第421話 俺の二つ名は「巨乳大好き」ではない(前編)

 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館にある、パーティールーム。


 テーブルに並べた料理をセルフでよそう、食事会が続く。


詩央里しおり。夜のローテーションだけど、これ以上の人数を考えたら、1回の人数を増やす、カレナの権能を使うとか、考えないと……。いや、積極的に増やす気はないけどさ。それに、この人数だと、全員で毎日のディナーは難しい。事務的になってしまうけど、朝礼での情報共有や、週末のパーティーみたいに懇親会をするか? 全く会わないのも、マズい」


「そうですね。カレナと、話し合っておきます」


 考え込んだ南乃みなみの詩央里に、追加で言う。


「俺が一時的にいない場合、連絡できない場合に、『どうするのか?』のマニュアルを作っておきたい。詩央里に任せるのは当然だが、『誰に何を?』を決めていないと、たぶん混乱する。お互いに心配した結果、全く動けずに各個撃破というのは、絶対に避けたい」


「ウチも、大所帯になってきましたからね……。分かりました。そちらも、考えておきます」



 料理を取り分けた俺は、久々に親友と話す。


勝悟しょうご。今後の話だけどさ! 定期報告を除いて、ひとまず活動を分離しておこう。そちらは航基こうきもいるから、面倒を避けたい。ただし、深刻な問題があるのなら、すぐに言ってくれ。今の時点で、『家格がどうの』と言っても、仕方がない。どっちみち、変則的な関係だから、今のところは柔軟に動こう。ただし、俺たちが高校を卒業したら、大学生になるかは別として、今までの学生気分ではいられない。お互いに、他家との関係を上手くやっていく心構えは、しておこう」


 寺峰てらみね勝悟は、周りを見た後で、俺に視線を戻した。


「分かった。俺も、前の山科やましな家とのパーティーで、思うところがあった。早姫さきたまきと、ゆっくり話しておくよ。お前と違って、これ以上は女を増やす気がないけどな?」


 冗談めかした勝悟に、俺はペチンと叩いた。



 北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおのコンビは、どちらも困った顔で、俺に訴えかける。


止水しすい学館の学長が、『室矢むろやさまを連れてこい』と五月蠅いんだけど……」

「行ったら、冗談ではなく、貞操の危機になりそうだけどね」


 紫苑しおん学園の文化祭に来ていた演舞巫女えんぶみこたちの様子を見る限り、彼女たちはサキュバスだ。

 行くのならば、相手を見た瞬間に攻撃するぐらいの態勢が必要。


 とはいえ――


「俺は刀侍とじだから、いずれ出向く必要がある……。そういえば、お前たちとは、まだ手合わせをしていなかったよな?」


 首肯したコンビは、それぞれに自分の意見を言う。


「演舞や試合という名目で、止水学館に行く?」

「このレジデンスで行うのは、難しいわ。メグが共用施設のスタジオを私物化しているし、ここには剣道用の武道場がないから」


 ダンスなどを行えるスタジオは、咲良さくらマルグリットの手で、室内サバゲーの会場となった。


 鉄パイプとベニヤ板で、迷路のような構造。

 定期的に入れ替えて、常に緊張感を持たせている。


 マルグリットが無許可で作ったのだが、結果的に、そのままだ。



 ◇ ◇ ◇



 レジデンスの共用施設の1つ、スタジオ。

 今は、咲良マルグリット作の室内練習場だ。


 ベニヤ板で仕切られた通路や部屋があって、室内のクリアリングの練習が可能。

 上は開けていて、巨大迷路のような空間。


 パシャッと、カラーペイントがついた。


 右の通路から出現したマルグリットは、両手持ちの拳銃で、その銃口を向けながら、反対側の部屋に飛び込んでいく。


 こちらが必死に撃っても、すでに移動した後だ。


「さすがに、上手いな……」



 後を追っても、部屋に入った時点で、死角から撃たれる。

 そちらを警戒したら、次は違う死角から撃つ。

 あるいは、入った瞬間に襲ってくる。


 接近したら、銃を持つ右手を外側から押さえられて、撃たれる。

 足を払われる。

 重心が動いた先に、投げ飛ばされる。



「次の動きが分かりやすいし、相手を見過ぎ! 『死角を潰して、そこに敵がいたら反射的にトリガーを引き、結果的に当たる』という感じが、いいわよ? 単なる反射よ、反射! 相手に合わせて、格好良く倒すのは、百年早いわ」


 近くに腰掛けたマルグリットは、率直にアドバイスする。


重遠しげとおに、拳銃によるCQCシーキューシー(クロース・クォーターズ・コンバット)は向いていない。あくまで牽制けんせいや、扉を開けるマスターキーで使って、『いざとなれば、秘密カートリッジで壁ごと撃ち抜く』で、いいんじゃない? あるいは、無理に撃たず、身体強化のような、相手に悟られにくい魔法のほうがいいかも」


 剣術をやっているのなら、中途半端に銃を混ぜると、グチャグチャになるし……。


 その言葉で、俺は、柔軟に戦っている魔法師マギクスを思い出した。


「そういえば、月乃つきのは、どうなんだ? あいつ、普通に銃を使うよな?」


「うーん。私、月乃と実戦形式では戦っていないし……。言われてみれば、参考になるかもね」



 悠月ゆづき明夜音あやね工藤くどう・フォン・ヘンリエッテも、技術屋のわりに、けっこう良い腕だ。

 俺よりは、上手い。


 聞けば、護身として、陸上防衛軍、警察の訓練を受けたようだ。



 ◇ ◇ ◇



 このレジデンスの地下には、通信室がある。

 真牙しんが流の拠点のため、セキュリティー対策を施したラインで、ベルス女学校とも話せるのだ。


 銀行のテレビ端末を重役用にグレードアップさせたような場所で、俺は正面のモニターに映るりょう愛澄あすみを眺めた。


 彼女は、通信室らしき背景で、椅子に座ったまま、頭を下げた。


『お忙しいところ、ごめんなさいね? ウチから与える称号について、打ち合わせをさせてください』


「よろしくお願いいたします。でも、連絡をしやすくなりました。詩央里に言ってくれれば、できるだけ校長先生の都合に合わせますので……」


 微笑んだ愛澄は、すぐに返してくる。


「そう言ってもらえると、助かります。……さて、室矢家への称号の件です。確認させていただきますが、『真牙流への協力者として、ウチの中で通用する。毎月の給料や福利厚生、所有権、ウチの指揮権や階級が発生しない、形式上のもの』で、よろしいですか?」


「はい。その代わり、名称や説明文については、こちらで事前に確認したいです。学生カードのように身分証明書の形だと、面倒が少ないでしょう」


 考え込んだ愛澄は、俺の質問に答える。


「身分証明書は、悠月家に確認のうえで、マギクス用のものを貸与します。名称と説明文ですが、室矢くんに考えてもらい、こちらで必要な部分だけ修正したほうが早いと思うのですが……」


 テンプレを一緒に渡します。

 面倒でしたら、名前の部分だけ、変えてください。


 その言葉で、いったん打ち合わせが終わった。


 コンソールのような端末から、今回の資料がプリントアウトされる。

 終わった時点で抜き取り、ざっと眺めていく。


 座り心地が良い椅子にもたれた俺は、高校に通わなくても、宿題が出るのだな。と嘆息した。




 自宅に、正妻の南乃詩央里、義妹の室矢カレナ。

 真牙流の人間である、咲良マルグリット、悠月明夜音を招いた。


 リビングで、広いソファの適当な場所に座る。


「そういうわけで、俺の称号を決める。あと、メグについても、『アイシクル・エッジ(氷柱つららやいば)』から、別の二つ名を考えろってさ!」


 マルグリットは、戦略級のマギクスと、非公式に認められた。

 ゆえに、もっと強そうなニックネームが必要だ。


 抑止力になる通称であれば、味方を鼓舞しつつも、敵の勢いを削げる。

 本名と顔も知られていくだろうが、多くの人間に名前で呼ばれるのと、二つ名では、そのスピードや認知度が大きく変わるだろう。


 逆に言えば、その期待のホープの受け皿として、室矢家が相応しいのかどうか? が数年後に問われるのだ。



 室矢家の当主に相応しく、それでいて、俺の力を示せる称号……。


「説明文は、テンプレでいいよな? 『防衛任務に参加した、千陣せんじん流の上位家である、室矢家の当主』とは、付け加えるけど」


「うん。そこで小説を書かれても、鬱陶うっとうしいだけだし……」

「はい。それで、いいと思いますよ?」

「長文は、読む気が失せるからな。称号にこだわったほうが、良いのじゃ」

「ええ。そうですね……」



 Gravitasグラビタス(重力)

 Kanoneカノーネ(大砲)

 Schützeシュッツェ(狙撃手)

 Gramグラム(北欧神話の魔剣)


 どうにも、しっくりこない。


「問題は、俺の能力をどこまで開示するのか? だ」


「神話の剣だと、やり過ぎな気もするし……」

「重力砲が分かってしまうのも、どうかと思います」

「神話を知らないと、グラムは意味不明じゃ……」

「ドイツ語も、知らないと中二病っぽいですし……」


 悠月明夜音が、提案する。


「発音だけなら、Einzelgängerアインツェルゲンガー も格好いいですけど……」

「意味は?」


 明夜音は、にっこりと笑った。


「一匹狼です」

「やめておこう」


 指をあごに当てた明夜音は、どんどん案を出す。


Weiserヴァイザー は、どうですか? 『賢者』という意味です。Friedenフリーデン も『平穏』で、イメージは良いです」


「んんー。俺には、高尚すぎる気がする。“Weisheitヴァイスハイト undウント Magieマギー(叡智と魔術)” の秘密結社を考えたら、ハードルが高い。平穏もなあ……。その称号で敵を倒しまくったら、シュールすぎる」


 イメージが良くて、怒らすと怖そうな名前か……。




 その時、俺の第二の式神、キューブが出現した。

 四角で空中に浮かび、リィンリィンと鳴きながら、フヨフヨと漂う。


「珍しいな。自分から出てくるとは……」


 カレナを除いた女子たちが、一斉に騒ぐ。


「おおっ!?」

「これが、若さまの新しい式神ですか?」

「材質は、何でしょう? 少し削って、いいですか?」


 すると、キューブは、一匹の海洋生物に変化した。


 そのままで、部屋の中を回遊する。


「……メグ。これ、ジンベエザメでは?」

「あー。そうね!」


 巨大でありながら、プランクトン、小魚を食べている。

 気性は、かなり大人しい。


 キューブにとっても、沖縄のちゅーら水族館は楽しかったようだ。



 俺の真牙流での称号は、Walhaiヴァールハイ(ジンベエザメ)となった。


 いつも動きが緩慢で、魚類の中で最大の大きさ。

 だけど、暴れ出したら、物凄く被害が出そう。


 満場一致で、俺のイメージにぴったり。だそうで……。

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