第384話 とあるオーランの禁酒目録ー「しおん祭」編②

 ようやく入れたことで、明示めいじ法律大学のオールラウンドサークルに所属する男子大学生3人は、色々と見て回る。


 紫苑しおん学園の文化祭は、まだ初日。

 周りの女子を諦めれば、華がある空間だ。


 女子を口説きまくるイベサーの男女を後目に、屋台でダメ元の値切りをしながらの買い食い。

 さらに、出し物をゆっくりと、見ていく。



 今度は、占いコーナーがあった。


「占い?」

「へー」

「どうせ、女が喜ぶだけの……おわっ!?」


 そこには、いかにも大企業の重役や、政治家でござい、と言わんばかりのスーツ姿が、廊下の片側に、行列を作っていた。

 教室から持ち出したようで、座るための椅子も、用意されている。


 どの男も年配で、貫禄がある。

 秘書か、部下らしき人間も、傍についている。

 大学生たちの会話を聞いた連中が一斉に振り向き、役員面接のような視線が、突き刺さった。


 今日は、株主総会か?


 そう思っていたら、最後尾のオッサンに、声をかけられる。


「君たちも、並ぶのかな?」

「い、いえ……。通りがかっただけです」


 あまりの迫力に、大学生たちは、萎縮した。


 それでも、何があるのか? と気になる。

 怖いもの見たさで、行列の先へ進んでいくと――


「悪い奴ではないが、タイミングを見たほうが~」


 妙に若い女の声が、漏れ聞こえてきた。


 たぶん、占い師なのだろう。と思ったが、それ以上は、分からずじまい。


 ガラッと教室の扉が開き、テレビでよく見かける、有名企業の社長が出てきた。

 いかつい顔ながらも、多少はスッキリした様で、足早に歩いていく。


 続いて、1人の少女も、出てきた。


 腰まで届く、長い黒髪。

 深い海のように様々な輝きを見せる、暗めの青い瞳だ。

 紫苑学園の、中等部の制服を着ている。


「今日は、ここまでじゃ! 今から整理券を配るので、行列を崩さずに、待っておれ! そのぶんは、時間がかかっても、後日に必ず行うからな! 明日来てもいいが、並んだ行列の順になる」


 ものすごく偉そうな発言だが、誰も文句を言わない。

 先頭から順番に整理券を受け取って、そのまま帰っていく。


「お主ら!」


 大学生3人が、役員たちの後ろ姿を眺めていたら、その占い少女に、声をかけられた。

 慌てて振り向けば、彼女の青い瞳と、目が合う。


「な、何だ?」


 1人の大学生が聞き返すも、その少女は難しい顔だ。


「明日の文化祭は、必ず! いいな?」

「ちょっ!?」


 いきなり命令された大学生が文句を言うも、目の前にいる少女は再び、整理券を配り始めた。


「あれ、室矢むろやカレナじゃね?」

「言われてみれば……」

「声かけるか? 連絡先ぐらいは……」

「いや、流石に無理だろ。この雰囲気で……」


 行列を作っている年配の男たちとは、そのうちに役員面接や新入社員の挨拶、あるいは、取引先で、顔を合わせるかも。

 ここで不興を買えば、どういう影響があるやら……。


 首を捻った大学生たちは、店じまいの直前でセール価格になっている屋台へ行き、腹ごしらえ。

 早めの夕飯を済ませた後で、正門から出る。


「お疲れー」

「うーす」

「何か、精神的に疲れたわ……」


 そのまま、帰宅した。




 ――文化祭2日目


 昨日の忠告が気になったものの、オーランの男子大学生3人は、再びやってきた。

 早朝から並び、すぐに入る。


 ご苦労なことに、昨日の大手イベサーも、いる。

 幹部らしき男女を除いて、違う面子だ。


「どう? 高校生も参加できる、お勧めのイベントがあってさ!」

「今なら、私たちの顔パスで、無料にしてあげる! 楽しいよ?」


 その様子を見ていた大学生たちは、よくやるもんだ、と呆れた。


「懲りないな、あいつら……」

「たぶん、上から『ノルマを達成しろ』と、言われているのだろ」

「それ、完全に、ヤバい組織やん……」


 彼らは、昨日のうちに調べておいた情報で、素直に文化祭を楽しむ。



 今日は、一般公開。

 昨日と比べて、家族連れや、社会人の姿が、目立つ。


 大手イベサーの集団が女子を勧誘していると、老若男女から、ジロジロと見られる。

 警備員に声をかけられるのを恐れて、彼らは営業をやめた。



 『室矢むろやコース』のうわさを聞きつけたオバサンたちは、抗議してやる、と言わんばかりに目の色を変えて、高等部『1-A』に突撃するも、午前中は行われていない。


 しかも、現金輸送と同じ装備を身に着けた、屈強な警備員が、数名いる。

 現金を扱っているスペースでは、税理士法人のチームも、仕事中。


 敷地内に多くの警備員がいて、正門の前にもパトカーや警官がいることで臆した彼女たちは、周囲の視線を気にして、午後を待たずに正門から出ていく。




 正午になるにつれて、急に女子の数が減った。


 歩きやすくなった学園内で、男子大学生たちは、周囲を見回す。


「さっきまで、ギュウギュウ詰めだったのにな?」

「何か、あったのかな?」


 売り切るため、捨て値にした屋台を物色しながら、適当に回る。


「もう、一声! 2パック追加するから!」

「じゃあ、合わせて700円で!」



 室矢カレナの忠告をすっかり忘れて、もう夕方だ。


「後夜祭かー。できれば、女子と2人で踊りたいけど……」

「今から探してもな……」

「もう帰るか?」


 予定では、数人ぐらいの女子と、知り合うはずだった。

 文化祭の2日目が終わりかけている現状では、もう遅い。


 その時に、校内放送が流れる。


『文化祭の実行委員会より、お知らせします! もうすぐ、後夜祭の時間になります。誠に勝手ながら、ご来訪の方々はご遠慮いただきますよう、お願い申し上げます。本日は貴重なお時間をいただき、心より感謝いたします。お帰りの際にはお忘れ物のないように、お気をつけくださいませ。ただ今より、警備員が敷地と校舎内を巡回して、順次お声がけさせていただきます。高等部の本館1階にある多目的教室が、臨時の休憩所です。そちらは最後に閉鎖しますので、まだ残りたい方は、どうぞご利用ください』


 物々しい言い方に、男子大学生3人だけではなく、周囲の参加者も、戸惑った。


「ずいぶんと、本格的だな?」

「人が多いからじゃね?」

 ドンッ


 いきなり、人が当たってきたので、大学生は、そちらを見る。


 初日からナンパを続けていた、大手イベサーの幹部だ。


 遊び慣れた感じの男子は、わりーわりーと謝りながら、離れていった。

 取り巻きのように、男女の大学生を引き連れている。



「あれ?」


 その場に残った大学生が、床に落ちている物体を拾い上げた。


 未開封の小さな箱だ。

 パッケージの表面には、何の変哲もない、注意書き。


「さっきのイベサーの奴が、落としたのか?」

「そうみたいだ」


 その場に置いて、離れることも可能だったが――


「また会った時か、近くの実行委員にでも、渡すか……」




 日が暮れた。


 オーランの男子大学生たちは、休憩所の多目的教室で、無料開放されたドリンクや軽食をいただいていた。


 他校の学生は少なく、大人はいても仕方ないから、帰宅した後。


 ここも、じきに閉鎖される予定だ。

 グラウンドの中央には、巨大なキャンプファイヤーの火が、見える。



 ガラッ


 多目的教室の扉が開き、大手イベサーの学生たちが、雪崩れ込む。


 長机の上に置きっぱなしの軽食に群がっていたかと思ったら、幹部の男子大学生が、元からいた3人のほうに近づく。


「わりーんだけど、ここ、俺らで貸し切りなんだわ! 出て行ってくれね?」


 とんでもない暴言だが、相手は格上で、人数も多い。

 帰るつもりだった大学生3人に争う気はなく、素直に、出口へ向かう。


 ふと思い出した1人が、振り返った。


「前に、これ拾ったけど。お前のか?」

「ああ゛んっ? 今、忙し――」


 イラついた様子で凄んだ男は、途中で黙り込んだ。


 自分のポケットを上から叩き、慌てたように、中を探る。

 手を出すと、ひったくるように、差し出されたを受け取った。


 角度を変えて眺め、まだ未開封であることを確認した後で、いかにも作った笑顔を見せる。


「ありがとな! ちょうど、これを探していたんだわ」


 それを言ったきり、目薬の箱をポケットに突っ込んで、背を向けた。


 バタバタと動いているイベサーの男たちは、ドリンクを紙コップに移しながら、口々に騒ぐ。


「時間がないんだよ! とっとと準備しろ!」

「ヒナたち。そろそろ来るか?」

「俺、こっちから順番にやる。お前は、そっちからな!」


 ガラッ


「はーい! 連れてきたよー!」

「ここだよ。入って、入って!」


 そう言った女子大生2人は、後ろに、女子高生の集団を引き連れている。



 オーランの男子大学生たちが、改めて、多目的教室の出口へ向かった時――


 フッと、室内の電気が消えた。

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