、原作のような悪役キャラに原点回帰した、と。



 慧の顔をこちらに向かせてから、尋ねる。


「千陣流は、どう言っている?」


「箔がついたなと、笑っていた。真実はとっくに調査済みだから、後は警察がどう動くか。これで事実を捻じ曲げるようなら、自分で自分の首を絞めるだけ」



 望月は、気怠そうに報告する。


真牙しんが流と桜技おうぎ流は、どちらも静観している。同じく、重遠に監視をつけているから、特に騒いでいないようだね」


 俺の生活は、24時間の監視のようだ。

 つまり、集団ストーカーに狙われている。


「俺、もう私人じゃなく、公人みたいだな……」


「え? 今更?」

「これだけ影響を与えておいて、嘆かれても……」

「四大流派の3つに、認められているんだよ? 監視チームだけで、合コンができる人数」


「天道とは、言わないけどさ。重遠が筋を通しているのに、それを潰そうとするのなら、いずれ敵は自滅する。もし社会で暮らせなくなったら、ウチか、桜技流の禁足地で、スローライフを送ればいいよ。たぶん、歓迎してくれる」

「桜技流だと、やしろに祀られそう」


 最後に、望月が締めくくる。


「まあ、ウチなら『強ければヨシ』だから、好きにしなよ?」



 バタバタと足音がして、階段を上る音。

 操備そうび流のエージェントである、香月こうげつ絵茉えま五月女さおとめ湖子ここだ。


 入ってきた絵茉は元気よく、湖子は疲れた雰囲気。


「ハイハイ! 中に入り込んで、学生証を作ってきたから、配るよ! 学費が振り込まれていないから、そのうち経理に気づかれるけど、その前にこの事件も終わっている……といいなあ!」

「私は、とっとと帰りたいです」


 キャッシュカードのように、アルファベットの名前と番号が、浮き出ている。


 俺の分は、室伏むろふし重鷹しげたか

 顔写真なしで、逃亡者の俺にも使いやすい。

 他の面々も、偽名のようだ。


 絵茉は、俺の顔を見ながら、説明する。


「最初の発音は本名と同じのほうが、咄嗟に反応しやすいからね。ま、一時的なものだから……」


 私立の東京ネーガル大学。


 例の須瀬すせ亜志子あしこが在籍していて、カレナが警戒していた2人、小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきもいる。


 まさに、悪の巣窟だ。


 そのキャンパスが、ここにある。



 この地域は、山を切り開いて、作られた。

 いわゆる、ニュータウン。


 都心部の住宅地と見込まれていたが、で大失敗。


 俺たちがいる商店街のように、その需要を見込んだ連中は、行方をくらました。



 座り込んだ香月絵茉たちは、三日月に和食をもらいながら、説明する。


とうネの連中が暴れまくって、この商店街を含めて、全部をメチャクチャにしたからねえ……。鳴り物入りの開発だったから、ゼネコンの担当者も首を括っていそう。政治的にも、力を入れていたでしょうに」


 理由は不明だが、そこの学生が万引き、強盗、器物破損、闇討ちと、やりたい放題。


 大学の近所にあるコンビニも、バイト店員の大学生がレジの金を抜き、商品を持ち出しまくったことで、すぐに潰れた。


 今では、前面のガラスが叩き割られて、駐車場は走り屋の休憩所だそうだ。

 下手に通りすがったら、襲撃される。


 新しいショッピングモールも潰れて、ここは陸の孤島になった。


 都心部に通じているのは、山に沿って作られた国道と、鉄道の2つ。

 場所が場所だけに、ヘリポートもある。



 立件されていない犯罪者どもの大学は、生活に必要なインフラを残している。

 キャンパス内の飲食店、生活圏にあるスーパー、携帯の代理店などは、まだ営業中。


 住宅を購入したか、賃貸に入居した市民も、こぞって逃げ出した。


 昼ですら、若い女が歩いていたら襲われるエリアだ。

 無理もない。


 その代わり、広く廃墟になったことで、俺が潜伏していても、怪しまれないけどな……。

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