第418話 ティナ・アイデンティティー④

 死体になっていた雑賀さいかてるは、仮想訓練の終了で、元の状態に戻った。


「な、何が……」


 呆然とする照に対して、興味がないと言わんばかりに、不破ふわ哲也てつやは背中を見せた。

 バレの片づけを始める。


 彼には、大喜びのアシーナが纏わりつき、USFAユーエスエフエーの要人も質問していた。


 大恥をかいたことで、照は急激な怒りを覚える。



「無効だ!!」



 その叫びで、周りの者が呆れながら、照を見た。


 最後の1戦は負けたものの、十分な戦果だ。

 何の不満がある?


 女子にモテている、あるいは、手抜きの常習犯として、哲也を嫌っている生徒たちも、照を見る目が厳しい。


 最後の1戦は、哲也が後先考えずに突っ込み、たまたま上手くいった。

 それだけでは?


 その見方が大半で、マーシャルアーツ研究会のように、特別な知識がなければ、哲也の力を見抜くことは難しい。

 おまけに、照の圧勝で、見学ルームの全員は注意散漫だった。


 同じ演習ルームにいる、各学年の主席、補佐は、気づいた。

 けれども、USの武官たちが近くにいるため、迂闊に発言しない。



 周囲の冷たい視線に構わず、雑賀照は喚き続ける。


「何か……。何か、ズルをしただろう!? そうでなければ、劣等生のお前なんかに、負けるわけが……」


 しかし、ふと思い出す。


 自分が勝ち越せば、アシーナと婚約できる――


 いつの間にか、当人が立っていた。


「まさか、さっきの口喧嘩を真に受けていないでしょうね? 仮に、この世で最後の男があなたでも、絶対にお断りよ!」


 アシーナは、照の心を読んだかのようなタイミングで、吐き捨てた。

 そのまま、呆然とする彼を置き去りにして、哲也のところへ小走りで戻る。


 見かねた教官が近寄ってきて、引導を渡す。


「雑賀。これ以上の騒ぎには、懲罰を与える。少し、頭を冷やせ……。お前は、魔特隊に内定しているのだろう? せっかくの進路を反故ほごにするのは、やめておけ」




 結局、ブロン高等魔法学校を訪問したアシーナは、立っている不破哲也に『大しゅきホールド』をしたまま、梃子てこでも動かぬ構えに。


 念のために言っておくが、さすがに公衆の面前で合体はしない。

 突っ立っている哲也に対して、セミのように、しがみついているだけだ。


 困り果てた関係者は、アシーナを哲也に預けた。


 実質的な、婚約の成立。

 それに伴い、真牙しんが流とUSFAの間で、釣り合うだけの取引が行われた。



 プライドを深く傷つけられた雑賀照は、再戦のために不破哲也を挑発するも、全く応じない。


 海外の要人による視察で大騒ぎをした手前、これ以上の問題を起こせば、自分の将来が失われる。

 歯噛みしつつも、遠くから睨むだけ。


 この件については、アンチ哲也のグループも、一切の協力をしない。

 どう考えても、照が悪いからだ。


 遅まきながら、哲也を『売約済み』にしたことで、他の男子たちは大喜び。

 仲が良いグループで集まって、次の交流会の作戦を練る。




 ――不破家の戸建て


 東京にある、新築のデザイナー住宅。

 オシャレな二階建てが、哲也とアシーナの愛の巣だ。


 まだ高等部3年であるものの、アシーナが離れることを嫌がり、卒業まで後少し、ということで、特別措置になった。

 残りの単位は通信制で取得しつつ、ブロン高等魔法学校の開発部などの活動を行う。


 真牙流の施設との秘密通信や、バレの開発の設備も用意された、まさに一大拠点だ。

 本来なら、上級幹部(プロヴェータ)のような、上の人間が住む場所。


 1階には、海外のブランド家具が並ぶ、広いリビングダイニング。

 アシーナは、まさに幸せの絶頂だ。


 不破哲也の強さは、テレパシーによる読み取りで、よく分かっていた。

 だから、あれほど強気で、雑賀照に言い返したのだ。


 ブロ高のゲストハウスで初夜を済ませたアシーナは、USFA軍や国防総省の人間からも祝福され、新たな生活を始めていた。

 USに家族はおらず、あっさりと異国に住む。




 アシーナが出かけている間に、不破哲也は立ったまま、リビングの壁にある大型モニターを見ていた。

 そこには、真牙流の上級幹部プロヴェータの1人、悠月ゆづき五夜いつよの姿がある。


『哲也さん。分かっていますね? ここで、彼女が裏切るようなら……』

「承知しております。お任せください」




 ――東京の表参道


 流行りのお店の1つで、アシーナは、US時代に親しかったローラと会っていた。

 今は、外資系の企業で、元気に働いているようだ。


 ローラは、アシーナの頭に、自分が送った髪留めがついていることを確認した後で、切り出す。


「ティナ。私が贈った髪留め、まだ付けてくれているんだ」

「これがないと、私は『心の声』が聞こえすぎるからね……」


 アメリカンな雰囲気で、ハンバーガー、シェイクの他に、ボリュームがあるパフェなども。

 

 2人用のテーブルに着きながら、自分のメニューを食べる。



 しばらく世間話を行った後で、ローラは意を決したように話す。


「あのさ……。私たち、親友だよね?」

「急に、どうしたの?」


 驚いたアシーナに対して、ローラは説明する。


「私さ、CIAシーアイエー(中央情報局)の日本支部に、スカウトされたの。幹部候補生の正職員で! もちろん、表向きは、カバーの外資系企業だよ?」


 握っていたスプーンを置いたアシーナは、じっと見た。


 その視線を感じながら、ローラは話を続ける。


「でも、今はリクルートの段階だから。何かがないと、本採用にならないんだよ」


 アシーナは、何も言わない。


 焦れたローラは、訴えかける。


「あなたのほうで、良いネタがないかな? 他に出回っていない情報なら、一発で採用されると思う。魔法師マギクスの情報で、何かくれない?」


 真顔のアシーナは、若干だけ低い声で、旧友に訊ねる。


「それ、本気で言っているの?」


 長年の付き合いから、本気で怒っている、と察したローラは、必死に説得する。


「じょ、冗談で、言うと思う? ね、お願い! 今回だけ! ティナだって、結婚したばかりじゃない? 協力してよ! 私が本採用になれば、後はもう頼まないから! お互い、幸せになろうよ~」


 顔を伏せたアシーナは、小さな声でつぶやく。


「少し、考えさせて……」



 アシーナがトイレに行った隙に、ローラは彼女のスマホの中にある識別カードを抜いた。

 ウエストバッグから取り出した、小さな基盤のような端末にそれを差し込み、新しいスマホに接続。

 固有データを抜き取り、全く同じ動作をするものを作った。


 専用の解析機でロックを外したスマホにも、何かをダウンロードさせる。

 彼女のショルダーバッグにも、小さな装置を入れた。


 全て元の状態に戻した後で、アシーナを迎える。



 悩んでいるアシーナは、まだスイーツが残っている皿に構わず、言い捨てる。


「すぐには、返事をできないわ。ここの会計は、私が持つから……」


 テーブル上の明細をつかんだアシーナは、スマホ決済を行い、すぐに店外へ出ていく。


 それを見送ったローラは、同期させたスマホで、同じように動作していることを確認した後で、片耳に少し大きめのイヤホンをつけた。

 どうやら、マイク機能もあるようだ。




 スパイ衛星は、地上にいる人間を見分けられる。

 上空から四角のマーキングをされたアシーナが、歩いていく。


 路肩に止めている車の中には、外国人が数人。

 様々な機器が詰め込まれ、モニターには、衛星からのリアルタイム映像も。


『対象は、表参道を移動中! ……今、青山方面への高速移動に、入りました』


 アシーナを管理しているプロジェクトのチーフは、すぐに指示を出す。


「全ユニットに告ぐ。アシーナが自宅へ帰る前に、『我々に協力する』と、意思表示をさせる。アシーナがひとけのない場所に行ったら、対ESPイーエスピー用の装備で攫え! 狙撃チームも、見失うなよ? ローラは、アシーナを追跡した後で、引き続き説得しろ。今度は、『お互いの親を殺したこと、その事実を男に知らせる』と脅せ」


『ローラ、了解』




 CIAのチーフから命令されたローラは、アシーナが停止している場所へと足を踏み入れた。

 オシャレな青山とは思えない、高い塀に囲まれた団地跡だ。


 重量鉄骨の5階建て。

 オリジナリティーが欠片もない豆腐が、10棟を超える数。

 それらは一定間隔で建ち並び、帰ってこない住人を待ち続けている。 


 再開発による解体待ちのエリア。


 薄汚れた外壁は、もはや朽ちるだけ。

 地面には雑草が生い茂り、ゴミも捨てられたまま。

 心霊現象が起きそうな、不気味さに包まれている。


 フェンスに近寄ったローラは、上を見上げて、ゴクリと唾を呑んだ。

 上司の命令がある以上、ここに入るしかない。

 

 異能者とあって、すぐにフェンスを乗り越える。

 人目を気にしながら、目的の廃墟に走った。




 おっかなびっくりで、屋上に立つ。


「ティナ? あれ、いない?」


 バッグに仕込んだ発信機や、スマホのGPSでは、ここなのに……。


 屋上は平らで、隠れられる場所はない。

 傷んだ屋根材に足を取られないよう、慎重に歩く。


「ローラよりチーフへ! アシーナの姿が、見えません。そちらで、動向をつかんでいますか?」


 その瞬間に、ドンッと殴られたような衝撃。


 ターンッ


 膝が落ちて、その後にドサッと倒れる。


「え? え? な、んで?」


 倒れたら、近くのくぼみに、自分が贈った髪留めと、アシーナのスマホ、発信機。


 激痛が走る中で、ローラの耳に無線が飛び込んでくる。


『どうして、撃った!?』

『あれ? ……確かに、こちらへライフルの銃口を向けていて』


 やられた。

 ティナが、狙撃手にカウンタースナイプを錯覚させたんだ。


 CIAのチーフは、冷徹に言う。


『全ユニットに告ぐ。狙撃チームは、すぐに撤収。残りのメンバーで、アシーナを追い込むぞ。念のために、無線の周波数をブラボー2に変更せよ』


 その直後、自分の耳には、何も届かなくなる。


 また、見捨てられた。


「どうして……。ズルいよ、ティナだけ……」


 銃弾による熱さから、失血の冷たさに変わっていく。



 自分の能力がショボいことは、自覚していた。

 でも、アシーナの親友として、価値がある。

 彼女に嫌われれば、すぐにでも処分されるだろう。


 その恐怖と戦いつつも、アシーナの親友を演じてきた。

 打算だけではなく、唯一の友人で、お互いの親を殺した共犯者。


 テレパシーで他人の心を読むのを怖がっていた、臆病者。

 だから、親友の自分に使ってくるとは、思わなかった。


 何よりも、長く一緒にいた自分を切り捨てるとは、信じたくなかった。


 CIAの工作員として教育され、有望な異能者とくっついた。

 本当に、上手くやったものだ。

 なら、お裾分けぐらい、当然だろう?


 USの象徴のような、金髪碧眼へきがん

 スタイルは平凡だけど、可愛らしい。

 街で歩いていて、アシーナは男たちに注目されるが、自分は……。


 女として、残酷なまでに差がある。

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