第396話 この妹には冗談が通じないから、取扱注意!

 秋は、新米が美味しい季節。


 そんな折に、実妹の千陣せんじん夕花梨ゆかりがやってきた。

 京都の屋敷で、高級ブランドの下着を見せつけられて以来だ。



 ひとまず、エントランスにあるラウンジで、話し合う。

 対談に向いているソファ一式があるから、ちょうど良い。


 まだ正式に紹介すると決まったわけではないため、婚約者の南乃みなみの詩央里しおり、義妹の室矢むろやカレナ、このWUMレジデンス平河ひらかわ1番館の責任者である悠月ゆづき明夜音あやねだけ。


 護衛の夕花梨シリーズは、綺麗に並んだまま、少し離れた位置で立っている。

 小坂部おさかべけいも、一緒だ。


 てっきり、室矢家に紹介してくれる人物の付き添いか、と思ったのだが――


 俺の目の前で、千陣夕花梨が自分を指差している。



 え?



「夕花梨。お前は、千陣家の後継者候補だろ? こちらに来て、いいのか?」


 それに対して、彼女はかしこまった様子で、ふところから手紙を取り出した。

 如月きさらぎが受け取り、俺に運んでくる。


 親父からの手紙だ。

 ふむふむ……。


 高校卒業まで千陣家の屋敷から所払ところばらいのため、夕花梨を室矢家に預ける。

 理由は、無断でベルス女学校へ式神を派遣して、戦闘させたこと。

 お前も関係しているのだから、責任を取れ、か……。


 そっちの話もあったな。

 自分のことばかりで、すっかり忘れていた。


 手紙を横に座っている南乃詩央里へ渡した後で、対面の夕花梨に話しかける。


「千陣流の当主会の決定とはな……。大丈夫か?」


「はい。お兄様と詩央里に、必要なことをお伝えします」



 夕花梨の連絡事項は、以下の通り。


 ・他流との戦闘で、夕花梨は千陣家の後継者から外れた

 ・紫苑しおん学園の中等部(通信制)に転校した

 ・同 茶道部に、強制入部させられた

 ・東京で生活する拠点として、この物件に入居する


 最後に、彼女は話をまとめる。


「申し訳ありませんが、私の式神は12体います。1物件3人で、4つ。私と慧を含めて、6つの物件をもらいたく存じます。無理ならば、適当に押し込めますが……」


 俺は、詩央里の顔を見た。


「はい。その件は、明夜音に確認済みです。まだ余裕があるため、独断で認めました。若さまがご不満ならば、すぐに変更いたしますが?」


「それでいい。諸々もろもろの手配は、大丈夫だな?」


 うなずいた詩央里は、問題ありません、と返してきた。


 そこで、夕花梨が俺のほうを見た。


「忘れないうちに、お伝えしておきます。ウチの十家であるひいらぎ家ですが、一度お兄様にご相談したいと……」


 首をひねった俺は、夕花梨に聞き返す。


「は? 柊家って、お前から泰生たいせい派に移っただろ? 何で、俺のところに来るんだよ!?」


 珍しく困った顔になった夕花梨は、うーん、と可愛く悩みつつ、返答する。


「あのですね……。今でこそ柊家は千陣流にいますが、昔は代々の神職、つまり神社の系統です。桜技おうぎ流の名家でしたが、そこで居づらくなったから、円満な形で移転してきました」


 俺と詩央里が並んで首を傾けていたら、夕花梨が追加説明を行う。


「桜技流は、御刀おかたなよこしまなるものをはらいます。しかし、巫術ふじゅつによる流派もあったのです」


 ポンと手を叩いた俺は、巫術の御札があったな! と納得した。


「ああ! 俺が前に使っていた御札は、柊家が作ってくれたのか?」


 微笑んだ夕花梨は、肯定する。


「ご明察の通りです。その時は私の派閥で、無理を言って、用意させました。……桜技流は、警察の1管区です。その関係で少しずつ、過剰な攻撃と見なされる巫術が、軽く扱われることに。巫術の大家たいかである柊家は、御刀による剣術が苦手で、どんどん居場所を失っていったのです。結局、相談された千陣家が受け入れることで、解決しました。今の担当者は私で、桜技流とのコネクションを持っています。前に、『演舞巫女えんぶみこ2人を引き取りましょうか?』と申し上げて、夏の御前演舞で会場にいたのは、そういうわけです」


 疑問に思った俺は、質問する。


「秘術の流出は、問題なかったのか? それに、大恩ある、お前を裏切ったんだろ?」


「ウチは式神使いだから、巫術に興味を持ちません。柊家が泰生の派閥に鞍替えしたのは、後継者を弟に一本化させるためです。当主会で単独可決できないと、安倍あべ家が五月蠅いですからね。事前に柊家の当主から話を聞いて、了承しました」


 面倒臭い話だな。

 でも、俺が力をつけたわけだし、夕花梨が合流するとなれば、他の連中も納得させる必要があるか……。


 おっと、本題に戻らないと!


「柊家は、俺に何の用だ?」


「知りません。私は先触れとして、お兄様が『話を聞く気があるのか?』を確かめるだけです。本来は、こんな役目を引き受けませんが、柊家には無理を言ってきましたから……」


 夕花梨の返事に、俺は溜息を吐いた。



 これ、絶対に面倒なやつだ。

 しかし、寝ると筆頭巫女の天沢あまさわ咲莉菜さりなが出てきて、なのでー! と言い続ける。


 逃げられないから、早めに話を聞いたほうがいいか。

 内容を確認して、俺がコントロールするべきだ。



「話を聞こう。ただし、ここまで足を運ぶ気があれば、だ」


「はい。そのように、伝えます」


 返事をした夕花梨は、まるで侍従のように、うやうやしくお辞儀をした。




 俺との話を終えた千陣夕花梨は、スーッと悠月明夜音を見た。


「な、何でしょう?」


 少し怯えた彼女に、夕花梨はニッコリと微笑んだ。


「ところで、悠月さん? このレジデンスをご用意していただいたことには感謝しますが、歓迎パーティーで招いた山科やましな家の無礼はどういう了見ですか? 私は、千陣流に対する、真牙しんが流や悠月家の宣戦布告と考えておりますが……」


 そういえば、会場には睦月むつき如月きさらぎ弥生やよいもいたな。

 夕花梨の式神だから、全て筒抜けだ。


 千陣流の宗家の娘が言ったことで、明夜音はすぐに反応する。


「その件は、誠に申し訳ございません! 決して千陣流への敵対行為ではなく、すでに山科家には、『理由を問わず、次に室矢家とその寄子よりこに接触したら処分する』と通達済みです。室矢家の身元引受人をさせる叔父様おじさまは、その役割上、お目汚しをする場合もございます。何卒ご容赦くださいますよう、伏してお願い申し上げます!」


 ソファから立ち上がり、深々と頭を下げたままの明夜音。


 ふむ、と考え込んだ夕花梨は、1つの提案をする。


「そうですね。私に、『山科家の扱いを一任する』と言うのなら――」

「夕花梨。その辺にしておけ! 室矢家の当主である俺も、明夜音が言った条件で納得したんだ」


 俺が言ったら、夕花梨は袖から扇子を取り出した。

 閉じたままで回し、少しだけの開閉を繰り返す。


 どうやら、思考のリズムを取っているようだ。


 やがて、パチンッ! と閉じた。


「正直、すぐに山科家を処分したいのですけどね? お兄様がそこまでおっしゃるのなら、今回は引きましょう」


 ピタッと扇子を止めた夕花梨は、袖に仕舞い、テーブル上のお菓子に手をつけた。

 上品な仕草で、やけ食いを始める。



 広いラウンジに、呼び出し音が鳴り響いた。

 南乃詩央里が立ち上がり、端末へ向かう。


 壁にある端末で話していた詩央里は、俺を手招きする。

 彼女の傍に行ったら、小声で話しかけられた。


柚衣ゆいさんが、正面玄関に来ています。若さまが、呼びましたか?」

「いや、そんな覚えはないぞ」


 すると、離れている千陣夕花梨が、大きな声で告げてくる。


「柚衣なら、私の関係ですよ?」


 それを聞いた詩央里は、中へ入れるように告げて、内線を切った。


 涙目になっている悠月明夜音に構わず、夕花梨は呼びかける。


「大事な話があります。詩央里とカレナ、慧は、一緒に来てください」


 呼ばれた人間が立ち上がり、去っていく一方で、グスグスと泣いている明夜音が取り残された。


 柚衣たちは、俺と彼女の様子を見て、会釈しただけで通り過ぎた。

 客人を案内したコンシェルジュの女も、見て見ぬ振り。


 立ち去る詩央里から、明夜音のフォローをお願いします、と告げられる。

 言われなくても、そのつもりだ。




 静かになった空間は、2人だけ。

 悠月明夜音の隣に座って、優しく話しかける。


「お前は、そんなつもりじゃなかったものな?」

「はい゛」


 彼女の手の甲に重ねて、さらに話す。


「明夜音は、頑張っているよ。まだ初夜じゃないけど、このまま2人で、ゆっくり過ごそうか?」

「はい……」


 ポスッと身体を預けてきたから、座ったままで抱きしめる。

 力が抜けたことで、明夜音は俺の膝の上に、頭を載せた。


 年下だが、夕花梨は『千陣流の名代みょうだい』と言ってもいい立場。

 自分のミスで戦争になりかけて、よっぽど怖かったようだ。


 指でほおを突いたら、明夜音の手の平で、ちょいと避けられた。

 そのまま、指同士を絡め合い、恋人繋ぎに。


 膝枕で下から見上げつつ、明夜音が言う。


「私……。夢があるんですよ……」


 俺が上から見つめていたら、ルビーのような目を輝かせつつ、話を続ける。


「自分のバレを作ること……。今は高校生で、有名なシリーズのお手伝いに過ぎませんが……」


「できるといいな?」


 その言葉で、明夜音は膝枕をされたままで、こくりと頷いた。


 ふと、彼女の母親である悠月五夜いつよから、実験に参加してくれ、と言われていたことを思い出す。


「一度、そのバレを開発している機関に行こうか? 五夜さんからも、『協力してくれ』と頼まれていたし……。できれば、俺のバレをお前に作って欲しい」


 パッと顔を輝かせた明夜音は、上体を起こした。


「本当ですか!? 形状は、どうします? 携帯する目的によって、材質の選定と、プログラムのカートリッジで――」


 いつになく元気な明夜音は、色々と聞いてくる。

 だが、俺には専門用語が多く、何とも答えられなかった。

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