第405話 「俺は女神――様にお仕えする守護者、テオフィルだ!」

 義妹の室矢むろやカレナは、『神話伝承テオフィル』というアニメが、大好きだ。


 若いイケメンたちが、全身を包む鎧であるギアをまとい、己の技だけで敵を倒していく、バトル物だ。

 よく分からん必殺技の名前を叫ぶと、同じく意味不明な演出で、敵が、うわー! と吹っ飛ぶ。


 どうでもいいけど、あれだけ高くから受け身なしで落下した場合、それだけで死ぬのだが?


 女神カレストゥーナの下に集った、ギアを身に着けた戦士たちの中で、主人公テオフィルがいる。


 こいつは、馬鹿だ。

 何しろ、必殺技の次元召喚ディメンション・コールを繰り出すと、周囲を巻き込み、全て異次元に吹き飛ばすから……。



 文明レベルは低いらしく、古代のような街並みで、神殿だけ立派という。


 カレナに聞いてみたら、食事は、意外に美味しかった。との返事。

 まるで、実際に生きていたような感想だ。


 あの女神は、逆ハーレムを築いていて、痛すぎるよな? と述べた時に、カレナはソファの上で、のたうち回っていた。



 俺の自宅に遊びに来たカレナは、リビングの大型テレビで、『神話伝承テオフィル』を視聴中。


 DVDをボックスで買っていて、見る度に、大喜びだ。

 こういう場面を見ると、女子中学生のように思える。



『人の心配より、自分の心配をするべきだ。お前はもう、生きて出られないのだから……』

『何ぃっ!?』



 南乃みなみの詩央里しおりが紅茶とお菓子を持ってきたので、一緒にいただく。


『高まれ、俺の根源アルティ……。異次元に、吹き飛べ! 次元召喚ディメンション・コール!!』


 その叫びと同時に、宇宙に裂け目ができるような演出と同時に、敵が吸い込まれていった。


 カレナは立ち上がって、ぴょんぴょん飛んでいる。

 いつになく、テンションが高い。



 アニメ視聴が終わった後で、夕飯に。

 今日は、俺たち3人だけだ。


 昆布で出汁をとった、牛肉しゃぶしゃぶ。

 俺は、ポン酢と胡麻ダレで味わいながら、言う。


「あのテオフィルって、馬鹿だよな? 毎回、出し惜しみで苦戦しているし、必殺技を出したら出したで、被害甚大だし……」


 言った後で、カレナが激怒するかな? と危惧したが――


 彼女は、言いたい! 言いたい! でも、言っちゃダメ!! という顔で、俺のほうを向いたままだった。


「若さまと、同じですね。痛い目を見るまで、調子に乗って。会う女は、敵味方に構わず、フラグを立てていくのですから……」


 そこで、詩央里がボソッとつぶやく。


「私は、あのアリスという巫女に、同情しますよ。自分が愛している男を一晩貸し出すって……」


 どうやら、自分の境遇と重ねているようだ。


 主人公のテオフィルは、女神カレストゥーナの寵愛を受けていた。

 けれども、巫女のアリスと結ばれたことで、ケジメをつけたのだ。

 結局、カレストゥーナの私室で誘われた彼は、あっさりと断ったが……。


 俺は、それに突っ込む。


「でも、テオフィルは断っただろ?」


 溜息を吐いた詩央里は、茶色の瞳で、俺を見据えた。


「女神カレストゥーナに仕えている巫女であるアリスは、一方的に奪われても、黙って受け入れるしかない立場です。それを『一晩だけテオフィルを貸す』というだけで許すのは、あの世界観でいえば、異例中の異例……。それなのに、あのヘタレは! あそこまで話をつけてもらいながら、きっぱりと断ったんですよ!?」


 困惑した俺は、詩央里に反論する。


「い、いや……。断ったのだから――」

「テオフィルは、それで格好をつけられたんでしょうけど! アリスの立場を考えてくださいよ? 彼女はカレストゥーナと、毎日会っているんです! カレストゥーナにしてみれば、アリスの姿を見る度に、『こいつのせいで、私は……』と、女のプライドを摩り下ろされるんですよ!? 私がカレストゥーナの立場だったら、間違いなくアリスを消します! その恐怖に怯えて――」

「そんなことは、なかったのじゃ……」


 ボソッと呟いたカレナの言葉に、俺と詩央里は黙ったまま、彼女を見た。


 プルプルと震えたカレナは、ダーッと泣きながら、続ける。


「あ……。男と親友を一度に失くすって、こんな気持ちだったの……」


 よく分からんが、カレナの精神に深刻なダメージがあったようだ。


 その間にも、ヒートアップした詩央里が責めてくる。


「だいたい! あの主人公、どれだけ女神カレストゥーナの私室に招かれているんですか!?」

「俺はテオフィルじゃないから知らないけど、最低でも数回だよな? 頻繁ひんぱんに呼ばれている描写はあったし……」


「ですよね!? その時点で、アウトですよ! どうして、断らなかったんですか? もっと早くに!! 全く。若さまは、いつも女を口説いてばっかりで……」

「テオフィルじゃないけど、仕えている女神の命令だったからでは? ……別に、女を口説いているつもりはない」


「どうせ、戦うよりも腰を振るほうが得意なのだから、とっとと女神カレストゥーナを抱いてくださいよ? メグも、『ベル女で、1週間もお預けを食らった』と言っていましたし!」

「だから、俺はテオフィルじゃない! あと、メグの件は、その時点で『誰が敵か、全く不明だったから』だ!!」


 俺と詩央里が言い争う中で、食卓についているカレナは、ひっくひっくと泣きながら、食事を続ける。


 何だ、この地獄絵図……。



 ◇ ◇ ◇



 『神話伝承テオフィル』は、2回も制作された。

 1回目は作画崩壊で、2回目は劇場版と同じクオリティ。


 主人公の必殺技で壊れているのは、作画だ。とよく言われている。


 ともあれ、このテオフィルが、最後に敵の邪神だかを倒すために、自らを巻き込んで異次元に吸い込まれていったことは、共通している。


 作中で真面目におバカな言動を繰り返していた事実と相まって、今では他のアニメに無理やり登場するMAD動画が、量産されているのだ。


 人呼んで、異世界テオフィル!



 たとえば、可愛らしい女キャラだけのアニメ。


『わー! このラテアート、すごーい! 何て言うの?』

「俺は、女神カレストゥーナ様にお仕えする守護者ガーディアン、テオフィルだ」

『えーとね。ウサちゃん!』

『そういえば、うさぎがいっぱいの場所があるんだよ! 行こう?』

「よし、行くぞ!」

『うん。行こうよ!』


 ファンタジーな百合の間に、頭以外のほぼ全身を覆うギアを纏ったテオフィルが挟まっている……。


 最後には、必殺技の次元召喚ディメンション・コールを放ち、もはや、これまで! と次元の彼方に消えていくのが、お約束。

 その時に、女神カレストゥーナの、テオフィルー! という声も入れるのが、コツだ。


 そういえば、カレナが入ってきた時に、ちょうど流していて。

 笑いながら見ていた俺に、開いた口が塞がらない、という表情だったな。


 再起動したカレナは、おもむろにパソコンの画面を一発で殴り壊す。


 彼女は突き抜けたこぶしを戻さずに、ハーハーと息を荒げたまま、しばらく震えていた。


 熱心なファンにとって、許されざる暴挙だったようだ。

 その後で、謝られたうえに、直してもらったけど……。



 ◇ ◇ ◇



 再び、『神話伝承テオフィル』を視聴。


 俺は、隣の室矢カレナに尋ねる。


「そういえば、深堀ふかほりアイや、スティアによく似た女神も出ているな? 敵サイドだけど……」



 海の女神、アイリーネー。


 アイの成長後といった感じで、比較的穏やか。


 救済者の側面が強く、海に縁がある人々の中から、守護者ガーディアンと同じ役割を果たす海戦士シーウォーリアーの部隊を持つ。



「そもそも、どうして女神アイリーネーは、女神カレストゥーナを目の敵にしたんだ? 海の底に沈めたって、そこまで恨まれる理由でも?」


 その質問に、カレナは俺を見つめた。


「スティアが大人になった後のような、星の女神ステルトレアも、わざわざ子飼いの駆逐者デストロイヤーを差し向けてきたし……」


 彼女は真顔で、俺を見つめたままだ。



 ここで、ようやく説明に入る。


「ちょうど、知り合った頃でな! 2人とも殴り続けたら、『妹にしてくれ』と、懇願してきたのじゃ!」


「ふーん……え?」


 あれ?

 今の説明、ちょっとおかしくないか?



 しばらくして、ふと思いついた。


「俺が式神にしたキューブって、ギアの原形に似ているよな?」


 うなずいたカレナは、事もなげに言う。


「うん。ギアにしたければ、普通になるぞ? いつぞやも、でそうなったようじゃ」


「え、なるの!?」


 驚いた俺に、危ないから、普段はプロテクトをかけているが……。と続けたカレナ。


「この世界が嫌になったら、ギアを使えばいい。お主の力を増幅する装置でもあるから、地球ぐらいは簡単に割れるのじゃ!」


 彼女の雰囲気から、冗談のようだ。



 その後で、カレナは南乃詩央里も呼んで、4,000kcalの『カップ焼きそば』、別名パーティーセットを3人で食べる。


 食べ切れないから、咲良さくらマルグリット、北垣きたがきなぎを呼んだら、その2人だけでモッシャモッシャと完食してくれた。

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