第398話 千陣流の女子会で語られる「千陣重遠」の秘密ー②

 その日、柚衣ゆいは弟子2人、桜帆さほすいを引き連れていた。


 人化した妖怪のため、千陣せんじん家であろうと構わず、遊びに来る。

 千陣夕花梨ゆかりと仲が良く、その関係で重遠しげとお揶揄からかうことも多い。


 巫女服にも似た、はかま姿。

 その角帯かくおびに刀を差したままで、柚衣たちは千陣家の中庭に飛び降りようと――


「……何で、あいつがココにおる?」


 足場にしているかわら屋根で、珍しい妖怪の気配を感じた。


 次々に飛び跳ねて、武家屋敷に挟まれた道路を歩いていた女の傍に着地する。

 ザザッと雪駄せったの底を削り、停止。


「久しぶりやな、美耶みや? あんた、こんなとこを歩いとったら、叱られるでー? それに、若作りして、どないした?」


 長い黒髪をなびかせた美少女は、外見だけなら女子中学生ぐらいだ。

 街で歩いていそうな、普通の私服。


 その美耶は、いきなり上から降ってきた柚衣に驚いたものの、切れ長の紫の瞳で見ながら、質問に答える。


「女子高生の姿のお前にだけは、言われたくない。わらわは、これから使命を果たさなければならん。構って欲しければ、他を当たれ」


「ほう?」


 疑問を含んだ声を上げた柚衣は、ジャンプした時からさやに添えていた左手の親指で、静かに鯉口こいくちを切った。

 鞘から離れたつばと、刀身まで繋がるはばきの金属の光が見える。


 右手をつかの上に添えながら、柚衣は尋ねる。


「誰や? 誰が命じて、誰をやる?」


「言えん。……千陣家の重遠さまの夜伽よとぎ。それを当主会の決定として、命じられたのだ。妾は急ぐから、もう退いてくれ」


 一度は断った美耶だが、右手で日本刀の柄を握った柚衣を見て、根負けした。

 だが、柚衣はしつこく訊ねる。


「責任者が、おるはず。どこの十家や?」


「いい加減にしろ! いくらお前でも、これ以上は――」


 柚衣の柄頭つかがしらは、美耶ののどを向いたままだったが、今は切っ先まで見えていた。

 静かに抜刀した彼女は、その刃を美耶の首元に添える。


「言え。さもなかったら、当主会をかたった罪で、ウチが首をねる」


 目の動きだけで柚衣を見たら、キツネと同じ縦長の瞳孔だった。


 彼女が本気であると悟った美耶は、震えながら答える。


「ひ、ひいらぎ家だ。そこの当主に聞け……」


 スッと刃を外した柚衣は、ゆっくりと納刀した後で、命令する。


「こいつを見張っとけ。動いたら、殺せ」


 次の瞬間、柚衣が何かをしたことで、ネコの鳴き声がとどろく。



『ニャァアアアアアアアアアン!!』



 思わず耳を塞いだ美耶が我に返ったら、目の前の柚衣は消えていた。

 妖力で身体強化をした後で高速移動、のようだ。


 ホッとした美耶が、歩き出そうとしたら――


「少しでも動いたら、斬るわよ?」

「ちょうど、一刀両断の練習をしたかったのです」


 いつの間にか現れた桜帆と翠が、同じく袴姿で、角帯に差している小太刀こだちに両手をかけている。


 ちょうど、自分を対角線上に挟み、摺り足で初動を潰してくる。


 いつでも抜刀できる2人に囲まれ、美耶は途方に暮れた。




 柊家の屋敷に辿り着いた柚衣は、飛び降りて、縁側えんがわから部屋に入る。

 障子は、ダンッと勢いよく開けられた。

 

 呆れた様子で老婆――当主の柊百音ももね――が、思わぬ珍客を見た。


 地味だが、仕立ての良い服装。

 床の間で文机ふづくえに向かっているため、事務仕事の最中だったようだ。


「誰かと思えば、柚衣か……。よい。お主らは下がれ」


 駆けつけた警護に声をかけた百音は、ノートパソコンの表計算ソフトを待機モードにした。


 それに対して、柚衣は刀を鞘ごと外した後で、どっかりと腰を下ろす。


 刃を自分に向けたまま、右側に置いての胡坐あぐらだ。

 一応、攻撃する意思はない、と示している。


の美耶を見かけて、『当主会の決定で、重遠の夜伽を命じられた』と聞いた。ほんまか?」


 正座のままで柚衣に向き直った老婆は、うなずいた。


「その通りだ。私は良い気がしなかったが、他の十家に反対できんかったわ」


「一番弱い立場のあんたは、憎まれ役まで押しつけられたか……」


 柚衣がボソリと言ったことに、老婆は何も言わなかった。



 美耶は、傾国の美女と言いたくなるほど、美しい。

 けれども、彼女の役割は、男を骨抜きにすることだ。

 その性技によって……。


 多様性を認めている千陣流でも、その特徴から忌避きひされている。

 だから、人の心を読む沙都梨さとりと同じく、自主的に閉じ籠っているのだ。


 十家の武家屋敷が立ち並ぶ、この中枢エリアを歩いている時点で、十分に異常事態。



 重遠は、婚約者の南乃みなみの詩央里しおりと、初夜を迎えた。


 この時点で、彼女を泰生の婚約者に切り替えることは難しい。

 次期宗家の候補者に対して、傷物を宛てがうのはマズいのだ。

 伝統ある作法を否定することも、無視できない。


 ここで問題になったのは、千陣流を動かしている当主会を無視したこと。


 いくら次期宗家の筆頭でも、千陣重遠は霊力ゼロで、式神と契約できない。

 長男だから、無理やりに生かしているだけ。


 まさに、欠陥品だ。

 そのような弱者にナメられたままでは、誰も当主会に従わなくなる。



 仮にも次期宗家として扱い、守ってきた恩を忘れて、仇で返した。


 保守派の怒りは、凄まじかった。


 すぐに支払える金や利権を惜しまず、他の十家を説得して、態勢を整える。

 当主会で決議することで、重遠の排除を決めたのだ。


 長子継承派も、千陣家を繋いでいく子供がいれば、それで文句はない。

 南乃家は反対したが、多勢に無勢。



 一度でも美耶の相手をすれば、霊力がない非能力者と同じ重遠は終わる。


 彼女は、その技能に全振りだ。

 男の全てを知り尽し、心まで屈服させる。



 柚衣は、返事を期待せずに独白する。


虚仮こけにされた腹いせで、『そんなに女とヤリたいのなら、射精するしか頭にない猿として飼ってやる』ということやな……」


 精神的に不安定すぎる重遠を調教するのは、赤子の手をひねるよりも容易い。

 当主会の決定と言われれば、24時間の護衛をしている夕花梨シリーズも、道を譲るだけ。


 たとえ次期宗家でも、当主会の決定に逆らえば、このような末路になる。という見せしめ。

 扱いに困っていた重遠も、穏便に排除できる。

 良いこと尽くめだ。


 息を吐いた柚衣は、自分の考えを言う。


「表向きには、『次期宗家として、ねやの技術を高める』『早く子供を儲けられるように』か……。その間に、『次期宗家としてあるまじき、妖怪との色に耽溺たんできした』という絵図やな」


 そもそも、宗家は、閨の訓練を妖怪としない。

 籠絡されるリスクを排除することが、当たり前。


 まして、美耶の体液は強力な媚薬、興奮剤だ。

 技術どころの騒ぎではない。



 柊家は、神社と縁がある御家。

 そのような存在を滅するほうだ。


 いくら千陣流の中心にいる十家でも、次期宗家に奸計かんけいを仕掛ければ、後々に響いてくる。

 その関係で、最も新参者の柊家が、千陣重遠を廃人にする責任者にされた。


 柚衣は、老婆に提案する。


「当主会の決定は、くつがえせない。でも、あんたが責任者なら、指導役を変えるぐらいは可能やろ? ウチに変えて欲しい。夕花梨のところの式神たちも、協力してくれるだろうし」


 ふむ、と唸った老婆は、腕を組んだ。


 やがて、柚衣を見る。


「私も、気に食わんとは思っていた。しかし、立会人はつくぞ? ヤッた振りをして誤魔化すことはできん」


「それでええわ! 美耶には帰らせるから、重遠の夜伽はウチで決まりやな?」


 ああ、それで良い。という返事を聞いた柚衣は、すぐに縁側から出て、空高く舞い上がった。

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