第十二章 特異点になった室矢家に注目する面々

第391話 実家を追放された千陣夕花梨は下洛するー①

『政府は、婚姻に関連する民法750条以下に対して、時限立法による追加を行うことを提案しました。これに対して、委員会の討議が始まっており、「異能者を特別視している」と主張する野党、並びに一部の団体による反発が――』


 タブレットの画面に映っているニュースキャスターは、淡々と報道している。


 列車の中には、太陽光と同じ色の照明が、通路の上や、各シートの窓際にある。

 中央にカーペットが敷かれた通路と、左右に2名掛けで並ぶ椅子。

 モバイル用コンセントのおかげで、バッテリーの残量を気にせずに済む。


 その1つの窓際で、前席の後部から伸ばしているテーブルの上に、タブレットが置かれた。

 報道を見ていた少女は、そっとイヤホンを外した。



「……どうして、東京へ行くことを『上京』と言うのかしら?」



 見るからに気品があって、その瞳は窓から差し込んでくる太陽光で琥珀こはくのようにきらめく、アンバーアイだ。

 ブレザーの制服で、そのデザインから私立。


 レールの上を走っていることが、その振動と金属音で分かる。

 ただし、その速度は『急行』よりも、圧倒的に速い。


 京都と東京をつなぐ、高速鉄道の車内。


 彼女が座っている椅子は、通常よりも豪華で、ゆったりしている。

 追加料金を払った見返りに、家族連れは少なく、静かだ。



 軽快なBGMから始まった自動アナウンスは、停車駅が近いことを告げる。


『間もなく、終点、「東京」です。中央線、山手やまのて線――』


 次の車両へつながるドアの上でも、“次は東京駅” のデジタル表示が、繰り返し流れる。


 車内で座っていても分かるほどの、減速。

 今までと比べたら、徐行と言えるほどだ。


 横に並んでいるレールの上では、東京で人々の足になっている、各路線の電車が通り過ぎていく。


 高速鉄道の乗客は一斉に立ち上がり、降車の準備を始めた。

 自分の座席の上にある荷物棚から、小型のスーツケースや、リュックを降ろす。



 琥珀色の瞳で、長い黒髪をした少女は、座ったままで、ぼんやりと窓の外を見る。


 日本の中心地らしい、ビル群だ。

 高層ビルや、オフィスビル。

 たまに、古ぼけた物件や、戸建てが交ざっている。

 

 奥まで見える場所にも、ぎっしりと建物が並んでいた。


 普通なら、東京に到着したことでワクワクするのだが、少女の手元に観光ガイドはない。



 いよいよ、最後の減速に入った。

 外の光景は、もう東京駅の施設だけ。


 車掌が、アナウンスを行う。


『間もなく、終点の「東京」です。15番線の――』


 みやびな雰囲気の少女は、すっくと立ちあがった。


 通路側に座っていた女子が、すぐに上着を差し出して、袖を通させる。

 アンバーアイの少女は、それを当然のように受けた。


 お付きの女子は、フランクに話しかける。


「疲れていない? どこかで休む?」


 首を横に振った少女は、タブレットを仕舞いつつ、返事をする。


「いいえ。すぐに向かいます」


 少女が足元に置いていたショルダーバッグは、お付きの女子が持ち上げた。



 その列の後ろには、通路側に座っている女子高生が1人。

 盾にできそうな、コミケカタログをめくっていたが、同じく上の荷物棚から女物おんなもののキャリーバッグを降ろした。


 やがて、高速鉄道の列車は、駅のホームに辿り着く。

 通路側の女子は、両肩に荷物を下げながら、周囲の様子をうかがう。


 後ろのシートに座っていた女子高生は、アンバーアイの少女を挟み、お付きの女子の反対側を警戒している。



 プシューッ

『東京ー。東京ー』


 一斉に降車する、乗客たち。


 ビジネスで行き来するスーツ姿に混じった、女子中学生2人と、女子高生1人。

 その美貌や、他とは違う雰囲気を感じ取り、注目する人もいる。


 だが、ここは東京だ。

 変則的に動いている人間も多く、地方からの上京者は日常茶飯事。

 他人を気にしないのが、普通だ。


 そして、ここには日本の全てが集まる。

 美男美女は、珍しくもない。


 気怠い様子のサラリーマンやOL。

 観光で訪れた、外国人のグループ。

 大学の推薦入試や、私立の受験らしき、学生の姿も。

 集団の学生は、修学旅行だろうか?


 多くの路線が集まっているため、電車の音ばかり。

 メロディや、駅員によるアナウンス、指差し呼称も、続く。



「やっぱり、京都とは違うね? 騒がしいや……」

「ええ……」

「コミケ会場みたい……」


 高速鉄道のプラットホームに降り立った女子3人は、流れに逆らわず、そのまま改札を抜けた。



 複雑に構成された東京駅は、立体的な構造だ。

 地上の出口に面している部分は、アミューズメント施設を思わせる、豪勢な造り。

 飲食店だけでも、地方都市の表通りを超える賑わい。



 高速鉄道の改札を出たら、育ちの良さそうな女子中学生が、1人。


 女子3人と同じ制服を着ているため、出迎えのようだ。

 祭りのような人混みの中で、即座に近寄ってくる。


 女子中学生は足を揃えて、両手を体の横につけたままの、自然体のお辞儀。

 揃えた指先は、彼女から見ると、八の字。

 それが、膝頭の上になるまで。


 60度ぐらいの、最敬礼だ。


 顔を上げた女子中学生は、京都からの乗車に配慮した一言を述べる。



「お疲れ様です。夕花梨ゆかりさま……」



 それに対して、千陣せんじん夕花梨は微笑み、すぐに返す。


「ありがとう、如月きさらぎ



 要人の警護のように、最初から付き添った皐月さつきと、迎えに来た如月で、夕花梨の前後を挟む。

 いつの間にか、卯月うづき水無月みなづきも、左右にいる。


 夕花梨は悪戯っぽく、独白する。


「卯月と水無月は、タダ乗りね?」


 霊体のままで護衛したから、2人は乗客ではなかった。

 それに対して、卯月が混ぜっ返す。


「卯月たちは、持ち込みの手荷物だから、問題ないよっ!」



 室矢むろや重遠しげとおの式神である小坂部おさかべけいは、彼の許可で、夕花梨についている。

 今回は、彼女の護衛のようだ。


 けれども、東京にいる夕花梨シリーズと合流したことで、スマホの画面を見ながら、指を動かしている。


 その画面には、アニメ調のイラストが並ぶ。

 コミケカタログが重いようで、たまに肩も動かす。



 女子が固まっているだけで、周囲からは不審がられない。

 千陣夕花梨を中心に、要人警護のまま。


 東京駅の中は、色々な店舗がある。

 土産、人気のスイーツなどの飲食店。


 平日の昼間だが、東京では修学旅行や代休も多く、目立たない。

 しかし、高速鉄道の改札から出てきたことで、お上りさんと思われた。


「なあ? 彼女たち、良くね?」

「とりあえず、画像だけでも――」

 パアンッ


 スマホ内蔵のカメラを向けた瞬間に、そのカメラ部分が小さく破裂した。


 うわっ!? と驚いた男子学生が、自分のスマホを取り落とす。

 霊力で強化された指弾による、ピンポイントの攻撃だ。



 同じく、まだ東京に慣れていない学生と判断した、芸能事務所のスカウトも、彼女たちに追いつこうと――


「痛っ!」


 見えない糸につまずき、いきなり前へ転んだことで、したたかに体を地面にぶつけた。



『甲、停止』

『乙、停止』

『卯月から11時方向、距離30m。数名の男が注目中。まだ武器なし』


 夕花梨シリーズの通信網では、忙しく会話。

 霊体化している数人が、駅のアーケードの上に吊り下がって、サーカスのように移動しつつも、危険人物を捕捉、足止めしている。


 その間に、千陣夕花梨たちは、東京駅のロータリーへ。


 タクシー降車場と、送迎の一般車の乗降場が分けられている中で、1台の黒い高級車――各国の要人も愛用している、海外メーカーでSクラスの防弾仕様――に乗り込む。

 

 厚さ10cmの窓は、装甲ガラス。

 自動消火の装置などを備えていて、約54万ユーロ(約7,400万円)だ。

 夕花梨の命には、それ以上の値段がついている。

 

 運転手と、助手席の黒服2人は、油断なく周りを見ている。


 その場にいる夕花梨シリーズも周囲に展開して、臨戦態勢。

 特に、狙撃を警戒している。

 

 夕花梨が乗り込んだら、反対側に回り込んだ慧も、ドアを閉めた。

 すぐに発進する、VIP専用車。


 少しってから、黒いSUVエスユーブイ(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)が、一時停止。

 目つきが鋭い如月たちは、まるで特殊部隊のように、キビキビと乗り込む。

 すると、先発したSクラスを追って、すぐに発進した。


 いきなりの行動に、周りの人間は呆気に取られたが、すぐ自分の予定に戻る。




 千陣流の関係者に挨拶を済ませたことで、午後になった。


 紫苑しおん学園のプレートがある正門の前で降りた千陣夕花梨は、すぐ横にある守衛室を訪ねる。

 呼び出しボタンを押すと、すぐにカウンターの上にある小窓が開く。


「何の御用ですか?」


「こんにちは。私たち、ここに転校してきたのだけど、中等部はどちらですか?」


 いきなり質問された守衛はビックリしたが、提示された生徒手帳の顔写真と、着ている制服を見て、すぐに対応する。


「あ、ああ……。中等部なら、あそこの道に沿って、右側に回り込んでいけばいい。この時間帯はまだ授業をしているから、あまり騒がないほうがいいよ。職員室の場所は――」


 丁寧に教えてくれた守衛にお礼を述べた後で、夕花梨たちは堂々と、正門からの道を歩き出した。

 如月たちもゾロゾロと入るが、すでに自己紹介を済ませたことで、守衛は全く興味を示さない。


 校舎の窓からの視線を感じたものの、夕花梨たちは気にしない。

 言われた通りに進みつつ、周りを見る。


 夕花梨は立ったまま、感慨深げに言う。


「もう少し早ければ、文化祭も見られたのに……」


 皐月たちは、その意見に反対する。


「女子だらけで、逆に落ちつけなかったと思う」

「どうやら、クズたちも紛れ込んでいたようだし……」


 小坂部慧は歩きながら、説明する。


「まあ、賑やかではあったわよ……」



 見つけたサロンの一角を占めた夕花梨たちは、如月たちが職員室で取ってきた書類などを横に置きつつ、しゃべる。


 放課後になり、中学生、高校生たちが一斉に動き出した。

 夕花梨たちはサロンに集まってきた学生と入れ替わるように、移動を開始。


 この手の場所は、スクールカーストで席が決まっている。

 下手に座れば、その学生の恨みを買ってしまう。


 その美しさと、目立つ容姿。

 見覚えのない顔に、首をかしげる者が続出した。


「アレ、誰?」

「さあ……」

「中等部のようだけど……」

「見たことない」

「転校生?」



 校舎の内外は騒がしく、部活の顧問であろう大声が聞こえてきた。

 いきなり練習場所を確保する上級生に対して、用具置き場から道具を取り出す下級生の姿も。


 千陣夕花梨は、如月たちに囲まれながら、ポツリとつぶやく。


「部活は、中高で一緒……」


 スポーツ専門の私立とは違い、紫苑学園は自由な活動のようだ。

 それでも、上の学年がくつろぎ、下の学年が色々と動いている。

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