第397話 千陣流の女子会で語られる「千陣重遠」の秘密ー①

 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館のラウンジで、室矢むろや重遠しげとお悠月ゆづき明夜音あやねの2人がイチャイチャしている時。


 ようやく引越しが終わった南乃みなみの詩央里しおりの物件に、千陣せんじん流の関係者が集まっていた。



【室矢家】


 正妻: 南乃詩央里

 重遠の式神: 室矢カレナ

 同: 小坂部おさかべけい(夕花梨についている)


【室矢家の寄子よりこ


 多羅尾たらお早姫さき


【千陣家】


 長女: 千陣夕花梨ゆかり

 夕花梨の式神: 卯月うづき皐月さつき


【千陣流のぎつね


 柚衣ゆい

 桜帆さほ

 すい



 3LDKのため、前のディリース長鵜おさうと比べて、余裕がある。


 リビングで思い思いに陣取り、この会合を言い出した千陣夕花梨は問う。


「柚衣! どうですか?」


 言われた当人は、両手で印を組んでは、小さくつぶやいている。




 ――数分後


「はい。もう、ええでー! このリビングに結界を張ったから、盗聴はできんわ。少なくとも、壊されれば、すぐに分かる」


 うなずいた千陣夕花梨は、本題に入る。


「今回は、お兄様に関する、重大な話です。ゆえに、他流の人間は入れません。勝悟しょうごは室矢家の寄子ですが、早姫さきに教えれば十分なため、除外しました。カレナについては、お兄様の式神で、ご本人と詩央里が信用していることから、例外的に扱います」


 全員が、頷いた。


「今から話すことは、絶対に漏らしてはなりません。いいですね?」


 夕花梨の念押しに、全員が神妙な顔に。


 そこで、彼女は口を開いた。



 ――お兄様……。室矢重遠は、千陣家と全く血が繋がっていません



 これまでの前提を全て打ち消す、衝撃的な事実だ。

 普通に考えれば、たちの悪い冗談、と思うところ。


 しかし、この場にいる女たちは、険しい顔ばかり。



 たまりかねた詩央里は、再確認する。


「あの……。事前に説明は受けましたが、本当なのですか?」


 癒し系の女子高生という外見をした柚衣が、のんびりと答える。


「他ならぬ長子継承派が、その大前提をくつがえしているのだから、信じられへんのも、無理はないけど……。前に、『長子継承派を信用するな!』と言った理由は、これや」


 逆に言えば、保守派の筆頭が行っているからこそ、誰も疑わない。



 柚衣は、次にカレナを見た。


「やっぱり、あんたは驚かへんのやな?」

「知っていたのじゃ。それよりも、続きを話そう」


 頷いた夕花梨は、具体的に述べる。


「この場にいる全員が承知と踏まえて、話を先に進めましょう。第一に、お兄様にこの事実を教える役目は、私となります。第二に、私はお兄様……重遠さんとの子供を作るために、上京しました。これは当主会の決議で、並びにお父様からの命令です。正確には、『室矢重遠を繋ぎ止めるための深いくさびとなれ』ですけど」


 そこで、詩央里が続ける。


「私が正妻でいることを条件に、夕花梨を認めました。ゆえに、御宗家ごそうけと当主会の命令であろうとも、子供を作るタイミングなどは、私の領分です。構いませんね?」


 上品に同意した夕花梨は、嬉しそうに告げる。


「ええ、もちろん! 私は室矢家の側室になるのだから、正妻の指示に従うわ!」


 詩央里では話しにくい、と判断したカレナが、訊ねる。


「いざとなれば、千陣流と戦争になるぞ? その覚悟はあるのか?」


 カレナを見た夕花梨は、首肯した。


「それは、覚悟の上です。千陣流はこれまで、お兄様を暗殺するために、数々の行動をしてきました。今になって『副隊長の実力がある』と認めて、十家の要人が態度を改めようが、それで済むわけがありません。……それは、分かるでしょう?」


 おずおずと頷いた詩央里は、夕花梨の顔を見る。


「はい……」



 全員を見回した夕花梨は、話を続ける。


「むしろ、まだ千陣流に報復していないのが、不思議なぐらいよ? こうやって真牙しんが流の重鎮である悠月家の庇護を受ける形になり、魔法師マギクスとしての活動実績もできた。桜技おうぎ流からも『刀侍とじ』の称号を得て、歴代でも随一と称される筆頭巫女、天沢あまさわ咲莉菜さりなの覚えもめでたい。現首相とも、個人的に話せる関係……。私が当主会でお父様に指示されてから、事態はさらに逼迫ひっぱくしました。式神の如月きさらぎたちを代理人にして、詩央里に催促することで、ようやく許可が下りた次第です」


 ここで、カレナが再び質問する。


「虫がいい話だな。重遠の血だけ、受け取る? 夏にわく蚊と、どう違うのじゃ? そもそも、だろう? さも『自分は理解者です』と言うのは、止めろ! お主も、その暗殺を仕掛けていた千陣流の宗家の一員だ。さんざん、重遠をデコイにしておいて……」


 その挑発に、夕花梨の式神である卯月、皐月が、血相を変えた。

 しかし、主人からの制止で、攻撃をやめる。


 二呼吸を置いた夕花梨は、カレナの顔を見た。


「千陣家の者の首は、私が落とします。あるいは、室矢重遠を最後まで守って、散りましょう。……それでも、足りませんか?」


 千陣流との戦争になれば、自分の家族を殺す。

 負け戦の場合は、自分の家族に命乞いせず、室矢家の当主のためにじゅんずる。


 端的に述べた夕花梨の顔を見たカレナは、ただ一言だけ返す。


「……その言葉、忘れるなよ?」


 物騒な会話に、詩央里は口を挟めない。


 戸惑っている彼女に対して、夕花梨が説明する。


「要するに、どう転んでも良いのです。室矢重遠が千陣流を滅ぼしても、私とあなたがいれば、その子供が新しい千陣流をおこします。逆に、室矢家が滅ぼされても、千陣家の泰生たいせいや、残った十家が続けます。どちらもダメなら、もう千陣流が必要とされなかっただけのこと」



 ――嫁いだ御家と運命を共にするのが、武家の娘の習いです



 そう締めくくった千陣夕花梨に、詩央里は返す言葉もなかった。


 原作の主人公だった、鍛治川かじかわ航基こうき

 彼のように、自分の思い込みだけで突き進むのとは違う、大勢の上に立つことでの覚悟。


 大切にするべき自分自身すら、そのパーツの1つにする。

 結局のところ、宗家になるとは、の彼には納得できない世界だ。



 ふうっと息を吐いたカレナは、さっきまでの剣呑な雰囲気を引っ込めた。


「詩央里。おかしいとは、思っていただろう? 長子継承派は、その生まれの順番や性別で、ほぼ無条件に決める。何があっても、重遠を千陣流の本拠地から出すわけがないのじゃ」


「え、ええ……。それは、東京に来た時から、ずっと疑問に思っていました。プレッシャーや監視の目がない場所で、若さまと2人きりにさせて、子供を作らせるのが狙いかな? と考えていたのですが……。避妊だけは、念入りに気をつけていましたよ。お世継ぎができたら、すぐに若さまが処分されると思って……」


 黙っていた柚衣が、口を挟む。


「その件やけどな? 詩央里に黙っていたことがあるんや……。聞くか? 気分が悪くなる話だから、無理強いはせんけど」



 ――お主も、重遠がされたことを知れば、激怒しよう



 弓岐ゆぎ家の当主、有宗ありむねさまがおっしゃっていたことだ。


 くちびるを噛みしめた詩央里は、顔を上げる。


「聞きます。話してください……」


 ふーっと息を吐いた柚衣は、思い出しながら、その時のことを話す。


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


 千陣家にいた頃の、重遠。

 中学生となれば、性も覚える。


 妹の千陣夕花梨の手筈で、次期宗家の重遠と、南乃詩央里が、初夜を迎えた。

 正式に婚約しているものの、十家による当主会の承認を得ないままでの行為。


 京都にある、千陣流の本拠地は、にわかに慌ただしくなる。

 ちょうど、詩央里を次男の泰生たいせいの婚約者に変えるかどうか? で協議していた時だった。


 常に夕花梨シリーズが3体も張り付いているため、重遠に手を出せない。

 ゆえに、反対派は正当な手続きを行い、を選んだ。

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