第416話 ティナ・アイデンティティー②

 中等部の年齢。


 女らしい体になった彼女たちは、1つの行動に移った。

 CIAシーアイエー(中央情報局)のダミー会社も、すぐに応じる。




 太陽の光が心地いい、戸建て。

 そこに2人で暮らす、アシーナと、ローラ。


 テレビは、殺人事件の報道をしている。


『ニューヨークでセレブも多く入居している高層マンションで、夫婦がお互いを撃ちあう事件が発生しました。同居している子供も犠牲になっていることから、市警は無理心中という見方で――』


『ボストンの住宅街に住んでいる一家が、それぞれに拳銃自殺をしていることが、訪れた配達員によって発覚――』


 珍しく凝った料理を並べている食卓で、自分の前にある分を食べながら、ローラが言う。


「終わったね」


 オーブンで焼いたチキンに齧りついたアシーナは、それを食べ終わってから、返事をする。


「ええ。あの連中には、ふさわしい最後でしょう」



 自分たちを売った家族に対して、落とし前をつけた。

 ただ、それだけの話。


 CIAにとっては、アシーナの性能テストを行えて、連中に払った金の一部も取り返せる。

 余計なことを喋られる前の、口封じにも。

 良いこと尽くめだ。


 これで2人に、退路はない。

 いや、実の親に売られた時点で、とっくにそんなモノはなかった。




 高等部に上がる時点で、アシーナとローラは、大きな行動に出た。


 いつまでもCIAの紐付きであることに嫌気が差して、海外への亡命をくわだてたのだ。


 国際線の旅客機で、すでにチケットを買い、搭乗手続きを済ませた乗客の2人と入れ替わる。

 それが発覚する前に、現地で行方をくらます気だったが……。



「長旅、お疲れ様だったね。せっかくの機会だ。日本観光を楽しみたまえ。……我々が同行するプランで、良ければ」



 日本の成田国際空港で、CIAのエージェントに囲まれ、あっさりと身柄を確保された。


 全て監視されている中で、アシーナとローラによる任務遂行が、どの程度なのか? をテストされたわけだ。


 結局は、アシーナの精神感応による、ゴリ押し。

 ローラの超能力は、役に立たない。と判断されるも、で利用可能。

 まさに、優等生と劣等生だ。


 アシーナは、魔法師マギクスの学校を訪問する役割を与えられ、駐在武官などの錚々そうそうたる面子と一緒に、ブロン高等魔法学校へ向かう。



 長きにわたる養育と監視には、それなりの費用を投じている。

 そろそろ、回収する段階に入るべきだ。


 CIAの思惑を知らないアシーナは、着替えさせられて、高級車に乗り込む。


 USFAユーエスエフエーにある、ESPイーエスピー能力者のための訓練施設の制服で、同じ異能者同士の交流だ。



 ◇ ◇ ◇



 当時の不破ふわ哲也てつやは、ブロン高等魔法学校の3年。

 限られた箱庭の中で、各々の領分を決めて、ようやく懲役を終える頃だ。


 それぞれが進路を固めて、志望を出した。


 マギクスで、下士官育成の学校ゆえ、陸上防衛軍、警察がメインだ。

 その中でも、在学中の成績や、教官からの評価、外部からの推薦で、進学や就職が決まる。


 そのタイミングで、USFAから視察がやってきた。


 ESP能力者。

 技術交流の一環らしい。


 異能者が渡航するケースは非常に珍しく、しかも金髪碧眼へきがんで、人気が出るタイプの美少女だ。

 ブロ高の男子たちは、沸き立つ。



 不破哲也は、怪異による事件で、親兄弟を失った。

 その際に異能を示し、マギクスになることを選んだ。

 四大流派の中で、最も現実的な選択だったから。


 全寮制で、ベルス女学校と同じ、外に出られない学園都市。

 高校卒業までの生活と、新生活の資金を稼げればいい。


 哲也の本音は、それに尽きる。


 目立ちたくない。

 だから、毛布の畳みなどはキッチリやるが、魔法の実技では平均以下に留める。


 陰キャに分類されるグループは、高等部3年になっても、片隅で過ごす。



 バレの開発部の部屋では、カタカタというキーボード音に、シミュレーションの画像や数値が変わっていくだけ。


 交流用の談話スペースで、部員たちが話す。


「なあ? 例の超能力者、今日じゃね?」

「学年主席と補佐が、ずっと張り付いているだろ。俺たちが行っても……」

「変に目をつけられたら、嫌だしなあ……」


 部長の席にいる哲也は、ひたすらにプログラムを見ている。

 構文を流しつつも、たまに色付きの部分で停止させては、修正。


 その時、同じ高等部3年の副部長、小林こばやし紘和ひろかずが、近寄ってきた。


「なあ、哲也? 見学に行ってみないか?」


 その言葉に、集中していた彼は、迷惑そうに親友を見た。


「俺が行っても、連中に絡まれるだけだ」


 最高学年のため、後輩は喧嘩を売ってこない。

 しかし、同期の成績上位者は、話が別だ。


 卒業まで秒読みの段階ゆえ、誰もが肩の力を抜いていた。

 体に染みついた習慣で、基本的なことは意識せずとも行える。

 教官も空気を読んでいて、よっぽどの事態でなければ、厳しい対応をせず。


 ここで、問題を起こしたくない。



 紘和は、意地悪く言う。


「いつも、交流会で迫ってくる女子を断っているし。お前、やっぱり男が好みなのか?」


「そんな訳、ないだろう?」


 どうやら、紘和は1人で行って、高等部3年の陽キャ達に絡まれたくないようだ。


 溜息を吐いた哲也は、自分の席で作業を終了した。




 ――第一演習ルーム


 魔法を使った演習ができる空間には、多くの男子生徒が詰めかけていた。


 まるで白いキューブのような密室では、仮想訓練を行える。

 隣接した空間には、管理室、見学ルームもあるのだ。


 見学用の個室には、スポーツの観客席のように並んだ椅子。

 満席で、後ろにも大勢の立ち見。


 どうやら、来訪した美少女が移動する先に、ギャラリーも移動しているようだ。



 不破哲也は、隣の親友に話しかける。


「な? これじゃ、例の女子を見るどころじゃない。戻ろう」


 しかし、小林紘和のほうは、壁のモニターに映っている姿だけでも、眺めていたい。と考えているようだ。


 その時、モニター越しに、金髪の少女が自分を見た気がした。



 仕方なく付き合って、1時間後。

 

 ESP能力者は、相手の思考を読み取ることでのカード当て、触れずに物体を動かす念動力、真空の刃による切断と、様々な能力を見せてくれた。


 美少女は、何をやっていても、絵になる。

 見学ルームは、その度に大歓声だ。


 哲也が見たところでは、実戦に使えるかどうか、不明。

 むろん、こんな場所で、全力を出さないだろうが……。

 

 自分の能力を披露した金髪少女は得意げだが、しきりにカメラ目線へ。


 見学ルームで立っている哲也は、そろそろ疲れてきた。

 バカバカしい。と思い、自分だけで開発部の部屋に戻ろうと――



「不破生徒! 不破、哲也! ここに、いるか?」



 1人の教官が、見学ルームに駆けこんできた。


 周囲から注目を浴びた哲也は、しぶしぶ応じる。


「はい。何ですか?」

「例の女子が、お前をご指名だ。ちょっと、ついてこい!」


 有無を言わせぬ口調と、周囲の好奇心に満ちた視線。


 哲也は、追い立てられるように、見学ルームを出る。




 下の演習ルームには、学校長や教官、高等部の学年主席と補佐が、ゾロゾロいた。


 プレスが効いた礼服や制服を着ていて、誰もが凛々しい顔。

 頭の天辺から爪先まで一点の汚れもない、まさに模範だ。



 いっぽう、週末でラフな格好をしていた哲也は、とんでもなく浮いている。


 内心で、勘弁してくれ、と思ったが、浅いお辞儀をしてから、ジッと待つ。


 軍の礼服を着ている外国人の集団もいて、その中の金髪碧眼の少女が、こちらを見つめている。

 そのせいで、非常に落ち着かない。


 どうやら、何かの交渉をしているようだ。


「では、そちらの――」

「その代わりに~」


 一列に並んで、不動の姿勢をしていたら、哲也の前に金髪少女。

 目が合う。



 いつまで、見ているのだろう?



 傍で立っている学年主席と補佐たちも、金髪少女が近くにいるため、チラチラと自分を見ている。


 もう、いい加減にしてくれ。と思っていたら、少女は口を開いた。


「私は、アシーナ。よろしくね、?」


 黙っていたら、彼女は繰り返す。


「よろしくね?」

「……よろしくお願いいたします」


 ハアッと溜息を吐いた哲也に対して、戻ったアシーナは連れの大人に言う。


「Me,I want to see this guy fight!(私、この人の戦いが見たい!)」


 その一言で、哲也は仮想訓練を行う運びになった。


 しかし、思わぬ一言が入る。



「待ってください! こいつは、ただの落ちこぼれ! そんな奴の演習を見ても、時間のムダです!」



 雑賀さいかてるが、哲也をけなしてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る