第430話 『本部より各局。重大事件の発生のため、特別緊急配備――』(後編)

 警視庁の全域は、忙しく動いている。

 “室矢むろや重遠しげとおの無力化” が最優先になったので、まさに総動員だ。


『マル被の自宅である「WUMレジデンス平河ひらかわ1番館」に行きましたが、身分と事情を明かしても建物に入れず、門前払いです。強引に突入するか、外で待ちますか?』

『戻ってこい。「本人ではない」と言われたら、それまでだ』


『物件の管理会社に問い合わせましたが、社長は「知らない」「オーナーの許可を得るか、令状を見せてくれ」の一点張りです。公妨こうぼうで、引っ張りますか?』

『今は、大事おおごとにするな! そちらに数人を残して、見張るだけに留めろ』



『レジデンスに出入りしている人間は、全く協力的ではありません。指示を願います』

『無理に、職質しょくしつをするな。とにかく、見張っていろ!』



『マル被と親しい女子ですが、元クラスメイトの南乃みなみの咲良さくら悠月ゆづき、妹の室矢カレナは、紫苑しおん学園に通っておらず、自宅のレジデンスから出てきません。同じく寺峰てらみね多羅尾たらおについても、登校していないようです。千陣せんじんなどの通信制で転校してきた女子も多数いますが、やはり確認できず。周辺で、聞き込みを続けます』


『現時点では、そこに住んでいる生徒だけを狙え! くれぐれも、トラブルを起こすなよ? 特に、他の勢力とは! 女子に対しては、なるべく女性警官に説得させろ』



『紫苑学園にも、マル被は見当たりません。理事長に内々で、協力を要請しました。いったん、引き揚げます』


『レジデンスに住んでいる生徒は、同じクラスの数人と親しいようです。そちらを狙いますか?』

『今の時点で高校生を引っ張れば、問題になると言っただろ!? マル被が接触するかどうかだけ、見張れ!』



『マル被の携帯電話は、現場の近く、破壊された状態で見つかりました。分析に回していますが、内部の識別カードとメモリも粉々です』


『記録では、事件発生の直後で、マル被の携帯に不審な電話がかかっています。おそらく、マル被を逃がした協力者だと思われます。そちらの線で、調査を続行します』


『通信では、事件の前後にマル被と連絡した形跡はなし。動きがあり次第、報告します』



『バイト先の探偵事務所は、所長の古浜こはま立樹たつきが全面的に協力する姿勢です。マル被、南乃、室矢カレナの携帯に電話させるも、応答なし。メールやSNSも、同じく。今は、パソコンや書類をひっくり返しているところですが、どうも出勤はしていないようで、望み薄です』


『他の生徒の連絡先は?』


『見つかりません。所長は、「前は出入りしていたけど、バイトを辞めた時に個人情報を処分した」と述べています』



『街頭や車道の監視カメラに、マル被の姿は見えず。現在、AIだけではなく、捜査員による目視チェックを進めています。……はい。可能性がある時間帯は、全て洗います』



『悠月家のほうは、話になりません。お抱えの弁護士としか話せないので、別の方向で攻めます』

真牙しんが流の施設や関係者は、警察庁のキャリアが渋っているから、後回しだ!』


『千陣流は協力的であるものの、接点がないようです。令状を求められたから、引き揚げます』


桜技おうぎ流の拠点については、出入りの様子はなし。同じ警察ということで、協力を要請しますか?』

『外から見張れ。ただでさえ、面倒な相手だ。変に突っつくな!』



 警察無線を聞いていた、若い男。


 片耳に嵌めたイヤホンの音声をラジオ代わりに、六本木を歩いても遜色がない、セミフォーマルの上下で、東京の若者が多いエリアを進む。


「何とまあ、賑やかなことで……」


 千陣流は、山奥で妖怪たちを管理している。

 一般の人間には、『動物園の飼育係』ぐらいの認識だ。


 けれど、今の桜技流と真牙流は、国家権力と深く繋がっている。

 そちらにおもんぱかり、及び腰の捜査だ。


 室矢重遠の力を知るよしもなく、発見して、身柄を確保すればいい。と考えている。



 その若い男は、自販機があるスペースで立ち止まり、コーヒーを選んだ。

 コトッと落ちた紙コップに、上から注がれる。


 準備が終わった電子音を聞きながら、それを取り出した。


「室矢くんは、未成年の高校生。しかし、自宅は『真牙流の上級幹部(プロヴェータ)が住むクラス』ときたものだ。異能者をよく知らない警官ですら、思わず遠慮するか……」


 室矢むろや重遠と親しいであろう、同年代の学生が出てきたら取り囲み、そのまま最寄りの所轄署まで連行。

 数人がかりで協力するように説得して、に基づき、レジデンスの内部に入るつもりだろう。

 

 表向きは、室矢重遠が誘拐された、という理由で、レジデンス内部に拠点を設ける。

 常に数人の警官を常駐させて、交代要員や応援を招き入れるのだ。


 警察は組織だから、持久戦の構え。

 しかし、レジデンスの所有者である悠月家も、大きな組織だ。

 個人とは、訳が違う。


 若い男は、まるで事前に知っていたかのようだ、と思う。

 悠月家の力であれば、不思議はないが……。



 一服しながら、ボーッと立っていた男は、制服を着た警官に話しかけられる。


「こんにちは。あなたの職業と、今の行動を教えていただけますか?」


 ポケットに手を突っ込んだ佐助は、長い紐がついた手帳を取り出して、上下に開いた。


 “警視庁 生活安全部――”


 それを読んだ制服警官は、慌てて敬礼した。


「し、失礼しました! 岩室いわむろ!」


 黒の警察手帳を仕舞った岩室佐助さすけは、笑いながら、片手を振った。


「ああ、構わないよ。ご苦労様! 例の男子高校生は、まだかな?」


 直立不動の姿勢になった警官は、すぐに答える。


「ハッ! いまだ、捜索中であります!!」

「そっか。あ、コーヒー飲む? 奢るよ」




 制服警官は見回りに戻って、岩室佐助も歩き出す。


「室矢くんか……。思っていたよりも、愉快な子だ」


 ガラケーのような端末を握った佐助は、パカッと開き、ボタンを押した後で、耳に当てた。


「ウサギは、ミートパイになっていませんよ。今のところはね……。ハハ。情報には情報で返してもらえると、ありがたいのですが? 私は、のために動いていますから。他の目的なら、そもそも違う仕事をしていますよ。では」


 パタンと、二つ折りで閉じた。


 その話し方を聞けば、室矢重遠に電話をしていた、ボイスチェンジャーの人物である。と判断できるかもしれない。


 外で動く人間は誰しも、自分だけの情報源を持っている。

 佐助にとっては、今の電話の相手が、そうなのだろう。



 今度はスマホを見た、岩室佐助。


 どうやら、緊急招集だ。



「また、お小言を聞く時間か……」


 本庁の捜査本部に、足を運ぶ。


須瀬すせ亜志子あしこ……。彼女には、近づいたらダメだな……」


 これだけ、大騒ぎになった。

 誰かが責任を取らなければ、収まらないだろう。


 佐助はガラケーを開き、小さな画面で、室矢重遠の一部始終を見た。



 室矢くんは先日、代官山だいかんやま駅のホームで須瀬亜志子に銃口を向けて、逮捕されかけた。

 刑事を撃ったと、検察や裁判官を納得させられるだけの証拠もある。


 経歴が真っ白の美女よりも、異能者の親玉の一角である室矢くんを主犯としたほうが、に違いない。



「滅びに至る門は広い、か……。一番楽な選択肢に飛びつけば……」


 ――待っているのは、破滅だけ


「今の室矢くんは、あらゆる勢力が見張っている。知らずに、全て被せようとすれば……」


 どう考えても、筋が通らない。


 明日は、我が身だ。

 四大流派の3つが、手段を選ばずに報復してくる。



 まだ、身動きが取れない。

 警部補に過ぎない自分は、待つ必要がある。


「最終的に、どれだけの首が飛ぶやら………」


 確かに、最も疑わしい人物を逮捕して、お茶を濁すことはある。

 それが冤罪えんざいでも、何も成果を上げないことはマズいからだ。


 しかし――


「現職の刑事が、街中で一般市民に銃口を向けて、いきなり実包を撃った。別の市民にも銃口を向けて、トリガーを引きかけた……」


 まさに、警察が潰れるかどうかの話だ。


「捜査本部が、その事実を認めればいい。理由として、あの女に操られた……。それがどれだけ荒唐無稽に思えても、追求していけば、やがて真実に辿り着く」


 無差別の銃撃を止めた人間を『凶悪犯』と決めつけ、証拠を捏造ねつぞうしてでも、罪を被せるのなら――


「それは、紛れもなく……」


 悪だ。

 絶対に、許してはならない。


 岩室佐助は、本庁にある、警官5名の殺害から発足した捜査本部の大部屋に、足を踏み入れた。

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