第408話 「明夜音」号は人類で初めて外宇宙に到達するのでー③

 天沢あまさわ咲莉菜さりなの声は、これから室矢むろや重遠しげとおが行う禁術について、解説する。


『内側からピンポイントで刺激するどころか、人間のアストラルたいに干渉するので、肉体的には傷つきませんー! これなら、破れたばかりでも、安心なのでー』


 なお、快楽中枢を弄られるよりも、ヤバい模様。


 ちなみに、これを教えた柚衣ゆいの先祖は、討伐された……。




 悠月ゆづき明夜音あやねは、トローンとした表情のままで、必死に、枕元へ手を伸ばす。

 どうやら、そこに彼女が仕掛けておいた、快楽を高めるを仕込んだバレの操作盤か、スイッチがあるらしい。


 必要がなくなったから、止めたいようだ。

 でも、続けて絶頂したことで、脱力中。

 上手く操作できない。


 のったりした動作でも、その中に焦りが見えてきた。

 どうやら、らしい。


 その間にも、重遠は、どんどん高めていく。

 明夜音は、ベッドに仕込まれたバレの操作盤へ伸ばしていた手で、思わずシーツを握りしめた。


 ここで、咲莉菜の声が響く。



『そろそろ、カウントダウンの開始なのでー』


『10、9、点火シーケンス開始! 6、5、4、3、2、1、全エンジン稼働、リフトオフ……離陸!』



 ドドドと、「明夜音」号が飛び立った。

 燃焼実験を重ねたロケットの如く、余裕の推力。


 良い音でしょう?

 高密度のうえ、溶け出す温度が違いますよ。

 おまけに、低コストだ!



 次々に推進装置を切り替えていき、第一宇宙速度。

 衛星軌道まで、到達した。


 いったん周回して、加速のスイングバイで、第二宇宙速度へ。

 地球の軌道上を離脱。


 主な重力圏から脱した後で、ワープ航法へ移る。


 明夜音が止めようとした魔法は、予定通りに発動。

 彼女の快楽を何倍にも、高めたのだ。

 もし、その感覚に慣れていたら、発動する前に止められたのか?



 分かっていた事件を食い止められなかった。

 そんな焦燥にも似た感覚……を覚える余裕もなく、ベッド上の明夜音は、隅々まで塗り替えられる。


 女の深い状態は、重ならない。

 しかし、禁術の増幅という、恐るべき事態により、1人の少女はその肉体で受け止めきれないほどの快感に蹂躙された。

 

 脳が耐えきれず、廃人になって、当然だ。

 けれど、室矢重遠が、それを許さない。


 この時の瞬間出力と制御は、スーパーコンピュータの演算を超えた。

 さらに、両手で優しく生卵2つを握ったままで、複数の凶悪犯の攻撃を全て捌き切つつ、その全員を叩きのめすほどの冴えを見せたのだ。


 むろん、肉体を使う話ではない。

 このアストラル体における戦いで、彼は間違いなく、上位5人だろう。


 名器の北垣きたがきなぎに、処女でありながら瞬殺された腹いせ。

 意図せずに、禁術と禁忌魔法が重なったものの、絶好調の室矢重遠は対応しきった。


 知れば、誰もが言うだろう。

 最初から、本気を出してくれないか? と……。


 しかし、彼は不安定だ。

 子犬が甘えてくる威力から、土星を砕く威力まで、ブレ幅が大きい。


 安易に頼れば、全て星になってしまう。

 あるいは、どこかへ吸い込まれることに……。


 最近は、重力砲を覚えて、ますます危険になった。

 重遠の力を正しく知った者がいれば、発狂すること間違いなし。




『周囲の天体観測によって、ペルセウス座の付近と判明しましたー! 人類は、ついに光の壁を越えたのですー!』


 感動で震える天沢咲莉菜の声によって、「明夜音」号の顛末てんまつが語られた。



 ◇ ◇ ◇



 室矢重遠たちがいる寝室の隣は、控えの間。

 そこで、初夜を見守っている南乃みなみの詩央里しおりは、顔を引きらせた。


 悠月明夜音は、打ち上げロケットの状態。

 間隔を空けながら、叫び続けている。



 あれ、私が前にやられたプレイだ。

 それも、上手くなっている。




 その時の詩央里は、3日ほどダウンして、学校に行けなかった。

 室矢重遠に、泣き喚く。


 やった本人は、ひたすらに土下座で、謝罪するだけ。


 小森田こもりだ衿香えりかから事情を聞いた多羅尾たらお早姫さきは、クラスメイトの立場で、詩央里のフォローをした。

 この時は、同じ千陣せんじん流と明かしておらず、密かに……。


 休み明けには、陽キャの男子が、ここぞとばかりにノートの貸し出し――勉強ができる生徒から強引に入手したもの――を提案。

 けれども、女子リーダーの八木下やぎした美伊子みいこは強引に、同じ女子だから、自分がやる。と押し切った。


 そこにはが仕掛けられていて、わざと誤ったテスト範囲を教える、などの小細工があった。

 全てではなく、重要だが部分的に、というのが陰険。


 美伊子は、男子に人気がある詩央里を妬み、この機会に潰すか、凹ませることで、自分の子分にしよう。とたくらんだ。

 後から指摘されても、わざとではなく、自分も間違えていた、忘れていた。と言い訳できる範囲で……。


 この時の早姫と詩央里は、知人ぐらいの関係。

 つまり、美伊子が注目している範囲の外だ。


 詩央里も、同じグループの美伊子に嫌われていることは感じており、何か仕掛けてくるな? と警戒。

 衿香という共通の友人がいたことで、早姫のほうを信用することに。


 せっている詩央里の自宅で、美伊子から渡されたノートやプリントを見た早姫は、ここまでやるか? という表情になった後で、抜けているプリントなどを用意して、連絡事項も全て伝えた。


 早姫が面倒を見ることで、美伊子の罠は不発に終わった。


 完全に復帰した詩央里は、陽キャ集団のランチタイムで、コレとコレが抜けていた。ここは間違っていたから、教えてあげるね? と指摘して、男子を含めた場でやり返した。

 むろん、善意による指摘で、笑顔のままだ。


 内心で、気づかれたのか? と焦った美伊子だが、詩央里は、その情報を与えない。

 間違いを指摘してくれたのだから、表向きには、お礼を言うだけの話だ。


 詩央里に、陰険な妨害をしていた。と気づかれたら、陽キャどころか学年、中高一貫の私立では、学校中から嫌われる。

 卒業生との繋がりも強く、うっかりすれば、生きている限り、そのレッテルを張られかねない。


 クラスの女子には、詩央里を助けないよう、圧力をかけていたのに。と疑心暗鬼になる美伊子は、早姫だと気づかず。

 美伊子のグループも、別に詩央里のマンションで見張っていないことから、首をひねるばかり。


 以後の詩央里は隙を見せず、美伊子も『正体不明の裏切り者』を警戒して、あからさまな嫌がらせを止めた。



 ともあれ、そのできる女。

 南乃詩央里ですら、3日ほど足腰が立たなくなったプレイは、宇宙レベルになって、初体験の悠月明夜音を襲ったのだ。



 ◇ ◇ ◇



 高いところから、ドスンと落ちる感じ。


 悠月明夜音の場合は、ひたすらに、高められた。

 ずっと、降りてこられない。


 第三宇宙速度を超えて、遥かなる銀河へと旅立つ。


 頭の中が、グチャグチャにされていく。

 それなのに、恐怖を感じず、かつてないほどの多幸感がある。

 とっくに気絶している段階なのに、意識がクリアなままで、どこまでも突き進む。



 あれが、有名な恒星のアルゴル?

 流星群も。

  

 周囲の星が、点いたり、消えたり……。


 何て、大きいのでしょう。

 地球と比べて、これほど……。


 宇宙は、とても広いです。



 アハハッ


 彗星?

 いえいえ。

 もっと、こう。

 ギューンと、動きますよね。


 ここから地球まで、私の音声が届くのは、一体いつになるのか……。


 おーい?

 聞こえますかー?



『感度良好……。まさに、歴史的な瞬間です。「明夜音」号は、身を挺して、貴重なデータをもたらしてくれました。地球から34光年ほど離れていますが、無申告だと税務署の取り立てが来るので、注意しましょう。大気圏で燃え尽きないレベルの隕石を加速させて射出するマスドライバーを使い、地球にお届けすると、期間内に申告できると思います』


 天沢咲莉菜は、話を終えた。

 要約すると、期限内に確定申告をしよう! ということだ。


 ちなみに、34光年を数ヶ月というスピードで射出すれば、その隕石は光のような着弾で、広範囲を吹き飛ばす。

 修正申告の場合は、さらに数発が必要だ。


 しかし、納税は国民の義務だ。

 地球が跡形もなく吹き飛ぶことは、些細な問題。と言わざるを得ない。




 悠月明夜音は、ゆっくりと、呼吸を繰り返した。

 それに合わせて上下する身体を意識する。


 宇宙みたいな場所ではなく、ちゃんと寝室だ。

 動きやすくて、広いベッドにいる。


 全身が汗などに塗れた状態で、自分の横で寝ている室矢重遠を見る。


 ああ、そっか。

 私は……。



 ――このために、生まれてきたんですね



 明夜音は、宇宙の心は、あなたでしたか……。という感じで、真理を悟った。


 彼女の脳は、この幸せが基準になった。

 もう、重遠なしでは、生きられない。

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