第413話 魔法使いの箒を研究開発している男子大学生ー②

 俺は小声で、悠月ゆづき明夜音あやねに質問する。


「他に、男はいないのか?」


「いますけど、一線を退しりぞいた年配者か、現場で挫折した方、最初から戦力外の方が多いです。最近になって、ようやく男子校にも、バレの開発コースが新設されました」


 配属された時点で、“欠陥品” という扱いか。

 魔法を使うのにバレが必須である以上、それを軽視したらマズいと思うけど……。


 俺は、ふと疑問に思った。


不破ふわさんに、婚約者はいないのか? 魔法師マギクスは、高校で婚約者を決めることが、一般的のようだけど――」

「いるぞ? この機会に、紹介しておこう。俺の妻である、不破アシーナだ」


 不破哲也てつやの声が響き、俺は振り向く。

 そこには、彼と、1人の美女がいた。


 黄色がかった金髪ロングと、エメラルドグリーンの瞳。

 咲良さくらマルグリットに対して、雰囲気は幼い感じ。

 背丈は、平均的だ。


「初めまして、御二人さん。ティナと呼んで! 私は――」


 童顔でロリロリしているが、これでも女子大生。

 USFAユーエスエフエーESPイーエスピー――いわゆる超能力――の異能者だったが、高校留学の時に一目惚れ。

 健全な『大しゅきホールド』で、自分の国籍を変えてまで、追っかけてきたとか。


 ESP能力者は貴重で、USの軍が見逃さない。

 強制的に、入隊させられそうだが……。


「軍の士官にしつこく勧誘されたけど、日本に逃げてからはパッタリよ。まあ、USに家族はいなかったし」


 貴様、心を読んでいるなッ!


「普通の子ね? てっきり、『四六時中オッパイのことを考えている』と、思ったのに……。イタッ!」


 隣に立っている哲也に肩を叩かれて、アシーナは小さな悲鳴を上げた。


「よさないか、ティナ。……すまない、室矢むろやくん。いつもは、大人しいのだがな」

「叩かないでよ!」


 文句を言いながら、カチッと髪飾りをつけた。

 とたんに、雰囲気が変わる。

 後で聞いたが、これで普段は、ESP能力を抑えているとか……。


 いっぽう、哲也は、真面目な顔になった。


「室矢くん。最初に、君の魔力を調べたい。悠月家のご当主から頼まれているリストもある。申し訳ないが、早めに頼む」


 言うや否や、背中を向けて、演習ルームに歩いていく。


「分かりました」


 返事をした俺のほうを見たアシーナは、ボソッとつぶやいてから、夫の背中を追った。



 残された俺は、悠月明夜音に話しかけられた。


「ティナさんの『この借りは、ちゃんと返すわ』とは、どういう意味ですか?」


「いや、さっき心の中で、呟いたんだ」


 時に、ティナさん。

 数年後ぐらいに、が許可されるかもしれないと、ご存じですか?



 あれだけモテる男が婚約者なら、事前に対策をしているかどうかは、大きいだろう。

 沙都梨さとりちゃんで経験済みだが、この系統の能力者は、自分が落ち着ける相手に執着する。


「相手の心が読めるのなら、他の女は許容できないだろうな……」


 俺の独白に、明夜音も同意する。


「そうでしょうね。ティナさんも、大変です」


 傍で見る分には、修羅場も面白いんだけどね。

 ま、他人のことを心配している場合じゃない。


 こちらは、夜のローテーションが、もうパンクしかけているんだ……。




 ――第三演習ルーム


 基本的な測定を行い、練習用のバレを使った。

 コンソールがある管理室から降りてきた不破哲也は、悩む。


「なるほど。過去のデータ通り、魔力は高いな。護身用とか、目的でも、前提が変わるし……」


 傍に立っている不破アシーナも、哲也が持っているタブレットを覗き込みつつ、自分の意見を言う。


「制御が甘すぎて、怖いわね? 取り込んだ時点で出力を絞り、安全性を重視したほうがいいと思うけど……」


 哲也は、近くの棚の上に置いた、小型のアタッシュケースを開けながら、指示を出す。


「全員。念のために、保護具を装着しろ」


 シューティンググラスをつけて、両手にタクティカルグローブ。

 身代わり装置としての、腕時計タイプのバレも。



 哲也に手招きされ、アタッシュケースに近づく。


 中には、衝撃吸収のスポンジが、ぎっしり。

 そこに置かれた、セミオートマチック1丁。

 マガジンも、1つ。


 どうやら、銃を収めるガンケースのようだ。


 哲也が手で示したから、その拳銃のグリップを握った。



 艶消しの黒で、一般的なセミオートマチックと同じ形状……。


 弾の通り道としての銃口はなく、玩具おもちゃのように軽い。

 横幅が細いため、実弾が入っていないと、すぐに分かる。

 握るグリップだけ、太めに仕上がっていた。


 銃口の向きと、トリガーに指をかけないよう注意しつつ、哲也のほうを見た。


 うなずいた彼は、説明を始める。


「それは、法執行機関に人気がある銃メーカー、スタブカート社との共同で作ったバレだ。くさびという意味で、『ウェッジ』と呼ばれている。見ての通り、ハンドガン型。コンパクトモデルだから、ホルスターから抜きやすい」


 右手に持っているウェッジを眺めていたら、哲也が話を続ける。


「魔法は、トリガーを引けば、銃口の方向に発動する。家電と同じくスイッチはあるものの、基本的にグリップの底から差し込むマガジンで、使う魔法を切り替える。つまり、カートリッジだな。所有者の魔力を消費して撃つため、銃のマガジン交換は不要だ」


 俺は、哲也の顔を見ながら、質問する。


「単一魔法を早く出すためのバレ、ということですか?」


「その通りだ。基本的には、空気を圧縮した弾丸、つまり空気弾をセットする」


 安全装置は、トリガーとグリップの2つ。

 両方に触っていなければ、暴発はないそうだ。


 

 遠くに的を用意された俺は、フォームの指導を受けながら、拳銃で射撃。


 パアンッと音を立てて、的が吹き飛んだ。


「けっこう、強力だな……」


 空気というから、もっとマイルドだと思っていた。


「実戦でも、使われているんだ。相手を倒せるだけの威力はあるさ……」


 苦笑した哲也は、俺の拳銃を回収してから、的を拾う。

 不破アシーナと一緒に、分析を始めた。


「特に、問題はないな……」

「マギクスとして、普通に戦えるレベルね」

 

 俺は、演習ルームの隅にあるベンチに座って、待つ。

 その隣には、悠月明夜音も。



「これから、五夜いつよさまに依頼されたテストを行う。と言っても、同じように撃つだけだ。失敗しても構わないから、気軽に撃ってくれ」


 悠月五夜が用意した物で、いわく付きのようだ。


 哲也は、開いているアタッシュケースに置かれているマガジンを手に取った。


「室矢くん。次は、このカートリッジで撃ってくれ」


 拳銃を返された。


 グリップの側面にある、『リリースボタン』を押す。

 左手で受け止めて、そのままマガジンを抜いた。


 アタッシュケースの中に置き、代わりに新しいマガジンを持つ。

 グリップの底に当てて、奥まで差し込んだ。

 

 カシャッと、小さな音を立てて、ロックされた。



 射撃場のターゲットに、狙いを定めた。

 両手で構えたまま、トリガーを人差し指で、ゆっくり押していく。


 やがて、ガラスを引っ掻いたよりはマシな音と共に、射線上の目標物が


 俺を含めた全員が、唖然とする。


「今のは……」

「え? 分解したの?」

「消失した?」


 いち早く、不破アシーナが復帰した。


「ちょっと、そのバレを貸して?」


 トリガーから指を離した俺は、慎重にハンドガンを手渡した。


 手慣れた様子で構えたアシーナは、トリガーを引く。


 最後まで引いたが、何も起きない。

 人差し指を外してから、セイフティを確認。

 マガジンを抜き差しするも、やっぱり不発だ。


 そこで、悠月明夜音が申し出る。


「次は、私に試させてください」


 やはり、何も起きない。


 最後に、不破哲也が撃つも、同じく不発。


 再び、俺に戻された。

 今度は右手のワンハンドで構えて、トリガーを引く――



 パアンッ



 セミオートマチックが、内側から弾けた。

 幸いにも、実弾の暴発よりは小さく、カシャンと部品が周囲に散らばったのみ。


 俺を含めて、思わず手で顔を庇いつつ、爆発から逃れようとした。


 鬼気迫る表情の哲也が、叫ぶ。


「みんな、大丈夫か!? 室矢くんは?」

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