第428話 結果が同じなら良いわけではない(後編)

 古浜こはま立樹たつきを呼んだ。


 彼は、ホワイトボードの箇条書きに、目をやる。


 ・高校卒業まで、3人だけ在籍する

 ・室矢むろや家を狙う人間からの盾になってもらう

 ・今後は、いかなる事情があっても裏切らないこと

 ・「高校生のバイト」として扱い、実質的には情報交換のみ


 腕を組んだ立樹は、難しい顔で向き直った。


「この4つを守れば、この探偵事務所に残るんだね?」

「はい」


 俺の返事で、立樹はホワイトボードを見ながら、質問していく。


「一番目だけど、重遠しげとおくん、詩央里しおりちゃん、カレナちゃんの3人が、紫苑しおん学園を卒業するまで、ウチにいるってこと?」


「はい。元々の在籍はコレだけで、それ以外の人間が加われば、古浜さんの秘密が漏れる可能性も高まります」


 むろん、室矢家の内部で、情報を共有するけどな……。


 思案している立樹は、やがて了承した。

 断れば、俺たちは席を立ち、もう会わないだけ。と判断したらしい。


 ともあれ、これで単純な構図になった。


 室矢家の当主の俺か、代理の南乃みなみの詩央里、『任せて安心』の室矢カレナの誰かが対応するだけで済む。

 それ以外に、こっそりと連絡を取られるか、話し合うリスクを消せた。


 立樹の視点では、管理している人数が多いほうが、好ましい。

 たとえば、扱いやすい鍛治川かじかわ航基こうきに聞くとか、色々な手段を使えるから。

 なし崩しに、探偵事務所の形をした捜査機関にも変えられるだろう。


 公安の紐付きで、新しい所員を入れられるか、連絡係などの名目で接触された場合、それが男女どちらでも、色恋沙汰といった火種になる。


 今だって、俺は管理しきれていないんだ。

 そこを突かれたら、誰かが転ぶか、なびく危険がつきまとう。


 ただでさえ、俺の他は女だらけという、歪んだ男女比率。

 公安警察との接点で古浜立樹を選ぶにせよ、室矢家の全てを差し出すいわれはない。



 ホワイトボードに注釈を書いた立樹は、改めて確認する。


「分かった。じゃ、残りのメンバーは、今のバイトを辞めるわけね?」


「はい。ウチの人間か寄子よりこだから、すぐに話を通します。彼らの個人情報は、消せますか?」


 あっさりとうなずいた立樹は、端的に説明する。


「うん。完全な出来高制で、実際には仕事を任せていなかったし。税務調査などがあっても、僕だけで何とかするよ」


 そこで、室矢カレナが口を挟む。


「鍛治川航基、小森田こもりだ衿香えりか沙雪さゆきも、バイトを辞めるぞ? 基本的に、紫苑学園と室矢家の異能者は除外する形だな。私たち3人だけ、ココに残る」


「はい、了解」


 軽く応じた立樹は、ホワイトボードに補足した。



 立樹は、言葉を選びながら、次の要求をチェックする。


「二番目の『室矢家の盾になる』は、どういう意味かな?」


「室矢家が警察などの公的機関に狙われた場合は、時間を稼いでください。こちらはこちらで、考えてから動きます」


 俺の返事に、立樹の顔が引きった。


 彼が公安警察である以上、表向きの身分しか明かせない。


 紫苑学園は学校法人で、政財界のVIPの子供も多い。

 今の自宅であるレジデンスは内外をガチガチに固めていて、実力行使は無理。

 もし、室矢家が何かすれば、古浜探偵事務所に問い合わせが殺到する。


 要するに、の扱いだ。


 この条件があるから、一番目で室矢家の人間と寄子を辞めさせた。

 残っている個人情報も、可能な範囲で処分させる。


 面倒な相手が押し寄せてきた時に、裏から手を回して警察を動かすのか? あるいは、雲隠れするのか?

 そこら辺は、古浜立樹の問題だ。


 原作でも、『千陣せんじん重遠』を潰すのに、色々と動いていたからな。


 廃ラブホの一件も、千陣流の次期宗家だった人間を謀殺しかけた罪で、命を取っておくべき話だ。

 これぐらいの意趣返しは、許容してもらわないと……。



 溜息を吐いた立樹は、両手を上げた。


「分かったよ。なるべく、お手柔らかにね?」



 気を取り直した立樹は、次の要求に移る。


「三番目の『裏切らない』は、どこまでの範囲かな?」


「四番目の『情報交換のみ』と併せれば、今後は古浜さんから依頼を受けない形です。したがって、あなたから紹介された人物、または提供された情報で、室矢家に明らかな悪意や害があった場合に、その責任を取ってもらいます。立場上、誰にも言わないことは難しいでしょうが、こちらも『はい、そうですか』では済ませないことをご理解ください」


 首を掻いた立樹は、了承した旨を告げる。


ってことだね? せいぜい、気をつけるよ……」



 立樹は、ようやく最後の項目に取り掛かる。


「四番目の『高校生バイトの立場で情報交換』は、表向きは雇用主とバイトだけど、実際には対等な関係で交渉すると?」


 チラッと俺を見たから、首肯する。


「はい。俺たちも、あなたが公安警察の『警部』だと知った以上、これまでとは付き合い方を変えます。それが、お互いのためです」


 四大流派の過半数と親しい俺は、『警察の傀儡かいらい』であってはならない。

 距離が近すぎれば、余計なトラブルの原因になるだけ。


 俺の意見に同意した立樹は、俺と詩央里の顔を見た後で、感慨深そうにつぶやく。


「そうだね。2人とも、別人みたいに変わったものだ……」


 セントリー警備会社のバイトで、比較的安全な見回りをしていた頃から、まだ半年ちょい。

 確かに、激変したよ……。


 【花月怪奇譚かげつかいきたん】の主人公、鍛治川航基は、警察とのチャンネルが古浜こはま立樹だけ。

 南乃詩央里も千陣流で、そちらは守備範囲の外だった。

 それと比べても、ぜんぜん違う。



 立樹が4つの条件を呑んだことで、俺たち3人だけ、古浜探偵事務所に残った。


 詩央里がスマホで連絡をして、咲良さくらマルグリットたちは全員が退職。

 制服や身分証明書の貸与はなく、彼女が口頭で告げて、手続き完了だ。


 所長の立樹が退職したバイトの履歴書やらを出して、全員でそれをシュレッダーにかける……こともなく。

 カレナが一瞬で、書類の山を消した。


 こっそり隠していても、今ので消去したんだろうなあ。


 パソコンのデータには名前ぐらいで、こちらは立樹がすぐに消去。

 念のために、専用のソフトウェアも使用した。



 あっさりと、痕跡を消せた。


 拍子抜けした顔の古浜立樹が、俺のほうを見る。


「えーと……。重遠くんが逮捕されかけた一件の、須瀬すせ亜志子あしこについて、話があるんだけど?」


 時間ができたから、ついでに。という雰囲気だな。


「重遠。聞いておけ」


 珍しく、カレナが急かしてきた。

 どうやら、ここで聞いておかなければ、マズいようだ。


 仕方なく、俺は同意する。


「分かりました。何ですか?」


 傍に近寄ってきた詩央里も、険しい顔だ。


 俺たちを見た立樹は、須瀬亜志子の素性について、語り出す。




 総括すると――


「別の県警で、多くの犠牲者を出した。それも、推定で……」


 過去に誘拐されていて、救出される時の銃撃戦で、やっぱり多くの市民が犠牲になったようだ。


 俺の顔色をうかがいながら、立樹が質問してくる。


「今は、警視庁の警官が1班ぐらい犠牲になった件で、本庁に捜査本部が置かれている。須瀬亜志子は、そちらにも関係していてさ……。直近で彼女と遭遇したのが、重遠しげとおくんだ。何か気づいたことがあれば、教えてもらいたいのだけど?」


「んー。あれは、人の形をした、別の何かです。異能というよりも、制御されていない力の垂れ流しですね」

「と言うと?」


 顔色を変えた立樹が、食い付いてきた。


ESPイーエスピー能力に近いけれど、それとも違います。例えるのなら、水門がないダムです」

「ダム……」


 そこで、俺は釘を刺す。


「専門家ではないから、それ以上聞かれても、困ります。それに、俺たちはですから、同じ市民に過ぎない女性に対しては、何もできませんよ? 今日のついさっきも、彼女の圧力に驚いて銃口を向けたせいで、鉄道警察から散々な目に遭わされたのだから。あんなことは、二度と御免です」


 カレナも、すかさず追撃する。


「重遠に大恥をかかせておいて、まさか都合がいい時だけ、『その女を消せ』とヒットマン扱いをしないだろう? 事情を知らず、重遠が悪かったとはいえ、お主らが止めたのじゃ! 最後まで警察が責任を持って扱うのが、道理だ。違うか?」


 弱り切った顔の立樹が、カレナに反論する。


「今の法律で扱いきれない、と分かっているよね? 何とか、ならない?」


 言外に、それで被害が増えたら? というニュアンスを感じた。

 だが、それこそ関係ない。


 俺は、きっぱりと宣言する。


「それは、聞かなかったことにします。室矢家の当主として、『警察は俺の行動を止めて、須瀬亜志子を保護した』と見なしたうえで、その正しい職務執行を尊重します。詩央里、カレナ! そろそろ帰るぞ」


 ここで安易に引き受けたら、警察の下請けになるうえに、違法な殺人をしたことで弱みを握られるだろう。

 ウチや他の流派からも、睨まれる。


 事故を装って殺すにせよ、有罪にもっていくにせよ、担当部署が何とかしてくれ。


 取調室で、散々に小言や嫌みを言われ続けた俺としても、警察に協力する気は全くない。




 迎えに来た高級車に乗りながら、後部座席で俺の隣に並んでいる南乃詩央里、室矢カレナを見た。


「それはそれとして、俺に寸借詐欺を働いて、逮捕される原因になった須瀬亜志子は、必ず潰す! 帰宅したら、すぐに作戦会議だ」


 結果が同じでも、使い走りと独立独歩では、立場が全く違う。

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