第407話 「明夜音」号は人類で初めて外宇宙に到達するのでー②

 社交を兼ねたディナーが、続く。


 肉料理ヴィアンドとサラダまで終わった時点で、当主の悠月ゆづき五夜いつよは、先に退室した。

 仕事がある、という理由だ。


 そこで、ようやく肩の力が抜けた。



 丸テーブルの近くでワゴンが止まり、次のメニューが登場。


「失礼いたします。こちら、fromageフロマージュでございます」


 傍にいる召使いが、テーブル上の皿を片付けつつ、チーズを並べていく。

 日本では、チーズケーキの名称になることも、多い。


 パンが用意されて、ドリンクも、別の物が用意された。


 大皿にゆったり盛り付けるなど、全体的に、手間を惜しんでいない。

 コース料理の中でも、かなり伝統的な構成のようだ。

 これだけ入れ替わりで用意されると、洗い物が大変、と考えてしまう。


 少量で色々と楽しむのは、一番の贅沢だよなあ……。


  

 左右に並んでいたカトラリーも、小さなタイプが残るのみ。

 甘いお菓子、フルーツの皿もあって、どうやらラスト。

 あとは、コーヒーや紅茶ぐらいか。


 一礼した召使い達は、食堂から出て行った。

 ゆっくり、お過ごしください。ということだな……。



 雰囲気が変わった食堂で、俺は周りを見回した。


 そこで、悠月明夜音あやねが、1人のメイドを紹介してくる。


「私の幼馴染で、専属の護衛も務めている、鳴宮なるみや日和ひよりです。今後は、室矢むろやさまと会う機会もあるでしょうから、この機会にご紹介しておきます」


 こげ茶色のショートヘアで、可愛らしい顔立ちだ。

 黄色がかった茶色の瞳は、じっと俺を見ている。


 日和は、両手でスカートの裾を摘まんだまま、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の膝を曲げるカーテシー。

 状態を崩さずに、彼女の体が上下した。


「明夜音さまと同じ、ソピア魔法工学高等学校。その高等部1年に通っていました、鳴宮日和でございます。この度は室矢様にお会いできて、無上の喜びを感じております」


「室矢家の当主、室矢重遠しげとおだ。よろしく……。明夜音、彼女はどう関わってくるんだ?」


 うなずいた明夜音は、俺の質問に答える。


「日和も、紫苑しおん学園の通信制に移りました。私の専属ゆえ、お気になさらずとも、結構です」


 ズバッとした説明だが、変に誤解する言い回しよりは、マシだ。


 当の本人は、もう壁際に下がっていた。

 明夜音の真後ろをカバーする位置で、人形のように控えている。



 後日に教えてもらったが、日和は “Weisheitヴァイスハイト undウント Magieマギー(叡智と魔術)” の中から厳選された、エリート。

 悠月家のために生きていて、何があっても明夜音を守り通すことが、彼女の任務だ。

 

 幼馴染だが、親友ではない。

 あくまで、主従関係。


 明夜音と結婚する男についても、例えば彼女が妊娠中のお相手や、他人に言えない性癖の時に、笑顔で対応する。

 それによって、他の女から籠絡されることを防ぐのだ。


 俺の場合はローテーション過多で、日和を抱くことはない。


 今は、彼女のパートナーを探しているそうだ。

 家族ぐるみで、悠月家や室矢家にお仕えするとか……。




 ――数日後


 欧州の貴族を思わせる、広い寝室。

 年代物の家具が多いものの、実際に使うベッドはだ。


 悠月明夜音のお付きである鳴宮日和が、メイド服のままで宣言する。


「これより、悠月家の長女にして、次期当主の明夜音さまと、室矢家のご当主、重遠さまの初夜を執り行います」


 淡々とした声音には、何の感情も入っていない。



 Magierマギアー(魔術師)の作法らしく、千陣せんじん流の初夜とは寝具や小物が全く違う。


 湯浴みをした直後の俺は、教えられた台詞を言う。


Wasヴァス istイスト Magieマギー?(魔法とは、何ぞや?)」


 それに対して、同じく良い香りがする悠月明夜音――俺に配慮したのか、魔工の制服姿だ。ご丁寧に、学校指定のカバンまで持っている――が、答える。


Unserウンザァ Wissenヴィッセン.Mittelミッテル zurツォア Erlangungエルラングォン derディア Wahrheitヴァ―ルハイト.Sieズィー darfダーフ nichtニヒト missbrauchtミスブラゥフト werdenヴェアドゥン.Auchアゥフ derディア Umgangウンガァン mitミット Hexereiヘクセライ erfordertエフォダァルト guteグーテ Erfahrungenエアファールングエン.(私たちの知識。真理を得るための手段。乱用すること、なかれ。ウィッチクラフトを扱うには、良い経験も必要です」


 俺は、メイド服の日和が持っているタブレット。

 つまり、を読む。


 わざわざ、カタカナを振ってくれて、ありがとう。


Lassenラッセン Sieズィー michミッヒ Ihnenイーネン eineアイネ Erfahrungエアファールング schildernシーダン.Sindズィント Sieズィー dazuダァツゥ bereitベェライト?(そなたに、1つの経験を授けよう。準備はできたか?」


 多めの寝室灯に照らされた明夜音はひざまずき、赤面したままで答える。


Ichイッヒ kannカァン nichtニヒト längerレンガァ wartenヴァートゥン.(もう、待ちきれません)」



 日和が洋風の儀礼的なトレイで、飲み物が注がれたグラスを持ってきた。

 それを口に入れ、グラスを置く。


 明夜音に片手を差し出し、彼女を立たせた。


 抱き寄せて、明夜音の口に、ドリンクを流し込んだ。

 当然、お互いの口から零れる。

 炭酸の刺激と、少しずつ高揚していく感覚を共有した。



 上の口から垂れた液体は、明夜音の制服を濡らした。

 俺のほうも、同じだろう。


 彼女は自分の制服を見下ろした後で、再び俺を見て、微笑んだ。

 両手で俺の片手を包み込み、そっと自分のファスナーに当てる。



 ◇ ◇ ◇



 控えの間で、映画館みたいな椅子に座っている面々。

 両隣と離れているため、他の人間を気にせずに済む。

 だが、見ているのは人気映画ではなく、室矢重遠と悠月明夜音の初夜だ。


 部屋が区切られており、こちらは見られるが、向こうからは見えない。

 音声も、同じだ。


 普段の南乃みなみの詩央里しおりは、このような立ち合いを遠慮するのだが、今回は他流の拠点とあって、やむなく参加した。

 ここで欠席すれば、正妻の立場を放棄した、と見なされるからだ。

 夫が他の女と愛し合っている光景を見て、NTRられている気分。


 いっぽう、同じ室矢家のカレナ、千陣夕花梨ゆかりは、平然と眺めている。

 悠月家に用意させたのか、ポップコーンを食べながら……。



 隣の寝室では、重遠が明夜音に導かれながら、制服を脱がしている。

 ぎこちない手付きで、彼女はまだ余裕のある表情。


 居たたまれない詩央里は、周りを見た。


 悠月家の当主である、五夜。


 ソピア魔法工学高等学校の指導者メンター――ベルス女学校でいう姉妹スールー制度の姉――をしていた、高等部2年の工藤くどう・フォン・ヘンリエッテという美少女もいる。


 ヘンリエッテは、ライトブラウンの長髪。

 1本の太い三つ編みにしていて、欧州系の容姿だ。

 空を連想する、青色の瞳。


 愛称は、リリー。

 どうやら、ドイツ貴族の血筋らしい。


 しかし、その2人を除けば、自分たちだけ……。


 五夜の説明では、悠月グループの関連企業、他の魔法師マギクスからも、多くの申込があったそうだ。

 しかし、それらを全て、一蹴。


 表向きには、千陣流の重鎮で、沖縄や北海道で武名をとどろかせている室矢重遠と接するのは、危険が大きい。という話だ。


 本音は、他家に弱みを作らず、室矢家との関係を悪化させないため。

 普通なら招く親戚もシャットアウトしたことから、他を介入させない本気度をうかがえる。


 逆に言えば、内部にも、敵が多いのだろう。



 次期当主の明夜音が、周囲の反対を押し切っての、側室としての嫁入り。

 悠月家も、かなりのリスクを背負った。


 カレナと親交があるため、彼女と深い結びつきができるだけで、その価値があるのだろうけど――


「ウチも、考えないと……」


 詩央里は、ここが他流の拠点であることを忘れて、ぼそりとつぶやいた。


 幸いにも、他の面々は、お互いに反対の方向で重なり合う2人に夢中だ。

 準備は、どんどん進んでいく。


 甘える明夜音を見た詩央里は、慌てて目を背ける。




 やがて、室矢重遠は、明夜音を征服した。


 涙を浮かべる女と、それを包み込むように抱きしめる男。

 しゃにむに動かないのは、やはり経験ゆえか?


 この調子ならば、もうすぐ終わるだろう。



 ◇ ◇ ◇



 悠月明夜音は、ゆっくりと立て直していた。

 事前に色々と調べていたが、自分の中でじんわり痛みが続く、ということには、精神的なショックがある。


 それでも、こちらの様子に構わず、ひたすらに動き続けることがないだけ、楽だ。


 短期間とはいえ、普通の高校生のように、たわいもない日々と文化祭も楽しめた。

 キャンプファイヤーの炎による、幻想的な雰囲気の中でのファーストキス。


 彼の自宅で食事を振る舞う、といったイベントも。


 あまつさえ、バレを作って欲しい、とまで言われたのだ。

 他の政略結婚だったら、そこまで気を遣ってくれなかった。


 …………


 自分だけの男ではないのがしゃくに障るが、そこは目をつぶるしかない。

 そのおかげで、こうして初夜でも、無理に我慢せずに、済んだ……?


 明夜音は、室矢重遠と繋がったままで、自分の違和感に気づく。



 ――ここからは番組を変更して、お送りします



 どこからか、天沢あまさわ咲莉菜さりなの声が聞こえてくる。


『本日は快晴で、発射台に固定された「明夜音」号のチェックリストも、順調に進んでいるのでー。ラーンチ-×××(発射までの時間)。外部タンクに、推進剤の充填を完了。現在、ホールド中』



 ベッドの上の明夜音は、気づいた時に、何回か軽く達していた。

 自分でよく分からないまま、彼女の頭の中は? で埋め尽くされている。

 ちょうど、酩酊しているような状態だ。


 以前、南乃詩央里にやらかした重遠は、師匠の柚衣ゆいに責められて、より洗練させた。

 相手に負担をかけず、どこまでも高め続ける、方式に……。


 師匠の許しが出たことで、今こそ、禁術の力を発揮する。

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