第404話 紫苑学園の生徒会も交代の時期になったそうだ

「お邪魔しまーす!」


 紫苑しおん学園の生徒会長たちが、遊びにやってきた。

 書類上では学生寮のため、口裏を合わせておく必要があるからだ。


 知らない間に、そこは学生寮だから、他の生徒も受け入れてよ! となったら、かなり困る。


 このWUMレジデンス平河ひらかわ1番館までは、悠月ゆづき家の手配した車で送迎。



「すっごいねえ! タワマンより落ちつけそうだし、一度は住んでみたいよ」

「完全に、美術館や迎賓館ですね」

「どう見ても、学生寮ってレベルじゃないぞ……」


 俺の自宅で、リビングのソファに座った面々が騒いでいる。


 この場にいるのは、高等部の生徒会だけ。

 中等部の生徒会とは接点がないし、わざわざ招待する意味がない。



 住人サイドは、寮長の山科やましな加寿貴かずきと俺、義妹の室矢むろやカレナの3人だ。

 南乃みなみの詩央里しおりは対外的に元クラスメイトだから、ここで変なうわさが立つことは避けたい。


 本当はラウンジか、パーティールームで良かったのだけど。

 どのような物件であるのか? というサンプルが必要だった。



 生徒会のメンバーが、断りを入れたうえで、ボイスレコーダーを作動させた。


 加寿貴さんは、このレジデンスの管理を任された寮長として、説明する。


「中は、こんな感じだよ。さっき説明した通り、紫苑学園の学生寮ではあるものの、一般の入居は受け付けていない。そちらの予算は全く受け取っておらず、室矢くんが紫苑学園の生徒だから、一時的にこの体裁にしているだけに過ぎないことを理解してくれ」


 生徒会長の澤近さわちか葵菜あいなは、冷静に質問する。


「物件や室矢くんに何かあったら、ウチの名前が出ますよね?」

「その場合は、外部の人間が嗅ぎつける前に、『紫苑学園の学生寮』という看板を外す。顧問弁護士がついているから、その対応を心配する必要はない。理事長と話をつけているため、生徒会の責任が問われる事態はないと思う」


「ちなみに、一般の生徒が入居したら、家賃はいくらですか?」

「相場は、月100万円ぐらいで……。学生料金としても月50万円とか、そういう話になるね? 保証人にも、億ションに住めるレベルの経済力と信用を求めるから……。それ以前に、この物件のオーナーである悠月家の承諾も、必要だ。私は、ここの管理を委託されているだけで、入居審査の権限はない」


 葵菜は、手元の資料を見た後で、寮長に尋ねる。


「ウチの高等部にいる悠月さんは、その悠月家の関係者ですか? あと、1つの物件に数人の男子、または女子でルームシェアを希望する場合は? たとえば、被災したなどの理由で、『どうしても入居したい』というケースは?」


 険しい顔つきの寮長は、ゆっくりと言い聞かせる。


「君の言う『悠月さん』は分からないが、明夜音あやねさんであれば、関係者だ。もっとも、彼女に頭を下げて頼んでも、ムダだぞ? 『しつこく強制された』と見なされたら、即座に悠月グループが動く。止めておいたほうがいい……。それから、ルームシェアは論外だ。3LDKで、数人の個室を確保できるが、『この破損は誰の責任か?』で揉めたり、家賃や共益費の支払いでトラブルになる。付け加えれば、『億ションに安く住める』と考えた人間が、子供を利用して、家族で住みつく可能性もあるからね。住む家がない場合は、公営団地か、役所の窓口に行ってくれ。月50万円を出せるのなら、ホテル暮らしもできるだろう?」


 寮長を怒らせた、と判断した葵菜は、手早く結論を述べる。


「つまり、室矢くんが紫苑学園を卒業か、何らかの理由で転校するまでの繋ぎとしての学生寮だと……」


 うなずいた寮長は、改めて釘を刺す。


「その通りだ。場所が離れているから、『学校帰りにちょっと立ち寄る』ということは考えにくいが……。それでも、『同じ学校の寮だから、遊びに行ってみる』という話は、十分にあり得るだろう? だが、それはいかなる理由があっても、認めない。たとえラウンジでも、ここの住人のためにある共用施設で、無料の休憩所や溜まり場ではないのだよ? もし、そのような押しかけ、居座りがあったら、寮長の私が法的に対応する可能性もある。ここは監視カメラが多く、契約している警備会社もすぐに駆けつけてくる場所だ。覚えておいてくれ」


 説明を終えた加寿貴さんは、先に帰宅した。

 やっぱり、年長者の男が説明すると、話が早い。



 残った生徒会メンバーは、室矢カレナが用意したお茶やお菓子でくつろぐ。


 代表者の澤近葵菜が、寮長に聞きそびれた質問をしてくる。


「室矢くんと、カレナちゃんは、同居しているの?」

「このレジデンスで、暮らしています」


「どうやって、ここの入居審査に通ったの?」

「分かりません」


「婚約者の咲良さくらさんは?」

「今は、いません」


 俺が塩対応を続けていたら、葵菜はおそるおそる訊ねてくる。


「この場に、悠月さんを呼んで欲しいけど……。やっぱり、ダメ?」

「はい」


 その返答で、葵菜は後ろにドサッと倒れた。

 座っているソファで、だらしない格好に……。


 高等部2年の書記、大角おおかどりんが、代わりに話しかけてくる。


「室矢くんの女性関係を問いただすことは、生徒会の仕事ではありません。この学生寮に入居している生徒のリストは、いただけますか?」


 首を横に振った後で、手短に答える。


「俺は、それを持っていません。このレジデンスで暮らしている生徒についても、彼らの個人情報のため、黙秘します。どうしても欲しければ、先ほどの寮長である山科さんに連絡してください」


「分かりました。以上で、新しい学生寮の調査を終わります」


 そう答えた凛は、卓上のボイスレコーダーを停止させた。

 これで、生徒会の仕事は完了したようだ。


 どうでもいいけど、これって、俺が婚約者の咲良マルグリットを捨てて、悠月明夜音に乗り換えた。という話か?

 生徒会の視点では、そうとしか考えられないよな?


 後夜祭では、明夜音と一緒に踊って、キスをしていたわけで……。


『私の婚約者を返してよ! ベル女の交流会で、せっかく両思いになったのに!』

『オーホッホッホ! 巨乳だけじゃ、ダメなのですよ。室矢さまは、私がいただきましたので……』


 これは、酷い。


 うむ。

 誤解を解いておくか!


「咲良とも、まだ仲が良いですよ? 呼べば、すぐに来ます」

「ふあっ!?」


 思わず叫んだ凛は、俺に人差し指を向けて、口をパクパクとさせた。

 クールな彼女にしては、珍しい反応だ。



 今の話題でガバッと上体を起こした澤近葵菜は、この機会に、という雰囲気で、述べる。


「えーとね。私、そろそろ引退するんだ! 次の生徒会長は12月の選挙で決めて、1週間後に当選者の発表と、再編成。それが終わったら、新旧の顔合わせだよ」


 ニコニコしている葵菜を見ながら、質問する。


「もう、有力候補は決まっているんですか? というか、会長は大学受験、大丈夫なんですか?」


「あー。ウチの生徒会は、大学推薦をもらえるから! 私は新東京大学で、ほぼ決まっているんだよ。……選挙と言っても、生徒会長を除けば、だいたい経験者が繰り上がるだけで、つまらないよ? 部活と同じ」


 聞けば、有名大学の当確の推薦をもらえることも、生徒会をやるメリットの1つだそうで……。


 書記を務めた2年の大角凛が、高等部の生徒会長に立候補する予定。

 対抗馬は、ディベート部にいる2年男子など。

 今はお互いに後援者を集めていて、根回しの時期だそうだ。


「じゃあ、次の生徒会長によっては、俺のところに首を突っ込んでくる可能性があるわけか……」


 首肯した葵菜は、お菓子をつまみ、紅茶を飲んでから、返事をする。


「まあ、そうだねー。ウチの生徒会は、そこそこ権力があるから……。一応、引継ぎで言っておくけど、私も君のことはよく知らないし! それで、今更だけど、生徒会の預かりになる件は、どうするの?」


 そんな話も、あったなあ……。


 今となっては、もう邪魔なだけだ。

 次の生徒会長に合わせる意味はない。


「申し訳ありませんが、キャンセルでお願いします。前と事情が変わって、なるべく外との接点を減らす状況になりましたから……。実は、前の『しおん祭』でも、けっこうヤバい事態になりまして。俺たちは学園に常駐しないほうが良い、と思います」


 こくりと頷いた葵菜は、別の話題に移る。


「そっか……。んー、それは分かったけど。第二オカルト同好会は、どうするの? 完全に部室が遊んでいて、次の生徒会で槍玉に上げてくると思う」


「廃部にさせてください。私物は、自宅へ持ち帰ります。カレナの占いについては、オカルト部に入ると迷惑をかけるので、いったん帰宅部に! 占いは、こちらの都合で続けます」


 バッグをごそごそと弄った葵菜は、書類を取り出した。


 俺のほうに差し出した後で、説明する。


「オッケー。じゃ、ついでで悪いけど、廃部届、これね! この場で書いてくれれば、私が持って帰るよ! 新しい生徒会になる前に、決裁しておくから」


 一通り見て、手早く書き上げた。

 廃部届をテーブルに置いたら、葵菜はしげしげと確認した後で仕舞う。



 副会長の高等部3年、北原きたはら晃介こうすけが、話しかけてくる。


「なあ、室矢? お前はもう、どの部活にも入らず、試合に出ないんだよな? それと、転校生の槇島まきしま卯月うづき皐月さつきは、お前の知り合いか?」


「はい。俺は、紫苑学園の部活動に入りません。槇島たちも知り合いですけど、それが何か?」


「あ、いや……。槇島の2人が女子テニス部でプロ並みの試合をしたことで、『他の姉妹も、スポーツが上手いのでは?』とうわさが広がっているんだ。お前を含めて、色々な部活が勧誘してくる可能性があってな……」


「わざわざ、ありがとうございます。槇島の姉妹に会ったら、忠告しておきますので。……それにしても、よく俺の知り合いだと気づきましたね?」


 気まずそうにした晃介は、返事をする。


「お前は、妙に女と縁があるようだからな……」


 解せぬ。



 その時、周りを見ていた澤近葵菜が、不思議そうに尋ねてくる。


「ねー! これって、掃除か食事の当番表? それとも、バイトのシフト表?」


 ソファから立ち上がった俺が近づくと、そこにはがあった……。

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