第426話 反射的に行動すると言い訳をしにくい

 “11月”


 右腕のスマートウォッチを見た俺は、ぼんやりと過ごす。


 真牙しんが流のWalhaiヴァールハイ(ジンベエザメ)になって、拳銃を携帯。

 ショルダーホルスターで、左脇に吊っている。


 使うかどうかを別にして、隠し持つことに慣れるためだ。

 空間をえぐる射撃になるマガジンも、ポーチに入れている。



「あのお店って――」

「数学の佐藤さとうの奴が、また授業中に――」

「ねえねえ! 新大しんだいの男子と合コンができる――」

 


 アウターを羽織っているだけで銃を隠せるから、この季節はやりやすい。

 真夏は、どうしたものかねえ……。


 年末年始の挨拶は、やっぱり千陣せんじん家に行くしかないよな。

 実家を所払ところばらいの夕花梨ゆかりは、どうするのか?



『2番線に、電車が参ります。ご利用の方は――』



 そう思っていたら、ガタンゴトンと、電車が入ってきた。

 大きな物体が動いたことで、風を感じる。


 アナウンスの声が、この駅の名前を告げる。


代官山だいかんやまー』


 オシャレな街といっても、駅の中は他と同じだな。


 色々な音が響く、駅のホーム。

 大勢の若者のおかげで、活気がある雰囲気だ。


 ベンチに座っていたら、隣に誰かが座った気配。

 視線を感じて、そちらを見ると、1人の若い女がいる。


 流行りの髪型にしている、黒髪ロング。

 茶色の瞳で、シックなワンピースドレスを着ている。

 合コンに出れば、3番までに入る美貌だ。


 年齢は……女子大生ぐらいか?


 大人びた造形のわりに無邪気な感じで、その女が話しかけてくる。


「こんにちは。御一人かしら?」

「……どちら様ですか?」


 見覚えがない。

 初対面のはずだ。


「私、今お金がないの。数万円、いただければ――」


 言い知れぬ感覚を覚えた俺は、立ち上がった。

 女を見たままで、ふところに右手を入れ、ショルダーホルスターから拳銃を抜く。


 細身で、実弾の大きさを考慮していない横幅。

 これはバレだから、問題ない。


 発砲時のリコイルがなく、相手と近接しているため、自分に引き付けた状態で持つ。

 左手による上部のスライドを引く動作で、出力を『戦闘レベル』に切り替え、トリガーにも指をかけた。


 銃口を向けられた女は、キョトンとしている。


 俺が言われた通りにお金を出すことが当然のように、両手を差し出したまま、小首をかしげた。


「それじゃなくて、お金だよ?」


 両手で握った拳銃を向けたまま、ジリジリと後ずさり。

 距離を取る。


 女は、思案する表情になった。


「……あれ?」


 勝手に納得した女は、銃口を突きつけられている状態で、陽気に話しかけてくる。


「ひょっとして、普通に喋れるの!? あの、私――」

「動くな!」


 立ち上がろうとした女に、霊圧をぶつける。


 純粋な戦闘力は強くないようで、女はあっさりと動きを止めた。


 距離を取ったから、両腕を伸ばした射撃姿勢へ。

 アイアンサイトが揃った先に、やはり緊張感のない女の顔。



「おい? 何やってんだ、アレ?」

「銃!?」

「エアガンか、ガスガンだろ?」

「誰か、警察を呼んで!」



 今の感じから、相当に強いテレパシー能力。

 いや、少し違うな……。


 ともかく、生かしておいたら、マズい奴だ。


 妖怪ではない。

 人間だ。


 しかし、が異常すぎる。


 異能として、霊力のたぐいは感じられない。

 ESPイーエスピー能力で、一部だけ尖らせたような歪み。

 どこをどうしたら、こんな化け物に?


 さて、どうしたものか……。


 ここで始末するにしても――



「警察だ!」

「動くな! 銃を捨てて、ひざまずけ!」



 顔だけ振り向いたら、制服を着た鉄道警察と、その後ろに駅員もいる。


 警察官2人は、すでにホルスターから銃を抜いている状態。

 銃口の黒い穴が、こちらを向いている。

 リボルバーの後ろにあるハンマーの状態は……この角度だと、よく見えない。


 時間切れか……。


 無視して、目の前の女を撃ってもいいが。

 そこまでの義理もない。


「分かった! 今、銃を置く!!」


 先に左手を上げつつも、右手のセミオートマチックをゆっくりと床に置き、そのまま跪いた。

 両手を頭の後ろで重ねる。


 周囲が慌ただしくなり、銃を構えた警官に狙いをつけられたまま、足元に置いた銃を蹴られて、遠ざけられた。


 片手だけ掴まれて、そのまま下に向けられた。


 半分にパカッと開けた手錠の内側を当てて、残りを差し込み、ジャッと締めたことが、音と感触で分かった。

 残りの手についても、手錠を嵌められる。

 

 ちょうど、後ろ手に拘束された。

 銃を持っていたから、無力化することを優先したのか……。



 女の警官が、俺の正面から女を抱き寄せて、遠ざける。


「もう、大丈夫ですからね? 早く、こちらへ!」



「すげー! ドラマみたい!」

「何かの撮影じゃないの?」

「危ないので、下がってください! 下がって!」


 外野は、気楽なものだ。


「銃刀法違反、暴行の現行犯で逮捕する! 大人しくしろ!」


 強引に立たされて、連行されながら、心の中で室矢むろやカレナにつぶやく。


 ――迎え、頼むわ




 取調室で、担当の警察官と向き合っている。

 駅のホームで、俺を拘束した奴だな。


 その時にいた、もう1人の警官が腕組みをしたまま、壁を背にしている。


「特務の室矢です。問い合わせてもらえば、分かりますので」


 何を聞かれても、それを繰り返すのみ。


「あのねえ、君……。高校生にもなって、こういう遊びは止めなさい。危うく、銃で武装した凶悪犯として、射殺されるところだったよ? とにかく、言われなくても、君の保護者と学校には連絡させてもらうから! 少しは、自分がやったことを反省しなさい。相手の女性が厳罰を望まなかったので、良かったものの――」


 という場面で、そいつらの上官と、悠月ゆづき家のエージェントであろう誰かが、いきなり入ってきた。


 俺の右手にある、黒いスマートウォッチで、さっそく照合。

 『特務の室矢重遠しげとお』と確認できて、すぐに鉄道警察の拘束が解かれることに。


小西こにし。すぐに手錠を外せ! 拘束した時点から今までの記録は、全て破棄しろ。聞いた内容も、忘れるように!」

「ハ、ハイッ!」


 上官の命令で、俺の背中にある手錠に、ようやく鍵が差し込まれた。

 俺の態度が生意気だったから、わざと外さなかったんだろうな。


 今の俺は、元いた世界の諜報機関としての立場だ。

 銃などで武装して、警察の権限を持つ憲兵に近い。

 本当にヤバい人間や組織は、そもそも表に出ない、ってアレだ……。


 バレと財布、スマホ、身分証を返してもらう。

 謝罪らしい謝罪がないのは、お約束。


 気まずい空気の中だが、聞いておくべきことがある。


「1つ、よろしいですか?」


 さっきまで説教していた警官が、今にも逃げたそうな表情で応じる。


「何でしょう?」


「俺が銃を突きつけていた女は、とある事件で追っていた人物です。話をさせてくれませんか? そちらの立ち合いの下で、構いません」


 上官らしき男の指示を受けて、壁際で腕組みをしていた警官が、部屋から出て行く。


 しばらくち、その警官が帰ってきた。

 耳打ちされた上官は、おずおずと述べる。


「申し訳ありませんが、その……。部下が、先に帰したようでして……」


 ああ。

 俺が暴行犯か、ストーカーと見なして、出くわさないように配慮したわけか。


 強引に、あの女の連絡先を聞いても、良いけど。

 こちらが、いきなり銃を抜いたわけだし……。


 戦々恐々で、こちらを見る警官3人。

 悠月家のエージェントも、俺の様子をうかがっている。


「不当な逮捕はなく、被害に遭った女性もいなかったですよね? 今回はに付き合っていただき、誠にありがとうございました」


 そういうことになった。


 俺も説明のしようがないし、あの女は金をせびってきたに過ぎない。

 今となっては、それを主張しても水掛け論。

 

 さっきの一幕を切り取ったら、分が悪い。

 この話は、もう終わらせよう。



 脅威判定で数値にすれば、あの女の危険性を納得させられたかもな……。



 そう思いながら、ガタッと立ち上がり、無言で一礼。

 取調室を出ていくが、その前に振り返って、訊ねる。


「ああ! 最後にもう1つだけ、質問がありました!」


 俺が出ていくと思い、すっかり油断していたタイミングだった。

 3人の警官は、ギョッとした顔で俺を見る。


「たいした話では、ありません。そもそも――」




 代官山の駅から外に出て、高級車の後部座席に乗り込む。

 ドアを閉めた後で、自分も助手席に乗ったエージェントから、内線で訊ねられる。


『駅のホームで無断撮影をしていた連中は、対応済みです。例の女は、追いますか?』


 俺は、首を横に振った。


「危険です。おそらく、テレパシー。いや、だと思います。それも、かなり強力だ。迂闊に、近づかないでください」


 テレパシーは有名だが、シンパシーは知名度が低い。

 平たく言えば、前者は相手の考えを読むか、念話をして、後者は

 似ているものの、後者のほうが凶悪だ。


 内線で話している助手席の男は、緊張した声で答える。


『承知しました。すぐに、周知させます』


 分かっているのは、あの女がヤバいことだけ。



 内線を置いた俺は、窓の外を見ながら、独白する。


須瀬すせ亜志子あしこ、か……」

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