第393話 実家を追放された千陣夕花梨は下洛するー③

 紫苑しおん学園で唐突に始まった、テニスのお姫様。


 目立つ容姿の女子中学生、皐月さつき卯月うづきは、戸惑う女子部員たちを後目に、驚くべき好プレーを見せた。


 経験者でも、これだけのギャラリーに囲まれれば、緊張する。

 皐月と卯月のそれぞれにファンがつき、彼女たちの名前を呼び、そのプレーに一喜一憂。


 しかし、2人とも、驚くべき集中力で、外野の雑音を排していた。



 槇島まきしま藩の武術を身に付けている皐月と卯月は、それぞれにムダのない動きをする。

 相手に悟らせない体捌たいさばきのため、気づいたら移動しているケースも多かった。


 1セットは瞬く間に過ぎたが、普通の3セットぐらいの密度だ。

 ギャラリーが騒ぎ、学園内で見たこともない美少女ばかりのため、すぐに人垣ができた。




 最終的には、男子テニス部どころか、他の部活動も見学していた。

 制服でアンスコを穿かず、お尻を突き出したまま振っていれば、さもありなん。


 ちなみに、今日の皐月は薄いピンクで、卯月はレモンイエロー。



 部活の顧問をしている教師たちも、集まっている。

 こちらは、見慣れぬ女子生徒の確認と、情報共有だ。



 中等部の女子のコートから退いた、皐月と卯月。

 主人である、千陣せんじん夕花梨ゆかりの傍へ。


 次の対戦相手がコートに入り、再び練習試合をスタート。

 今の白熱した試合に、触発されたらしい。


 見れば、高等部の女子がいるコートと、男子テニス部のコート2つでも、同じように試合が始まっていた。



 プロ並みの試合に驚いた女子テニス部は、中等部と高等部のキャプテンが勧誘する。


「ウ、ウチに入らない? その腕前なら、2人とも全国で上位を目指せる!」

「まあ、一度考えてみて。部員でレギュラーになれば、毎日できるわよ? 中等部でも、専用コートを使えるから」


 周囲の女子は、その可愛さと、プレー中の格好良さに騒ぐ。

 いっぽう、男子は、後ろから眺められなかったことを嘆いた。


 皐月たちはポッと出だが、同じ体育会系でも、シングルの競技は実力者を認める気風。

 テニスは未確認のベテランがよくいるため、間口が広い。

 強い選手の試合を近くで見られた感動もあって、女子テニス部は好意的な雰囲気だ。


 正気に戻った皐月と卯月は、後ろめたそうに断る。


「あー。ボクたちは、公式試合に出られないから……」

「他の人たちに悪いし。卯月は、茶道部に入りたいから……」


 女子テニスで中等部と高等部のキャプテンは、互いに相手の顔を見た。


「うーん? それだけ強いのに、もったいない……。田島たじま部長! とりあえず部員で登録して、練習試合の相手をしてもらうことは、できますか? 公式戦に向けて、勉強になると思います」


「そうねえ……」


 腕を組んだ田島一紗かずさに対して、顧問らしき女性が割り込んできた。


「いいわよ! えーと、名前は何だっけ?」


「槇島皐月です」

「同じく、卯月です」


 2人の返答に、顧問らしき女教師は、続ける。


「え、姉妹なの? それにしては、全然似てないわね……。んんっ! ともかく、強いのなら大歓迎よ! レギュラーにならないのは、残念だけど」


 中等部の通信制で、普段は登校しない。と説明したら、2人のキャプテン、顧問は、納得した。


 どうやら試合を見ていたらしく、ハイテンションの顧問は話し続ける。


「それで、ウチに入ってくれるの? レギュラーなしで、都合がいい時に練習試合だけって条件にするけど……。あ! 兼部できるから、茶道部メインでいいわよ?」


 困った皐月と卯月は、千陣夕花梨のほうを見た。


「許します。ただし、相手への加減と、優先順位を間違えないこと」


 皐月と卯月は、首肯した。


「だったら、入部するよ!」

「お願い」



 大喜びの顧問が説明する中で、周りに集まった中高生は、夕花梨たちに注目した。


 女子たちは、さっそく情報を共有する。


「誰?」

「すごい美人ばかり……」

「さっき、あの2人がプロ並みの試合をしたんだって!」

「えー! 見たかったなあ……」

「私、見たよ! 物凄く上手かった!」


 男子たちは、混乱したままだ。


「アンスコ、なかったぞ?」

「は? そんな訳あるか」

「一瞬だったが、あれはアンスコじゃなかった」

「なん……だと?」

「初めて見たけど、背丈から中等部か?」

「近くにいる女子たちも、仲良しグループのようだな……」



 皐月と卯月は汗をかいたが、とりあえず我慢できる範囲だ。

 これが夏場だったら、すぐにシャワーを浴びて、下着も変えなければ、とても耐えられなかっただろう。


 上下ジャージや、ウィンドブレーカーを羽織っている部員たちは、それぞれの練習に戻っていく。


 夕方の時間帯で、もう寒い。

 冬は、すぐそこだ。



 千陣夕花梨たちは、正門を目指す。

 急がずに、ゆっくりと……。


「君たち、転校生だって? 案内しようか?」

「いえ、結構です」


 果敢に声をかけた高等部の男子も、夕花梨の支配者オーラに満ちた断りで、あっさりと撃沈。


 他の男子も声をかけたいが、美少女で人を寄せ付けない雰囲気と、5人以上の集団に対して、二の足を踏む。

 中等部の制服であることに間違いはなく、後で調べられるか、と退いた。


 まだ所属クラスで自己紹介もしていないのに、皐月と卯月の活躍で、いきなり高嶺の花へ。

 

 


 ここで、思わぬ人物と出くわす。


 青い目を見開いた女子高生は、すぐにお辞儀をした。


「え、遠路はるばる、お疲れ様です。お迎えが遅れて、大変申し訳ございません! このまま、御姫様おひいさまに付き添いましょうか? どうぞ、ご用向きをお申し付けください」


 千陣夕花梨は、自分の派閥だった女子高生に答える。


「私たちは一通り見た後で、お兄様のレジデンスへ向かいますから、お気持ちだけ頂戴します。ところで、早姫さきの隣にいる男子は?」


 慌てた多羅尾たらお早姫は、自分のとなりでボーッと立っている男子の頭を下げさせた。


「私の婚約者の、寺峰てらみね勝悟しょうごです。泰生さまの派閥である斯波しば家の寄子よりこでしたが、私共わたくしどもの事情で室矢むろや家の寄子になりました。……ほら、勝悟!」


「し、失礼いたしました! 千陣流の寺峰勝悟です。お、御姫様におかれましては、ご機嫌うるわしゅう存じます」


 顔を上げた2人に、夕花梨は説明する。


「私たちは、お兄様と同じレジデンスに引っ越してきました。御覧の通り、紫苑学園に転校しましたが、通信制です。私には式神の如月きさらぎたちと、小坂部おさかべけいがいるので、心配いりません。必要な時には、声をかけます」


 かしこまった早姫は、すぐに応じる。


「承知いたしました。私と勝悟も、室矢さまのご厚意で、そのレジデンスに住んでおります。いつでも、お声がけくださいませ」

「し、承知いたしました」


 釣られて、勝悟も繰り返した。


 夕花梨たちの迎えがあることを確認した後で、早姫と勝悟は急いで正門へ向かう。


 一刻も早く、レジデンスに帰って、寄親よりおやの室矢重遠しげとおや、その正妻である南乃みなみの詩央里しおりに伝えて、歓迎の準備をしなければいけないからだ。



 寺峰勝悟が、早足で歩く多羅尾早姫を追いかけつつ、訊ねる。


「あれ、誰だっけ?」

「夕花梨さまよ。千陣夕花梨さま!」

「ああ、夕花梨さま……。え? どうして、東京にいるんだ!?」

「知らないわよ! 私みたいな下っ端に、事前の連絡はないのだし……。勝悟は、とっとと連絡――」

 プルル ピッ


「はい、多羅尾……。御姫様!? ……はい、はい。……はい。うけたまわりました。失礼いたします」

 ピッ


 溜息を吐いた早姫は、追いついた勝悟に告げる。


「室矢家への連絡は、なし! 御姫様は、ご自分でおっしゃりたいそうよ。とにかく、帰りましょう。たまきにも、早く挨拶をさせないと……。勝悟、あとで室矢さまに話してちょうだい。鍛治川かじかわたちを含めて、顔合わせをしておかないと、絶対に私たちが知らないところで騒ぎを起こすから……。御姫様が、室矢様とお会いした後でよ? 間違えないで! 鍛治川が首をねられるのは、どうでもいいけど。私たちの管理ミスにされたら、同じ末路になってしまう」


「わ、分かった。夕花梨さまが重遠とお会いになられた後で、重遠に言っておく……」


 早姫たちが、正門の近くに横付けされた、悠月ゆづき家による高級車に乗り込むと、すぐに発進。

 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館へ向かう。



 多羅尾早姫が挨拶した時には、冷や汗もの。

 千陣夕花梨に、どうして、すぐに出迎えをしなかった? ナメているのか? と詰められても、おかしくない話だった。


 相手に連絡しなかったほうが悪い、というのは、一般人の理屈。

 この業界では、自分で調べれば、幹部の動きぐらい分かるだろ? になる。

 夕花梨はまず行わないが、無視したとがで鉄バットのぶん殴りも、あり得たのだ。


 

 ゆったりできる後部座席の早姫は、これから大変ね、と心の中で嘆息した。


 最悪なのは、室矢重遠を巡って、正妻の南乃詩央里と、実妹の千陣夕花梨が対立すること。

 そこで、あなたも、そう思いますよね? と聞かれたら……。


 下手に答えると、もう片方に殺されてしまう。


 ただでさえ、女同士の人間関係は、面倒なのに……。



 トラブルを避けるために、違う物件に住めばいいのか? という問題でもない。

 知らない間に、室矢家の内情が変化していたら、対応しきれない恐れがある。

 他の人間の不始末が、自分たちの責任にされる可能性も……。



 そもそも、室矢家の当主である重遠の厚意だ。

 いえ、別の場所に住みますので。とは言えない。


 部屋住みとしては、破格の待遇。

 成功者が住むレベルの物件で、今の重遠が抱えている人脈から仕事などを回してくれる。

 

 だが、それに胡坐あぐらをかいていたら、他の人間でも務まることに……。


 多羅尾早姫は、自分たちの価値を高めないと、将来的にヤバい。と危機感を募らせた。

 高校生の間は大丈夫だろうが、その先は分からない。


 そして、室矢さまが、夕花梨さまに手を出すように。と祈る。


 社会的な倫理は、どうでもいい。

 私と勝悟、ついでに環の3人が幸せに暮らすためには、室矢重遠に詩央里と夕花梨を満足させてもらうことが必須だ。


「そちらは、妙な安心感があるけどね……」


 思わずつぶやいた早姫は、窓の外を見ながら、レジデンスに到着した後の手順を考える。

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