第414話 魔法使いの箒を研究開発している男子大学生ー③

 セミオートマチックのバレは、完全に破壊された。

 俺が握っていたグリップだけ、冗談のように残っている。


 安全のために保護具をつけていたので、最悪の事態はまぬがれた。


 身代わり装置の腕時計には、多少のダメージ表示。

 刺さっている破片も、見える範囲ではないようだ。



 現場責任者の不破ふわ哲也てつやは、宣言する。


只今ただいまをもって、テストを終了する。全員、ただちに精密検査を受けて、必要な治療を受けるように! ……室矢むろやくんは、どうする? 俺たちは、施設内の医務室へ行くが」


 生体データを取られるのが嫌なら、千陣せんじん流の病院へ向かっても、構わない。


 そう言っている哲也に、俺はうなずいた。


「申し訳ありませんが、帰らせていただきます。明夜音あやねは? ……分かった。では、お先に失礼します」


 悠月ゆづき明夜音は、俺と一緒に来るようだ。


 残ったグリップを渡したら、哲也が謝罪する。


「本当にすまなかった。今回のお詫びは、改めて行いたい」


「いえ。テストである以上、このような事態もあるでしょう。今後については、また後ほど話し合うことを希望します」


 話し合っている間に、不破アシーナが、検査用の機器を肩に下げてきた。


「医務室で、借りてきたわ! 明夜音さまと室矢くんは、これで検査できるけど? ……ん。じゃあ、そこで立っていて」


 波紋が広がるような感覚がして、魔法でスキャンされた。

 明夜音も、同様に。


「対処が必要な破片は、見当たらない。少しでも異常を感じたら、すぐに病院へ行ってね? じゃ、お疲れ様」




 ――哲也とアシーナの自宅


 東京の世田谷にある、高級住宅街。

 適度に庶民的な空気も残っており、住みやすい場所だ。


 戸建ての1つ。

 新築のデザイナーズハウスには、同じく高価な家具が並ぶ。


 このような場所に不釣り合いな、大学生の男女がいた。



 広いリビングダイニングの空間にある、壁の大型モニターの前で、哲也とアシーナは、直立不動の姿勢だ。


 モニター画面には、悠月家の当主、五夜いつよが映っている。

 こちらは、1人用のチェアに座ったまま。


『そう。重遠しげとおさんが、傷ついたと……』


 深々と頭を下げた不破哲也が、責任者として謝罪する。


「大変申し訳ございません。全て、俺の責任です」


 哲也の傍らで立っている不破アシーナは、ハラハラしたまま、そのやり取りを見守る。


 モニター越しに向き直った五夜は、結論を述べる。


『今回の件は、不問に処します。重遠さんの力は、未知数です。完璧を求めすぎて、足を踏み出せないことは、本末転倒と言えます。ただし、哲也さんは、私の娘のバレの制作について、全面的に協力しなさい』


 顔を上げた哲也は、不動の姿勢のままで、答える。


「心得ております。他の仕事は後回しで、最優先にいたしますので……」


 画面上で頷いた五夜は、満足そうに微笑んだ。


『「シルバー・ブレット(銀の弾丸)」の開発主任である、哲也さんがついてくれれば、心強い限りです。……アシーナさん?』


 いきなり呼ばれた彼女は、かしこまった。


「ハイッ!」


『重遠さんは、娘の明夜音さんに、改めて告げました。「お前が設計、制作したバレを使う」と……。この意味が、分かりますね?』


 事故を見たことで、不安になった悠月明夜音に対して、お前に命を預ける、と述べたのだ。

 技術者として、これ以上の悦びはない。


 それだけに、開発チームの責任は重大だ。


「はい、ご当主さま。USFAユーエスエフエーから拾っていただいたご恩を返すべく、最善を尽くします」


 真面目な声音のアシーナに、五夜は改めて言う。


『USの国防総省を譲歩させるのに、苦労しました。ESPイーエスピー能力者は、希少ですから……。期限は、設けません。その代わり、2人とも、きちんと行いなさい』


「「承知いたしました」」


 2人が返事をしたら、ブンッという音と共に、通信画面が切れる。


 黒い画面には、疲れ切った表情の哲也とアシーナの顔。



 アシーナが、哲也の顔を見た。


「えっと……。何か、飲む?」

「そうだな。少し、強いやつを頼む」




 グラスに入っている、琥珀こはく色の液体を飲んだ後で、リビングのソファに座っている不破哲也が、切り出す。


「あのハンドガン型のバレは、耐久性が十分にあったはずだ。となれば、発動した現象に注目したほうがいい」


 ノートパソコンを引っ張り出してきた哲也は、演習ルームの記録を見る。

 一発目は、ターゲットの一部がえぐり取られている感じだ。


 隣に座ったままで覗き込んだ不破アシーナが、同じウイスキーを飲みつつ、指摘する。


「やっぱり、物質を分解しているんじゃないの? 弾丸を当てているわけでも、形状の変化でもないのでしょう?」


 首を横に振った哲也は、自分の考えを言う。


「物理的に変化させている前提では、異常だ。その前後で、

「はあっ!?」


 思わず叫んだアシーナに、哲也が説明していく。


「別のストレージに入れている感じだ。理屈は分からないが、そうとしか考えられない」


 アシーナは、かろうじて返事をする。


「他の空間という『ゴミ箱』があって、そこに抉った物体を投げ込んでいるってこと?」


 首肯した哲也は、さらに恐るべき推測をする。


「落ち着いて、聞いてくれ……。これは、加速した物体や、衝撃波、エネルギーへの変換による破壊じゃない。ダイバージェンスが一定値を超えることで空間のひずみの形成……異次元のような空間へ切り取ったのならば、弾丸や現象の再現とは、訳が違う。もっと言えば、室矢様はどこかの密室にいる状態でバレを発動させて、地球の反対側にある物体を消滅させることも、理論上では行えるかもしれない」


 ――対象物がある座標と、現在位置を正確に把握できれば



 ゴトンという音の後で、中のウィスキーと氷が、床に散らばった。


 持っていたグラスを落としたアシーナは、震える声で問いかける。


「そ、それって……。どど、どれぐらいの規模で?」


 躊躇ためらっていた哲也は、意を決して答える。


「分からない。何しろ、前例がない力だ……。都市1つ、艦隊1つか、あるいは今日のテストぐらいの規模かもしれない。ただ、『異次元への収納』という仮説が正しいのなら、もう1つの可能性も考慮する必要がある」


「な、何?」


 すがりつくアシーナの顔を見ながら、哲也は答える。


「異次元へ収納できるのなら、もできる。と考えるべきだ」

「ヒイィッ……」


 その意味を理解したアシーナは、青ざめた顔で、小さな悲鳴を上げた。


 室矢重遠が望めば、物理法則に縛られない攻撃となる。

 加速した大質量どころか、高出力のエネルギーを取り出すだけで、この世界は滅びるだろう。

 段階的に燃焼させるわけではないから、おそらく一瞬で……。


 ガタガタと震えるアシーナは、哲也に抱き着いた。



「や、やめよう! そんなことは、絶対にしちゃいけないよ!?」



 自分たちが、世界を滅ぼす戦略兵器を作り上げる。と知ったアシーナは、泣きながら訴える。


 彼女を抱きしめながら、哲也は静かに諭す。


「すまない。それは、無理なんだ……。むしろ、俺たちがそうしなければ、逆に世界が滅ぶ可能性が高い」


 ヒックヒックと泣いているアシーナは、不思議そうに哲也の顔を見た。


 優しくキスをした哲也は、彼女をそっと離してから、テーブル上のノートパソコンを弄る。


「この映像を見てくれ……」



 アシーナが見たら、沖縄にある琉垣りゅうがき駐屯地の上空からの視点。

 ちょうど、重遠と咲良さくらマルグリットが、殴り込みをかけた場面だ。


 魔法技術特務隊のグラウンドで、雑賀さいかてるの2人が対峙して――



 アシーナは、一縷いちるの望みをかけて、哲也に尋ねる。


「こ、この時に、室矢くんはバレを持っていたのよね? 『アイシクル・エッジ(氷柱つららやいば)』の咲良さんもいるし、ほら護身用ってことで――」


 そうだ、と言って欲しい。


 しかし、哲也は、無情に告げる。


「いや。この時の室矢さまは、バレを持っていない。五夜さまが、直々におっしゃっていた」


 哲也は、己の分をわきまえている。

 室矢重遠が、気安く接して欲しい、と述べたから、あえて「君」呼びだ。

 ゆえに、本人がいないところでは、「様」付けになる。



 脱力したアシーナは、虚ろな目。

 ぼんやりと、沖縄で発生した、広域の消滅を見る。


 室矢重遠の正面から、扇状に広がったエリアは、文字通りに地面だけ。

 永遠に思える数分間が過ぎた後で、全ては戻った。



 哲也が、補足する。


「戻したのは、室矢さまの式神である、カレナだ。『ブリテン諸島の黒真珠』として、その権能を持っているらしい。ついでに言えば、今回試したカートリッジは、この室矢さまが起こした現象の再現だ」


 カレナの協力で、周囲を消滅させる魔法のカートリッジを作れた。

 しかし、画面にソースコードを表示しても、肝心の事象を改変させる部分がない。

 ただ、何かを呼び出すだけ。



 ここに至って、アシーナは真実を理解した。


 室矢重遠の異能にアクセスして、それを制御した形に落とし込もうと……。


 そんな異常現象を再現したのなら、バレが内部から弾け飛んだことは、事故のうちにも入らない。

 むしろ、よく一発目を撃てて、フレームが耐えられた。


 食い入るように映像を見たままのアシーナは、細かく震える。



 この映像が、本物であれば……。


 あれば……。



 今この瞬間にも、世界は滅びるかもしれない。

 だって、室矢重遠がこの力を振るうのに、魔法の発動体であるバレは、不要なのだから……。


 アシーナの精神は、限界に達した。


「あっ……。あっ……。アァアアアアアアッ!」

「ティナ? しっかりしろ!!」

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