第385話 とあるオーランの禁酒目録ー「しおん祭」編③

 ドンッ


 暗闇の多目的教室。

 誰もが固まった中で、いきなり爆発音と光が飛び込んでくる。


「んだよっ!?」


 大手イベサーの幹部が、怯えを含んだ声で、強がった。

 後夜祭の花火と分かって、すぐに息を吐く。


「脅かすなっての……。吉田よしだ、スイッチを入れろよ!」


 威厳を取り戻すためか、男子大学生は、必要以上に怒鳴った。


「あ、ああ……」


 幹部の命令で、下っ端らしき大学生が動く。

 もちろん、男子だ。


 教室の外からの光があるため、真の暗闇ではない。


 ドンッ ドンッ


 断続的に、花火の音が響く。


 引率の女子大生2人は、連れてきた女子高生たちに声をかける。


「もうちょっと、待ってて!」

「だ、大丈夫だからね! すぐに、電気をつける――」

 パスッ


 小さな音が響き、その度にドサッと誰かが倒れていく。


「おいっ! 何があった――」

 タンッ


 くぐもった金属音の後で、また誰かが倒れる。

 その後には、キンッという、甲高い音も……。



 大混乱に陥った、暗闇の教室。

 オーランの男子大学生3人は、本能的にその場でしゃがんだまま。



 やがて、天井の照明がつき、状況が明らかになる。


 床に倒れ伏す、男女の大学生たち。

 大手イベサーの連中だ。


 セーラー服の女子たちは、全員が黒いバラクラバで、目だけ見える。

 さらに、両手で銃を持っていた。


 銃身の先端まで太い筒を被せたような形状で、銃の知識があれば、サイレンサー内蔵のタイプだと分かる。

 わざと初速を抑える亜音速の弾なら、発砲しても内部の動作音と、空薬莢やっきょうが落ちる音ぐらいだ。


 低致死性のプラスチック弾だが、当たれば痛い。

 人体の急所に当たったら、それで死ぬ。


 鋭い目つきで、サイレンサー内蔵の22口径ハンドガンを持つ女子に、肩付けしたままでSDタイプの短機関銃を持つ女子。

 セーラー服だが、両手で構えた姿は、とても素人には思えない。


「痛ァい! な、何すんの――」

 ダアンッ


 起き上がった女子大生が、近くの女子高生に右手を伸ばした。

 それに対して、上からその肘に片手を落としつつ、ロックした右手を捻ったままで、すくうように足を払ったのだ。

 

 女子大生は受け身を取れず、腰や背中をしたたかに打ち付けた。


 反抗した人間が現れたことで、顔を隠した女子高生たちは、改めて銃を構える。

 銃身が長いハンドガンや、太い筒のサブマシンガンの銃口をそれぞれに向けた。


「動くな!」

「Don't move!(動くな!)」

「¡Congelarコンヘラール!(動くな!)」


 黒いバラクラバを被った女子高生たちは、姿勢と銃口をブレさせずに、するすると移動していく。

 お互いの射線を避けるように、多目的教室の各ポイントを担当。


 暗闇になった瞬間に、頭のバラクラバを下まで被りつつ、制服の上着やスポーツバッグの外装で隠していた銃火器を取り出したのだ。

 よく見れば、肌色に近い戦闘グローブもつけている。



「Get down!(伏せていろ!)」

「¡Ponteポンテェ bocaボーカ abajoアバフォ!(伏せて!)」

「動かないで!」


 1人が銃口を突きつけながら、もう1人が両手を後ろに回した状態でプラスチックの結束バンドを締める。


 手際よく無力化する様子を眺めていた男子大学生3人は、立ち上がろうと――


「動くな! そのまま、両手を上げなさい!」


 銃口を向けられたことで、彼らは手の平を向けつつ、固まった。



「くわあああっ!!」


 大手イベサーの男子大学生の1人が、いきなり結束バンドを引きちぎって、立ち上がる。


 近くの女子高生に襲いかかるも、軽いステップで床を滑るように移動されて、空振り。

 複数の銃口を向けられ、撃たれ続ける男は、それでも動く。


「タイプM! サイボーグ!!」


 センサーのような機器を持った女子高生が、叫んだ。


 隊長らしき女子は腰のベルトに手をかけながら、もう片方の手の平を向けた。 

 業務用の冷凍庫のように、周囲の低い部分から冷気があふれていく。


「てめえええ――」


 叫んでいた大学生は、つんのめるように止まった。


 ギャグ漫画のように転び、床をズザーッと滑る。

 そのまま、体の全身が凍りついていく。


 唐突に氷像ができていく中で、床に座り込んだ男子大学生3人は、ただ茫然と眺めた。



 拘束された彼らは、警備員にふんした魔法師マギクスたちに連行され、個別に事情聴取を受ける。


 いきなりの展開に驚くばかりの、オーランの男子大学生3人。

 彼らは、この出来事を話さない代わりに、解放された。




 ――警察庁 警備局警備企画課 情報第0担当理事官の執務室


 部屋の主である冨底ふそこ道治みちはるは、執務机の上にある書類を眺めた。


「本物のパッケージと見分けがつかない、か……」


 立ったままの古浜こはま立樹たつきは、すぐに応じる。


「はい。目薬に偽装したもので、中身はダウナー系でした」


 裏に大規模な生産ラインがあることから、2人の表情は硬い。


 ダウナー系の効果は、酔った状態に近い。

 興奮するアッパー系の反対側だ。



 紫苑しおん学園で警備をしていた、女子の制服を着たマギクスたちは、発砲音が響きにくい銃火器を使用することで、後夜祭のどさくさに紛れて、薬物による暴行をしようと試みた大学生グループを制圧した。


 元々、ヤバい筋とつながっていることで内偵していた公安も、今回の騒動をキャッチ。


 魔法を使わずに、制圧する予定だったが――


「擬装した戦闘サイボーグが、紛れ込んでいたと……」


 不動の姿勢のままで、立樹が答える。


「はい。どうやら、違法の手術による強化で、自爆や毒ガス、散弾をまき散らす恐れから、即座に凍らせた次第です。真牙しんが流で、警察庁にいるキャリアを通して、すでに警視庁の刑事部に管轄が変わっています」


 うなずいた道治は、適切な判断だったな、とつぶやいた。


 顔を上げた彼は、報告している部下に言う。


「さしずめ、ヤクを使っている連中の護衛と監視か。組織的な行動だな……。操備そうび流との関係は?」


「操備流の関連企業との繋がりは、現時点で確認しておりません。引き続き、警戒します」


 立樹は、事実のみを伝えた。


 サイボーグは、それなりに金と手間がかかる。

 生身と接続すれば、拒絶反応も。

 成功体で、戦闘ができる技量を持ち、周囲にすぐ怪しまれないレベルなら、尚更だ。


 無理をかければ、その分だけ寿命が縮む。

 大学生グループに張り付かせていたことは、重要度が高いことを示す。

 このような事態での逃走を助けて、証拠を隠滅するために……。



 机の上で両手を組んだ冨底道治は、独り言のように呟く。


USユーエスの機械化歩兵のように、いくらでもあるからな……。異能者と違って、簡単に作れる」



 異能者に対抗する手段の1つが、この機械化。

 単純に戦闘力を高めるには、うってつけだ。


 室矢むろや重遠しげとおによる変化は、ついに四大流派のラスト、操備流も巻き込む。




 ――警視庁 所轄署


 拘束された、大手イベサーの大学生たち。

 取調室に連行された女子大生の1人は、無機質な部屋で、女刑事と向き合っていた。

 固定されたデスクを挟んで座り、隅には年配の男刑事もいる。


 女刑事は、黙秘権の告知などを教えてから、取調べに入る。


「ここで話したことは、裁判で証拠になります。供述調書に指印をした時点で、その内容を全面的に認めたことになるわ」

「弁護士を呼んでよ! タカくんが言っていたんだから! 私には、その権利があるんでしょ?」


 女子大生が、叫んだ。

 どうやら、予め警察に逮捕された場合の対応をレクチャーされていたようだ。


 女刑事は、辛抱強く言う。


「あのね? 私は、あなたを助けたいの……。お願いだから、まず私の話を――」

「早く呼んで! じゃないと、あなたを訴えるわよ!?」


 そこで、壁に佇んでいた年配の刑事が動く。


「もういいだろ、千速ちはや。……分かった。どこの法律事務所だ? 金がない場合でも、勾留こうりゅうされた後なら、お前さんの代わりに国が払う形での国選弁護人を呼べるぞ?」


 女刑事をたしなめた男は、被疑者の女子大生に尋ねた。


 取調べはいったん中止になり、女子大生は留置場に戻される。




 休憩スペースで小休止をしている刑事2人は、やりきれない表情だ。


 コーヒーの紙コップを握ったままの女刑事に、年配の男刑事が話しかける。


「まあ、諦めろ……。これで弁護士が出てくるし、後は適当に流して、検察官に丸投げだ。そこから先は、知ったこっちゃない」


 女刑事は、意を決したように告げる。


「私、今からでも、彼女に話して――」

「やめとけ、やめとけ! 恩を仇で返されるだけだ! あいつの態度によっちゃ、証人保護も考えたけどよ」


 年配の刑事が、吐き捨てる。


「身柄と物証を渡しても、肝心の情報は渡さない。異能者だか知らねえが、ふざけた話だぜ! 公安も公安で、何も言わねえし。まったく、どいつもこいつも……」




 大手イベサーが顧問契約を結んでいる法律事務所から、弁護士が接見に来た。

 そこからは、トントン拍子に話が進み、警察と検察の取調べが終わる。


 結果は、不起訴だった。

 女子大生は、怪しいと思いつつも深入りしなかったので、知らない、と答えても嘘ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る