第406話 「明夜音」号は人類で初めて外宇宙に到達するのでー①

 悠月ゆづき明夜音あやねは、悩んでいた。


「もうすぐ、室矢むろや様との初夜なのに……」


 女子は、男子と比べて、性的な部分に大きな差がある。

 興味がない場合は、本当にあっさりしているのだ。


 大きな声では言えないが、明夜音はイッたことがない。

 弄ってはみたものの、思っていたほどの快感を得られず……。


 現在は、紫苑しおん学園の通信制。

 スキマ時間で、明夜音は高等部1年のカリキュラムを終えた。


 初夜に備えて、疲労やストレスが少ない状態で、ゆっくりしている状況だ。



 明夜音とて、初夜でぶち破られることは、承知している。

 しかし、できるだけ痛くないほうが、嬉しい。


 自分で弄っても達したことがなく、その点でも悩んでいた。


「濡れなくて、潤滑ゼリーを使う羽目になったら、どうしましょう……」

 



 悠月家の当主を務めている母親、五夜いつよに相談してみた。

 すると、こう言われる。


「痛くないと、変に疑われるから、諦めなさい」


 要するに、頭で分かっていても、貫通したのに痛がらないと、あれ? 実は経験している? と勘繰られる原因になってしまう。


 男はそういう生き物だから、甘んじて、痛みを感じなさい。と言われた、明夜音。


 だが、まだ諦めない。


「あの! でしたら、途中からは? 悠月家のを使わせていただきたいのですが……」


 考えた五夜は、しぶしぶ認める。


「明夜音さん? くれぐれも、加減を間違えないように」



 ◇ ◇ ◇



 俺は、南乃みなみの詩央里しおりから話を聞いて、自宅で師匠と会っていた。


 ソファに座っている柚衣ゆいは、おごそかにうなずいた。


「そうか。悠月家の長女と……。責任重大やで!」

「はい!」


「分かってるな!? これは、千陣せんじん流と真牙しんが流の関係にも、大きく影響するんや!」

「はい!」


 ここで、師匠に言う。


「詩央里によれば、明夜音はまだ達したことがないそうです。今回は、の封印を解きます!」


 師匠が、重々しい顔になった。

 ゆるふわ系の女子高生だから、それっぽい感じなだけかも。


 彼女は目を閉じたままで、しばし熟考する。



 カッと目を開けた師匠は、首肯した。

 自分に集中線をつけながら、発言する。


「ええやろ。アレを使って、明夜音を満足さしたれ!」

「はい」



 少し離れた場所では、桜帆さほすいが座っている。


「ところで、この茶番は、いつまで続くの?」

「さあ?」



 いっぽう、師匠は話題を変えてくる。


「ところで、重遠しげとお……。あんた、なぎを相手に、少し締め付けられただけで、降参しかけたんやってな? 処女を相手に、そのザマとは……」


 くっ!

 なぜ、師匠がそれを……。


 立ち上がった師匠は、俺の前に歩いてきた。

 ぺちん、と子供がなぞったように、ほおを叩かれる。


「痛いか? ウチも、辛いんやでー。弟子が、こんな醜態をさらすとはなあ……」


 エグエグと泣きながらの台詞に、俺は自分の責任を痛感した。


「次は! 明夜音に対しては、全力で臨みます。アレを使って!」


「おー、そうか! よう言った! ウチが実地で教えた通りにやれば、明夜音はあんたの言いなりやで! 何しろ、討伐されたウチらの先祖で実証済みの、やからなー。思う存分、明夜音を跳ねさせたれ」


 師匠の返事を聞いている間に、離れている桜帆と翠は、また話し合う。


「そろそろ、柚衣を退治する?」

「なのです」


 テンションが高い師匠は、笑顔で叫ぶ。


「処女のかたきは、別の処女で討て!」

「はい」


 桜帆と翠は、冷静に突っ込む。


「いや、元の女と再戦しなさいよ?」

「なのです」




 ――数日後


 悠月家の次期当主の初夜とあって、大々的に行われる。

 本宅に招かれ、広大な敷地の中にある、広い館で逗留した後で行う予定だ。


 場所は、渋谷の高級住宅街。

 車の窓から、“代々木~” という地名が見えた。


 都心部のわりに緑が多く、アップダウンが激しい地形だ。

 狭い道路が入り組んでいて、車で入ったら迷いそう。

 

 限られた土地には、豪邸が立ち並ぶ。

 歴史がある日本家屋も。


 どの戸建ても、高い塀で囲われているか、居住エリアに続く空間との境に、施錠したドアがある。


 その中でも、分譲用の高級マンション? と思える物件に、俺たちが乗った車は滑り込んだ。



 今回は、真牙流の拠点――明夜音の実家――で行う。

 ただでさえ、悠月家の次期当主である彼女をの扱いにするのだ。

 こちらも気を遣わないと、非常にマズい。


 正妻の南乃詩央里、義妹で悠月家と昵懇じっこんの室矢カレナ、千陣夕花梨ゆかりの3人も、同行している。


 全員、制服だ。


 正礼装ではないが、略礼服となる。

 ホント、制服は便利だよ。



 挨拶は、室矢家の当主で、明夜音のパートナーになる俺が、最初。

 次に、正妻の詩央里。

 三番目に、千陣流の宗家の名代みょうだいである、夕花梨だった。

 付き添いのカレナは、最後に形だけ。


 洋風で、現代的な家具ばかり。

 外装はマンションだが、中は洋館を思わせる雰囲気だ。



 広い空間の豪勢なベッドルームに案内され、その横にある『控えの間』も見せられた。

 観客席のようで、立会人はここから見る。

 座り心地の良さそうなシアターチェアが並び、映画館みたいだ。

 

 広い寝室のほうは、中世ヨーロッパを彷彿とさせる、アンティーク家具で統一されていた。

 タロットカードのような図形や絵柄が、一定の法則で配置されている。

 おそらく、ここで初夜を行うことで、何らかの儀式的な意味を持つのだろう。


 聞けば、悠月家の人間が、初夜を行う場だと……。


 いやらしい意味はなく、大真面目に、悠月家の次期当主と結ばれるパートナーを見守るのだ。

 逆に言えば、彼らには、それだけの影響力がある。



 

 貴賓も迎えられる食堂には、シックな高級家具。

 時刻は、ちょうどディナータイム。

 テーブルクロスの上には、人数分のカトラリーが輝く。


 6人ぐらいで座るのにちょうど良い、丸テーブルだ。

 どうやら、わざわざ用意してくれたらしい。


 執事とメイドが待機していて、タイムスリップしたような錯覚に陥る。

 この館の女主人である悠月五夜から、引かれた椅子に着席していった。


 各自に食前のドリンクが用意され、前菜オードブルを盛りつけた皿が並べられる。


「まずは、お食事を始めましょうか? ……Zumツム Wohlヴォール!(乾杯!)」

「Zum Wohl!」


 明夜音だけが繰り返したことで、五夜は慌てて言い直す。

 

「乾杯」

「「「乾杯!」」」


 ワイングラスを口に含むと、炭酸と共に、心地よい味が広がっていく。


 五夜は、俺を気遣うように尋ねる。


「緊張されているのか、と思いまして……。苦手でしたら、すぐにお取替えいたしますが?」


「いえ。美味しいです」


 微笑んだ五夜は、初夜の際にも、ご用意いたしますね。と続けた。

 俺の口に合うのかどうか? を確かめていたわけか……。


 味を判別できるほどの経験はないが、これは相当に高そうだ。


 

 ディナーをいただきながら、五夜が俺に言う。


「この度は、私の娘である明夜音をお選びいただき、誠にありがとうございます。処女ゆえ、経験豊富な室矢様には物足りないと思いますが、『これから自分の色に染めていく喜びがある』とお考えくださいませ」


「いえ。俺のほうこそ、明夜音のような、素晴らしいお嬢様と情を交わせることで、今から緊張しています。今後とも、よろしくお願いいたします。……このような場で恐縮ですが、明夜音の招待でラボに伺う予定です。何かテストがありましたら、その際にご協力できると存じますが?」


 上品に微笑んだ五夜は、すぐに返す。


「その件は、後ほど確認しておきます。……千陣さまも、本日はご足労いただき、ありがとうございます。御宗家ごそうけには、京都の四大会議のパーティーでご挨拶いたしました。今後とも、お引き立てのほど、よろしくお願い申し上げます」


 夕花梨は、臆せずに返答する。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。父は多忙で、今回は千陣家の長女である私が参りました。真牙流や政財界でご活躍の悠月家のおうわさは、かねがね伺っております。私は紫苑しおん学園の中等部3年に編入しましたので、今後もお会いする機会はあるかと存じます」


 女子中学生とは思えない貫禄の、夕花梨。


 それに対して、五夜が攻める。


「ところで、千陣さまは、もう婚約されたのですか? 泰生たいせいさまの婚約者は壬生みぶさまと、お聞きしましたが……」


 にっこりと微笑んだ夕花梨が、応じる。


「私はまだ中等部で、後継者争いから身を引きましたので……。千陣家や十家がうるさくない東京暮らしの間に、ゆっくり探そうと思います」


 夕花梨は、私に取り入っても、千陣流には食い込めないぞ? と言っている。


 それに対して、五夜は平然と告げる。


「悠月グループや、魔法師マギクスのほうでも、男性を紹介できます。取引がある財閥などを含めれば、日本全国から探すことが可能です。気が向きましたら、いつでもお声がけください」


「ご配慮、痛み入ります」


 夕花梨は、あっさりとスルー。

 むろん、五夜も深入りしない。


 俺と明夜音の初夜が、今回の目的だ。

 ここで雰囲気を壊すのは愚かだし、悠月家の力ならば、事実を述べるだけで十分。


 南乃詩央里は、似た者同士の夕花梨と五夜が話している間、静かに食事を続ける。

 十家の1つ、南乃家の長女でも、本来は夕花梨のほうが格上だ。

 

 それに、正妻である自分を差し置いて、夫が他の女と交わることで、だいぶナーバス。

 今の彼女に、わざわざ話しかける必要はない。



 宗家の長女が、真牙流の上級幹部(プロヴェータ)と同席することはまれ

 特に、宗家である父親や、社交に慣れている母親がいない場であれば……。


 悠月五夜は再び、千陣夕花梨に話しかける。


「紫苑学園では、何か部活をされますか?」

「茶道部に入りました。京都で茶名を持っている師匠がいまして、その関係で……」


 本当は嫌々だったが、おくびにも出さない。


 五夜は、それに合わせる。


「まあ! やはり京都で育っていますと、風流なのですね? 私も、茶道に興味がありますが、なかなか機会を見つけられなくて……。時間ができましたら、お邪魔してもよろしいですか?」


「ご連絡いただけるのなら、いつでもお越しください。まだ修行中の身でありますが、精一杯のおもてなしで、お迎えいたします」


 夕花梨は堂々と、言い切った。


 詩央里も凄いが、夕花梨は別次元だ。

 彼女の言動は、そのまま千陣流の評価につながっている。

 そのため、気迫が違う。


 要人との会合でいえば、夕花梨のほうが、圧倒的に経験豊富。



 五夜が、俺のほうを見た。


「室矢さま。本日はディナーをご一緒させていただき、光栄です。けれど、私は忙しくて、次に直接お会いするのは、明夜音さんとの初夜が終わった後になります。ご承知おきください。……皆さま。慣れない場所ですが、我が家と思い、どうぞお気軽に」


 実際に多忙だろうが、一番の理由は、俺をリラックスさせるためか。

 数日も生活すれば、来た直後よりは慣れるだろう。


 俺は、心配そうな雰囲気の五夜に対して、笑顔を見せた。


「承知しました。本日はディナーにお招きいただき、厚くお礼申し上げます。とても、美味しかったです」

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