第402話 俺の義妹はとても生意気だ(前編)

 最近、義妹の室矢むろやカレナが、生意気だ。

 そろそろ、反抗期に入ったのか?


 本当に、どうしたものか……。


 南乃みなみの詩央里しおりに相談しても、若さまが悪いのですよ? としか言わない。



 ある日、俺はカッとなって、手を出してしまった。


 事件現場で、俺は動かなくなった義妹のカレナに刺さっている凶器を引き抜く。


 まだ残っていたらしき血が、ポタリと、垂れた。



 ハアハアッ


 お前が……。


 お前が、悪いんだぞ!?



 やってしまった。

 すぐに、証拠隠滅をしなければ……。


 周りの血痕を拭きながら、必死に動き回った。


 物証になるものは、処分するしかないな。



 自室であったことが幸いして、誰にも気づかれないうちに、動けた。

 だが、いつも通りに、玄関から、詩央里が入ってくる。


 くっ! 


 急がなければ……。




 カチャカチャと、食器の音が響く、台所。


 よくあるオープンキッチンとは違い、別室だ。

 コの字になっており、いわゆる厨房。


 平らな作業スペースは広く、収納も豊富だ。

 熱や匂いが移りにくいうえに、ガスコンロや、大型のオーブンも。


 邪魔が入りにくいことから、本格的な料理も、作りやすい。


 プロの料理人がいても、全く違和感のない雰囲気だ。

 まあ、業務用で使うには、高い部材がふんだんに使われているけど……。



 調理室から出てきた詩央里は、リビングの大型テレビで、朝のニュースを流しながら、挨拶する。


「おはようございます。若さま」


 俺は平静を装いつつ、返事をする。


「お、おはよう。詩央里……」


 2人だけでダイニングテーブルに着き、軽めの朝食をいただく。


 朝はコーヒーで、洋食スタイルが多い。

 純和風の千陣流にいた反動か、ずっとコレだ。



『本日は、先進国首脳会議が行われており、ちょうど……。え? た、ただいま、現場のほうで、動きがあった模様です!』


 アナウンサーの声が、異常事態の発生を告げてきた。


 テレビ局から、現場の映像に、切り替わる。


 そこには、難しい顔をした首相たちが、円卓のようなスペースに座っていた。

 同時通訳で、順番に発言するようだ。


 議長用の高いスペースには、なぜか、室矢カレナがいた。

 どこから調達したのか、ドレスのような正装だ。



 出席者から、疑問の声が上がる。


『What?(何だ?)』

『Whose daughter?(誰の娘だ?)」

Deデュ quelクゥエル événementイベンモン s'agit-il セェジィチィル?(何のイベントだね?)』

『Black Pearl. (黒真珠……)』

Potrebbeポトレヴェ presentarmiプレゼンタアルミィ la suaスゥア famigliaファミーリィア?(彼女の家族を紹介してくれないか?)』


 中世の貴族令嬢のような服装のカレナは、構わずに、発言する。


『I hereby declare today.That I have finally achieved what I have wanted for so many years,and that I lost something very important last night--(私は本日、ここに宣言する。ついに長年の目的を遂げて、昨夜に大事なものを失ったことを――』

「止めろ! もう言うな!!」


 自宅のダイニングで俺が叫んだら、大型テレビの中のカレナは黙ったまま、カメラ目線になった。

 聞こえるはずがない距離であるのに、うなずく。


『Then I'm leaving now.(では、私はもう帰る)』


 壇上でくるりと背を向けたカレナは、スッと消えた。


 大混乱に陥るサミット会場から、テレビ局に、画面が戻る。


『さ、先ほどの映像については、続報が入り次第、お伝えいたします。では、次のニュースとして――』



 ガタガタと震える俺に対して、詩央里は平然と、今日の夕飯はどうします? と聞いてきた。



 その日、大海原をトビウオと一緒に跳ねるカレナや、東京のタワーの天辺で物思いに耽るカレナ。

 あるいは、サーフィン会場で大波に乗るカレナが、見られた。


 大気圏ギリギリの上空では、偵察機のパイロットが、飛び上がっては落下していくカレナを見たとも……。




 ――数日後


 防衛省の庁舎にある会議室に、幕僚や官僚たちが、集まっていた。


 役人らしいスーツ姿だけではなく、見ただけで偉い軍人と分かる、将官の輝きを放つ軍服も。


 片側に大きな窓がある大部屋で、細長い円卓についた面々は、険しい顔ばかり。

 全員が、説明するために立っている柳本やなもとつもるを見たままだ。


 『ブリテン諸島の黒真珠』の室矢カレナに引っ掻き回されて、主要なポストが入れ替わった経験を持つだけに、危機感がすごい。


 幸いにも、先進国首脳会議では、乱入した少女に触れず、何事もなかったように進行した。

 しかし、彼女が日本に滞在している以上、その発言の真意を分析して、どのように対応するのか? を決める必要がある。


「柳本くん。あれは、本当に室矢カレナなのか?」

「はい。我々の分析では、『90%以上の確率で本人』と、出ております」


「室矢家の人間を呼んできたほうが、良いのでは?」

「北海道で山1つを吹き飛ばしているため、あまりお勧めできません。ご伝言や要望については、担当者の私が、直接伝えます」


「なぜ、世界中に、カレナが出現していたのだね?」

「カレナに12人の妹がいる可能性が、あります。まだ、分析中です」


「カレナがサミットで発言しかけたのは、どういう意味ですか?」


 最も大事な質問に、全員が息を呑んで、積の返事を待った。



 積は、はっきり、答えたかった。


 どうせ、室矢さんに、処女でも捧げたのでしょう、と。



 しかし、積は、できる男だ。


 バカ正直に答えたが最後、周りのお偉方は、激怒するだろう。

 ふざけるな! と連呼するに、違いない。


 そして、自分だけ、クビになる。



 国のために命も惜しまないが、流石に、これでクビは嫌だし、無意味だ。

 もっと効果的に、使わなければならない。


 それに、後任は間違いなく、カレナを怒らせるだろう。

 最低でも、自分が納得できる人材を見つけなければ……。



 いかにも深刻そうな顔つきの積は、慎重に答える。


「その件につきましては、全力で分析中です。しかし――」


 全員の視線が、積に集まった。


「目的を遂げた、とありました。その報告である以上、さらなる行動には繋がらない可能性が高いです!」


 積が明るい声で言い切ると、会議室に、安堵の声が漏れる。


「そうか……」

「大至急、カレナが出現した場所と、その影響を調べましょう」

「今回のサミットで、日本の外交への影響が――」

「防衛省として、公式見解はどのように――」


 その様子を見ながら、積は決意する。


 今日の晩酌は、安いほうではなく、プレミアムにしよう。

 専門店の焼き鳥も、つけるぞ!



 

 国家公務員の宿舎は、削減されている。

 防衛省の官僚である柳本積も、その1つに入居中。


 同じ公務員でも、官僚向けは豪華。

 基本的に、都心部で新築ならば快適という話でもある。


 警察官や防衛官の官舎では、同じ建物ですら、部屋による格差も見られる。

 入居のタイミングによっては、昔のバランス釜で風呂を沸かすし、職場の上下関係がつきまとう。

 それを頼りになる場所、と考えるのか、鬱陶しいと考えるのか……。



 柳本積は、帰りがけに購入した物品を袋で下げながら、マンションのような建築物の入口へ。

 ベランダが蜂の巣のように並んでおり、100戸を超える人数が住んでいる場所だ。


 郵便ポストを確認すると、通知があったので、奥の宅配ロッカーを開けて、自分の荷物を取り出す。




 ピーと電子音が鳴って、解錠。

 一人暮らしのため、気兼ねはない。


 バタンと玄関ドアを閉めた後に、家の中を点検する。

 異常なし。


 次に、ベランダからに移動して、またクリアリング。

 同じく、異常なし。



 ようやく息をついた柳本積は、重荷になっているショルダーホルスターを外した。

 頑丈な部分に、かける。


 ジャズを流しつつも、冷蔵庫から食材を出して、自炊をする。


 とはいえ、男の料理のため、短時間で作れる程度だ。

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