第388話 本物のお姫様から見た室矢重遠という男ー②

 小坂部おさかべけいは、千陣せんじん流の本拠地で、室矢むろや重遠しげとお大百足オオムカデを一刀両断する光景を目にした。


 山の木の上で立ち尽くしている彼女は、ここで、自分の愚かさを思い知った。


 そこにあったのは、自分の理想。

 待ち焦がれていた姿。



 慧は長く城の天守閣に籠り、たまに上ってくる人物と話して、予言や物を与えることが、無聊のなぐさめだった。


 その中でも、特に気に入っていた若者がいた。

 しかし、戦乱の中で、その僅かな機会さえ、あっさりと潰えたのだ。


 立派な武士になれたら、自分の勇姿を見せに来る。


 そんな、些細な約束すら……。



 新たな実力者の台頭で盛り上がる山に対して、慧はすぐに、城の天守閣へ帰った。



 もう遅い。

 何もかもが、遅い。


 泣きじゃくりつつ、現状をまとめる。


 室矢重遠を守り、救ったのは、婚約者の南乃みなみの詩央里しおりと、妹の千陣夕花梨ゆかりだ。

 夕花梨シリーズも張り付いていたが、あくまで、主人の命令。


 慧は涙をふきつつ、必死に考えて、1つの結論を出す。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


 紫苑しおん学園の校舎の上に立つ小坂部慧は、制服姿のままで、地上にいる室矢重遠をその瞳に映し出している。


 過去を振り返った後で、ポツリとつぶやく。


「きっと、重遠は私に対して、怒りすらしない……」


 なぜ、自分を見捨てたのか? と怒ってくれれば、まだ救われる。

 けれども、彼に聞けば、むしろ戸惑うだけ。


 最初から、視界に入っていない。



 物思いにふけっていた慧は、顔を上げた。

 周囲を見回す鳥のように頭を動かして、一点で止める。


 少し離れた場所に、ワインレッド色で芸術的なフレームの眼鏡をかけた女子中学生が現れた。

 如月きさらぎと比べて身長が低く、紫苑学園の制服を着ている。


 明るめの茶髪ロングと、同じく茶色の瞳。

 全体的にダルそうな雰囲気だが、オシャレな眼鏡のおかげで、知的な雰囲気もある。

 ボサボサの髪でも様になるのは、美少女の特権だろう。


 夕花梨シリーズの1人、望月もちづきだ。



 今から投身自殺をしそうな構図で、2人の女子中高生が向き合う。

 下のキャンプファイヤーの炎による上昇気流があって、どちらの髪と制服も、風で動いている。

 ここだけを見れば、地獄の業火を見下ろす少女たちだ。


 小坂部慧は、望月に尋ねる。


「……どの勢力?」


「たぶん、USFAユーエスエフエーか、シベきょうのどちらか。東連とうれんの仙人と道士は、方術ほうじゅつ仙具シェンチーを使うし……。ターゲットは機械化歩兵で、1個小隊6人ぐらい。武装はガトリング砲、ロックオン式の小型ミサイルランチャーなど。バックアップもいると思うけど、確認できず。どうせ、軍事衛星や、高高度の偵察機もいるだろう。目的は、考えるだけムダだねー」


 要人であるほど、予定が分かる行動は控える。

 たとえば、毎日同じルートで朝のジョギングをしていれば、狙撃や待ち伏せに絶好のチャンスだ。

 広く宣伝して、外部の人間も入れる文化祭となれば、言うまでもない。


 慧は、自分の感想を言う。


「重遠か、悠月ゆづき家のお嬢様の身柄。それとも、ここで摘発されたヤクの関係か。重遠が北海道で撃った重力砲を欲しいのか……。紫苑学園の生徒を人質に、脅してくるって線もあるか……」


 探るような雰囲気の望月は、最終確認をする。


「紫苑学園の文化祭をぶち壊して、室矢家と悠月家の面子を潰したいのだろうね。校舎の破壊や、無関係な生徒を捕まえて、派手に宣伝した後に殺せば、世間も騒ぐ。……あたし達が、やろうか? サイボーグなら、自爆装置の1つや2つはあるだろうし。生け捕りにはしないから」


 暗闇の中の慧は、首を横に振った。


「私がやる……。あなたも、それでいいわね?」


 慧が視線を向けた先には、いつの間にか、長い黒髪の少女が1人。

 紺青こんじょうの光で、見つめ返す。


「構わん。任せたのじゃ……」


 室矢むろやカレナの返事を聞いて、慧はブレるように消えた。



 下から陽気な音楽が流れてくる中で、校舎の上にいる女子中学生2人は、お互いに見合った。


 望月が、おそるおそる言う。


「えーと……。あたし達も、下で踊る?」

「それは断るのじゃ」




 ――紫苑学園から離れた旧地下壕


 大戦時に掘られた地下壕。

 全長10kmにも及ぶ、広い地下工場だが、今となっては限定的に公開されるのみ。


 都心部に残る、戦争の痕跡の1つだ。

 ぽっかりと開いた、巨大な出入口のふちは補強されており、内部の暗闇へと誘う。


 だが、今日の夜に限って、その出入口の手前は、戦争中を思わせる様子。


「Ready?(準備は?)」

「Completion.(完了)」

「Hurry up loading the vehicles! It's time!(車両への積載を急げ! もう時間だ!)」


 引越し会社のロゴが入った、完全密閉の大型トラック。

 その荷台には、物騒なものが目立つ。


 周囲の灯りに照らされているのは、戦闘機に搭載するような弾帯がついたガトリング砲や、歩兵が携帯できるギリギリの大きさの誘導ミサイルなど。

 まるで、戦争だ。


 ジャラララ、ガシャンと重い音が響き、帽子をかぶった作業着の男たちは、大急ぎで準備している。


 その時に、女子高生らしき人影が近づいてきた。

 周辺にいる見張りが、すぐに報告する。


 全体を指揮する男は、思わぬ珍客に驚きつつも、右手を腰の後ろに回した。

 拳銃を出す時に、密着しているホルスターと擦れて、小さな音が響く。


 周囲の男たちも、物陰にある小銃への装填を行い、至る所でシャコッと鳴った。



 指揮官は、拳銃の上部スライドを半分だけ引いて、初弾をチェック。

 次に、サイレンサーの細長い筒を取り出す。

 キュキュッと回すことで、銃口の先に装着。


 バランスの悪い姿になったが、これで発砲音は小さくなる。

 実際には、パアンッ! から、パンッ! とクラッカー音ぐらいになり、どこから撃たれたのか? を掴みにくいのだ。



 現場監督を装い、右手のハンドガンを後ろに隠したままで、女子高生のほうへ向かう。

 敷地の境界線を挟み、彼女に拒絶のジェスチャーを行った。


 さらに、左手で近くの立て看板を指差しつつ、説明する。


「お嬢さん。ここは、立ち入り禁止だ! ほら、そこに “関係者以外の立ち入り禁止” という看板があるだろう? 御覧の通り、奥で重い物体を移動させているから、困るんだよ。大怪我をする前に、早く帰ってくれ!」


 ところが、紫の瞳で見つめ返した小坂部慧は、通学路のように進んだ。

 工事現場の黄色と黒色のロープを動かして、中に入り、奥へと向かう。



 慧の背中を見送った指揮官は、溜息を吐いた後で、無線機に指示を出す。


「One girl.Make sure to kill it after attracting it.(少女1人。引きつけた後で、確実に殺せ)」

『Copy that.(了解)』


 自身も、右手に長いハンドガンを持ったままで、その後を追う。


 ここでは逃げられるか、騒がれる可能性がある。

 可哀想だが、奥で始末するしかない。


 そう判断した指揮官は、右手で拳銃のグリップを握り直して、感触を確かめた。




 都心部で心霊スポットのような場所には、多くの人と機材がある。


 そこを歩く、小坂部慧。

 軍事基地の中に、女子高生が迷い込んだような状態だ。


 周囲から注目を集めている慧は、立ち止まった。

 ぐるりと周囲を見た後に、口を開く。



「大天守より、武具庫の開帳を許す……」



 立ち尽す慧を中心に、足元から霊圧が立ち上り、竜巻のように円を描いて広がった。

 その感触にたじろぐも、作業着の男たちが一斉にアサルトライフルを構える。


 後ろから追ってきた指揮官は、サイレンサー付きの拳銃を慧の背中に向けた。

 先制攻撃を加えるべく、トリガーを引きつつも、攻撃命令を出す。


「F――」


 ファイヤーと言いかけた指揮官は、自身の体に違和感を覚えた。

 思わず下を見たら、腹から細長い物体が突き出ている。

 左手で先端に触ると、戦闘用のグローブであるのにザックリと切れた。


「What?(何だ?)」


 ドスドスと、2本目、3本目の槍が生えてきた。

 改めて拳銃を向けるだけの気力もなく、指揮官はドサリと倒れる。


 周囲の兵士が慌てて発砲するも、元の場所に慧はいない。

 位置を確認している間に、同じく刀や槍が生えてきて、次々に倒れる。


「Special!(異能者か!)」

「Where?(どこだ?)」

「You basta××!(この野郎!)」


 戦闘職種とは違う人間も交ざっていて、少数だ。

 慧を探していた彼らは、すぐに沈黙した。


 地面に降り立った彼女は、再び周囲を見回すも――


 ヴゥウウウ


 周囲にある、硬そうな装甲版は、一瞬でスクラップになった。


 一瞬で遠くに移動した慧が、銃弾の飛んできた方向を見たら、全身を厚いプロテクターで覆った大男が歩いてきた。

 重い足音が、その重量を知らせてくる。


 その両手には、本人と同じぐらいのガトリング砲。

 前を向いた銃口からは、発射されたことでの煙が立ち上る。

 片目にはSF映画のような照準器があって、ゴツい顔でニヤリと笑った。


 華奢な少女の慧も、笑う。


「機械化歩兵……。やっと、出てきた!」

 ウィイイイン


 大男のガトリング砲が回転し始めたことで、慧は近くの大型トラックの後ろへ回り込む。


 ドゴゴゴと凄まじい音が鳴り響き、じきに大型トラックは爆散した。

 小銃で簡単に抜けない車両だろうが、戦闘機にも搭載されている火器なら、あっさりと潰せる。


 上下左右に飛び散る破片と、広がる炎。

 轟音のせいで、大男のセンサーも機能しないようだ。

 灯りに照らされながら、顔を動かして、慧の居場所を探る。

 ……見つけた。


 対する慧が両手で構えたのは、小銃らしき物体。

 だが、生身の人間ではない大男にとって、恐れるほどではない。


 すぐに重いガトリング砲の銃口を向けて、再び回転を始める。

 と同時に、ダァンッと発砲された。


 ボスッ


 ぐらりと揺れた身体のせいで、ガトリング砲の銃口がズレた。

 その銃弾は全く無関係な地面を削っていき、その先の大岩も粉々に。

 慌ててトリガーから指を離して、発砲を止める。


 その一方で、慧は撃った小銃を捨てて、次の小銃を構える。

 二発目が、発射された。


 大男は着弾した衝撃に構わず、ガトリング砲の銃口を慧に――


 いつの間にか、膝をついていた。


「Huh?!(なっ!?)」


 小銃弾にも有効な防弾プレートが複数ある、前面装甲。

 サイボーグ化されているため、着弾の衝撃ぐらいでは、ビクともしない。

 複合装甲を貫くには、電磁投射砲レールガンが必要だ。


 いくらハイパワーでも、ひざまずいたままでは、ガトリング砲を自在に動かせない。

 立ち上がるために、体に仕込まれたモーターの回転数や、動力をアップさせたところで、目の前に銃口を突きつけられた。


 ずいぶんと古いデザインで、マスケット銃のような……。


 いや、違う。

 これは日本で昔使われていた、火縄銃?


 その考えを最後に、大男の頭蓋ずがいは砕けた。

 重機が倒れたような轟音が、彼の最後を物語る。



 3丁目の火縄銃を投げ捨てた小坂部慧は、四方からの銃撃を避けていく。


 生身とは思えない射撃精度と身のこなしで、残りの機械化歩兵と分かる。

 今までは、同士討ちを避けるために、控えていたようだ。


「Fu×× you!(くたばれ!)」

「This monster!(この化け物が!)」


 近くの機械化歩兵たちが、パパパと集中砲火を浴びせつつも、遠くからドンッと対物ライフルの射撃音が交ざる。


 今度は、機動力を重視したタイプと思しき1人が、腕に仕込まれたナイフを展開して、飛びかかってきた。

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