第392話 実家を追放された千陣夕花梨は下洛するー②

 千陣せんじん夕花梨ゆかりは手持ちのスマホで、紫苑しおん学園の部活動を見る。


 定番のバスケ、野球、バレーの他に、地学部などの文化系も。


「古武道部に、乗馬部も……。ああ、乗馬は高等部だけね」


 どこかに入ろうかしら? と悩む夕花梨だったが、すぐに首を振った。


 中学卒業で仕切り直すようだが、遊んでいる暇はない。

 部活に入れば、上下関係があるし、最低限の付き合いもできる。

 女子の先輩に目をつけられるか、逆に男子の先輩に言い寄られても面倒だ。


 中高一貫だけに、いったん悪評がついたら、他の部活でも肩身が狭いだろう。



 その時、バタバタと走ってくる男性教師が1人。


 如月きさらぎ水無月みなづきがさり気なく、千陣夕花梨の前に出た。

 他の式神たちも、全方位を警戒。


 すると、夕花梨たちの前で立ち止まった男性教師は、ハーハーと息を荒げつつも、話しかけてくる。


「せ、千陣だな? 俺は三保みほで、ここの教師だ。そ、それで、本題だがな……」



 ――茶道部に入ってくれ



 いきなりの申し出に、首をかしげる夕花梨。


 それに対して、三保ひろしが説明する。


「いや、俺の師匠がな? お前の師匠である宗蓮そうれんさんから、『今度そちらに私のお弟子さんが行きますので、よろしくお願いしますね?』と言われているんだよ! お前は通信制だし、今は連絡網もないから、こうやって見つけた時に言わないと、捕まらないと思ってさ……。システム上のメッセージは、無視されて終わりそうだし……」



 宗蓮。

 宗蓮……。


 ああ、師匠の茶名だった!


 そういえば、私の先生、久我こが蓮花れんかさんは茶名を持っているから、裏で上から数えたほうが早い人だ。


 納得した夕花梨は、思わず手をポンと叩く。



 解釈が異なる3つの茶道の中で、裏は学校教育に深く関係している。

 日本の近代化において茶道を復興させた、立役者。

 そのため、学校の茶道部=裏、と言っても良いほどだ。


 昔ながらの作法を守り、わびさびを重視する表。

 合理性を求める武者小路むしゃのこうじもあるが、義務教育の日本では裏が最大流派だ。


 裏は、一般人にも分かるように、資格制度を持つ。

 いわゆる、花嫁修業でお免状をいただく、という世界だ。



 師匠と弟子の繋がりで、次の指導者を見つけてきたわけか。

 せっかく、もうお稽古をしなくて済む、と思ったのに……。


 内心で溜息を吐いた千陣夕花梨は、今日は忙しいから、また後日に部室を訪ねます。と返答した。

 名前を部員リストに載せていい、と聞いて、茶道部のSNSグループに参加させた博は、ホッとした顔で去っていく。



 その後で、千陣夕花梨たちは、テニスコートへ行った。

 

 セメントやアスファルトに特殊なコーティングをした、ハードコートだ。

 色塗りされたコートは、白いラインで区分けされている。


 すでに中央のネットが張られて、大量のボールを入れたカゴもある。


 コート数は、6面。

 芝生によるグラスコートもあって、非常に金がかかっている。

 

 中高一貫の私立ゆえ、中等部と高等部、さらに男女で、1面ぐらいの配分。

 レギュラーは2面を独占して、試合形式の練習を続ける。


 この手の球技にありがちだが、いったんレギュラーになれば、他の強い選手と練習できるうえに、試合で経験を積める。

 いっぽう、初心者はコートでボールを打てず、副審などの雑用をやらされがち。


 他の部活を眺めていると、先輩から叱責される。

 上下関係が厳しく、活躍してモテる男子と、モテない男子の差が激しいことも、大きな特徴だ。


 コートが少ないため、新入部員は『全国レベル』といった、期待の新人を除いて、ひたすらに走り込みでふるい落とし。

 体験入部の間に上下関係を叩き込みつつ、一定の人数まで絞り込む。

 その意味では、意地悪な先輩にも、存在価値がある。


 ともあれ、個人的にレッスンを受けて上達すれば、レギュラー決めのトーナメント戦で勝ち上がるだけでいい。

 サッカー部よりは上に行きやすい環境で、テニスが上手いことは、大学生や社会人になってからも役立つ。


 人気がある部活動の1つだ。


 大学のテニスサークルは意味合いが違うため、中高のテニス部だからこその経験と時間がある。



 練習を指示している先輩の声が、響き渡る。


「いっちにー! いっちにー!」


 千陣夕花梨たちは、テニスコートの四方を囲むバックネットの外で、女子の練習を眺めつつ、好き勝手に話し合う。


「ソソると思わない? これ、イケるかしら?」

「アンスコの有り無しで、また違うと思う」

「チアガールのほうが興奮する」

「アニメの小さい胸は、現実のDぐらいという事実……」


 もはや、何の話か不明だが、5人以上の集団にジッと見られていることで、コートで練習中のテニス部員は落ち着かない。

 いくら同じ女子でも、自分の真後ろから穴が開くほど凝視されたら、嫌なものだ。


 制服から中等部と判断したらしく、同じ中等部の女子が近づいてきた。

 練習用のジャージで、ラケットを持ったまま、話しかけてくる。


「入部したいの? 少し、やってみる?」


 微笑んだ夕花梨は、すぐに返事をする。


「いえ、見学だけです。どうぞお構いなく……」


 しかし、長い金髪に、同じ金色の目をした皐月さつきは、乗り気のようだ。


「やらせてもらおうよ! ボク、やってみたい! 1セットだけで、いいからっ!」


 緋色ひいろのロング、同じ緋色の瞳である卯月うづきも、それに応じる。


「じゃあ、卯月が対戦する!」


 呆れた如月きさらぎは、主人である夕花梨の様子をうかがった。


 その視線を感じた夕花梨は、少し考えた後で、言う。


「……ご迷惑でなければ」


 練習に参加してみる? と言ったつもりの女子部員は、困った。


「うーん……。ちょっと、先輩に聞いてみる!」


 パタパタと戻った女子部員は、中等部のキャプテンを連れてきた。

 

「……転校生? そうね。サービスで今回だけ、使わせてあげてもいいわ。今は、全国の予選もないし」


 ただし、体を温めるアップを行い、ラリーの様子を見た後で。

 続かないようなら、試合まではさせない。


 主人の千陣夕花梨は、皐月と卯月に釘を刺す。


「霊力と情報共有は、使わないように……」


「りょーかい!」

「オッケー」


 皐月と卯月は上着を脱ぎ、2人で準備運動を行い、ラケットを借りた。

 そのまま、コートの中央にあるネット越しに向き合う。


「ジャージか、アンスコは? 貸してあげるよ?」


 驚いたような声に、2人は首を横に振った。


「時間がもったいない」

「どうせ、女子しかいないし!」


 言うが早いか、皐月が地面でバウンドさせた球をフォアハンドで打った。


 卯月は、両足を決めた後で、十分なテイクバックからのフォアハンド。


 それを数回やったら、お互いにバックハンドで打ち合う。

 身体に負担をかけないよう、脱力したままで……。


 スパンッという、小さな音が響き、やがて歩く音も。


 山なりで相手の後方に落とすロブ、ボールにバックスピンをかけて低く滑らせるスライス、バウンドさせず水平に打ち返すボレーと続き、最後のサーブ練習へ。


「いくよー!」


 叫んだ皐月は、自分のコートの後ろ、ベースラインの外に立った。

 左手で、ボールを落として受け止める仕草を数回。

 そのまま、自分の少し前で、真上にトス。

 トロフィーポーズから全身を使い、右手で担いだラケットを上に振り抜くと、シュパンッ! と派手な音。


 見事なフォームで終わった皐月だが、すぐに自分のコート内へ走り出し、反対側を狙った返球を片手バックハンドで打ち返す。

 ステップから自然にテイクバックの姿勢に持っていき、本来の形へ戻るように振り抜いた。


 次に、卯月もサーブ練習。

 見事なフォームで、しっかりと相手コートに入れる。


 コートの外で見学していた女子部員が、ざわめく。


「え? 経験者なの?」

「上手い……」


 ラリーが続いたことから、試合の許可が出た。


 主審と副審がついたコートを見て、隣で練習中の、高等部の女子部員たちも、興味を示した。

 試合形式の場合は、他の部員が見学、応援するのがマナーだ。


「誰?」

「転校生だって」

「制服でやるの!?」



 主審が宣言する。

 

「The best of 1 set match.Satuki service to play!(1セットマッチの試合で、ベストを尽くすように。皐月さんのサーブから、スタート!)」



 トントントン シュバッ


 最初から入ったサーブに対して、卯月は余裕で打ち返す。

 狙いは、皐月の反対側の奥。


 お互いに深く打つことで、相手を走らせるラリー戦に。


 相手のリズムを崩すために、スライスで遅い球にする。

 手前と奥で打ち分けて、上空にも打つ。


 見応えのある試合で、ドンドン盛り上がる。


 どう見ても、女子中学生の運動量ではない。

 プロ選手でも、ここまで全力を出すのは、重要な大会ぐらいだ。



 2人は、だんだんと調子が出てきたのか、ボールがラインに当たる、オンザラインすら出てきた。


 サーブも鋭くなっていき、自分の番でサービスエースのまま押し切る流れに。

 弾丸のように打ち込まれたボールは、相手が反応するよりも速く、背後のバックネットに当たるか、思わぬ方向に跳ねていく。


 2人が前に出た時には、弾丸のようなボレーと、ネット近くへのドロップを数回も繰り返した。


 浮いたボールがきたら、容赦なくスマッシュ。



15フィフティーン30サーティー


30サーティー40フォーティ―


40-40デュース



 デュースで粘りまくった挙句に、ヴァッ! と叫んだ皐月による、横のラインぎりぎりを狙った、外側にカーブ気味のショットが入って、アドバンテージから決めた。


 副審が、宣言する。


「In!(コート内!)」


 アウトだと思い、見送った卯月は、まさに飛び上がった。



 主審が、試合終了を宣言する。


「Game set and match won by Satuki.Six games to four.(ゲーム終了、勝者は皐月さんです。カウントは、6対4)」



 がっくりと崩れ落ちた卯月は、女の子座りで、泣き喚く。


「負けたァアアアアアア!」


 いっぽう、皐月は得意顔だ。


「勝った♪」

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