第400話 千陣流の女子会で語られる「千陣重遠」の秘密ー④

 柚衣ゆいは、乱入した九条くじょう和眞かずまに、質問する。


「何で、あんたが、そこまでする!? いくら隊長を務めている、十家の次期当主でも、当主会の決定に逆らえば、タダでは済まへんで?」


 かぶりを振った和眞は、柚衣の顔を見ながら、答える。


「すまないが、理由は言えない。……白紙にすることは、難しいだろう。次期宗家を鍛える意味で、君が重遠しげとおさまを指導してくれ。そうだな……。ここでは南乃みなみのくんとねやを共にできないだろうし、今後はそういった誘惑も増える。そちらも、慣れさせてくれ。むろん、体術、武器術も。立会人として、ウチから1人つける。……さざなみくん?」


 その呼びかけで、武道場の入口だった部分から、1人の少女が入ってきた。

 巫女のような、はかま姿だ。


 漣莉緒りおは、和眞の少し後ろで、立ち止まった。


「はい。お呼びでしょうか、九条隊長?」


「ウチの代表者として、重遠さまの訓練を見届けてくれ。君にしか頼めないことだ。……では、僕は十家の当主に会ってくる」


 かしこまりました、と返事をした莉緒を見た和眞は、柚衣たちに背を向けた。


 元武道場の外へ出た後で、瞬間移動のように、姿が消える。



 困惑する柚衣と、卯月うづき水無月みなづきに対して、残った莉緒はペコリと頭を下げた。


「私は九条隊の五番、漣莉緒と申します。僭越せんえつですが、重遠さまの治療をさせてください。見たところ、完全に骨が折れています。回復の巫術ふじゅつを使えますから……」


 油断させたところで、重遠を暗殺する気か? と危惧したが、激痛で低くうなり続けている彼は、見るにえない。


 卯月と水無月は、この場にいるリーダーとして、柚衣の様子をうかがう。



 柚衣は、指で髪の毛をいてから、決断する。


「勝手にせえ! ただし、下手なことをしたら、あんたの手足をもらうわ!」


 こくりとうなずいた莉緒は、摺り足で歩み寄り、袴のすそさばく。

 巫女のような服装のわりに、両足で分かれている、馬乗り袴だ。


 所作も、帯刀している武士と同じ。


 即座に対応できる姿勢のままで片膝を突き、左手で内側から左右にポンポンと袴の裾を払い、そのまま正座。

 片手で行うのは、右手に大刀をさやごと持っているから。


 ただし、今の莉緒は、丸腰だ。


 無刀の場合は、座りながら両手を使い、同時に裾をまとめる方法もある。

 だが、そちらを好まないようだ。

 右手をフリーにしておくことで、攻撃する手段があるのかもしれない。


 正座をした彼女は、自分のふところから、御札を何枚か取り出した。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


 過去のエピソードを話した柚衣は、いったん周囲を見た。


 予想通りに、南乃みなみの詩央里しおりは、顔面蒼白だ。

 かすれた声で、質問する。


「……それで、どうなったのですか?」


 柚衣は、あっさりと答える。


「結論を言うと、重遠はウチらが鍛えた。和眞はその日のうちに話をつけて、九条隊の莉緒だけが立ち会ったわけや……」


 そこで、桜帆さほが口を挟む。


「おかしな話よね。いくら隊長でも、決定済みの当主会を動かしたのよ? それも、いきなり十家の屋敷に押しかけて……。柚衣は立会人をビビらせて、言いなりにさせることで、何とか十家の当主に誤魔化そうと、苦肉の策をしたのに」


 すいも、不思議そうに首をかしげる。


「その時の九条隊には、長期の遠征任務がありました。どうして、九条隊長が、千陣せんじん流の本拠地に残っていたのか……」


 あまりに、不可解だ。

 九条和眞は穏やかで、そのような行動をする人間ではない。

 しかも、強引に介入したのに、何の御咎おとがめもなし。



 情報不足のまま、全員で考え込む。



 その時、南乃詩央里は、重大なことに気づいた。


「ところで……。九条隊長は、若さまの閨の練習もするように、ご指示されたそうですが……」


 まさか、そんな訳ないですよね?


 信じて見つめる詩央里に対して、卯月と皐月さつきは目を逸らした。



 桜帆と翠は、苦笑い。


「まあ、当主会の決定だったし……」

「なのです」


 私たちは、無関係だから。と予防線を張った2人は、我関せず。



 錆びついたロボットのように首を動かした詩央里は、幼馴染にして親友を見た。


 すると、琥珀こはく色の目を輝かせた千陣夕花梨ゆかりは、笑顔で述べる。



 ――睦月むつきたちを6人ぐらい同時にさせてみたけど、ポジションに困ったわ



 それに対して、夕花梨シリーズも、口々に感想を言う。


「感触だけで当てさせたけど、全然外れていたよね?」

「声を出すと、すぐにバレたけど」

「耐久レースも、やったっけ」

「懐かしい」

「重遠には、全員攻略のトロフィーをあげよう」


 夕花梨は参加しなかったものの、夕花梨シリーズは盛り上がったようだ。


 目のハイライトを失った詩央里に、柚衣がポンと肩を叩いた。


「元気だしィ! ウチらが重遠を守ったから、今の幸せがあるんやで!」


 通常モードになった詩央里は、無理に笑顔を作った。


「そ、そうですよね! ありがとうございます、柚衣――」

「楽しかったでー? 『詩央里に悪いから』と言うてる重遠をウチの胸で夢中にさせるのは! しまいには、吸い付いたまま、離れへんし」


 若さまの巨乳好きは、主にこの女狐のせい。


 真実を知った詩央里は、無言になった。

 そして、柚衣にこぶしを叩きつける。


 常人なら頭が破裂する威力とあって、大きな音が響く。

 しかし、相殺そうさいする形で合わせた手の平で、あっさりと受け止められた。


「お? 組手するか? ええでー!」


 ブンブンと振り回される拳に、柚衣は歩くように避けるか、受け流す。

 わめく詩央里を完全にあしらっている。



 傍観者になった桜帆は、隣の翠に話しかける。


「九条隊の莉緒は、最後まで見届け人だったわね? 私たちが臨戦態勢でいたのが、バカみたい……」


 首肯した翠も、不思議がる。


「てっきり、『油断したところで仕掛けてくる』と思ったのですが……。九条隊長も、何を考えているやら……」


 しばらく話し込んでいたら、周りは静かに。

 2人は、暴れていた詩央里のほうを見る。


 そこには、ゼーゼーと息を吐く彼女の姿があった。

 柚衣は、無傷だ。




 微妙な雰囲気になったリビングで、再び座った。


 この女子会の幹事である千陣夕花梨が、話を戻す。


「とにかく、お兄様は詩央里が知らない間で、精子タンクにされかけました。その謀略は、柚衣が説明した経緯で御破算になったものの、千陣流の当主会が正式に決議した結果です。その前提で、詩央里に問います。あなたは、千陣流に復讐を望みますか? ただし、一度始めれば、もう後戻りはできません。その覚悟だけは、持ってください」


 急に決断を迫られた南乃詩央里は、あごに手を当てた。


 仮にも、千陣流の宗家にいる長女からの質問だ。

 返答を間違えれば、何が起きてもおかしくない。


 顔を上げて、夕花梨に問う。


「今ここで、結論を出す必要がありますか?」


「はい。出せないようなら、それは中途半端な決意です。後から誰に言われても、私は千陣流への復讐に反対します。逆に、詩央里がここで決めるのなら、私は最期まで、それに付き合いますよ?」


 夕花梨は、お兄様に相談せず、自分の責任で決めろ。と言っている。


 本人に復讐する気があれば、とっくに夕花梨を抱き込む、あるいは、室矢むろやカレナに相談している。


 正妻である私の耳にも入るだろう。

 少なくとも、カレナは事前に教えてくれるはず……。


 私が、若さまを謀殺されかけた事実を許せるのか、許せないのか。

 それは、千陣流を滅ぼすほど、なのか……。



 悩んだ詩央里は、夕花梨に質問する。


「若さまは、あなたに『千陣流、または特定の十家に復讐したいから、力を貸せ』と言っていないのですね?」


「ええ。それは、何もうかがっておりません。……その場合は、千陣家の長女である私におっしゃらないでしょう。お兄様は、私をだいぶ警戒していますから」



 南乃詩央里は、自分で用意した紅茶を一気に飲み、立ち上がった。


「コーヒーを淹れます。他に、欲しい方は?」



 時間稼ぎとして、コーヒー豆をミルに入れ、ゴリゴリとく。


 詩央里は、手で回す行為を気に入っているのだ。

 沸かしたお湯でドリップしつつも、その香りを楽しむ。



 新しいお菓子を添えて、希望者の前にコーヒーカップを置いていく。

 最後に、自分の前に置いた詩央里は、再びソファに座った。


 全員が注目する中で、彼女はコーヒーを一口だけ飲んでから、改めて結論を言う。


「その件で千陣流に復讐をする気は、ありません。私の感情としては、賛成した十家と実行者に報復をしたいです。けれども、婚約者の私と初夜をしたことで、その謀略が行われました。今まで気づけなかったことを含めて、私の責任も重大だと思います」


 ホッとする面々だが、千陣夕花梨は張り詰めた雰囲気のままだ。


「結論は、分かりました。でも、あなたの考えを知っておきたいです。ここからは区切りがなくてもいいから、率直に話してください。その代わり、あなたの質問にも答えましょう」


 コーヒーカップを置いた詩央里は、口を開く。


「そうですね。こんな機会は、二度もないでしょうし。では――」

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