第394話 実家を追放された千陣夕花梨は下洛するー④
今度は、男女の中高生3人が歩いてくる。
先ほどの
そのうちの1人は、中等部の制服。
薄い青色のロングに、暗い灰色の瞳をした
「ユキちゃん。どうかしたの?」
沙雪は答えずに、夕花梨を見据えた。
「Hello! ...I'm Sayuki,the daughter of Wolf Furst von Heinenburg.(ハロー! ……あたしは、ヴォルフ・フュルスト・フォン・ハイネンブルクの娘である、沙雪だよ)」
いきなりの英語で、衿香と、
どちらも、首を
式神の
夕花梨を守るように展開して、戦闘態勢に入る。
それに対して、のんびりしたままの沙雪は、日本語に戻す。
「はじめまして、千陣家のお姫様。このような形のご挨拶で、申し訳ない」
緊張した表情の夕花梨は、沙雪の顔を見たままで答える。
「千陣家の長女である、千陣夕花梨です。ご丁寧な挨拶、恐れ入ります。どのような、ご用件でしょうか?」
夕花梨を囲んでいる如月たちは、緊張感を高めている。
ずっとスマホを見ていた
沙雪は、航基を指差した後で、夕花梨に告げる。
「バカだけど、勘弁してやって!
それに対して、夕花梨が答える。
「貸し会議室のやり取りで私がいなくて、本当に良かったですね? 次に同じことをやらなければ、手を出しません。お兄様の顔を潰す気はないので。ただ、今後は身の程を
慌てた沙雪は、すぐに説明する。
「違う。これは、あたしのお願いに過ぎないから……。航基については、その回答で了承したよ。ウチの正式なご挨拶は、また日を改めて行うつもり。では、さようなら」
――カフェ
小森田衿香の提案で、路面店に立ち寄った。
テーブル席に、沙雪と、鍛治川航基も座る。
千陣夕花梨から、早朝のカラスにつつかれた生ゴミの残骸を見るような目で
「俺、あの女子中学生に何かしたっけ?」
対面に座っている沙雪は、呆れたように言う。
「千陣夕花梨。名字は変わったけど、
衿香が、驚いたように言う。
「へー! ずいぶんと、お兄ちゃん大好きなんだね!」
凹んでいる航基は、愚痴を言う。
「重遠の本性を知らない可能性も――」
「言っておくけど、あの夕花梨の周囲にいた女子たちは、全員が式神だ。航基は、間違っても噛みつかないでよ? 今の航基だと、一瞬で殺されるから」
びっくりした衿香が、また叫ぶ。
「えっ!? 5人はいたよ? あれ、全部が妖怪なの? 人間にしか、思えないけど……」
真顔の沙雪は、首肯した。
「全員かは知らないけど、基本的に日本人形の怪異だ。10体を超える数を使役していることから、千陣夕花梨は『人形姫』という二つ名だよ! 特に強い霊力を感じた女子高生1人は、たぶん別口だと思う。おかげで、さっきは生きた心地がしなかった」
唖然とした航基は、ボソッと
「全然、分からなかった……」
「そりゃ、航基は弱いからね! 夕花梨たちも、あたしにだけ、ピンポイントで霊圧を向けていたし。繰り返すけど、二度と重遠を悪く言わず、彼女たちに喧嘩を売らないで! 彼らは、あたしや重遠と違って、いちいち確認しないからね? 目の前にいなくても、霊体化した状態で見張っている可能性がある……。自宅の中までは、来ないだろうけど」
がっくりと落ち込んだ航基に対して、衿香が慰めた。
沙雪は、さらっと言う。
「重遠や、
これまでとは違うタイプ、敵の命を何とも思わない夕花梨と接した航基は、生まれて初めて恐怖すると同時に、その彼女が気を遣った沙雪は何者だ? と
しかし、今の雰囲気では、聞きづらい。
航基は、自宅に戻ったら、スマホで自由に過ごしているヴォル――沙雪の父親――に聞いてみるか、と考えた。
彼が、先ほどの沙雪の自己紹介を聞き取っていれば、その正体は自ずと分かったのだが……。
同じ傍若無人でも、重遠の女の1人である
だから、その結果に、文句を言わない。
それに対して、鍛治川航基は何も知らず、イキっているだけ。
思い通りにならないと、ギャーギャー喚く。
面倒を見ている沙雪にしてみれば、ペットに航基と名付けて、代わりにしようか? とすら思う。
犬は可愛げがあるし、飼い主の言うことを聞くから……。
◇ ◇ ◇
日が傾いたと思ったら、すぐに夜だ。
正門から出た千陣夕花梨たちは、停車した高級車2台――VIP用のSクラスと
東京の街並みを左右に見ながら、
やがて、本命である室矢重遠へのアプローチに、話題が移る。
SUVに乗っている皐月たちは、Sクラスの後部座席にいる夕花梨に、主人と式神のラインで報告する。
『重遠の好みは、ちゃーんと
『夜もずっと見張っているから、どういう風に反応するのかも、把握済み!』
忘れてはならない。
夕花梨シリーズは、千陣夕花梨の式神だ。
そして、使役されている式神は、主人と感覚を共有できる。
つまり、如月たちがずっと張り付いている室矢重遠について、その性癖や、どこが弱点か? も全て知っているわけで……。
夕花梨の隣に座っている小坂部慧は、ポツリと呟く。
「私は、重遠と感覚を共有できるけどね……」
にっこりと微笑んだ千陣夕花梨は、室矢家のレジデンスに向かう高級車の中で、独白する。
「趣味と実益が一致する、と言うけど……。私の場合は、千陣流の当主会の決定で、お父様から直々のお達しです。誰にも、邪魔はさせないわ」
――たとえ、幼馴染にして、無二の友人の詩央里が、相手でも
夕花梨は、革張りのシートに身を預けたままで、センターアームレストの中にある冷蔵庫から、ドリンクを取り出した。
口に運びつつ、そろそろ冷たい飲み物とお別れか、と思う。
このSクラスは、130万円ぐらいのパッケージが付いている。
後部座席の正面――前方の座席の後ろ――につけられた、約11インチのモニターには、カーナビの表示がある。
センターアームレストに付属のタブレットを手に取った夕花梨は、しばらく画面を変えた後で、シートに備わったマッサージ機能を選んだ。
長旅の疲れをエアクッションで刺激され、夕花梨は
WUMレジデンス
乗っている夕花梨は、ドアを開けられたので、普通に降りた。
如月たちが、全員分の荷物をトランクから降ろす。
辺りは真っ暗だが、現代では昼のように見える暗視ゴーグルや、スコープがある。
特に、暗視スコープの発達は目覚ましく、雨、霧、果ては砂嵐の中でも、補正をかけた画像となるのだ。
このタイミングが、一番危険。
走り去る車に構わず、夕花梨は低層レジデンスの外観を見上げた。
ライトアップされた建物は、個人が住む場所とは思えない雰囲気だ。
「洋館というのも、悪くないですね……。これなら、安心して暮らせます」
「ここだと、視界が通っている。早く入ろう!」
長距離の狙撃となれば、分が悪い。
音が響く前に、弾丸はターゲットの体を貫通する。
要人警護と同じ、全方位を固める夕花梨シリーズ。
小坂部慧も、周囲に気を配っている。
夕花梨は、正面玄関のオートロックの前に立ち、室矢重遠の部屋番号を押す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます