第409話 「私、悪い子ですから!」(前編)【リリーside】

 寝室の隣にある『控えの間』では、全員で悠月ゆづき家の次期当主、明夜音あやねの初夜を見守っている。


 ソピア魔法工学高等学校の高等部2年で、明夜音の先輩である工藤くどう・フォン・ヘンリエッテは、1人用のシアターチェアに座りながら、汗をかいていた。


『ん゛っ! あ゛う゛っ!』


 明夜音が、もう濁点がついた言葉しか叫んでおらず、まさにオホ声だったからだ。



 どう考えても、初夜のプレイではない。

 私はなぜ、妹分いもうとぶんのメス顔を見続けているのか……。


 その時、悠月家の当主である、五夜いつよの声が聞こえてきた。


「まあ……。良かったですね、明夜音さん? これだけ立派な初夜で、奪っていただけたなんて……」


 さすが、悠月家は、格が違った。


 ヘンリエッテは、心の中で、御宅の娘さん。さっきから室矢むろやくんの責めで、釣り上げられた魚よりも、跳ね続けているんですけど? と突っ込む。


 細かく震えるヘンリエッテを後目に、ようやく隣の部屋が落ち着いた。


 良かった。

 これで、終わってくれる。


 そう思ったのも束の間、2人でシャワーを浴びた後に、明夜音はスク水を着ていた。


 まさか……。


 ヘンリエッテの願いも虚しく、第二回戦が始まった。


 周囲には、魔工の制服と下着が脱ぎ散らかされ、今度はスク水……。


 明夜音はすっかり受け入れたようで、両目にハートマークが描かれているようだ。

 自分でおねだりして、仲良くたわむれる。


 チラッと五夜の席を見るも、止める気配はない。


 あ、はい。

 続行ですね。


 諦めたヘンリエッテは、グルグル目で、寝室のほうに顔を向けた。


 私は一体、何を見せられているのだろう……。




 チュンチュンチュン


 外で、雀が鳴いている頃。


 疲れ果てて眠る2人がいる寝室。

 その隣にある『控えの間』で、当主の悠月五夜が立ち上がり、宣言する。


「御覧のように、我が娘の悠月明夜音は、室矢家のご当主、室矢重遠しげとおと無事に結ばれました。異議がある者は、この場で名乗り出なさい!」


 当然だが、誰も言葉を発しない。


 ぐるりと見た五夜は、ここで口調を変えた。


「皆さま。この度は娘のために、ご苦労様でした。まずは、時間を気にせず、ごゆっくりお休みくださいませ。それぞれに客室を用意しております。その後で、ご要望に基づいた対価を提供する予定です」


 言い終わった五夜は、『控えの間』から出て行った。


 他の面々が出たら、それぞれに案内の召使いがつく。



 工藤・フォン・ヘンリエッテは、自分の客室に入ってから、窓際でスマホを耳に当てた。


「――以上のように、悠月家と室矢家の初夜は、お見事でした。悠月明夜音の指導者メンターである工藤・フォン・ヘンリエッテの名で、保証します。この度は、両家の繁栄となる場に立ち会えて、光栄です。……はい、失礼いたします」


 通話を終えたヘンリエッテは、スマホを机の上に置くと、傍のベッドに倒れ込む。


 起こさないでやってくれ。

 彼女は死ぬほど、眠たいんだ。




 ――1週間後


 ソピア魔法工学高等学校に戻った、工藤・フォン・ヘンリエッテは、敷地内にある学生寮から登校する。


「ごきげんよう」

「ごきげん……ゴホッゴホッ」


 いきなりむせたヘンリエッテに、心配する学友。


「まあ! 大丈夫ですか?」

「え、ええ……。だ、大丈夫です」


 ヘンリエッテはしばらく、母校の制服を見る度に、悠月明夜音の初夜を思い出す後遺症に悩まされた。


 プールの時にも、やっぱり思い出す。

 体操服でも、思い出す。

 チアガールも、あった。


 どの場面も、無修正だ。

 脱ぎ散らされた服と、ベッドで……。




 魔工で育成しているのは、バレの技術者だ。

 理系の生徒ばかりで、一般と同じく、ハード系とソフト系に大きく分かれる。


 ハード系は、電気回路や機構などの設計で、1人では仕事にならないことが多い。


 関わる人間が多く、開発環境としても大掛かり。

 他の人を待つことが、ザラだ。


 したがって、外部の人間と上手く接することも必須。

 実際のキャリアが、そのまま技術力に反映されている。


 いっぽう、プログラミングなどのソフト系は、個人によるセンスも大きい。

 魔法の発動で、その威力や制御に大きく関係するため、バレの開発では、こちらのエンジニアが人気だ。



 ソピア魔法工学高等学校は、女子校。

 ハード系の開発と、ソフト系の開発の両方を行っており、工廠こうしょうのような雰囲気もある。


 魔法師マギクスの中でも、上流階級の女子が在籍している。

 陸軍の下士官育成という、泥臭いベルス女学校の正反対。


 安全で快適な、学園生活。

 欧州の全寮制の寄宿学校、ボーディングスクールを彷彿とさせる、実に優雅な空間だ。


 命を捨てる防衛任務や、最前線とは無縁。

 行軍訓練も、やらない。



 体育館のような広いドームの中には、戦闘機のような機体がある。

 そこでは、上下が繋がっている、つなぎ作業着の少女たちが、組み上げ中。


 チュイイイン、ゴンゴンと、クレーンや作業車の音がしている。


 床には、経路を示すカラーテープや塗装。

 数々の保護具でも、安全確保。


「電気は、まだよ~。そっち、テスターで反応は?」

「微弱です。ユニット交換をしますか?」

「予備がないから、ここで使い切るのは、ちょっと……」


 中高生であっても、一端の技術者。

 問題解決に取り組みつつ、新しい技術を並行して学んでいる。



 

 システム開発を行う、ソフト系の部屋。

 こちらは清潔で、キーボードの音が静かに響くだけ。


 隣の席と距離があって、パーテーションで区切られている。

 女子高生が使うには贅沢すぎる座席だが、各人で固定。

 ここでは、大学と同じく、自分でカリキュラムを組み、必要な単位を取得していく。


 モニター画面に、新着メッセージが表示された。


 工藤・フォン・ヘンリエッテは、それを確認した後で、返信。

 端末をシャットダウンする操作の後で、椅子から立ち上がった。




 相談室で、端末に向かっていたヘンリエッテは、メッセージを送った当人である、悠月明夜音を迎えた。

 魔工では、他の作業を邪魔しないために、こういった部屋も用意しているのだ。


「少し、分からない部分がありまして……」


 質問されたヘンリエッテは、ビクッとしながら、教える。


 技術者は自分で考えて、結論を出すべき。

 だが、いつまでも1人でうなっていたら、時間のムダだ。


 ヘンリエッテは、自分がストックしている構文から、いくつかコピペする。


「私のリストから、必要な分を入れた。これで、既存のモジュールを呼び出せばいいわ。無理に自分で考えるよりも、使えるものは素直に使いなさい。オリジナリティを出すのではなく、目的を果たすことを第一に! 次からは、明夜音が自分で、情報収集をしてね?」


 プログラムの構文に訂正を入れながら、チラッと横目で見る。


 明夜音は、乱れまくっていた初夜とは真逆の、上品な雰囲気だ。

 ハートマークがついた声で、一晩中も鳴き続けていた。とは思えない。


 そんなに、良かったのかな……。


 ゴクリと唾を呑み込んだヘンリエッテは、処女で感度に悩んでいた明夜音をあれだけ跳ねさせた男――室矢重遠――を思い出していた。



 あんなに、気持ちよさそうで――



「リリー?」

「なななななな、何!?」


 急に話しかけられたヘンリエッテは、焦りまくった。


 少し驚いた明夜音は、おずおずと尋ねる。


「まだ、修正が必要ですか?」

「ううん! もう大丈夫だから! あとは、自分でやってみて。私、今日は早退するから!」


「お加減が、優れないのですか? お大事になさってください」


 ありがとうございました、と続けた明夜音は、しとやかに退室した。


 

 ヘンリエッテは、座っている椅子で脱力しながら、溜息を吐く。


「はぁ―――っ」


 明夜音は可愛い妹分で、悠月家の次期当主よ?

 その男に欲情するなんて……。


 背徳的な妄想を振り払うように、ブンブンと首を振る。




 息が荒い工藤・フォン・ヘンリエッテは内股の早足で、学生寮に戻り、自室の扉を閉めた。

 その瞬間に、オートロックで施錠される。


「私、どうかしちゃっている……」


 壁にもたれかかり、ズルズルと床にへたり込んだ。


「許されないよ! だって、室矢君には――」


 すでに明夜音がいる、と言いかけたヘンリエッテは、彼が複数の女を囲っている事実を思い出した。


 彼にとっては、それが……。


 再び生唾を飲み込んだヘンリエッテは、ゆっくりと立ち上がった。

 ハアハアッと呼吸を荒げつつ、両足から外す。


「うん。これは、着替えないといけないから……」


 自分だけの寮部屋に立ち尽し、小さな声で言い訳をした、ヘンリエッテ。


 お湯のスイッチを入れつつ、自身の制服に手をかける。


 悠月明夜音の初夜でも、室矢君はこんな風に脱がせていた。

 優しく、愛しい感じで……。


「フ――ッ。フ――ッ」


 それでも、ヘンリエッテは最後の理性で、踏み止まっていた。

 口の端からよだれが垂れたが、それを気にしている余裕もない。



『お風呂が沸きました』



 その電子音で、ヘンリエッテは室矢重遠の、準備はできたか? というドイツ語を思い出す。

 ギリギリだった彼女は、その回想で最後のたがが外れた。


 小さな声で、この場にいない、自分と仲が良い妹分に謝る。



「ごめん、明夜音。私、もう我慢できなぁい……」



 一線を越えたヘンリエッテは、誰にも言えない、密やかな楽しみが増えた。

 明夜音の初夜を余さずに見たことで、自分がされているかのように想像できるのだ。


 自分の頭いっぱいを占める男と、また会って、どうにか親しくなろう。と考えながら……。

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