第411話 四大流派の最後の原作ヒロインが登場【明夜音side】

 マギカ製作所の開発室。

 武装した警備員が立っていて、軍の施設のようだ。


 魔法師マギクスバレを開発しているため、厳重なセキュリティ。


 インターンシップの女子高生が、1人。

 制服姿のままで、通り過ぎる。


「ご苦労様」

「お疲れ様です」


 慣れた様子で返事をした少女は、自分のIDと生体認証で、奥へ向かう。



 紫苑しおん学園の後夜祭で、高校生らしいファーストキス。

 初夜において、宇宙の神秘を知った悠月ゆづき明夜音あやねは、所属しているラボに顔を出した。

 清潔な空間では、技術者たちが自分のスペースで作業をしながら、一喜一憂。


 コックピットのように、他と離された自分の席。

 海外のレイアウトだ。


 そこにある、長時間の作業に向いている椅子に座った明夜音は、端末で溜まったメール、書類を手早く確認して、グループウェアを確認。


 しばらく、プロジェクトの進捗や、チャットの履歴を追う。


 自分がやるべきタスクを整理した明夜音は、さっそく仕事を始める。

 本番を再現した環境でプログラミングをしていたら、呼び出し。


 溜息を吐いた明夜音は、商談用を兼ねた、応接スペースに向かう。


 ゲスト用の空間は、外側にある。

 また、逆戻りだ。




 パーテーションで区切られた一部に、明るい紫色の長髪で、紫の瞳をした、若い女。


 悠月明夜音を見つけて、椅子から立ち上がる。


「やーやー! 元気にしていた?」


 見るからに嫌そうな顔をした明夜音は、投げやりに返す。


「ええ……。あなたも元気そうですね、緋奈ひな?」


 席に着くと、佐伯さえき緋奈が切り出す。


「実はね! 面白いものを見つけたんだよ! ただ、どうにもスケールが大きすぎて、『どうしたものかなー?』と、相談に来たわけ」


 タブレットの画面に目を通した明夜音は、顔をこわばらせた。


は、どうするつもりですか?」


 お菓子を食べていた緋奈は、ケロッとした顔で言う。


「ウチは、利用できるものは利用する方針だし……。でもさー、流石に影響が大きそうだから、『明夜音ちゃんにも教えておこう』と思っただけ!」



 恒星間の航行をしているとおぼしき、明らかに人為的な宇宙船の発見。

 サイズは、小型のコロニーと言ってもいい。

 これが本当ならば、人類史が変わる。



 緋奈は、その美しい顔に笑みを浮かべながら、明夜音に言う。


「流派は違うけど、私たち、親友だし? 何かあったら、助けてよ!」

「知りません」


「ところで、明夜音ちゃんに、男ができたって? 私にも紹介――」

操備そうび流の方は、お引き取りください」


「いいじゃない?」

「隙あらば、改造したがる人には、近づけられません!」


「ちゃんと、強くしてあげるから!」

「お断りします」



 じゃれていた2人だが、明夜音の雰囲気が変わった。


「今の位置は?」


「太陽系から、だいぶ遠いけど……。ワープ航法を持っているのなら、距離は関係ないね。USユーエスは、もう大わらわ!」


 USFAユーエスエフエーの宇宙軍には、地上や静止軌道上のミサイル施設の他に、戦闘ポッドや、パワードスーツも配備されている。

 月面の基地、地球の軌道上における宇宙ステーションでは、訓練と筋トレに励む軍人たちも。


 緋奈は、他人事のように、つぶやく。


「無重力、低重力だと、毎日が筋トレで終わるからね! 大変なものだよ……」


 宇宙に滞在する飛行士は、ほぼ毎日、1回2時間半のトレーニングを行っている。

 なぜなら、体に重力がかからず、筋肉や骨が衰えていくからだ。


 それですら、筋力はどんどん低下していき、地上に戻った直後は自力で立って、歩けない。

 しばらくは、リハビリ生活を余儀なくされる。



 悠月明夜音は、話題を変える。 


「そちらは、どうなっているんですか?」


 ヒョイと肩をすくめた佐伯緋奈は、あっさりと応じる。


「もうすぐ、警察と防衛軍に、パワードスーツを納品するよ! ま、予算がないし、動くだけマシって代物だけど。そこらへん、US様はいいね? 沖縄の防衛戦でも、実戦投入できたわけだし……。いいなあ、豊富なデータがあって!」


「その分だけ、人的被害を考慮していませんけどね?」



 操備流は、絡繰り人形から、端を発している。

 日本の四大流派の1つで、機械、遺伝子工学のほうに集中。

 サイボーグなどの軍事兵器を開発していて、異能者でありながらも、技術者が中心だ。


 学会で禁忌とされる分野に手を染めていることから、博士ドクターよりも、研究員の階級で呼ばれることが多い。


 千陣せんじん夕花梨ゆかりは、日本人形の九十九神つくもがみを使役している、人形姫。

 この操備流のイメージに近く、千陣流の中で疎んでいる人間が多い。



 佐伯緋奈は、悠月明夜音と対等に話している時点で、操備流の幹部クラス。

 同年代の気軽さゆえか、気兼ねなく話す。

 明夜音がマギクスの技術畑にいるため、2人の仲は良さそうだ。



 思い出したように、佐伯緋奈が、愚痴を言う。


「そういえば、警察が予算をケチってね……。つい最近までは、USと同じパワードスーツの仕様だったけど。警視庁の担当者が騒ぎ出して、急にグレードダウンしたの!」


 眉をひそめた明夜音は、緋奈に質問する。


「警視庁のパワードスーツ……。警察が肝煎りで進めている、対異能者への切り札でしたよね? 確か、機動隊に新設すると……」


 都心部で試験的に導入して、その有効性を確かめる。

 その後で、日本各地の県警へ実戦配備。という流れだ。

 主に、国家権力の場からマギクスを排除するための布石である。


 うなずいた緋奈は、それを肯定する。


「うん、それそれ! バカみたいに値切ってきたから、背中から両腕にかけて覆う、古いテストタイプを持ち出して、それを納品するんだよ。ウチも、商売だからねえ……。下半身は生身だけど、ガードと攻撃で十分な効果はあるよ!」


 聞けば、義手も兼ねた、サポートをするだけの装置。

 生身の腕を動かしたら、外側のフレームと動力が、異能者に並ぶパワーを発生させる。


 シンプルで、バッテリー駆動だが、その分だけ軽い。

 全身を包み込むパワードスーツよりも、使いやすいのが、特徴だ。


 首をかしげた明夜音は、率直な感想を言う。


「異能者なのに、自分たちを狩るための武器を与えるとは……。近い将来、それで迫害されても、知りませんよ?」


 笑った緋奈は、パタパタと手を振る。


「それは、言わないでー! ……ウチだって、それほど甘くないよ? 伊達に、異能を技術方面に全振りしていないから」


 途中から低い声になった緋奈に対して、明夜音はコーヒーを飲んだ。

 自販機のドリップではなく、専門店のような深い香り。

 彼女のこだわりで、私物のセットを持ち込んでいるらしい。


 カフェインが入った明夜音は、少し紅潮した顔で、呟く。


「警察の予算は、数年ぐらいの計画ですよね? この時期に、いきなり値切ってくるのは、妙な話です」


 緋奈は、サンドイッチを食べながら、返事をする。


「さあ? 大口の金主の誰かが、急に降りたんじゃないの?」


「どこかの金貸しでは、あるまいに……。そういえば――」


 明夜音は、呆れたように応じた。

 そのまま、別の話題に移る。



 実は、天沢あまさわ咲莉菜さりなが動いたことで、さっそく変化があった。


 警察庁のキャリアは、咲莉菜の脱退宣言を受けて、すぐに動いた。

 桜技おうぎ流からの予算がなくなっても、対応できるように……。


 警察局長クラスが雁首を揃えて、たかが小娘1人のワガママを聞くわけがない。

 咲莉菜が退室した後に、必要な報告や情報の共有、他の議題の話し合いが行われたのだ。


 当然ながら、桜技流がすぐに抜けた場合、どの案件を取り消すのか? で紛糾。


 大々的に進めていた、異能者からの脱却としての、パワードスーツ部隊の新設。

 けっこうな予算が必要で、これが断捨離されたのだ。

 警察にも面子があるから、表向きは、より完成度を高めるために、現場の声を聴く。といった理由での先延ばし。



 佐伯緋奈は、両手を振り上げて、叫ぶ。


「あー! 予算を気にせず、もっと研究をしたーい! 明夜音ちゃん、お金を出してー! 機材ちょうだい! 新技術を開発するのに、お金と時間がかかるのは、当たり前でしょー?」


「五月蠅いですよ?」


 史実を考えたら、ゾッとする話。

 なぜなら、真牙しんが流のマギクスは “国家の敵” となって、悠月明夜音も、それに巻き込まれたから。


 先ほどの緋奈の発言は、

 日本に根を張っていた真牙流の資源と利権は、その大半を操備流が吸収したのだ。



 この世界に転生してきた室矢むろや重遠しげとおの影響は、果てしなく大きい。


 真牙流が健在で、マギクスは日本のあらゆる場所にいる。

 桜技流の不正が摘発され、警察からの離脱を本格化させた。

 千陣流も、宗家の娘でありながら異端として、密かに悩んでいた千陣夕花梨の宿り木となった。


 日本の四大流派が、室矢家を通して、それぞれに接点を持ち始めた。

 海外勢力の一部まで。


 マクロ的に動きがある一方で、小森田こもりだ衿香えりかの死亡フラグは、まだ消えていない。


 ともあれ……。


 スマホ、高速ネット回線が欠かせない、現代社会。

 それらの技術方面に特化した、日本の四大流派の1つ。


 操備流が、ついに姿を現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る