第427話 結果が同じなら良いわけではない(前編)

 高級車の後部座席に座っていたら、今度はスマホが鳴る。


 プルルルル ピッ

『ご立腹のところ、悪いのじゃ! 今から、古浜こはま探偵事務所へ来てくれ。大事な話がある』


「へいへい。行けば、いいんだろ?」

 ピッ


 今度は、義妹の室矢むろやカレナか。

 人気者だね、俺は……。


 後部座席に備え付けの受話器を取った俺は、前席を呼び出し、行き先の変更を指示した。




 繁華街にある、ボロボロの雑居ビル。


 すみの階段を上ったら、“古浜探偵事務所” と記されたドアが、出迎えてくれた。

 4階のフロアーを借り切っているので、他のテナントはない。


 インターホンを鳴らしたら、入ってくれと、古浜立樹たつきの声がした。

 遠慮なく開けて、中に進む。


 事務用デスクを集めた空間が、目に入ってきた。

 窓を背にした、奥の役員机には、所長の立樹がいる。


「悪いね、重遠しげとおくん! これで全員が揃ったから、すぐに話を始めよう」


 言うが早いか、つかつかと応接セットのほうへ歩いていく。



 釣られて、俺も向かったら、南乃みなみの詩央里しおりとカレナがいた。


 空いているところに座った後で、立ったままの立樹が口を開く。


「本来は、室矢家の全員に対して、言うべきだけど……。あまり多くの人に知られたら、困る話だから」


 珍しく歯切れが悪い立樹を見て、黙ったままで待つ。


 溜息を吐いた彼は、観念したかのように、黒い手帳を取り出した。

 上下に開いたままで、中央のテーブルに置き、その中身を見せる。


 “古浜立樹 警部”


 ドラマと同じ、上に青を背景とした、警察官の制服を着た顔写真。

 その下には、階級。


 真ん中の左右には穴があって、片側に紛失防止と思われる紐。

 かなり長く、横でグルグルに巻けるほど。


 折れる部分の下には、金色に輝く警察バッジが張り付いている。



 それを見た俺は、古浜立樹の顔を見上げた。


「僕は、公安警察の人間だ。以前から、異能者の管理をする役割を担っていてね。重遠くんが急に注目されたことで、探偵事務所の所長として、専任になったわけ。……ここまでは、いいかな?」


 詩央里は目を丸くしていて、カレナは興味なさげ。


 ああ、俺が返事をしないと!


「そうですか……。まずは、古浜さんの話を全て聞いてから、判断します」


 うなずいた立樹は、テーブル上の警察手帳を仕舞ってから、話を続ける。


「ありがとう。じゃ、順番に片付けていくよ?」


 近くにあったホワイトボードに、手に持った黒マジックで書く。


 “廃ラブホで、北垣きたがきなぎと遭遇した事件”


 立樹は振り返って、先生のように話す。


「そもそも、この一件が発端だ。これについて、右腕を斬られた重遠くんは、どう考えているんだい?」


 詩央里とカレナの視線が、俺に向けられた。


「その件は、もう終わった話です。『古浜さんから情報を得た』と、カレナから聞きました。咲良さくらマルグリットに警察官の立場を用意したことを併せて、手打ちと考えています」


 俺の発言に対して、詩央里とカレナから異議は出ない。


 それを確認した立樹は、次の話に移る。


「あの時は、本当に悪かったよ。今更だが、僕の管理ミスだ……。次は、今後の話をしたい。公安警察の僕が重遠くん、というか、室矢家を監視する任務に就いているわけだが、無理に今のままで行う必要はないんだ。要するに――」


 監視を続けるが、今のように所長と部下にこだわらず、ひっそりと陰から行う方法もあると……。


 そこまで話した立樹は、俺の様子をうかがった。

 しかし、これだけの情報では、判断のしようがない。


「単刀直入に、言います。公安警察の身分を明かした理由と、この探偵事務所に在籍し続けるメリット・デメリットを教えてください」


 真剣な顔の立樹は、簡潔に答える。


「理由は、カレナちゃんだ。彼女の権能によれば、隠し事ができないからね。それに、これからも警察の情報を得るか、融通を利かせることで、怪しく思われるだろう? 疑心暗鬼で変な誤解が生じるよりも、早めに打ち明けたほうが賢明さ」


 そこで一息ついた立樹は、改めて説明する。


「ここに在籍するメリットは、警察の情報を得られること。それから、僕が身分を明かせば、多少なら警察を動かせること。デメリットは、ここから個人情報が洩れる危険があることかな? 書類上は探偵事務所で、僕はその所長だ。公的機関に請求されると、非公式でも従わざるを得ない。どっちみち、令状を取られる」


 どれぐらい、公安警察と距離を縮めるか、だな。


「お話は、分かりました。詩央里やカレナと話し合う時間をください。そうですね……。最大で1時間ぐらい」


 首肯した立樹は、すぐに応じる。


「構わないよ。大事な話だ。きちんと納得したうえで、返事をして欲しい。僕は外に出ていたほうが、いいかな? 日を改めても、良いけど?」


「いえ、構いません。話が終わったら、すぐに呼びますので」


 片手を上げた立樹は、所長のデスクに戻った。

 机上のノートパソコンに向かい、カタカタと作業を始める。



 応接セットは、目隠しがある空間だ。

 事務デスクの島や、出入口のドアからは見えない。

 仮初だが、これでプライベートな空間になった。


 古浜立樹が公安警察なら、どうせ盗聴器がある。

 彼を外に出しても、意味はない。

 他に誰かが見張っていないとも、限らないのだし……。


 自宅に戻れば、二度手間だ。

 正直、こんな話を抱えたくない。

 それに、俺たちの考えを聞かせたほうが、向こうも安心するだろう。


 一緒にいる2人を見ながら、すぐに相談する。


「俺の結論は、現状を維持したい。理由は、古浜さんを遠ざければ、他の公安の人間が分かりにくい形で接近してくるからだ。周囲の人間がどう考えて、どう動くのか? で振り回されることは、避けたい」


 詩央里は、自分の意見を述べる。


「どこで、線引きをしますか? 私は、これ以上の情報を無条件で渡して、部下の立場で命令されることには、反対です。その構図にすれば、遠からず浸食されます。室矢家はもう1つの勢力になっているので、無理に固執せず、悠月ゆづき家に別のカバー会社を用意させる方法もありますよ?」


 カレナは、俺の顔を見ながら、はっきりと言う。


「立樹が、どれぐらい役に立つのか? それに尽きるのじゃ! 『公安だから』でビクビクしても、仕方がない。そもそも、奴らは情報収集と監視の諜報機関であって、殺し屋ではない。重遠? 今の私たちは、多少の組織なら簡単に潰せるだけの立場だ。この探偵事務所を辞めて、立樹と縁を切ることは、たいした話ではない。『少しでも重荷になったら、即座に切り捨てる』ぐらいに、堂々としておけ」


 悠月家を味方につけたことが、本当に大きい。

 千陣せんじん流は、公的機関への影響力がないからなあ……。


 その後にも、2人と話し合った。



 今の俺たちには、しっかりした身元引受人がいる。

 ゆえに、その理由で在籍するメリットはない。


 警察の情報といっても、悠月家を通したほうが、おそらく確実だ。

 しかし、他の都道府県へ出向く場合、調整役の有無は大きい。


 ウチは、大所帯になってきた。

 公安警察にリアルタイムで管理させたら、寝首を掻かれそうだし……。


 原作でも、『千陣重遠』を社会的に陥れた原因だしな。

 古浜立樹は。


 高校を卒業したら、いっそのこと、俺たちで探偵事務所を開業してもいい。

 その数年間で、ココに利用価値があるのか?

 どのように、それを活用するのか?


 スパイだと公言した『古浜立樹』を上手に使いつつも、室矢家を守る……。



「詩央里。コーヒーを頼む! インスタントでいいから」


 頷いた彼女は立ち上がり、パタパタと給湯室へ向かった。


 俺も立ち上がり、ホワイトボードに書かれていた文字を消した。

 書くことで、自分の考えをまとめていく。

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