第417話 ティナ・アイデンティティー③
「こいつよりも、自分のほうが――」
「違う!
アシーナが、叫んだ。
照も、負けない。
「あなたはご存じないでしょうが、
「そんなこと、ないわ!」
強情に言い張るアシーナに、周囲は困惑した。
不破哲也と同じ高等部3年の照は、学年で上位10人にランクイン。
魔法の実技で、圧倒的に上だ。
その場にいる、同期の学年主席、補佐に、意見を求める。
「主席と補佐も、そう思いますよね?」
しかし、2人は、何とも言えない顔だ。
小声で答える。
「あとで何か
「状況を考えろ、雑賀」
今は、同盟国の
そのゲスト、
他の面々が黙っている中で、アシーナは真剣な様子だ。
「少なくとも、あなたより強いわ!」
「あり得ない!」
「なら、僕が勝ったら、どうします?」
「何でもして、あげるわよ!」
売り言葉に買い言葉で、とんでもない展開に。
そこで、雑賀照は、言質を取ったとばかりに、主張する。
「では、僕が勝ち越したら、その……。婚約してくれませんか?」
「えっ!?」
言葉に詰まったアシーナだが、チラリと哲也を見た後で、言い張る。
「いいわよ! 絶対に、哲也が勝つから!!」
本人を抜きにして、勝手に進めるな。
そう突っ込みたい哲也だが、来賓にここまで言わせた以上、否やはない。
すぐにお互いの
勝利を確信した照は、哲也のほうを見ながら、思わず言う。
「可哀想だから、勝ち越しではなく、『お前が1勝できたら』にしてやっても、いいぞ?」
しかし、哲也は、それに応じず。
無言のままで、準備を進める。
アシーナたちは、安全が確保されている空間で、直接見学。
上着を脱いだ制服姿の雑賀照は、腰のホルスターに、セミオートマチックを一丁。
腰の後ろには、
右手首に、リストバンド。
拳銃、ナイフは、それぞれ1つの魔法の特化型。
リストバンドの端末で、多目的に魔法を使う。
いっぽう、ジャージ姿の不破哲也は、右脚のレッグホルスターに拳銃。
腰には、移動魔法に特化したベルトをつけた。
こちらも
その貧相な武装を見た照は、笑った。
「やっぱり、劣等生だと、2種類の魔法しか使えないんだな?」
「早く、始めるぞ?」
挑発をスルーされたことで、照は激怒した。
距離が離れた状態で向き合い、仮想訓練の開始を待つ。
『これより、仮想訓練を始める。10戦で、殺傷方法は問わない。以後は、必ず合図に従うこと……。第1戦目、始めっ!』
その合図の直後、右手を前方に伸ばした照によって、対面の哲也は凍り付いた。
『終了! 勝者、雑賀。……第2戦目、始めっ!』
今度は、意図せず、クイックドロウの早撃ち勝負になった。
哲也が撃たれて、終わり。
ナイフで、
格闘戦になって、投げ飛ばされる。
次々と勝敗が決まり、哲也は連敗記録を伸ばした。
5戦目が終わって、小休憩に入る。
それぞれのベンチで休みつつ、呼吸を整えていく。
だが、雑賀照のお目当てのアシーナは、ずっと哲也に張り付いている。
「何で!? どうして、本気で戦わないの?」
「俺は、真面目に戦っている」
「嘘!」
「嘘じゃない……」
それを苦々しげに見ていた照に、高等部3年の主席補佐が言う。
「なあ、雑賀……。もう、十分だろう? お前の強さは、証明された。ここで止めれば、全員の顔が立つ。お前だって、あんな口約束で、実際に婚約できるとは、思っていないだろ? 対戦の中断を言いにくければ、俺が代わりに言ってやる」
そちらに振り返った照は、まだ納得しない。
「いいえ。自分は……。許せないんです。いつも
「雑賀。お前は、どうあっても、残りの5戦をやると言うのだな? ただ、お前が憂さを晴らすため。それだけの理由で、明らかに成績が下である者を……」
必死に訴える主席補佐に対して、照は悪びれずに言い返す。
「いけませんか?」
「決まったことだ。それに、文句は言わん。ただな、雑賀? 俺は……」
――お前と同じ部隊に配属されるのは、御免だ
その言葉に、照は思わず、主席補佐の顔を見た。
主席補佐は珍しく、感情的に話す。
「自分より成績が悪い奴や、気に食わない奴なら、見下していいのか? 同じ高校の仲間だろう? 同期だろう? どうして、『生徒同士で指導を行う』という発想がないんだ!? 不破は、仲間意識が薄い。しかし、服務を正しく行っているし、困っている仲間も助けている。俺は、それを見てきた。
レスリング部の主将でもある、主席補佐。
彼は強面だが、面倒見が良い。
照は、彼の質問に答えなかった。
主席補佐は、ただ悲しそうに
「お前が下士官として任命された後も、今の調子で突っ走れば、いずれお前自身と部下、そして仲間を殺す。それだけは、覚えておけ」
言い捨てた主席補佐は、振り返らずに照のベンチから離れた。
思わぬ一撃に怯んだものの、今更になって中断を口にする気はない。
それに、どうせ自分が負ける心配はないのだ。
「完璧に、叩き潰してやる……」
第6戦目からも、不破哲也の連敗が続いた。
7、8、9と、リピートのように。
残り1戦。
雑賀照の勝ち越しは、決定済み。
観客の誰もが、消化試合と位置づけていた。
見学ルームでは、雑談や、スマホを見ている男子も多い。
その中でも、同じ演習ルームにいるアシーナは涙目で、ずっと哲也を見ていた。
やりにくい。
哲也からすれば、その一言だ。
USFAの軍人と、その関係者。
間違いなく、
公開されている情報だけでも、かなりの部分まで分かる。
他との整合性、ズレを比較、分析すれば、だいたいの予測を出せるのだ。
そんな厄ネタに見守れている状態で、本気を出せるわけがない。
あと、1戦。
それだけ我慢すれば、この状態が終わる。
割り切った哲也は、僅かな小休止を終えて、ベンチから立ち上がった。
捨てられた子犬のようなアシーナと、目が合う。
彼女は、おもむろに口を開いた。
「わんっ!」
演習ルームに、犬真似の声が響いた。
「ワンワンワンワンッ!」
突然の出来事に、周りは唖然とした。
奇行に走ったアシーナは、やっぱり涙目のままで、哲也を見ている。
まさに、捨てられた子犬だな……。
その必死な様子に、哲也は苦笑した。
最後の1戦ぐらいは、良いか……。
考え直した哲也は、対戦の開始位置に立った。
その場で軽くジャンプしながら、開始の合図を待つ。
笑顔になったアシーナは、ワクワクしながら見守る。
『仮想訓練、第10戦目。……始めっ!』
その瞬間に、照は腰のホルスターに手を伸ばして、クイックドロウ。
狙い澄ました銃口で、哲也の胴体部を撃ち抜く――
キュキュッ
照は、踏ん張っていた両足の底がいきなり滑ったことで、混乱した。
すぐに体勢を整え、自分の正面にいる哲也に、改めて照準を――
いない?
戸惑う、照。
哲也は固有魔法を使い、照の靴底と床の摩擦係数を弄った。
次に、自分を高速移動させる魔法を発動させて、水切り石のように、彼の右側に飛び込んだ。
前方に銃口を向けたままの照の右腕を自分の両腕で、上から押さえた。
右手で、相手の手首を掴む。
もう片方の左腕で、相手の肘を上から制したら、彼は前屈みになった。
完全に体勢が崩れたところで、左の
照は右手を無力化されたまま、後ろにひっくり返った。
間髪入れずに、加速した右足で攻撃。
無防備な脇腹を強く蹴られた照は、悶絶した。
思わず、右手の銃を落とす。
その一方で、哲也は相手の右腕を左手に持ち替えつつ、レッグホルスターから銃を抜き、倒れたままの照の胴体に数発。
頭部にも、数発を叩き込んだ。
まさに、瞬殺。
いきなり床に倒された照は、成す術もなく、穴だらけの死体に……。
大陸武術の系譜だが、軍隊式格闘技として、オーソドックスな動きだった。
『それまで! 勝者、不破! 以上で、全ての仮想訓練を終了する。以後の
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