第412話 魔法使いの箒を研究開発している男子大学生ー①

 悠月ゆづき明夜音あやねと訪れた、マギカ製作所のラボ。

 そこで、1人の男子大学生に、会った。


 短い黒髪で、青い瞳だ。

 整った顔立ちで、爽やかだが、浮世離れした雰囲気。

 線が細いものの、頼りない感じではない。

 いわゆる、優男。


 ブルーのストライプシャツに、黒系のネクタイ。

 ネイビー色のカーディガン、テーパードパンツ。

 黒の革靴。


 ブルーで統一した、知的な感じだ。

 見るからに上質な服のため、大学にも行ける、セミフォーマルとは思えないほどの雰囲気。


 彼は、開発者であることを示すIDカードを首から下げたまま、笑顔を見せた。



 明夜音を通して、かしこまらないで欲しい、と伝えているため、フランクな態度だ。


「初めまして。俺は、不破ふわ家の長男である、哲也てつやだ。東京魔法大学にいる傍ら、このラボで開発者もしている。千陣せんじん流の室矢むろや家のご当主のおうわさは、かねがね……。魔法師マギクスだが、戦闘はからっきしでな? お手柔らかに、頼む」


 握手に応じながら、自己紹介をする。


「千陣流の室矢家で当主の、室矢重遠しげとおです。よろしくお願いします」


 どうやら、悠月明夜音の先輩らしく、俺の担当だ。



 哲也は先導しながら、振り向いた。


「先に、言っておきたい。俺は、ブロン高等魔法学校の出身だ」


 沖縄で絡んできた、魔特隊の雑賀さいかてると、同じ高校だな……。


 思い出したことで緊張したら、立ち止まった哲也は、こちらを向き、深く頭を下げた。


「ウチの者がご迷惑をおかけして、大変申し訳ない。俺には縁が薄い奴だったが、他の同窓生から事情を聞いた。許されることではないと思うし、あいつの自業自得だ。それでも、君が気にするようなら、俺ではなく、別の人間に担当させるが?」


 逆恨みで、俺が使うバレの開発やテストにかこつけた謀殺、嫌がらせをするのでは? という話か……。


 そこで、明夜音が説明してくる。


「ブロ高は、ベルス女学校の対極にいる学校です。陸軍の下士官育成でトップの男子校で、魔法技術特務隊にも、多くの卒業生が入隊しています」


 自嘲気味に、哲也が付け加える。


「俺はどうやら、連帯感に欠ける人間でな? 分隊や小隊を指揮する下士官には、不向きだったよ。おかげで、意識高い系の先輩や同期に、だいぶ目をつけられた。朝の間稽古まげいこなどで、いちいち絡まれてな……。良くも悪くも厳しくて、しごきはあっても、イジメはなかったのが、せめてもの救いだった。やるべき事をやっていれば、極端な扱いにはならない」


 よく分からないが、苦労していたようだ。


 俺が哲也の顔を見たら、達観した笑みを浮かべる。


「下士官は、横の繋がりが強い。惰性でどこかの部隊に入っても、俺は孤立しただろう。かといって、士官教育を受ける気もない。それで、『俺は軍人に向いていない』と判断した。悠月家の伝手で、マギクスのバレを開発できる、魔法工学科がある東魔とうまに進学したのさ! 他の同期は大部分が『下士官コース』を選び、学科は落第しない程度で流していたから、だいぶ浮いたよ。おまけに、一部の教官からは『勉強熱心』と見なされて、士官学校を勧められる始末でな……」


 明夜音が、俺の顔を見た。


「不破さんは、学科の成績が抜群です。ブロ高でも、バレの開発で大きな成果を出しています。ウチが支援したのも、それが決め手でした。……もっと評価されるべきだと、思います」


 哲也は、そのフォローに対して、頭を下げた。


「ありがとうございます、悠月さま。……ブロ高は、陸軍の下士官を養成する場だ。体力が第一で、周囲との協調性も必要。その上で、何かしらの特技や、専門知識を求められる。第三者の視点で、俺は常に澄ましていて、自分の限界を追求せず、鼻につく男だったわけだ。魔法の実技も、パッとしない成績だったし……。室矢くんに言うのも何だが、女子にモテていたことも、それに拍車をかけたのだろう」


 その後で、マギクスの学校同士の交流会が、定期的にある。と教えられた。


 審査が厳しい、部外者の交流会とは異なり、気軽らしい。

 哲也は人気が集中していて、上級生や下級生からも、注目されていたとか……。


 合コンと同じだな。

 女の視点でいえば、一番人気に集中して、競争倍率の高さから、あえて二番手、三番手を狙う奴もいるぐらい。

 行列ができるのは、良い男とラーメン屋だ。


 男の場合は、とりあえず、今日のお相手がいればいい。の視点も、一般的。



 自由恋愛と言っても、自分と釣り合う異性と結ばれるのが、現実。


 これを合コンに当てはめれば、男女の一番同士はくっつきやすいし、同じく三番同士も成功しやすい。

 

 異能者の中でもマギクスは、恋愛=結婚。

 なおさら、哲也を狙う女子は、さぞや多かっただろう。と思える。


 レンジャー呼称が当たり前の場で、こんな爽やかなイケメンがいたら、そりゃ女子が殺到するわ。

 テレビに出ている、芸能人クラスだぞ?



 俺の表情から読み取ったのか、哲也は苦笑した。


「室矢くんと比べれば、俺は少し人気が出たぐらいだ。お互いの希望で結ばれる仕組みで、それは一般向けと同じだが、身内だから猶予が長いって感じだな。その意味では、『恋愛を楽しめる』と言えなくもない」


 誰も選ばなかったせいで、女子からのアプローチが激しくなった。

 他の男子と比べて、あからさまに態度が変わるのは、勘弁して欲しい。


 疲れ切った表情で、哲也は続けた。


 俺も、紫苑しおん学園の文化祭で、隙あらば女子から、本人が穿いていたパンツを渡されるところだったなあ。

 下手をすれば、次々と、頭に被せられていた。

 

 …………


 言えるわけねーだろ、そんなこと!


 

 哲也が、気を遣ってくる。


「すまない。室矢君には、つまらない話だったかな?」


「いえ! マギクスの学校の話は、とても興味深いです」

 

 確かに、イケメンだ。

 容姿だけではなく、態度も……。


 そう思いつつ、自分の疑問を口にする。


「色々と事情はあったと思いますが、バレの開発をメインにしてる高校を選ばなかったのですか? 明夜音がいた、ソピア魔法工学高等学校は、まさにそういう内容だった。と聞いていますけど」


 俺の質問に、哲也が答える。


「そうだな。しかし、ブロ高の教官が『男子たる者が途中で逃げるなど、けしからん!』と、認めてくれなくて……。今から思えば、自分が担当したマギクスが脱落したら失点になるのと、俺の研究成果を他校に奪われたくなかったのだろう。卒業生として名前が出れば、将来的にも母校が評価される。その証拠に、転校を申し出たら、『所属している開発部への優遇』といった措置が出てきた。現金なものだよ」


 明夜音も、憤慨しながら説明する。


バレを開発するコースは、基本的に女子です。男が前線に出るべき、という考えが根強く、男子のための技術高校はありません。だから、不破さんも、大学に入ってから、本格的に開発を行っています。才能がある人間に、行軍や射撃訓練をさせるよりも、最初から技術開発に専念させたほうが有意義です! せっかく、入学した時は高い偏差値でも、授業中に居眠りばかり。卒業時には、最低限の学力という生徒が多くて……」


 なだめるように、哲也が言う。


「前線に女を出せば、男が必要以上に残虐となります。それは、実際に男女を交ぜた軍の経験則として、立証されているのです。男子に実戦を想定した訓練を優先するのは、別に間違っていません。それに、軍事訓練や部活で忙しいから、どうしても授業中にウトウトしやすく……。ブロ高の生活も、役に立っています。同窓生にも、仲が良い奴はいるので……」


 どうしよう。

 この男子大学生は、考えまでイケメンだ。


 そう思っていたら、前を歩いていた哲也が振り向き、微笑んだ。


「ここだけの話だが、室矢くんが来てくれて、嬉しいよ。悠月様もご説明なさったが、バレの開発は女が多い。おかげで、肩身が狭いんだ」


 言い終わった直後で、休憩スペースらしき場所に、差し掛かった。

 マギカ製作所の制服を着た、若い女たちが、たむろしている。


 先頭の不破哲也を見つけた瞬間に、ワーッと群がってきた。


「不破さん。これ、後で見てください!」

「テストが終わったんですけど――」

「主任! 新しい設計で――」


 俺たちは、すみのベンチに座った。


「すごいな……」


 横にいる悠月明夜音は、俺の耳元でささやく。


「不破さんは、大人気です。腕が良くて、大学生ながら、『シルバー・ブレット(銀の弾丸)』の主任に、抜擢されました。新しい理論を作り出しているうえに、プログラミングも天才的で、あの有様です」

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