第431話 室矢重遠の逃亡で浮き彫りになる対立構造

 本庁の捜査本部は、100人を超えている。


 特別緊急配備は、いつまでも行えない。

 短時間で、決着をつける。


 総責任者の本部長が、檄を飛ばす。

 その階級章は、何と『本庁の部長クラス』だ。


室矢むろや重遠しげとおの身柄を押さえろ! 全ては、そこからだ!」


 須瀬すせ亜志子あしこは、被疑者の1人に過ぎない。

 室矢重遠を追うための捜査班が大幅に増員され、その身柄の確保が最優先となった。


後藤ごとうは、このリストを当たれ! 永野ながのは――」


 現場の責任者が指示を飛ばし、それを受けた刑事たちが動き出す一方で、放置されているグループも。


 そのうちの1人である岩室いわむろ佐助さすけは、同じ立場の刑事に声をかける。


冷泉れいぜい警部補でしたよね? 私は、警視庁の岩室です」

「どうも……」


 声をかけられた冷泉のぼるは、いぶかしげに佐助を見た。




 異能者の少年事件に詳しい佐助は、隣の県警から出張してきた昇をドライブに誘い、都心部から離れたスポットの駐車場に停めた。


 助手席にいる昇を見ながら、本音で話す。


「私も、冷泉さんと同じ意見です。あの女、須瀬亜志子をすぐに何とかするべきです。私は真牙しんが流の悠月ゆづき家と協力関係にあって、この事件で真相に近い立場といえます。……今回だけ、組みませんか?」


 突然の申し出に、昇は悩んだ。


 それを見た佐助は、すぐに付け加える。


「彼女は、危険だ。しかし、本庁の捜査本部は、室矢くんに全ての罪を被せるつもりです。このままでは、最も止めるべき凶悪犯が、野放しになってしまう」


「その室矢が、お宅の刑事を撃ったんじゃないのか?」


 昇のツッコミに、佐助は首を横に振った。


「現場にいた刑事が、先に発砲した……。事実は、そうです」


 差し出されたタブレットの動画には、現場での室矢重遠が撮影されていた。


 無警告で発砲した刑事の隣には、あの須瀬亜志子の姿も――


 血相を変えた昇は、警察無線で連絡しようと試みたが、運転席からの手で止められた。


「現状では監察も、その証拠を握り潰すでしょう。本部長に命令されれば、撃った本人も真実を言わない。あまりに、事態が大きくなりすぎた。生贄いけにえが必要なんですよ……。『言葉だけで人を操れる女がいる』と主張して、受け入れられましたか?」


 誰も、それを聞かなかった。

 

 やり場のない怒りを覚えた昇は、思わず車のダッシュボードを叩く。


 その様子を見た佐助は、諭すように説明する。


「このタブレットの情報は、本来なら提出するべきものです。悠月家との交渉では、捜査本部の情報を出しています。あなたが本庁へ戻って、監察や捜査本部の上に『捜査情報の漏えいや裏切り』と垂れ込んでも構いませんが、その場合は延々と被害者が増えていくでしょう。相手に話しかけるだけで操れるのなら、彼女がネット配信を始めるか、政治活動に手を染めたら、どうなると思います?」


 もし映像や音声だけで人を操作できる場合、その影響はこれまでの比ではない。


 ゾッとした昇に対して、佐助は提案する。


「冷泉さん。あなたは、私を利用すればいい」


 昇が何も言わないことを確認して、佐助は話を続ける。


「いったん、室矢くんに濡れ衣を着せたら、もう終わりです。日本警察はそのアンタッチャブルを隠蔽するために、何でも犠牲にするでしょう。たとえば、真実を知っているか、知ろうとする刑事や市民、政治家の口封じも……。それは、正義が完全に死んだことを意味します。私は、取り返しがつかなくなる前に、事態を収拾したい」


「……どうするつもりだ?」


 昇の返事に、佐助は説明する。


「須瀬亜志子を直接追うのは、危険です。街中で銃撃を始めた刑事の、二の舞だ。彼女が所属している大学、そこのサークルを調べましょう。本庁の捜査本部は元々、そのインカレで中心的な女子大生2人を追っていましたからね。そちらはそちらで、ヤバい山ですけど……」


 運転席の佐助は、都心部へ戻るために、車を出した。

 隣に座っている昇は、思わずこぼす。


「これが失敗したら、警察の信用はゼロだな……」


 ハンドルを握っている佐助は、その台詞を聞いて、思わず笑った。


「冷泉さん。事態は、そんなレベルじゃありませんよ!」


 ムッとした昇に対して、佐助は前を向いたまま、答える。



「今は、いつが起きても、全くおかしくないです!!」



 は? という顔になった昇だが、佐助は運転に集中するのみ。


 ここからは、岩室佐助が言った理由を説明するために、関係者の様子を見てみよう。



 

 ――WUMレジデンス平河ひらかわ1番館


 心配でたまらない、という表情の美少女が、広いラウンジで右へ行ったり、左へ行ったり。


 ソファに座っている室矢むろやカレナが、声をかける。


詩央里しおり。少しは、落ち着け……」


 立ち止まった南乃みなみの詩央里は、たまりかねたように叫ぶ。


「やっぱり、私も――」

「この建物から出るか、車を降りた瞬間に囲まれて、そのまま留置所と取調室の往復だ。根負けするまで、心身を揺さぶられるぞ? 今の詩央里では、2日も持たない。それに、重遠のところへ行けば、セーフハウスを用意した意味がなくなる。テレビとネットは、絶対に見るな」


 優雅に紅茶を飲んでいる千陣せんじん夕花梨ゆかりは、詩央里を刺激しないように、淡々と告げる。


「お兄様は、無事にセーフハウスまで辿り着きました。ひとまずは、安全です。私の式神の通信網がありますから、少しは信用してください」


 同じように、悠月明夜音あやねが、説明する。


「レジデンスの中は安全ですし、警察は絶対に入れません。配下の者が近所を固めていて、買い物も代行してくれるので……。インフラを破壊する兵糧攻めでも、非常用の設備で1ヶ月はもちます」


 新作のポテチを口に入れたカレナは、事もなげに言い捨てる。


「私が心配しているのは、重遠ではない。どこまで被害が出るのか? だ。庁舎や部隊ごと吹っ飛ばすようなら、静かな場所で暮らすか……」


 その言葉に、他の女子高生は、互いに顔を見合わせた。




 ――止水しすい学館


 壇上の天沢あまさわ咲莉菜さりなは、話を締めくくる。


「重遠は、新たな冒険の旅に出たのでー! 我らの出番は近いと、心得よ!!」


 集まっている女子は、ワ―ワ―と騒ぎ始めた。



 北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおは、残念そうな顔だ。


「私たちは、お留守番か。咲莉菜さまの演説で、今回の事情を聞けたけど……」

「待つしかないわね」


 傍にいる相良さがら万緒まおは、2人に提案する。


「良い機会だから、私が鍛えてあげるわ」


 不思議と、本庁や警視庁からの出動要請はない。

 しかし、彼女たちは、直に動くだろう。




 ――古浜こはま探偵事務所


「どうにか、連絡がつきませんかね? 他に、心当たりは?」

「そう言われましても……」


 古浜立樹たつきは、公安警察の身分を明かさず、時間稼ぎに徹している。




 ――防衛省


 路上を歩いていた柳本やなもとつもるは、かかってきた電話の内容で、獰猛どうもうな顔つきに。

 役人ルックとは思えない、殺気をみなぎらせた。


 この期に及んで、逃亡中の室矢重遠を見つけ出し、警察庁に恩を売っておく。という、アホなことを言われたからだ。


「それはそれは……。私はいったい、何から国を守って――」

「柳本さん!?」


 同行していたスーツの男に肩を掴まれて、積は正気に戻った。


「……はい。こっそりは無理ですが、できるだけ速やかに、しますよ」


 ピッ


 スマホを仕舞った積は、独白する。


「対応を間違えれば、『異能者のクーデターに繋がる』と分かったうえで、言っているのでしょうかねえ?」


 スーツ姿の男たちに、訊ねる。


「防衛軍は?」


「異能者の拠点と隣接している基地は全て、デフコン1(最高レベル)に入っています。何かあれば、一斉に動き出すかと……」




 ――ベルス女学校


 校長室にいるりょう愛澄あすみは、関係各所に連絡していた。


「魔特隊の統制を徹底してください! くれぐれも、暴走しないように……。はい、失礼いたします」



 指揮官として、魔法技術特務隊が勝手に動くことは、絶対に避ける。


 沖縄の件は、全て終わった後で知った。

 放置していた自分のせいで、部下を10名も殺したのだ。


 それを思い出した愛澄は、毅然と告げる。


「隣の館黒たちくろ駐屯地に対しても、厳戒態勢のままで……」

「了解しました」


 敬礼した人物は、校長室から出ていった。


 陸上防衛軍との緊張状態は、前の召喚儀式の時で、

 魔法師マギクスの養成施設は、どこも予行演習と対策を完了しているのだ。


 1人になった愛澄は、ソファに男子生徒が座っているように錯覚した。

 しかし、室矢重遠がいるはずもない。


 思わず話しかけたが、途中で口をつぐむ。


「必要があれば、私はを下します。でも、今は待ちましょう」


 ――室矢君がいれば、きっと止めるでしょうから


 真牙流の上級幹部(プロヴェータ)の中で、最も良識派。

 その彼女ですら、こう考えた。

 

 陸防の魔特隊は、に備えて、公的機関などの制圧を訓練している。

 指揮官の命令があれば、状況を開始するだろう。


 いくら穏和な愛澄でも、異能者の自分たちが嬲り殺しにされる場面で躊躇ためらうことはない。

 その時には、海上、航空のマギクスたちも、一斉に蜂起する。



 ベル女は戦時体制になっているが、非番の女子たちはカフェで騒ぐ。


 その中には、落ち着くまで室矢家に帰れない咲良さくらマルグリット、1年主席を務める時翼ときつばさ月乃つきのの姿も。


「まさかの不参加とは! 重遠は、大丈夫かな?」

「しばらく、外の情報は入ってこないよ。それにしても、メグ1人で、隣の駐屯地を制圧できそうだね……」


 いっぽう、2年主席の神子戸みことたまきは、主席補佐の雪野ゆきの紗織さおりに慰められている。


勝悟しょうごは、大丈夫かな……」

「あのレジデンスだったら、外に出なければ、よっぽど大丈夫だと思うよ?」


 はかなげな美少女、天ヶ瀬あまがせうららは、胸が潰れそうな感じだ。


「室矢さん……」

「あいつなら、たぶん平気よぉ」


 現役の高校生で、統合幕僚本部の中央データ保全隊にいる、梁有亜ありあ

 返事をしたが、言うほどの確信はない。




 ――千陣流の本拠地


「今の重遠なら、心配ないでしょ。けいもいるのだし……」


 妖怪だらけの場所で、避暑地の別荘のような住宅に住んでいる沙都梨さとりは、余裕の構え。



 たまたま残っていた隊長は、数人。

 千陣流としての今後の方針や、行動を話し合っていた。


 屋敷へ帰ろうとする中で、イケボが響く。


「南乃隊長。少し、いいかな?」


 立ち止まった南乃あきらは、思わぬ人物の姿に驚く。


「……九条くじょう隊長?」


 九条和眞かずまは微笑みながら、お願いする。


「もし南乃くんや、室矢くんの助太刀に行くのなら、ぜひ僕にも声をかけて欲しい」




 ――警視庁 特別ケース対応部隊


 課長が、集めた小隊長に説明を終える。


「――以上のように、我々も臨戦態勢だ。しばらくは、非番もないと思え」

「「「ハッ!」」」



 警部補のマギクスは、部下に説明する。


「隊長……」

「上の命令があれば、私たちは従うだけよ」


 不安そうな部下に対して、小隊長は言い捨てた。




 ――首相官邸


「総理……。野党から、『異能者の権利を制限するべき』という声が」

「現状では、判断のしようがない」


「対異能者で、防衛軍に治安出動を命じるべきでは?」

「私は、警察を信用している。むやみに動けば、逆に混乱を招くだろう」


 桔梗ききょう巌夫いわおは、心中の不安を押し殺して、ひたすらに時を待つ。




 ――USFAユーエスエフエー大使館


 遊びに来たスティアは、かつて室矢重遠と共闘したグレン・スティラー、ミーリアム・デ・クライブリンクに会っていた。


「スティアは?」

「何も、聞いていないわよ。カレナは、色々と動いているようだけど」


 グレンとミーリアムは、それぞれに感想を述べる。


「心配ですね」

「メグが暴走しなければ、いいんだけど……」




 ――ユニオン大使館


 事態を知ったシャーリーは、ポンと手を叩いた。


「こいつを捕らえれば、ユニオンに早く帰れるかも!」




 ――東アジア連合の大使館


 谷 巧玲(グゥー・チャオリン)から報告された傅 明芳(フゥー・ミンファン)は、端的に命じる。


「監視を続けなさい」




 ――東京のアパート


 沖縄から県人会を頼って上京した新垣あらがき琥珀こはくは、風水師の仕事を終えた。

 賃貸に帰った後で、使役している霊体を通じての情報収集。


 顔に縦線を入れまくって、ポツリとつぶやく。


「何か、凄いことになっている……」

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