第410話 「私、悪い子ですから!」(後編)【リリーside】


 工藤くどう・フォン・ヘンリエッテは、とっても頑張り屋。

 規則正しい生活を送っていて、淑女に相応しい毎日です。



 ――室矢むろや重遠しげとおを見る前


「予習、復習と課題は終わったし、新しいバレの開発プランを考えよう」

「夜は、早めに寝なくちゃ」

「朝早くに目覚めると、気持ちいい……。この時間で、計画的に勉強しておこう」

明夜音あやねが悩んでいたから、先に調べてあげよう」

「最近、料理部に顔を出していないなあ……」

「今度の週末は、奉仕活動に参加しようかな? 良いことが、ありますように」

「私も、卒業後にREUアールイーユーの関係で、縁談があるんだよね。立派な淑女にならないと!」

「華美ではなく、上品な服装で」



 ――を見た後


「もう、こんな時間!? 『の後で』と考えていたのに……」

「楽しみすぎて身体がダルいし、明日の予習が終わらなくて、寝られないィ!」

「遅刻するウウウゥ! 眠いよォ! 髪型は、もうテキトーでいいや」

「早く、室矢くんを紹介してもらわないと。バレの実績作り、頑張ろう!」

「週末の奉仕活動ォ? そんなことより、勉強だアアァっ! 明夜音のバレの開発チームに入らないとオオォッ!」

「料理部で、いっぱい料理を覚えるぞ! 室矢くんが、私から離れられないぐらいに!」

「最初は、室矢くんの近くにいるポジション! 私も、明夜音と同じ初夜をやってもらえると考えたら、うずいてくる……」

「室矢くんが興奮する下着って、何だろう? 今度、明夜音に聞いてみようかな?」



 かくして、ヘンリエッテの生活が変わりつつも、悠月ゆづき明夜音の初夜は、無事に終わった。


 ノブレス・オブリージュを学び、お淑やかに育ってきた1人の少女は、室矢重遠に会ったせいで、変わってしまったのだ。

 体の中に埋め込まれた種が発芽して、根を張るように、内側から……。


 瞬く間に彼女は食い尽くされ、その本能が命じるままに、ただ突き進む。



 ちなみに、室矢家の女で、まだ処女の千陣せんじん夕花梨ゆかりは、元々が悪い子だ。

 銀河帝国を統べる皇帝がいたら、彼女に席を譲って、弟子と2人でひざまずくほど。

 赤い光剣が、さぞやお似合いだろう。


 天沢あまさわ咲莉菜さりなが光の申し子ならば、夕花梨は闇の申し子。

 激しい剣戟けんげきと、お互いの術による駆け引きは、いつまでも続く。


 しかし、2人がやっていることは、同じ男――室矢重遠――の取り合いだ。


 これは、光と闇は表裏一体で、目指している先は同じ? という命題でもある。




 ――ソピア魔法工学高等学校の通信室 


 片腕を胸の前で水平にした状態で、頭を下げていた工藤・フォン・ヘンリエッテは、許しを得て、顔を上げる。


 大きなモニター画面の前には、妖艶な美女がいた。


 ガラス張りで、豪奢ごうしゃなサンルームに、1人で座っている。

 手に持っているカップだけでも、数万円は下らない逸品だ。



 ヘンリエッテは、毅然とした顔で、発言する。


五夜いつよさま。恐れ入りますが、私の願いを聞いていただきたく存じます」

「述べなさい」


 明夜音の初夜を見届けた、その報酬。


 当然の権利を行使することで、悠月五夜は、続きをうながした。


「明夜音さまのバレで、開発チーム入りを希望します。可能でありましたら、室矢重遠さまの御寵愛を受けたく――」

「あなたはREUで、同じ貴族に嫁ぐのでは?」


 五夜の質問に、ヘンリエッテは、首を横に振った。


「四大流派が集う室矢家で、明夜音さまの立場を安定させるために、必要であると、判断しました。バレの秘密を守る意味でも――」

「ヘンリエッテさん? 私は、お題目を聞く気はありません。一度だけ、チャンスを与えます。を言って御覧なさい?」



「明夜音が、羨ましいんです。あんな……。あんなに、気持ちよさそうで! 私も、やってもらいたい! 形振なりふり構わず、はしたなく喜べるほどに!!」



 興奮した犬のように、舌を出した状態で、ハッハッと呼吸するヘンリエッテを見た五夜は、微笑んだ。


「あなたの成績と立場なら、明夜音さんの開発チームに入れる価値はあります。ひとまず、参加させましょう。卒業後にも続けさせるかは、あなた次第ですよ?」


「ありがとうございます……。えっと?」


 お預けを食らった犬を見るような視線の五夜は、優しく説明する。


「重遠さんが、あなたを受け入れるかどうかは、未定です。明夜音さんにも、事情を伝えておきます。あなた自身で、彼にアピールしなさい」


「はい! 頑張ります!!」


 うなずいた五夜は、ここで真顔になった。


「ヘンリエッテさん?」

「はい」


 紅茶を口に含んだ五夜は、ティーカップを置いた後で、向き直った。


「明夜音さんの初夜では、が起こりました。しかし、カレナが『最悪でも、私が復旧する』と保証したことで、強行したのです。……明夜音さんが自分で仕掛けた魔法によって、本人の意識が弾け飛ぶ状態だったものの、重遠さんが完璧に制御しました。歴代の魔術師が知れば、どれだけ嫉妬するでしょう! どれだけ、その領域を求めるでしょう!」


 珍しく声を荒げて、興奮した様子の五夜に、ヘンリエッテは次の言葉を待つ。


「あれほどの見事な制御は、滅多に見られません。重遠さんのねやの技術……というか、術ですね。そちらの扱いが卓越していたとはいえ、明夜音さんの自我を守り、無事に生還させたのです。こちらの方面の魔術は迷走していることが多く、今回の成功例を見ても、『そう簡単に手を出して良い分野ではない』と、よく分かりました。……重遠さんは、伝説の魔法使いに匹敵するレベルです。もっと言えば、そちらの血、または秘術に類するものが混ざっている可能性もあります」


 系統が違うとはいえ、重遠さんに教えた師匠も、相当な腕前ですね。と締めくくった五夜に対して、ヘンリエッテは呆然とした。


 自分が見ていたのは、1つの真理で、あるいは、世界の成り立ちの一部だったのだ。


 五夜は、ここで視点を変える。


「加えて、千陣夕花梨も、想像以上でした。ウチにいれば、上位になったことは間違いないでしょう。『WUMレジデンス平河ひらかわ1番館』にいる者の報告でも、明夜音さん1人では、少々荷が重いようです。同じ千陣せんじん流の南乃みなみの詩央里しおりが正妻である以上、お付きの日和さんとは別に、明夜音さんを支えつつも、重遠さんの一部となって、から離さない女が必要です。マルグリットさんは優秀な魔法師マギクスですが、Magierマギアー(魔術師)ではなく、男の籠絡を頼むにはいささか自由すぎます。現首相の隠し子であるうららさんも、同じマギクスですが、やはり我々Magierとは違います。あなたに、その役割を任せても、良いですか?」


 娘の教育を任せている先輩ではなく、を見るような目つきの五夜。


 いっぽう、ヘンリエッテも、不敵な笑みで応じる。


「お任せください、五夜さま」


「幸い、あなたの身体も、重遠さんの好みです。存分に、可愛がってもらいなさい」

「はい!」


 ふと思いついたように、五夜が質問する。


「そういえば、工藤家では、もうすぐラフォン家の令息を迎えるはずでは? あなたの婚約者になるのでしょう?」


「申し訳ありませんが、それは断ってもらえますか? 彼、けっこう乗り気だから、会いたくないです」


 素っ気ない返事に、五夜は思わず、吹き出した。


「プッ! ち、地球を半分も回って、わざわざ日本にやってきた令息に対して……。ファブリスさんとは、お似合いの夫婦になると思いますよ。先方も、家族ぐるみで来日されると、記憶していますが?」


 興味のない顔で、ヘンリエッテは拒絶する。


「堕落した私は、もうファブリスには不釣り合いです! 室矢君のせいで、こんな女になってしまいました。具体的に挙げると――」


 自分の妹に等しい明夜音の婚約者をオカズにして、悦楽にふける日々。

 それが、美少女の口から、淡々と語られていく。


 五夜は、端的に感想を述べる。


「ずいぶん、悪いことを覚えたものですね?」

「私、悪い子ですから!」


 笑顔で肯定されて、五夜は考え込む。


「フフフ……。そうですね。悪い子では、『レディは貞淑であるべき』というラフォン家に不適格。アチラにとっても、『淫蕩いんとうな娘と婚約しかけた』という醜聞は避けたいでしょう。工藤家とラフォン家、REUで動いている貴族家には、私から話しておきます。もっとも、『病弱のため』という体裁ていさいですよ?」


「はい。よろしくお願いいたします」




 ――ベルス女学校の校長室


 りょう愛澄あすみは、画面に映っている悠月五夜に、確認する。


「えーと……。そのファブリスさんの交流会をやれと?」


『正確には、お見合いです。彼は、泊りがけで滞在をさせられません。可能であれば、3人ぐらいと順番に』


 いかにも高そうな、革張りの椅子を鳴らした後で、愛澄は返事をする。


「工藤さんと同じ、ソピア魔法工学高等学校のほうが、釣り合う女子がいると思いますけど? ウチだと、容姿は良くても庶民的というか、良くて財閥のご令嬢クラスですし……」


『魔工では、生まれた瞬間に、家同士で婚約者が決まっているケースも多くて……。「成婚させろ」とは、申しません。数合わせで、結構です』


 わざわざ遠くから訪ねてきた、貴族家への接待。


 それを理解した愛澄は、しぶしぶ応じる。


「はあ……。一応、セッティングします。REUに住んでいる、それも貴族家となれば、デビュタントの風当たりも強いですから、『当たりなしのサクラだけになる』と思いますが……」


『それで、構いません。お手数をおかけします。この埋め合わせは、また後ほど』




「君は、妖精のように美しい! ぜひ、僕と一緒に、REUへ行こう!」

「わ、わたくしでは、とても釣り合いませんわ」


 引きった笑顔の梁有亜ありあは、猫を10匹ぐらい、被っていた。


 ラフォン家とのお見合いの席で、ファブリスの猛攻をひたすらに受け流した挙句、キレて室矢重遠の画像を見せるのだが、それはまた別の話。



 ◇ ◇ ◇



「では、ローテーションを決めていくのじゃ!」

「カレナ。それは、私の台詞です」


 それぞれで、猫のマークのように、自分の印を置いていく。


「明夜音は、子作りを除いて、不要だったな? では、その分は他の者に――」

 ガシッ


 彼女の順番である、月のマークを減らしていたカレナの腕が、本人に捕まれた。


「わ、私の権利ですから……」


 室矢重遠に深く刻まれた悠月明夜音は、それがないと、絶食に近い状態だ。

 1つずつ減らされていく光景に、思わず手が出た。


 笑顔の室矢カレナは、事もなげに言う。


「まあ、そうだな。ゆっくりと、楽しめ……」


 赤面した明夜音は、口元をヒクつかせたままで、そうですね、と返した。

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