第403話 俺の義妹はとても生意気だ(後編)

 官僚のための宿舎で用意した、セーフハウスの1つ。

 そこで、つかの間の休息を楽しむ、柳本やなもとつもるがいた。


 食後には、ソファに座り、酒を飲みながら、届いていた荷物をチェック。

 書籍のようで、流し読みが続く。



「少女漫画のほうが、規制が緩い気がしますね……」


 積が呼んでいるのは、注文していた、少女漫画のセットだ。

 室矢むろやカレナの心理分析の一環。


 手が触れ合って嬉しいレベルから、強引に迫られる少女(ただし、好みのイケメンに限る)、元カレとの復縁まで、幅広く読んでいる。



「それにしても、この年で、少女漫画を読み漁る羽目になるとは……」


 長距離の行軍など、心身の限界を試した積は、別の意味で、限界に挑戦している。


 経験と体力のバランスが取れてくる20代中盤で、少女漫画の単行本を山積み。

 どこまでいっても、限界へのトライに縁がある人生だ。


 今回のお騒がせカレナと照らし合わせつつ、気になった部分をどんどんノートパソコンに打ち込む。


「女のエージェントに任せられれば、楽ですが……」


 室矢重遠しげとおに惚れてしまう恐れがあるため、仕事を任せるのは怖い。

 男でも、室矢家の女を狙い出すかもしれない。


 いずれは、後任が必要だ。

 その選定と教育も、早めにスタートしておくか……。


 積の苦労は、まだ続く。




 ――数週間後


 柳本積は、都内にあるツリーの展望デッキにいた。

 

 約350mの高さで見下ろせば、東京の街並みをミニチュアのように感じる。

 屋内の展望台には、外国人の姿も多い。


 ツリーの内部から最寄り駅、あるいはバスによる、観光客を誘導する流れが作り上げられている。



 積は、一部にはガラス床もある、パノラマの景色を見ながら、ぐるりと移動。

 5Fへの下りエレベーターを通り過ぎて、カフェに入る。


 白の内装に対して、グレーを主体とした、落ち着いた配色。

 ビジネス用に思えるが、全体の印象はライトだ。


 ここの主役は眼下の景色のため、内装は引き立て役に回ったのだろう。



「いらっしゃいませー! お待ちのお客様、どうぞ!」



 よくある、ファーストフード方式だ。

 席数は多く、テーブルを囲む席がズラリとある。


 その他に、外の景色を見られる特等席として、窓際に並べられた席も。

 2本の柱で支えられている長机のおかげで、飲食を楽しみながら見物できる。


 固定されているため、自分の席の前にあるスペースを使う。

 言わば、カウンター席だ。


 コーヒーと、ナッツの盛り合わせを買った積は、持っているトレイを長机に置いた。

 自身も座り、ぼーっと目の前の絶景を眺める。


 ストローを口に咥えて、コーヒーを啜っていると、少女の声がする。


「返すぞ?」


 隣の席に座った室矢カレナは、テーブルの上で、財布を滑らせた。


 積は彼女のほうを全く見ないまま、卓上に置いたスマホの映り込みだけで、相手をチェック。

 自然な仕草で、財布を回収する。


「ご足労いただき、ありがとうございました」

「別に、構わん。それで、用は何じゃ?」


 スーツ姿で会えば、誤解を招く。

 今の積は、わざとラフな私服にすることで、観光客の1人になっている。


 視線を前に向けたままで、隣でパフェをつつく少女に、問いかける。


「この度は、本懐を遂げたようで、誠におめでとうございます。ところで、カレナさん。何か、秘訣でもあったのですか?」


「んー。普通に誘っても、キリがなかったからの! これを参考にしたのじゃ!」


 卓上に置かれたスマホを見た積は、“生意気なメスガキをやっつけろ!” というタイトルを見た。

 どうやら、手を出したくなるまで、延々とイライラさせたようだ。


 室矢重遠と関係を持っただけ、と判明したことで、息を吐いた。


「なるほど」


 うなずいた積は、参考資料として、後で注文することを決意。

 次は、国防のために、メスガキを分析するのだ。



 室矢カレナは、先に席を立った。

 彼女の気配がなくなった後で、積は初めて周りを見る。


 平日の午前中とはいえ――


「全く、注目されていない……」


 自分はともかく、室矢カレナは目立つはずだ。

 観光客が多いツリーの展望台では、遠慮なく話しかけてくる外国人もいるだろうに……。


 無断でスマホなどのカメラを向けて、勝手に撮影するやからもいないことに、積は違和感を持った。



 今のカレナは、隠蔽の魔術で存在を薄めていることが多い。


 元々、占い少女として、人気だった。

 室矢重遠が有名人になったことで、より慎重に動いている。



 今回は金属探知機や荷物検査があるので、柳本積は小型のリボルバーを持たず。

 とはいえ――


 頭部に数発でも、彼女はケロリとしているに違いない。



 個人的には、室矢重遠をどこかにまつって、周囲にいる人間が動くべきだ。と思う。

 しかし、普通の対極にいる存在は、を求めている。


 下手なホラーより、怖い話だ。


 考えている積は、自分がコーヒーを飲み切ったことにも、気づかなかった。



 ◇ ◇ ◇



 サミットに乗り込んだ日の夜に、室矢カレナが帰ってきた。


 俺の自宅で、食卓に着いている義妹は、ぶっ壊れている。

 向かいの南乃みなみの詩央里しおりも、引きった表情だ。


「カ、カレナ。お代わりは?」

「はい! ぜひ、お願いしますわ!」


 お嬢様モードになったカレナは、はにかんだまま。


 こいつは、地球の至るところに顔を出した後で、平然と夕飯にきた。


 のじゃ口調が失われていて、上品だ。

 エレガントだ。


 他の連中に見せられないため、しばらくは各自で食事をする方針に、切り替えた。




 ――翌日


 朝食も、3人だ。


 食べ終わった室矢カレナが、普通に言う。


「では、紫苑しおん学園に行ってまいります」


 慌てた南乃詩央里は、確認する。


「え、ええ!? そ、その状態のまま、行くのですか?」

「はい。ぜひ、ご友人にお知らせしたい事がありますので……」



 それ。

 ひょっとしなくても、自分が女にされた報告だよね?



 焦った俺は、カレナに釘を刺す。


「あ、あまり話し過ぎるなよ?」

「分かっています。重遠には、決して、ご迷惑をおかけしませんので……」


 そう言って、立ち上がったカレナは、前よりも艶めかしい腰つきだった。


 チラッと振り返り、物欲しそうな視線だったが、すぐに前を向いて、立ち去る。



 ◇ ◇ ◇



 流しのタクシーを捕まえたカレナは、まっすぐ紫苑学園へ。


 彼女は通信制のため、授業に出る必要はない。

 優雅に歩き、生徒用のスペースで休む。


 昼休みになったら、カレナの信者たちが集まってくる。


「カレナちゃん!」

「ついに、思いを遂げたと聞いたよ!」

「お祝いしよう!」


 上品に微笑んだカレナは、皆に告げる。


「ここでは迷惑になりますので、別の機会にお話ししましょう」




 ――週末


 高級ホテルの会議室に、紫苑学園の女子中高生が集まっていた。


 上座にいる室矢カレナは、口を開く。


「私は、重遠に求められ、全て蹂躙じゅうりんされました」


 キャーキャー言う面々に、カレナは詳しく語る。


「謝っても許してくれず、喉の奥まで――」

「ひっくり返されたままで、自分で両足を支えて――」


 室矢重遠に何をされて、自分がどういう反応だったのか?


 カレナが自分の初夜を全て語ったことで、1日が過ぎた。

 感動した女子中高生たちは、より団結することに。


 『黒曜石こくようせきの会』という、新たな秘密結社ができた。

 入会の条件は、カレナと会員による承認と、自分の初体験を詳しく話すこと。



 ◇ ◇ ◇



 しばらくって、室矢カレナは元の口調に。


 俺は、もうカレナに手を出さないと決めた。

 ベッドに潜り込んできても、知らんぷり。



 朝になって、俺は目覚めた。

 隣のカレナをゆすり、起こす。


「おはようございます」

「おはよう……」


 立ち上がったカレナは、恥ずかしがる様子もなく、耳元で話しかけてくる。

 こういう直後は、お嬢様モードだ。


「また生意気で、申し訳ありません」


 カレナの太ももで垂れている液体を見ながら、俺は返す。


「いや。俺のほうこそ、毎回――」

「私が失礼なことをしたのだから、何の遠慮もいりませんよ?」


 ウェットティッシュで拭いたカレナは、着替えた後で、立ち去った。



 もう、これっきりにしないとな……。



 そう決意したものの、カレナは会う度に――


「ほー? そんなことも、できんのか? それで、よく当主と言えたものじゃな?」

「巨乳で中出し好きの義兄をもった、私の身にもなれ」

「経験豊富なのに、北垣きたがきなぎで三擦りとは、情けない」

「ざーこ! ざーこ!」


 いちいち、かんに障る。



 ごそごそと、再びベッドに潜り込んできた夜。

 彼女に命令した。


 頷いたカレナは、寝室灯だけの薄暗い空間で、四つん這いになる。


 生意気なメスガキには、ちゃんとお仕置きをしないとな……。




 南乃詩央里が話をまとめて、当番表というか、順番を決めることに。


 詩央里、カレナ、咲良さくらマルグリット、北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおと、人数が増えてきた。


 悠月ゆづき明夜音あやねについても、そろそろ初夜を迎える必要がある。



【月曜】

 南乃詩央里

 護衛:睦月むつき如月きさらぎ


【火曜】

 室矢カレナ

 護衛:弥生やよい卯月うづき


 水曜、木曜……。



 日替わりの食事宅配かな?


 今の時点で、もうローテーションに余裕がない。

 これに、明夜音も加わるのか……。


 幽世かくりよで会う天沢あまさわ咲莉菜さりなについては、寝ると必ず現れる。



 千陣せんじん夕花梨ゆかりは、癒しだ。

 だから、こちらの心配はしなくていい。


 これまで構ってやれなかった分、お前が満足するまで、相手をしてやろう。


 本人にそう言ったら、喜んでいた。


 今度、俺の自宅に遊びに来る、と言っていたな……。

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