第422話 俺の二つ名は「巨乳大好き」ではない(後編)

 室矢むろや家を支援している不破ふわ哲也てつやは、カレナが出した素材に、思わずうなる。


「これは……。いったい、どこから?」


 リビングの椅子に座っているカレナは、平然と答える。


重遠しげとおの式神。その一体からだ……。それを使えば、おそらく空間をえぐり取る射撃でも、暴発せずに済むのじゃ」


 未知の素材だ。

 白銀で金属のような輝きであるものの、分子構造や成分が全く分からない。

 ただし、検査上では、危険もない。


 哲也は、ソフト屋だ。

 材料工学は専門ではないが、これを正式に採用できれば、画期的な技術につながるだろう。


 悠月ゆづき五夜いつよが懇意にしているであることから、哲也は慎重に尋ねる。


「カレナ様は、どのように希望されるのですか?」


明夜音あやねに、重遠のバレを作らせろ。その際に、必要な分だけ提供する。……安定供給はしないぞ? こっそりとサンプルを確保しても、こちらで回収する。データは、自由にしてくれ」


 その返答に、残念な顔の哲也。


 カレナが、室矢むろや重遠のキューブとは別に、わざわざ取ってきた素材だ。

 一定量を入手する方法がある、と知られたら、面倒になってしまう。


「明夜音が『試作1号』を作るまで、時間があるだろう? それは、しばらく預ける。分析や強度のテストは、構わん」


かしこまりました。責任をもって、管理いたします」




 キラキラと輝く物体。

 さながら、ファンタジーRPGに出てくる、勇者の武具の素材だ。


 不破アシーナは、取り出された、プラチナのような物体を眺める。


「不思議……。これが、室矢くんが沖縄でも実行した、空間を削り取るか、吸い込んでいる射撃に耐えられるとしたら、よっぽどの強度があるのね?」


 不破哲也は、システムエンジニアのような開発環境で、大型モニターを見ている。


「どちらかと言えば、違う空間にアクセスする権限がある……という感じかな? この世界を必要以上に壊さないよう、銃のバレルのように膜を作って、室矢さまの空間魔法がその射線上を全て塗り替えているイメージ。おそらく、北海道の重力砲も、同じ理屈だ。別の次元との境目か、異空間を呼び出して河川を作り、そこに重力子という水を流し込んだ。あるいは、グラフィックソフトで、線によって囲んだ部分を指定した色で塗り潰す感じか」


「それだと、戦車の滑腔かっこう砲か、レールガン、コイルガンね? まあ、物体じゃなく、別の次元や空間をそのまま飛ばしているのだろうけど……」


 応じたアシーナは、それを突き止められれば、ワープ理論も完成するだろうに。と思った。

 しかし、バレの技術者、ESPイーエスピー能力者に過ぎない自分には、関係ない話だ。


 たとえ、重力制御ができて、宇宙コロニーや、恒星間の航行ができようが。

 はるか彼方かなたにワープできようが――


「私には、哲也との幸せな生活のほうが大事……」


 アシーナがボソッとつぶやいた言葉は、集中してプログラミング中の彼の耳に入らなかった。

 それは、いつものことだ。


 彼女は、そっとたたずんだままで、考える。


 自分は、科学者とは呼べない。

 未知を探求することを選ばず、ただ隣にいる男との平穏な生活を望む、俗物だ。


 これが操備そうび流の人間ならば、どんな犠牲を払ってでも、この物質の解明と、その知識による応用を試すだろう。



 無言のままで、夫の哲也が作業している様子を見守る。

 今日は、相手をしてくれるかな? と思いながら……。



 ◇ ◇ ◇



 室矢重遠しげとおは、真牙しんが流の Walhaiヴァールハイ(ジンベエザメ) になった。


 悠月家のお抱えである、Y機関の諜報員。

 もっとも、特定の任務を与えない、名誉職の扱いだ。


 千陣せんじん流の上位家の当主で、防衛任務の功労者であることから、『少佐』待遇だ。

 沖縄の一件を繰り返さないよう、簡単に威圧できない立場にしたのだろう。

 防衛省や防衛軍に行けば、佐官用の施設も使えるし、素性を知っている人間から、敬礼される。


 警察についても、慣例的に、『警部』待遇らしい。

 どうやら、過去に揉めて、現場の警官が軽んじない程度の扱いが必要になったとか……。


 だから、具体的にどう扱うのか? は、相手次第。

 最低ラインで、馬鹿にされない。

 されても、そいつを潰せる。


 やり過ぎれば、後で問題になるけど、何もないよりは、マシ。



 ベルス女学校を訊ねた咲良さくらマルグリットは、時翼ときつばさ月乃つきのと、カフェにいた。


 一通りの説明をした後で、付け加える。


「結局、私の二つ名は、Uranusウラノス(天王星)になったわ。宇宙規模の氷を扱える、という意味で……」


「あ、そこはドイツ語の発音なんだ?」


 月乃は思わず、突っ込んだ。


「私は、秘密結社の “Weisheitヴァイスハイト undウント Magieマギー(叡智と魔術)” にとっても、重要な看板になったから……。それで、重遠と同じ、『少佐』待遇に……」


「はー。メグも、大変だね? 沖縄で、針替はりがえ大尉がやらかした影響か……。組織の肩書きや指揮権がないと、いくら階級があっても無意味だから、悪目立ちする形になりそうだ」


 苦笑いの月乃に、マルグリットが問いかける。


「あなたは、卒業後にどうするの?」


「ベル女のOGも大勢いるし、順当に魔特隊かな……。警察は性に合わないし、世間でうろつくのは、ちょっと避けたいんだよ」


 何か事情がありそうだが、マルグリットは追及しなかった。



 ◇ ◇ ◇



 俺の傍でひざまずいた鳴宮なるみや日和ひよりが、両手に持っているトレイを掲げて、1つの箱を差し出した。


 彼女の主人である悠月明夜音は、俺の顔を見ながら、説明する。


「重遠。真牙流の魔法師マギクスとしてのあかしが、完成いたしました。どうぞ、お納めください」


 箱を受け取り、ふたを上に開けると――


 黒い腕時計が入っていた。

 リストバンドに近い、黒のスマートウォッチだ。


 限られた画面は見やすく、角が丸い四角。

 小型のパソコンを思わせる。


 俺が右腕につけて、タッチ画面を触っていたら、明夜音が説明する。


「一般人の目を引かないように、あえてシンプルなデザインです。強度は高く、簡易的な盾にもなりますが、過信はしないでください。本質的にバレで、身体強化の魔法などをスピード発動します。真牙流のマギクスや施設であれば、重遠。つまり、Walhaiヴァールハイ(ジンベエザメ) だと認識することが可能です。また、悠月家の庇護にいることで、魔特隊の少佐待遇になっています。こちらは、沖縄の件を再発させないための、保険ぐらいですけど……。警察に対しても、悠月機関の特務として、ただの異能者よりは丁寧に扱われると思います。現場に出ている警察官よりは、上の階級の待遇です。前に不破さんが説明した通り、バレの隠匿携帯の許可証も兼ねています。もし所轄がうるさい場合は、すぐに配下の者や弁護士を向かわせます。IDカードで身分証明書を出しても、高校生の重遠では、説得力がありませんので」


「分かった。わざわざ、すまない……」


 咲良マルグリットにも、リストバンド型の白いスマートウォッチが、渡された。


「メグについても、基本的に重遠と同じです。二つ名の Uranusウラノス(天王星) として、認識されます」


「了解」


 それを聞いた明夜音は、悪戯っぽい表情を浮かべた。

 お付きの日和に、小型のアタッシュケースを差し出させる。


 不思議そうな顔のマルグリットを見たままで、明夜音は言う。


「開けてみてください」


 マルグリットが開けたら、中には彼女が欲しがっていた、『シルバー・ブレット(銀の弾丸)』の限定モデル――黒のセミオートマチック型のバレ――があった。

 俺が持っているのと同じ、『フラック19』だ。


「わ! シルバー・ブレットだ!! これ、もらっていいの!?」


 笑顔の明夜音は、首肯した。


「ええ。調整者として、ティナが担当します。あなたも悠月家のお抱えのマギクスで、戦略級だから、これぐらいの表道具が必要でしょう」


「ありがとう! 大事にするわ!!」


 ショルダーホルスターなどの、拳銃を収納する装備品も、特務仕様で受け取る。


 義妹の室矢カレナが、俺の顔を見た。


「キューブのことだが、その一部を哲也に渡している。明夜音がお主のバレを完成させたら、でのシルバー・ブレットになるだろう。それまでは、空間をえぐる魔法のマガジンは、数発でバレを壊すつもりで撃て。普段は空気弾で、十分だ」


 うなずいた俺は、カレナに返事をしながらも、その開発者に説明する。


「そうか……。明夜音も、完成を急ぐ必要はないぞ? 俺たちが高校を卒業するぐらいで、形にしてもらえば、それでいい。基礎から固めて、お前が技術者としてレベルアップするぐらいの気持ちで臨んでくれ。楽しみにしている」


 自然な笑顔になった明夜音は、端的に答える。


「はい。承知いたしました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る