第十三章 異能者がいる世界の「法で裁けない悪」

第423話 エピローグから振り返るジンベエザメ

「カレナは、推理小説の禁じ手を知っているか?」

「一応な……」


 俺は、式神のカレナを引き連れて、WUMレジデンス平河ひらかわ1番館の地下に向かう。


 エレベーターの音に続いて、正面の扉が左右に開いた。


 地上とは違う、訓練所のような内廊下を進む。

 コツコツと、2人の足音が響いた。



 魔法師マギクスの射撃訓練ができるレーンや、演習ルームがある場所だ。


 そこに、2人だけで立つ。

 人がいなかったことで、寒く感じる温度。



 俺は冬に見合った私服で、右手に持っている拳銃を前に向けた。

 44マグナム弾を撃てそうな、ゴツい形状。


 セミオートマチックだが、これは魔法の発動体であるバレだ。

 横幅は狭く、俺の右手で握るグリップ分だけの厚み。


 艶消しのシルバーは、寝室灯のような暗がりでも、目立つ。

 両足を滑らすように広げて、射撃スタンスに。


 グリップを握った右手で突き出し、そのこぶしを左手で包み込む。


 目の前には、レーンの終点である壁だけ。

 しかし、俺の視界は違う。


 軌道上にある衛星からの画像のように、ターゲットを捕らえている。

 まさに、全てを見通す目だ。


 独白するように、つぶやく。


「対象を確認。座標軸をトレース開始……。質量、構成している要素を完全に把握。周囲との距離ができ次第、トリガーを引く。観測しているお前に、タイミングを任せる」


 俺は前を見たままで、カレナが首肯した空気を感じた。


「任された。……いつでも、実行しろ」


 ス――――


 フ――――


 ス――――


 フ―


 拳銃のトリガーに、人差し指を添えた。


 俺は、独白する。


「~~~~~~~~」


 トリガーを引くと、拳銃の銃口から、光のようなモノが発射された。

 すぐに消えたことで、地下の射撃レーンは、再び暗くなる。


 戻したトリガーから指を離した俺は、大型の拳銃を下ろした。


「あっけないものだな……」


 言いながらも、グリップにあるボタンを押して、中のマガジンを抜いた。

 銃口を壁に向けながら、カレナに2つとも渡す。


 受け取った彼女は、俺が拳銃で撃った方向の壁を見た。


 何の痕跡もないことを確認しつつ、大型の拳銃を消す。


「これで、全て終わったのじゃ……。長かったな?」


 息を吐いた俺は、ふと右腕のスマートウォッチを見た。


 “12月”


 もうすぐ、年末だ。


 緊張が解けたことで、ドッと疲れを感じた。

 歩こうとしたら、足がもつれて――


 ポスッと、抱き止められた。


「お帰りなさい……」


 正妻である、南乃みなみの詩央里しおりだ。


 彼女を抱き返しながら、俺は目を閉じた。


「いや、本当に……」


 ――疲れたよ



 しばらくは、自宅でゆっくり過ごそう。

 動きっぱなしだ。



 ◇ ◇ ◇



 今回の発端は、かなり昔までさかのぼる。


 当時は千陣家にいた、重遠しげとお

 彼にまだ転生した自覚がない、1歳の頃だ。


 交通事故が、発生した。


 山間を走る車道で、1台のバンが横転。

 アイススケートのような、横滑りに。


 地面のアスファルトと車体が激しく擦れて、火花が散る。

 そのまま、車道を塞ぐように停止した。



 幸い、と言うべきか、周辺には、ドライブで休憩するための施設があった。


 長い運転の合間で休憩していた運転手や、キャンプをしていた老若男女が、ワラワラと出てくる。


 横転したバンの後部ドアが、内側から開いた。

 その動きにともない、ひびだらけのリアガラスの破片は、道路にまき散らされる。


 拘束衣のような上着の幼女が、中からヨタヨタとい出てきた。

 頭にも、袋のような物体が被せられている。


 それを見た観光客たちは、理不尽な扱いに激怒した。


 同じく後部のスペースから、頭部から流血した、スーツ姿の男が1人。

 サングラスをかけて、両耳には大型のヘッドホンという、アンバランスな格好だ。


 彼は、唖然としたままの群衆を見回して、周りの人間に拘束を解かれた幼女を確認した。



 スーツ男は、フラつきながらも、右手をふところに入れて、拳銃を取り出す。

 左手で上のスライドを引き、すぐに照準をつける。


 辺りにパンッと発砲音が響き、幼女の近くの地面に当たった。

 チュンッという音で、それが玩具おもちゃでないことを理解。


 撃った人間は、訓練を受けた様子だが、すでにフラフラ。

 近距離であるのに、外した。


 すぐに、二発目を撃つ。


 今度は命中コースだったが、かばうように立った2人に阻まれる。

 1人だけなら、貫通していたのに……。



 ウ――――


 サイレン音と同時に、たまたま警ら中だったパトカーが急停止。


 運転席と助手席から降りた警官2名は、ドアを盾にするような形で、腰のホルスターから抜いた拳銃を構える。


「銃を捨てろ!」

「もう、逃げられないぞ! それ以上、罪を重ねるな!!」


 サングラス越しに警官2人を見たスーツ男は、構わずに幼女の姿を探した。


 上半身の拘束も解かれて、患者衣のような恰好のまま、たたずむ。

 怯えた表情で、周囲に助けを求めている。


 スーツ男は、接近するよりも、その場での精密射撃を選んだ。

 もはや、時間がない。


 パンパンパン


 次々に周りの人間が飛び出して、ことごとく阻まれた。

 むろん、パトカーの傍にいる警官2人も、すぐに発砲。


 スーツ姿の男は、自分に命中することに構わず、マガジン交換をしながら、幼女だけを狙い続けた。


 それどころか、警官2人に叫ぶ。


「お前らも、あいつを撃て! あいつを生かしておくな!!」


 その鬼気迫る様子に、困惑する警官2人。

 けれども、市民に銃口を向けている以上、目の前の凶悪犯を止めるしかない。



 力尽きたスーツ男は、崩れ落ちた。

 右手から拳銃がこぼれ落ちて、ドサッと横たわる。


 警官2人は全弾を撃ち尽したが、威嚇のために、銃口を向けたままで接近。

 落ちている拳銃を足で遠ざけつつも、1人が手錠をかける。


「13時25分。殺人、銃刀法違反などの現行犯で逮捕! すぐに止血――」

「俺はいい。それよりも……。頼む。あいつを早く……」


 かすれる声で言ったスーツ男は、今度こそ絶命した。

 サングラスを外した目には、恐怖のみ。



 この凶悪犯は一度も、自分たちに銃口を向けなかった。

 恨み言すら、述べない。


 あまりにも異様な最期で、手錠をかけた警官は、理解に苦しんだ。



 上官らしき警官が、ボーッとしている部下を叱る。


「すぐに、救急車の手配だ! 搬送する人数を忘れるなよ?」

「ハイッ!」


 急いでパトカーに戻った部下を見た警官は、改めて周囲に視線を向ける。

 まさに、死屍累々だ。


「ちくしょう。何台を要請すれば、足りるんだよ……」


 現場で指揮を執っている警官は、愚痴を言いながらも、次の行動に移る。


 銃弾を受けた場合は――


 応援が駆けつけてくる間に、できるだけの救命処置を始めようとした警官は、トコトコと歩いてきた幼女に気づいた。


 その幼女は、何かを言っている。




 ――30分後


 応援の警察車両や、複数の救急車が、到着。


 銃撃した凶悪犯は、搬送先の病院で『死亡』と見なされた。

 同じく搬送された市民も、5名が死亡。

 3名が銃弾を受けて、重傷。


 現場を見た警察官たちは、車道で横転しているはずの車両がないことに気づく。

 先に対応した警官2名に事情を聞いた後で、現場の保全を始める。


 事情を話した彼らは、当日中にを出した。

 その理由は、一般に公開されていない。



 稀に見る凶悪事件だったが、犯人はすでに死亡している。

 拉致されていた幼女を無事に救出できたことで、美談にする方向へ……。


 遺族のグループが県警の対応を非難する一幕もあったが、やがて世間は次の話題に注目する。


 幼女を庇った市民たちは、実に勇敢だった。

 プロの警護ですら、発砲されれば、思わず体を硬直させるのに。

 何と、実弾を一発食らったのに、彼女の盾となり続けた者も。


 幼女を攫った凶悪犯の身元は、全くの不明。

 せめて、車道を塞ぐように横転した車両が残っていれば、何か発見できたろうに……。


 保護された幼女は、亜志子あしこと名乗った。


 名字は、なし。

 住所も言えない。


 身元が分かる持ち物はなく、やがて里親に引き取られた。




 ――15年後


 成長した室矢むろや重遠は、真牙しんが流から Walhaiヴァールハイ(ジンベエザメ) の称号をもらった。


 だが、その前である、10月に行われた紫苑しおん学園の『しおん祭』の頃に、奇妙な事件が起きていた。


 東京に近い県警の所轄署に、捜査本部が置かれていた。

 公営団地の1つで、連続の飛び降り事件が発生したからだ。


 薬物の使用や、組織的な犯罪の恐れがあった。

 市民から訴えがきたことも、大規模な捜査につながっている。

 警察として、何もしません。というわけにはいかない。


 結果は、シロ。

 犯罪と思われるものは、カツアゲのような事件を除けば、何もなかった。

 怪しい団体が動いていた形跡もなく、そろそろ店仕舞いの頃合いだ。


 自殺する人間の動機は、考えてもムダ。

 借金のように具体的ならば、ともかく。


 ただ、その数が多い。

 例年の平均値よりも、そのペースが異常だ。


 そう。

 何かが、おかしいのだ。


 ベテランの刑事でなくても、一目瞭然。

 だが、その原因は、さっぱり分からない。


 疑わしい人物、関係者に片っ端からローラーをしてきた刑事たちは、徒労感に襲われながら、書類を作成していく。


 捜査本部がある会議室は、夏休みに補習を受けている教室のような雰囲気だ。

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