第429話 『本部より各局。重大事件の発生のため、特別緊急配備――』(前編)

 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館の会議室に、全員を集めた。

 室矢むろやカレナが言うには、あまり時間がない。


 作戦会議を行えるような、長方形のテーブルを囲んだ。

 天井の光量が減ったことで、薄暗い空間に。


「皆に集まってもらったのは、他でもない。今日の代官山だいかんやま駅で、俺は須瀬すせ亜志子あしこという女に遭遇して、危うく逮捕されかけた。その経緯は――」


 一通りの説明をした後で、悠月ゆづき明夜音あやねが手を上げた。


 指名したら、椅子から立ち上がり、前へ出てきたので、俺は近くに着席する。


「本庁の捜査本部で、警視庁の管轄にある山中で1班が惨殺された事件を追っています。須瀬亜志子は、被疑者の1人です。警察の面子が丸潰れのため、大急ぎで犯人を捜索中。言い換えれば、を探している段階です」


 そこで、明夜音のお付きの鳴宮なるみや日和ひよりが、テキパキと動く。


 正面の大型モニターと、各席の前にあるモニターに、映像や資料が表示された。

 どういう仕組みか、立体的な映像も、中央に浮かぶ。


 捜査本部の情報は、同じ警察官でも知らないはずだ。

 内部に、悠月家のシンパがいるのか……。


 明夜音は、話を続ける。


「東京の隣にある県警で、『須瀬亜志子が関与した』と思われる連続自殺が発生しました。県警の捜査では証拠を掴めず、『全員が自殺だった』という結論です」


 その被害者の名前とプロフィールが、表示されている。


 疑問に思った俺は、質問する。


「この冷泉れいぜいのぼるという刑事は、本庁の捜査本部に出向しているのか?」


「はい。須瀬亜志子に詳しいことで、呼ばれたようです。いざとなれば、この人に失敗の責任を押しつける気かもしれませんね」


 明夜音の返事を聞いた俺は、再び訊ねる。


「部外者3人について、そろそろ自己紹介をさせろ」


 首肯した明夜音は、紫色ロングの女に声をかけた後で、再び俺のほうを見た。


「紹介します。彼女は、操備そうび流の人間です。マギカ製作所で私とよく会っていて、一応は親友と言えます。ひとまず、私と同格の扱いで、お願いします」


 椅子から立ち上がった女は、2人を引き連れて、前に出た。


「私が、佐伯さえき緋奈ひなだよ! マキナ第一研究所の主席研究員で、操備流に所属しています。室矢家のご当主に会えて、光栄です。こちらは、ウチの実動部隊で、須瀬亜志子を追っている2人。今回は、室矢くんに協力できると思う」


 それを受けて、2人の女子高生ぐらいの少女も、自己紹介する。


「操備流の実動部隊にいる、香月こうげつ絵茉えまです。PMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)のエグゼ・リューデックスの所属で、銃火器による戦闘を行えます」


「同じく、五月女さおとめ湖子ここです。ハッキングなどの情報処理については、お任せください」


 うなずいた俺は、前に立つ明夜音に告げる。


「説明してくれ」


 明夜音の視線によって、緋奈は手元のコンソールを操作する。


 新しい情報が、モニターや、中央の立体映像に出てきた。


「須瀬亜志子は、操備流の研究所で観察していた被検体。詳しい情報は私たちに降りてこないけど、15年ぐらい前に輸送中の事故で、世に放たれた。その能力は、うーん。表現が難しいのだけど、『自分の思う通りに、人の意思を捻じ曲げる』って感じかな? 主に言葉らしいけど、直接なのか、音声なのか……。映像を見ただけでダメなのかも、不明だよ。本人の近くにいることが有害なのは、確認済み」


 黒髪ロングで、真面目そうな湖子が、説明する。


「県警の刑事である冷泉昇に、『研究所の機密を盗まれた』と説明して、情報を得ました。それも嘘ではありませんが、単純に抹殺指令が出ていたからです。うちのエージェントも、数名が犠牲になっています。かたきを討つために、ぜひ参加させてください。潜入や戦闘で、お役に立ちます」


 俺が緋奈を見たら、彼女は笑顔で頷いた。


「そういうわけで、この2人は室矢くんが使ってよ? ……明夜音ちゃん。連絡手段は、どうする?」


「あとで、伝えます。操備流の方は、そろそろ退席してください」


 緋奈は、つれないなあ、と嘆きつつ、絵茉と湖子を連れて、会議室から出ていった。



 室矢カレナが、前に出た。


「お主ら、今回は変則的に動くぞ? 須瀬亜志子は、その気になれば、たった5分で100万人を殺せる。何しろ、今はネットがあって、誰でもライブ放送を行えるからの? 私は奴の思考に介入して、行動を制限したい。室矢家と関係者に犠牲が出ないよう、カバーするのじゃ」


 珍しく、消極的な対応だ。


 そう思っていたら、カレナが俺のほうを見た。


「亜志子の力が脅威であることも、大きい。だが、先ほどの警視庁の犠牲者5人については、でな? そちらの犯人を片付けない限り、どうにも動き辛い。逆に言えば、そいつらを始末できれば、須瀬亜志子と決着をつけられる。それまで、私は掛かり切りだ」


 その発言で、会議室がざわめく。


 パンパンと手を叩いたカレナは、付け加える。


「時間がないのじゃ! 今回は、室矢家の力試しだ。重遠しげとおは明日からしばらく、単独で行動するだろう。お主は、千陣せんじん流の隊長格にして、桜技おうぎ流の『刀侍とじ』、真牙しんが流のWalhaiヴァールハイ(ジンベエザメ)。その力を存分に発揮する機会だ! 羽を伸ばすつもりで、実力を発揮してこい! 夕花梨ゆかり、人選は?」


けいを出します。皐月さつき水無月みなづき、三日月、望月もちづきの4人もつけますので……」


 何だか、凄いことになってきたぞ。

 俺の知らないところで、どんどん決まっていく。


 悠月明夜音は、紙片を渡してきた。


「明日に困ったら、こちらへどうぞ。スマホやパソコンには、打ち込まないでくださいね? 不破ふわさんとティナも、重遠の支援に回します」


 カレナは、南乃みなみの詩央里しおりと話し合いつつも、俺に言う。


「さて、重遠はそろそろ退室してくれ。ここからは、詩央里を中心に、作戦会議をする。他の者の連携も、この機会に試しておきたい! 今日は遅くなりそうだから、お主は自宅で夕飯を済ませたら、早めに寝てくれ」


 そう言われた俺は、あっさりと会議室から出された。


 室矢家の当主なのに、扱いが悪い。




 ――翌日


 セミフォーマルの服装で、ジャケット着用。


 隠したショルダーホルスターには、拳銃。

 右手に、黒のスマートウォッチ。



 背中に、バックパックを背負っている。


 登山用ではなく、シティ用の薄いタイプだ。

 中には、詩央里が作った弁当と、水筒。

 カレナ推薦のアイテムも。



 南乃詩央里は、今生の別れのように、離れなかった。

 周りに引き剥がされて、戦地に行くかのように出発。




 昼になったが、今回はいつ襲われるか、不明。

 サンドイッチをかじり、口の中を湿らせるように水分補給。

 立ち止まったままで、街頭モニターの宣伝を眺める。


 ふーん。

 新しいソシャゲが始まるのか……。


 そう思って、ふと頭を動かしたら、気になるものを見つけた。


 左の路肩に寄せたまま、違法駐車をしている車。

 サイドミラーに、スーツ姿の男が映っていた。


 両手を地面と水平にしたままで、何かを前に突き出し――



 おい、マジかっ!?



 とっさに地面へ身を投げたら、間髪入れずにパァンッと発砲音が響いた。

 ほぼ同時に、車のサイドミラーが粉々に吹き飛ぶ。


 くそっ!

 街中で、いきなり銃撃!?


 右手を上着の中に突っ込み、拳銃のグリップを握る。

 ショルダーホルスターから抜き、後ろへの膝立ちで、両手の構えへ。


 襲撃者は、スーツを着ている、ゴツい体格の男。

 両手で持っているのは、短銃身の黒いリボルバーだ。

 こちらへの銃口は、下に向けられた。


 隣に、代官山駅のホームで会った女、須瀬亜志子が立っている?


 ひとまず銃口を外しつつ、立ち上がったら、彼女は微笑んだ。


 亜志子がスーツ姿の男に耳打ちすると、今度は近くの人間に銃口を向けた。

 全く躊躇ためらわず、トリガーが後ろに引かれていく。


「何? ドラマの撮影?」

「とりあえず、写真か動画でも……」


 パァンッ!

 パァンッ!


 反射的に、二連射。

 俺にしては珍しく、相手に命中。


 トリガーに指がかかっていたことで、男のリボルバーから一発が発射されるも、明後日の方向で壁をえぐった。



 何だよ。

 けっこう、当たるじゃねえか……。


 低威力の空気弾は、スーツ姿の男を後ろに吹っ飛ばし、拳銃を取り落とさせた。

 ガシャンと、本物に特有の金属音。


 どうする?

 男を完全に無力化するか、それとも、亜志子を押さえるか……。


 ピリリリリリ ピッ


「何だ? 今は、取り込み中――」

『スグに、そこから離れてください。彼は、デス。そのスマホも、GPSで辿られマス。完全に破壊した後で、安全な場所まで移動ヲ。あなたは、その場所をご存じのハズだ』


 ボイスチェンジャーによる、無機質な音声は、一方的にまくし立てた。


「おい、待て! どういう――」

 プッ ツーツー


 ウ――――


 キィイイイイッ


 パトカーが急停止して、警官2人が降りた。


 俺は右手に黒いセミオートマチックを持ったままで、すぐに銃口を向けられる。


「動くな!」

「銃を捨てて、両手を上げろ!」


 考える余地もなく、俺は霊力で身体強化をした後に、高速移動した。




「中央3より本部へ。……異能者と思われる人物による傷害事件が、発生しました。現場は――の歩道で、マル被は若い男性。被害者は、男性1名……。えー、訂正! 被害者は、警視庁の捜査一課の刑事です。逃走したマル被は拳銃のようなものを所持しており、それで撃たれた模様です。――(巡査)部長の意識はありますが、すでに救急搬送の手配を行いました。どうぞ?」


『本部より中央3――』




『本部より各局! 只今ただいまより、全体に特別緊急配備を実施する。市街にて、銃撃事件が発生。刑事1名が、撃たれた。犯人は若い男性で現在、逃走中。銃で武装している異能者のため、最優先で逮捕せよ! 非番にも、非常呼集! 対象は徒歩だが、主要な車道に検問を敷き、公共交通機関にも注意! 現時点で、が許可されている』


『繰り返す。対異能者のマニュアルに従い、逃走中の凶悪犯を無力化せよ』



『逃走中の銃撃犯について、連絡する。紫苑しおん学園の高等部1年、室矢重遠だ。異能者の特定危険指定の団体の1つ、千陣流の所属で、まだ高校生のため、非公式の捜査網となる。各員は協力者に注意しつつも、迅速に行動しろ』

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