第401話 千陣流の女子会で語られる「千陣重遠」の秘密ー⑤

 南乃みなみの詩央里しおりの家に集まった、千陣せんじん流の女たち。


 婚約者の室矢むろや重遠しげとおが廃人にされかけた事実を知った詩央里は、千陣流への復讐をしないことを選択した。

 本人が望むなら話は別だが、今は全面対決をする意味がない。


 嵐が過ぎ去った、と考える面々に対して、宗家の長女である千陣夕花梨ゆかりは、表情を崩さない。


 重遠が千陣家の血筋でない以上、彼女は本当の意味での長子だ。

 長子継承の中にも、男系、女系といった派閥があるのだが、今回はその説明を省く。


 夕花梨も、自分の戦場に立っているのだ。

 


 室矢家の正妻になっている詩央里は、その夕花梨に質問する。


「一番大きな問題があります。それは、『なぜ、千陣家の血縁ではない若さまが、長男として扱われていたのか?』です。若さまの素性を教えてください」


 目を閉じた夕花梨は、少しだけ思案する。

 次に、詩央里の顔を見据えた。


「分かりません。……私も、自分の派閥である氷雅莉ひがり家、杜ノ瀬もりのせ家、それに今は泰生たいせいの派閥に移ったひいらぎ家にも、頼みました。しかし、手掛かりすらない状態です」


 派閥は小なりとはいえ、日本を代表する流派の1つ、千陣流の宗家にいる夕花梨が、分からないと言った。

 真に迫った返答に対して、詩央里は、どう判断すれば? と悩む。


 先ほどの暴露ばくろで悪いと思ったのか、柚衣ゆいが説明を続ける。


「正確には、『十家の当主は知っているが、全員で口をつぐんでいる』という感じやな。たぶん、当主会で承認したが、その中でも具体的に知っているのは一部だ。次期当主ですら、知らんと思う。それで、ウチも独自に調べているけど、さっぱり分からへん」


 うなずいた夕花梨が、その推測を肯定する。


「ええ。私も当主会で聞いたけど、何の説明もなかった。事前に、お父様と十家の当主だけで話し合ったのだと思う」


 10個のくじがあって、その中に当たりが入っている。

 ただし、その印は見えない。


 ここで初めて、小坂部おさかべけいが口を開いた。


「私は杜ノ瀬家の当主と仲がいいけど、あの爺さんは白ね。そこまで重い話題の腹芸ができるタイプじゃないもの……」


 この女子会にいる全員は、その推理に納得した。

 最新アニメを見て号泣する爺さんが、宗家の家督争いの闇に触れているとは思えないから。


 夕花梨が改めて、自分の意見を言う。


「考えてみれば、『お兄様が大好き』とバレバレだった私には、警戒していたはず。私の派閥は、対象外にするべきですね。順当に、お父様、安倍あべ家、弓岐ゆぎ家、九条くじょう家かしら?」


 あとは、十家と言っても、他の下請けに過ぎません。


 身もふたもない台詞で、夕花梨は締めくくった。



 南乃詩央里も、自分の考えを述べる。


「私は、若さまと一緒に弓岐ゆぎ家を訪れた時に、当主の有宗ありむね様から、今の柚衣さんが話した陰謀を教えてもらいました。その時には、『お前は許せないだろう』という、ぼかした言い方でしたが……。今になって考えれば、有宗さまは、若さまの素性を知っているでしょう。でも、千陣流のバランサーとして、汚れ仕事も引き受けている立場上、死んでも言わないと思います」


 小坂部慧は、それを分析する。


「真実を知っているのは、私と夕花梨では話しにくい相手か……。やっぱり、父親に聞くことは無理なの?」


 家族の繋がりで、何とか宗家から聞けないか? と尋ねた慧に、夕花梨は首を横に振った。


「無理です。廃嫡されたとはいえ、千陣流の次期宗家が、素性不明の男だったことは、絶対に認められません。下手に問い詰めれば、娘の私も殺されてしまう……。柚衣! 戸籍や出生記録から、どうにか追えませんか? 現代日本で、完全に生まれを隠すのは、基本的に不可能です。ダミーでも、真実に近づく手掛かりになるはず」


 両手を上げた柚衣は、降参する。


「全く、出てこんわ! 役所と警察のほうで書類やデータを漁っているけど、欠片もない。特殊な任務に就いている部隊の個人情報でも、ここまで徹底せえへんちゅうぐらいや。隠蔽や消去した痕跡すらない! 母親と父親も、特定できてへん。ただし、千陣家の家系図はあるから、その血筋ではないことは証明できてる」



 詩央里は、真実を知っているであろう人物を見つめた。

 深海のように底知れぬ、青の瞳へと……。


 応じた少女は、少し考えた後で、口を開く。



「重遠は、間違いなく『普通の男』じゃ。千陣家とも、血の繋がりはない。それ以上は、知る必要がないだろう?」



 その発言をした室矢カレナは、全員から注目された。


 千陣夕花梨が代表して、質問する。


「どうして、お兄様は千陣家に引き取られ、長男にされたのですか?」

「お主が、自分で回答を言っただろう? 重遠の血を取り込むためだ。宗家の血縁者を狙わせないための、デコイでもあった」


「どうして、お兄様の器は大きかったのに、今まで霊力がなかったのですか?」

「さあな? 内部の回路が、上手く機能しておらんかったのだろう」


「どこの十家が、お兄様を千陣家の養子にしたので? お兄様は、どこの御方なのですか?」

「知らないほうがいい」


 とぼけた回答の連続で、珍しく夕花梨がイラついた。


「いい加減に――」

「なあ、夕花梨? 私は、お主に感謝しているのじゃ! 幼少期の重遠を全面的に守ってくれた。その献身がなければ、とっくに廃人か、墓の下だったろう。なればこそ、私は知らないほうがいいと思う。詩央里が『千陣流に復讐しない』と言った。お主も、待望の重遠の近くでの暮らしだ。千陣流でも、重遠は上位家の当主として、見直された。何の不満がある? そんなに秘密を暴かなければ、気が済まないか? 素性不明で、一度は千陣流が捨てた男の子供を産むことが、怖いか?」


 いきなり饒舌じょうぜつになったカレナに、誰もが返す言葉がない。


 どう返答するか? と思案する夕花梨。



 詩央里は、ストレートに尋ねる。


「いつ、教えてくれますか? それとも、死ぬまで考えないほうが、良いのですか?」


 重遠が抱えている闇。

 原作のある世界に転生してきたこと。


 少なくとも、本人はそう考えている。


 その事実を唯一知っている、原作のメインヒロインは、全知全能と言ってもいい存在に尋ねた。



 親友の詩央里に催促されたカレナは、しぶしぶ答える。


「重遠のメンタルが、心配だ。やはり、高校を卒業する時が最良だろう? そのタイミングで話せる分だけ、あるいは、私が『必要だ』と判断したら、説明する。今は、未来がブレすぎだ。リスクを取るべき場面でもない。……夕花梨、1つだけ教えてやる」


 ――この件には、操備そうび流が関係している



 その言葉で、夕花梨は意表を突かれた表情に。


 他のメンバーも、その意味を理解しようと、各々で思案する。



 ソファでくつろいでいたカレナは、自分のコーヒーを飲み、立ち上がった。


「下手に探れば、連中の抹殺部隊がやってくる。かなり面倒だぞ? ……焦る必要はない。重遠は、トラブルに好かれている男だ。じきに、操備流とも接触する。奴らが、重力砲を撃った重遠を放置するとは、思えんしな」


 そこまで述べたカレナは、柚衣を見た。


 千陣夕花梨が頷いたことで、柚衣は再び印を組む。

 結界は壊れた。


 それを確認したカレナは、リビングを去りながら、言い残す。


「今日の夕飯は、別々で食べるのじゃ。どうせ、重遠と明夜音あやねは良い雰囲気だろうからな……」



 ◇ ◇ ◇



 エントランスにあるラウンジから、悠月ゆづき明夜音の自宅へ移動した。


 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館には、俺たちだけ。

 部外者がいないから、気楽なものだ。

 深夜でも、安全な内廊下を歩くだけで済む。



 途中で、スマホに “夕飯は自由” とあって、明夜音が腕を振るった。

 ハーブソルトと野菜を使ったブリのソテーなどのイタリアンが、食卓に並ぶ。

 初夜の作法を守るため、明夜音はデザートにならない。


 それを一緒に食べながら、彼女に尋ねる。


「ラボには、お前の親友が来ているのか……」


「ええ! 正直、マッドサイエンティストだから、紹介したくないのですが……。どうせ、あなたを招いた時に限って、遊びに来るでしょう。先に言っておきます」


 その後で明夜音から教えられた名前は、聞き覚えがあるものだった。


 マキナ第一研究所の主席研究員、佐伯さえき緋奈ひなか……。



 緋奈は、明夜音より2歳だけ年上でありながら、革新的な技術をいくつも提案した天才。


 研究者の中でも、周囲を気にしないタイプだな。

 いわゆる閃くことから、理系でありながらも、直感に頼ることが多い。


 主席研究員は、所長クラス。

 ライン外で動いていて、特別扱いだ。

 しかし、年齢が年齢だけに、部下はいない。



 操備流は、メカニカル、バイオによる兵器化。

 禁忌とされる分野を扱い、異能を研究開発に使っている。


 並列思考、分割思考、加速思考、拡大演算、仮想領域と、独自の路線を辿っているのだ。

 肉体の強化ではなく、思考を強化。


 彼らは独自に動いているので、何の縛りもない。

 研究成果の一部は社会に出ているが、物理法則が通じない物体を保管しているとか何とか……。



 いよいよ、四大流派の最後のヒロインが出てきたか……。



 悠月明夜音のスマホで、佐伯緋奈の画像を見た俺は、ひんやりとした寒気を感じた。


 明るい紫色のロングは、無頓着。

 ウサ耳のヘアバンド・ターバンでまとめていて、元気がある感じだ。

 これが様になるとは、すごいな……。


 髪の色に合わせたような、紫の瞳。

 可愛らしさを残しつつも、研究者らしい、知的な雰囲気を併せ持つ。


 胸の大きさは、後ろから見た時で、彼女の横から見えそうなぐらい。

 つまり、巨乳だ。


 このヒロインを選んだ場合は、ホラー色が濃くなるはずだ。

 サイボーグのような、SFっぽい敵も……。



「こいつ、何をやっているんだ?」

「全体的にどうしても強度不足で、解決策が思い浮かばず、ひたすらに踊っていたそうです」


『ニャーニャーニャー! ニャニャニャ―!』

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